人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第二十一章 諸行無常

第一三四話 相容れない思想

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 母親の墓前に花を添えたイザベラは、屋敷へと戻る。
 玄関先まで出迎えてくれた使用人長に、マルセルが在宅か確認する。
 書斎におられますという言葉に頷き、イザベラは母が使用していた書斎へと足を運ぶ。
 ドアをノックして入室する、そして言った。

「マルセル、話があるのだけれど、良い?」

「ああ、もちろん構わないよ、イザベラ」

 デスクの椅子に腰を下ろし、書類を纏めていたマルセルは、穏やかな口調で応じる。
 イザベラは客間で待っていると言い残し、着替える為に自室へと戻った。

 一〇分後、二人はローテーブルを挟み対峙していた。
 ソファに座るイザベラは、マルセルを真っ直ぐ見据えて質問する。
 
「――マルセル、訊きたい事があるの。マルセルは私のママに依頼されて、この『ジブロール自治区』で地質調査を行ったの? その際に『エーテル』の産出が判明して『錬成機関院』に報告した?」

 単刀直入過ぎる質問だとは、イザベラも感じていた。
 だけど、言葉を選び飾る余裕も、意味も感じなかった。
 すぐにでも本当の事が知りたかった。
 
「イザベラは耳が早いな、誰にその話を聞いたのかな?」

「答えて」

 笑みを浮かべるマルセルの様子は、普段と何も変わらない。
 イザベラは短く断ち切る様に、先を促す。
 マルセルは鷹揚に頷くと口を開いた。

「ひとつ訂正させて欲しいんだが――『エーテル』の存在を確認したのはボクじゃ無い。ゾエだ。彼女は『錬金』の技術で、地下資源の有無を探る事が出来た、ボクには出来ない『錬金術』の技さ」

「……」

「ボクは彼女に、この『ジブロール自治区』の地下資源を調査すべきだと――『エーテル』埋蔵の可能性を伝えたんだ。彼女は幾らかの土地を所有していたからね。それに……こう言ってはなんだが、ボクで無くとも多くの錬成技師が『ジブロール自治区』には、何かしらの地下資源が眠っていると推察していた筈だよ。この辺りは太古の地殻変動に因って造山された山脈地帯だからね、過去に『エーテル』が産出された土地と、条件が一致している」

「……だから『ジブロール自治区』での掘削作業を『錬成機関院』に進言したの?」

 自身の声に怒気が籠るのを、イザベラは感じていた。
 そう――この『ジブロール自治区』は、私の故郷だ。
 私とママが幸せに過ごした故郷だ。
 しかしマルセルは、事も無げに言った。

「勿論だよ。『エーテル』は現代社会に幸福と希望をもたらす『礎』だ。社会の根幹を成す『蒸気機関』の維持にも『錬成科学』の発展にも必要不可欠だ。その埋蔵を突き止めたなら報告する、それは『錬成科学』を学ぶ者の義務だ。そして『錬金術師・ベネックス』は『錬成機関院』では名士で通っている――重大な情報だ、一般には秘匿されるだろうが、彼女が『エーテル』の存在を示唆するなら『錬成機関院』は確実に動くと思っていたよ」

「ママがそんな事、望む筈無いっ……」

 吐き捨てる様にイザベラは否定した。
 隠しようも無い怒気が、声に絡む。
 胸の裡に湧いた感情のうねりを、止める事が出来なかった。

「ママが……この『ジブロール自治区』での採掘なんか望む筈無いっ……私とママの故郷なんだよ? なのにあんな風に山を削って……あんな事、ママは望まない! ママも私も『スロバント』からこの国へ強制移住させられて! ママは身体を壊したから『ジブロール自治区』に移住して! ようやく『ジブロール自治区』で幸せに暮らせる様になったのに! こんな内戦に巻き込まれて! こんな事をママが望む筈無い! 本当の事を話して、マルセルッ!」

 マルセルは僅かに目を細め、小さく首を振る。
 しかしその表情に、焦りや困惑の色は無い。

「――キミの母親・ゾエは『錬金術師』なんだ。技術と知識が満ちる事を望む者だ。ボクは彼女に、キミの『才能』に相応しい『成果』を築こう――そう伝えただけだ。彼女の英知に相応しい『成果』をこの世に顕現させる、その為にはまず、現実的な『礎』が必要だったんだ。決して悪い話じゃ無い、数多の民には『エーテル』が行き渡り、そしてボクとゾエは『先』へと進む『礎』を得る、皆の益となる話だ」

「そんなの嘘! 嘘ばっかり!」

「本当さ。ゾエは『ジブロール自治区』で安寧に微睡み、世を捨てた隠者の様に暮らすのでは無く、『錬金術師』として再起し、『先』を目指す道を選んだ。ゾエはキミの母親だ、キミと同じく素晴らしい『才能』の持ち主だ。『才能』在るが故に、その『才能』に見合う『義務』を果たそうとしたんだ、だからこそ、ボクと共に歩んでくれたのさ」

「そんな事っ……!」

 イザベラはテーブルに手をつき、椅子から立ち上がった。
 マルセルを睨みつける、しかしマルセルに変化は無い。
 灰色に煌めく瞳で、イザベラを見つめている。

「この『ジブロール自治区』は、私とママが……ようやく幸せになれた場所なのにっ……マルセルがっ……『マルブランシュ』再興の為にこんな事をっ……なにが『礎』よっ、金目当てなんでしょうっ!? そうなんでしょうっ!?」

「それは違う。確かにボクとゾエ、二人の『成果』を『顕現』する為に資金は必要だった。しかしそれは『先』へ向かう為だ、金なんかが目当てじゃ断じて無い。それに『エーテル』の産出は間違い無く人々の益となっている、ボクとゾエは『成果』を得る足掛かりを得た。内乱はボク達が望んだワケじゃ無い、軽率な人間によってもたらされた『人災』だ。それが許されないなら……ボクはこの結果と、この結果に付随する事柄の全てを受け入れるよ」

「……っ!!」

 狂おしいほどの感情が、胸の奥から湧き上がる。
 眼前のマルセルに対する、言葉にならない感情だ。
 マルセルの言葉を否定したい。
 だけど私も、マルセルに『才能』があるのだと促され――『先』を目指してしまった。
 ママも同じなのだろうか。
 ママも騙されたという事なのか。いや、唆されたというべきか。
 
 ママはマルセルに唆されて『ジブロール自治区』での安寧を犠牲にしたのか。
 私と同じく『先』を目指したいと思ってしまったのか。
 私とママを優しく迎え入れてくれた『ジブロール自治区』を、売り払う事になる可能性を知りながら、それでも『先』を目指したいと。

 そんな事が許されるのか。
 法的にどうかという事では無い。
 道義的にどうかという事だ。

 『錬金術師』としてのマルセルがどうなのか、解らない。
 答えようが無い。
 だけど、少なくともマルセルは、道義的な物を欠いている。

 『ジブロール自治区』での『内戦』がどの様なものだったのか。
 この地を離れていたイザベラには窺い知れない。
 だけど恐らく、血は流された筈なのだ。
 その流された血に対して、マルセルは罪悪感を覚えていない。
 だからこそ『受け入れる』だなんて言葉を、軽々しく口に出来るのだ。
 だから私は、こんなにも胸の裡がざわめき苛立つのだ。

「私は『ベネックス』として生きるっ、こんな事は認められないっ、私はっ……」

 叫ぶように声を発した。
 その時、ドアをノックする音が響いた。
 そして、入りますとの声。
 使用人長だった。
 給仕ワゴンを押しながら、ゆっくりと入室する。

「お茶をお持ちしました」

 言いながら使用人長は、二人の前にカップを並べた。
 イザベラは、罰が悪そうに口を噤む。
 同時に、部屋の外から聞こえて来る赤ん坊の泣き声に気づいた。
 カップにお茶を注ぎながら、使用人長が優しく尋ねる。

「何か問題がございましたか……?」
 
 彼女の穏やかな眼差しは、昔と何も変わらない。
 私の事を気に掛けてくれているのだろう。
 イザベラは、呼吸を整えると答えた。

「……ううん、大丈夫。何でも無い。それよりゴメンね? 赤ちゃん――レオンが、びっくりしちゃったかな?」


「いいえ……お嬢様の弟君は、元気なお子なんですよ」
 
 使用人長は優しく微笑み、そう言った。
 イザベラも笑みを返す。

「後でレオンに謝りに行くね?」
 
「はい、きっとレオン様もお喜びになります」

 ◆ ◇ ◆ ◇

 南向きの窓から、暖かな陽光が差し込んでいた。
 そこはレオンの寝室だった。
 明るい部屋の中央に小さなベビーベッドが設えられ、傍らには乳母が控えている。
 イザベラは使用人長と共に、くるみ布団に包まれて眠るレオンを見下ろす。
 その艶やかな薔薇色の頬が、僅かに涙で濡れている。
 つい、今しがたまで泣いていたのだろう。
 指を伸ばし、レオンの頬に触れてみる。
 その柔らかな感触を指先に感じながら、イザベラは傍らの使用人長に告げた。

「――私は、マルセルとは相容れない。たとえママが認めた人だとしてもね。だから私は、この屋敷を離れて暮らそうと思う。だけどこの子……レオンは、そういった揉め事なんて、知らない方が良い。本当の母親は他界して、義理の姉も父親と対立して出て行ったなんて知れば、傷つき心を痛めるかも知れない。だからレオンには、私が義理の姉である事を、知らせずにいて欲しい。マルセルにもそう伝える」

「お嬢様……」

「……わがままを言ってごめんね? だけど公的に私とレオンを繋ぐ記録は、何処にも残っていないでしょう? それに公的な記録という事なら……あなたがレオンの母親という事になっている。それはレオンにとって幸せな事だと思う。だって私はあなたに大切にして貰った、あなたなら信頼出来る、ママもあなたを信頼していた。だから……これで良いと思う」

 使用人長は寂しげな眼差しでイザベラの言葉を聞いていたが、やがて頷く。

「解りました――イザベラ様のご意思と想いは、屋敷の者全員に伝えておきます」

「ありがとう……」

 イザベラは幼いレオンを寝顔を見つめたまま、謝意を述べる。
 小さな手に指先を近づけると、レオンはイザベラの指先をきゅっと捕まえた。

「……励ましてくれているのかな? レオン君も、ありがとうね」

 そう言ってイザベラは、レオンに掴まれた指先を軽く動かし微笑む。
 繊細過ぎる小さな指を見つめたまま、イザベラは使用人長に尋ねた。

「あなたは――マルセルの事をどう思っているの? 私はさっきも言った通り、相容れないと思っている……『錬金術師』として『錬成技師』として相容れないの。だけどあなたは、そんな風に思っていないんだよね? それに、他の使用人達はどうなの?」

 使用人長は僅かに逡巡する、しかしすぐに口を開いた。

「――ゾエ様はマルセル様の事を深く愛しておられました。マルセル様もゾエ様の事を大切にされておりました。そこに些かの嘘も無かったと、私は信じております……故に私はお屋敷に残る事を決めたのです。身寄りも無く、他に行く当てもございませんし……」

「……」

「ただ……この新しく雇い入れた使用人達は皆、内戦中にマルセル様を通じて、『錬成機関院』の口利きで雇う事になった者達です。もちろん皆、真面目ですが……病床に臥せっている事の多かったゾエ様については、あまり知らないと思います。かつてこの屋敷で働いていた者達は皆、内戦の被害を避ける様に勧告がなされ、市街で暮らす家族と共に『ジブロール』を去って行きました……こればかりは人命にも関わる事、私ではどうにも出来ませんでした」

 嘘偽りの無い言葉だと思う。
 夫と死別し子供もいない使用人長だけが残り、それ以外の使用人達が去っていった。
 家族の為に働いていたのだ、家族の危機となれば立ち去る、当然の判断だろう。
 更にイザベラは質問する。

「この屋敷の隣りに建つ兵舎について、何か知っている事はある?」

「ゾエ様からは『ガラリア・イーサ』より派遣された警護だと聞かされておりました。ゾエ様とマルセル様に兵士が敬意を払う様子を見せておりましたので、そうなのでしょう」

「そう……」

 マルセルが行った『エーテル』埋蔵の報告が理由だろう――イザベラはそう思う。
 内戦勃発の原因となった報告は、恐らく一般に知られる事無く処理された筈だ、しかし『ジブロール自治区』内に土地を所有する貴族達ならば、互いに情報交換を行う事で、何処の誰が紳士協定を破り、保養地である『ジブロール自治区』を売り払ったのか、知る事が出来る。
 屋敷の隣りに建つ兵舎はつまり、周囲の有力者に対する牽制も兼ねているのだろう。
 警護というより――『マルブランシュ』と『ベネックス』は、帝国の保護対象であると示しているのだ。

 使用人長は恐らく、マルセルが内戦の発端となった事など知らないのだろう。
 しかしその事実を使用人長に伝えたとして、状況が好転するとは思えない。
 使用人長はレオンの育ての親だ――だからこそ、伝えるべきでは無いのかも知れない。
 
 マルセルと母親に関する事柄は、私が知っていれば良い。
 『ベネックス』の名を継ぐ私だけが、知っていれば良い事だ。

 私と母に安寧の日々を与えてくれた『ジブロール自治区』。
 そんな『ジブロール自治区』を、母はマルセルと共に裏切ってしまったのだ。
 ならば『ベネックス』である私が、母に代わり贖罪せねばならない。
 それが『ベネックス』としての責任だ。
 きっとその為に、私は『錬金術』と『錬成科学』を修めたのだろう。
 イザベラは自身の指先を握るレオンの小さな手を、じっと見つめていた。
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