【完結】あなたの正しい時間になりたい〜上司に囚われた俺が本当の時間を見つけるまで〜

栄多

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あなたの正しい時間になりたい

2人の初めて

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 土曜日。
男の数だけセックスの方法があるんだなと、そんな少し品のないことを澪緒は柏木に抱かれながら考えた。

澪緒は柏木の部屋に入るなり柏木に喰らいつくようなキスをされた。
家に入って30秒。
挨拶もそこそこに柏木との激しいセックスが始まった。
「理緋都、ちょ、いいけど、待って」
「待たない。お前とこうしたかった」

澪緒を快楽に突き落とす。
その明確な意図が透けて見える愛撫と肉を食い千切ような柏木のキス。それは肉食獣のいる檻の中に放り込まれたような危機感を澪緒に抱かせる。
触れられたことのない場所を舌で愛撫され澪緒の理性も瞬く間に剥がれ落ちる。
澪緒の男の証を柏木の舌で舐め溶かされ硬く形を変えていく。
「理緋都、あっ、恥ずかしい」
「嫌か?」
「嫌…じゃない」
ひたすら澪緒の気持ち良さを追求する動き。
こんなにされたら、また明日もきっとすぐ欲しくなる。それがたやすく想像できるくらい、澪緒は柏木が与える快楽に夢中になった。

抱かれるつもりはなかった。
柏木が自分を抱けるとも思わなかった。
ただ単に人生初の“交際相手の家でお家デート”をしてみたかった澪緒はそれを柏木に願い出た。
願いはあっさり快諾され、澪緒は手土産の手作りパンを携え電車を乗り継ぎドアtoドアで40分ほどかけて柏木の自宅に遊びに来た。
おやつの時間に2人でパンを食べてお茶しておしゃべりして、夕飯前には帰るつもりのプランだったのに。

なぜか全裸で柏木の上にまたがり下から突かれて嬌声を上げている。

ーーこれも浮気のうちに入るのかな。
ーーボーイフレンドってセックス込みの意味なのかな?
ーーバディとして距離を縮めてる?んなわけないか。
澪緒の頭の中に幾多の疑問が浮かんだ。けれど。

「澪緒…最高に綺麗だ」
「理緋都、んっ、気持ちいい…」

端的に言って、柏木とのセックスは最高で、
良識なんてどうでもよくなった。
28歳。
澪緒よりは年上だが世間的には若いはずの柏木。しかし不思議と『年季』を感じるような堂々たる柏木の肉体に、澪緒は虜になる。

2時間ほど交わってようやく正気に戻る。
まだ体の中に残る快感の余韻を味わいながら体を離す。
「大丈夫か?悪い。無理させた」
「大丈夫。…理緋都、男は初めてだよな?気色悪くなかったか?」
「気色悪いのを我慢して2時間もセックスできるほど俺は我慢強くない。最高だった」 
ベッドで仰向けになる澪緒の白い額に柏木がチュッと音を立ててキスをする。
「澪緒は?」
「最高だったよ、もちろん」
「誰よりも?」
「理緋都」
柏木が意味深な視線をよこすと、経験値の浅い澪緒は顔色を真っ赤にしたり真っ青にしたりしながら狼狽え始める。
ウブすぎる反応を柏木に笑われる。
「悪い。意地悪言った。忘れてくれ。俺もまだまだ修行が足りないってことだな」
「そんなことない!」
副島の丁寧なセックスより、柏木の野獣同士が交わるようなセックスの方が興奮した。
それが恥ずかしすぎて言えないだけだ。
先ほど、澪緒は自ら脚を開いて挿入を懇願した。
そんなはしたないこと、副島の前でしたこともない。
なりふり構わず柏木を求める貪欲な自分。
それは澪緒が初めて知る、自分の裏の顔だった。

いやーー本当の顔なのかもしれない。

「なぁ」
「どうした?」
「俺、恋愛経験ないからついでに教えて欲しいんだけど…これも浮気のうちに入るのかな?俺、二股してるってことなのかな?」 
柏木はシーツの上で肘をつき吐き捨てるように笑う。
「あんな奴に…いや、失礼。不倫相手に義理立てする必要なんか無い。少しは澪緒の気持ちを思い知ればいい」
好戦的な柏木の回答に澪緒が驚く。
「じゃあ大丈夫なのかな」
「大丈夫も何も独身の澪緒の自由恋愛は当然の権利だ。いいか、澪緒は副島の妻に背徳行為をしてる自覚を持つべきだと思う。大人たる者、常に法令遵守の精神で生きるべきだとも思う。が、副島本人にはこれっぽっちも申し訳ないなんて思わなくていい」
「あっ、うん。奥さん。そうだよね。うん」
「…副島に気になる動きでもあったか?」
「ううん、何か言われたり何かされたりって事は無い」
「そうか。些細な事でもいいから副島に何かされたらすぐに俺に言えよ」
「うん」
「俺が会社でどんなに忙しくしてても、一切遠慮は無用だ。隠さないで欲しい」
「うん」
「俺とのことじゃなくてもいい。副島の仕事の事でも。妻とのトラブルでも」
「ああ…300万」
「ああ。金は貸すから。会社も絶対辞めるなよ」
「ありがと…そこまで俺のこと思ってくれて。そんな真剣に考えてくれてるとは思わなかった」
柏木の動きが止まる。
指摘されて初めて自分のしてることに気づいたような表情。
「ああ、そうだ。お前のことを考えて言ってる」
「理緋都」
「ん?」

「お前の愛は…今だけのものじゃないよな?信じていいのか?」

ガタン、ゴトン、と静かな住宅街に電車の走行音が響く。わずかに駅員のアナウンスも聞こえた。
柏木が呼吸をするのも忘れ澪緒を見つめる。

「信じていい」
「理緋都、無理なら今のうちに無理と正直に言ってほしい。本格的に好きになってから振られたら、さすがにキツい」
「無理じゃない。男を好きになったのは初めてだから色々勝手が分からなくて。言葉足らずで不安にさせたなら悪い。信じてほしい。俺はお前を愛してる」
ふわふわの金髪の髪を撫でられ、澪緒のこめかみにキスが落ちる。
柏木の切れ長の目と澪緒の丸い目に互いの姿が映る。
「ありがと」

失礼、と断って、柏木はベッドを抜け出し部屋着の黒のハーフパンツとグレーのパーカーを着てベランダに移動し煙草を深く吸い始める。
晴天の太陽に照らされながら煙草を吸う柏木。
その横顔には人を抱いた満足感や爽快感は感じられない。
日本で一番有名だと思われる、何かを考えているであろう男性のブロンズ像。
それにそっくりだった。
あの像はたしか、地獄に堕ちた人間たちを見つめている姿を表現したものという説もある。
その地獄にいるのは柏木自身。
なぜかそんな気迫さえ感じた。

不吉な想像を追い払うように澪緒はゆっくり部屋を見渡す。
自分の家より広い2LDK。ベッドに茶色のレザーのソファ、壁掛けテレビ、PCデスクとその上のノートPC。窓は白のブランド。部屋というより事務所のように無機質だった。
整理整頓されているが、どちらかというと物が無くて整理整頓されているように見えるという印象。

「理緋都の家、あんま生活感ないな?」
ベッドからベランダに向けて話しかける。
「有川デザインオフィスに入社が決まってここに引っ越してきたからな。まだここで暮らし始めたばかりだ」
「通勤時間どれくらい?」
「30分」
「俺よりだいぶ少ない」
澪緒はなぜか今まで気に留めたこともなかった自分の通勤時間が気になった。

「澪緒、今日は2人の初めてだったのに、本当に家でよかったのか?」
「いいんだ。身分不相応な高級な場所は、もういい。虚しいだけ。ボーイフレンドの家に、来たかった」

柏木は澪緒の言わんとしていることを正しく理解し、煙草を揉み消して部屋に戻りベッドの上で丸まる澪緒を抱きしめて背中をトントンする。
柏木から借りた黒のスウェット1枚の姿で澪緒はボーイフレンドに抱きつく。
時計は午後2時をさしている。
この時間がラッピングにされて永遠にそのままであればいいのに。
澪緒の頭の中にそんな願いが浮ぶ。

「澪緒、腹減っただろ。中途半端な時間になって悪いけど俺が料理するから待っててくれ」
柏木の腕の中で猫のように丸くなっていた澪緒はガバリと起き上がる。
体の中が痛い。
でも我慢した。

「作る!作る!作る!作る!俺も一緒に作りたい!夢だったんだ!彼氏とキッチン立つこと!」
「彼氏と」
「うん!!」
柏木は彼氏呼びを指摘したつもりだったが、澪緒はささやかすぎる夢の方を指摘されたと思った。
それくらい、有頂天になっていた。
「無理するな。普段料理しないんだろ?」
「するぞ。何年一人暮らししてると思ってるんだ。誰がそんなこと言った?」
「いや、その。部長。が」
「副島さんが?理緋都と副島さんって、俺の話することあんの?」
「公認のボーイフレンドだ」
「公認?」
知らない場所で勝手に進んでいる話に澪緒が怪訝な顔をする。
「どうした?なんか気にさわったか?」
「別に。ふたりとも余裕だなって。他の男に抱かれてもいいと思われてるなんて、俺ってやっぱサブなんだなって」
「澪緒」
ベッドを抜け出そうとする澪緒を背後から柏木がきつく抱きしめる。
「澪緒ーー愛してる。俺と副島部長はこれっぽっちも余裕なんか無い。お前がいなければ生きていけない無様な男が協定を組んだだけなんだ。俺はお前を、愛してる」
「フレンド、ってそういう意味だったんだな。都合のいいセックスフレンドを見つけてラッキーと思ってんだろ」
「都合のいいセフレにここまでするか?」

柏木が立ち上がり、澪緒を軽々とお姫様抱っこした。
「うわっ」
「見ろ」
柏木は澪緒をお姫様だっこしたまま器用にドイツ製の冷蔵庫を開けた。
ふわっと冷蔵庫の冷気がふたりの体を包む。
冷蔵庫の中には、いかにもこの日のために購入してきたと分かる未開封の新鮮な食材。
殻に入ったままの牡蠣、牛肉、伊勢海老、ウニ、パルミジャーノ・レッジャーノの塊、生ハム、白ワイン、赤ワイン、見るからに新鮮なアスパラガス、ニンニク、ほうれん草、トマト、オレンジ、キウイ等々の野菜や果物。
自炊する澪緒はすぐにピンときた。
この食材に貼ってある値札のシールはただのスーパーのものではない。都内のファッションビルの地下にもある高級スーパーの値札だ。澪緒も珍しい調味料を探す時にこのスーパーをよく利用する。
「なんだこれ…テンション上がりまくりだ」
「全て今日のためだ。奮発した」
柏木の心の内は分からない。
でもこのただならぬ食材は、安上がりになってしまう『お家デート』というものをどうにかスペシャルなものにしてやるという心意気を感じるに十分だった。

「殻付きの牡蠣が自宅の冷蔵庫に入ってるの初めて見た」
「生食用のものと加熱用のパックのものを買ってある」
柏木の腕から降ろしてもらいダークブラウンのローリングに着地する。
「これだけじゃないぞ、澪緒」
「まだなんかあるのか?もはやちょっと怖い」
「俺の愛を思い知れ」
ガラスがぶつかるような音と共に下の野菜室が開く。
所狭しと並ぶ、小瓶のワイン、ビールらしきもの。
思わず澪緒は柏木を見上げる。
「これって…」
MINAXISミナクシスの新作発表会に使えそうな小瓶のワインだ。この野菜室にあるのは白ワイン、こっちの常温で赤ワインがある」
柏木はキッチンスペースの隅に置いてある段ボール箱を開けた。白ワインと同じサイズの赤が並んでいる。
「……!」
本当に感動した時は言葉が出ない。澪緒は身を持ってそれを思い知った。
「俺もこの案件で澪緒がミニボトルを提案して初めて知ったんだけどな。ミニボトルといえどデザインによって多少高さが前後するらしい。ワインクーラーに入れるとモノによっては2つ並べて入りきらない可能性もある。一度何種類かメーカーに持って行ってちゃんと入るかどうか検分させてもらう方が良さそうだ。ラベルのデザインの初稿を持って行く時にこのワインも各2本づつ持っていこう」

孤独な澪緒を支えてくれる唯一のもの、デザイナーという職業。
その仕事を自分と同じ熱量で成功させようとしてくれる柏木に言葉にならない感動を覚えた。

「これって…自腹…?」
「数本は領収書はもらってるし、数本は卸しの男からサンプルとしてもらってるから心配するな」
「でもこの量。俺も払う」
「いらない。一応味は知っとかないとなと思っただけだし…営業とデザイナーは一心同体だろ?だからいつか、俺が仕事で困った時に助けてくれればそれでいい。それに今日は、澪緒と飲みたかったから」
「ありがとう。凄くうれしい」
「これで俺の愛を信じてくれたか?」
「ごめん…ごめん、ガキみたいなワガママ言って。信じる。もう変なこと言わない」
「ならよかった。頑張った甲斐があった」
「借りがひとつできた。いつか必ず返す」
「気にするな。バディとして当然のことをしたまでだ」
「ボーイフレンドとして、じゃないんだな?」
「都合のいいように使い分けることにした」
「ふふふ」
柏木が拳を出してきた。
2度目のグータッチ。
それは、1度目の何倍も嬉しかった。


「前菜はオレンジとキウイと生ハムのサラダ。パルミジャーノ・レッジャーノがあるからアスパラガスにふりかけてオーブンで焼く。メインは牡蠣のクリームパスタ、白ワイン飲みたいからおつまみ用にれんこんとナッツのきんぴら。どう?」
目を丸くしている柏木。
「パスタ、嫌か?」
「料理しないんじゃなかったのか?副島部長は手料理を振る舞われたことはないと言っていた」
「奥さんが凄い美味しそうな手料理SNSにアップしてるんだ。それ見ると俺の料理なんか、到底出せない」
「そうなのか?」

柏木がスマホを手にして写真投稿のSNSを開く。
すぐ副島の妻のアカウントが表示される。
いつも澪緒がビルの屋上から飛び降りるような勇気と覚悟を持って開くそのアカウント。
副島の美しい妻の顔のアイコンが表示されて澪緒の心臓が紐でキュッと絞られたような緊張感が走ったが、その緊張感はすぐにやんだ。

なぜなら柏木はそれをSNS広告の出来を確認するような事務的な表情で見ていたからだ。
ひとつの事象が誰かにとって重要でも他の誰かにとっても重要だとは限らない。
そんな当たり前のことに気づいた。

「確かに美味そうだな。自分のブランディングが上手だ。何か仕事してるのか?」
「よく分かったな。元外資の化粧品メーカーのPRで今はインフルエンサー的な仕事と雑誌とWEBにコラム的な記事書いてる」
「なら自分のブランディングの一環だな。美味そうなのは当たり前だ。これと比べて引け目を感じることなんてない」
「そうは言ってもさ」
「俺にとってはラッキーだった」
「なんでだよ。やっぱ料理上手な美女は魅力的か?」
柏木は検分するようにスクロールしていた親指を止めて視線をスマホから澪緒に移した。

「長らく澪緒の本命だった男より俺の方が先に澪緒の手料理にありつけた。最高だ」
「な…」
「楽しみにしてる」
「男のキャンプ飯レベルだけど…いいのか?」
「いい加減自分を卑下するのはやめろ。大丈夫に決まってる。夢だった、俺も。恋人の手料理」

澪緒の視界が涙でにじむ。
大人になれ、いいデザイナーになれと、ずっと今の自分を否定され続けた不倫だった。
でも柏木は違う。
澪緒が子どもだろうと大人だろうと関係ない。
柏木が見ているのは『今』の澪緒だ。

今までも副島に大切にされて幸せだったはずなのに。
柏木の親指が澪緒の涙を拭う。

「昨日、澪緒と過ごせるかと思ったら年甲斐もなくはしゃいでいろいろ買い物してた。引かれなくてよかった」
「ばか…まだギリ20代だろ」
開け放たれていた窓から吹き込んできた風が柏木の前髪を揺らした。
澪緒と目が合うと柏木は言わなくていい余計なことを言ってしまったとバツの悪そうな顔をした。
窓の外には青空を背景にこの地区の住宅街が見えた。
古い一軒家と高層のマンションが隣接する、どこか下町と似た街並み。
柏木の記憶に残るような美味しい料理を作ろうと澪緒は涙をぬぐった。


 澪緒の流れるような調理風景に柏木は目を見張った。
澪緒の手にかかれば果物としての姿以外は想像したこともない甘い果実がグリーンリーフと共にフレッシュな前菜に変身し、付け合わせになるかと思ったアスパラガスは芳醇なチーズの香り漂うメインの一皿になった。
牡蠣のクリームパスタは王者の風格。
それらが次々と天然木の丸テーブルにのぼる。
澪緒の調理風景やテーブルにサーブする姿を柏木がスマホのカメラにおさめる。連写レベルのシャッター音が鳴り響く。
「撮りすぎ。恥ずかしい」
「俺に芸術の知識は無いが、この料理は澪緒が生み出すひとつの芸術品だぞ。見ろ、美味そうだ」
撮影された写真を澪緒も覗く。
どうしてもデザイナー視点で見てしまい、赤が足りないとか使っている食器が単調と思ってしまう。しかしそれを今言うのは違う気がした。
「我ながらよくできた!」
「ありがとう。香りでもう美味しい」
「こっちこそ材料用意してくれてありがと。伊勢海老使えなかったけど」
「伊勢海老は夕飯に食べよう。夕飯は俺が作る」
澪緒は驚いて柏木を見る。
「どうした?嫌か?」
「まさか。…うん。楽しみにしてる。嬉しい」
当然のように澪緒が夜までいる前提で夕飯の予定を話してくれる柏木。
帰宅時間を気にしなくていい。お互いの感情のおもむくまま一緒に過ごしていい。
それは常に逢瀬の時間にリミットがあった澪緒にとって新鮮な驚きだった。

「どれを飲む?シーフードだから白か?これが一応提案通りの甲信越地方のワインのミニボトルだ。サイズも比較的小さいし俺的にはこれが第一候補だ」
柏木がテーブルに並べた数種類のワインのひとつを澪緒に向ける。
「ありがと!じゃあそれからいただく」
新品らしきグラスに透明な琥珀色のアルコールが注がれる。

「乾杯」
「あ、うん。乾杯」
澪緒の目の前のいい男ワイングラスを目の高さまで上げ澪緒の目を見てからワインを一口飲んだ。
マナー通りの美しい姿。
柏木の動作には迷いがない。削ぎ落とす部分が何もない。
自分と比較してなんと潔い姿だろうと澪緒は感じた。

「ん!このワイン美味しい」
「美味いな。これから普段ワインを飲み慣れてない人間でも抵抗なくいけるかもしれない。あ、料理、いただいていいか?」
「もちろん!」
2人でサラダから食べ始める。口に入れた途端にフレッシュな果実の味が口に広がる。
「すごい!やっぱ高級スーパーだな?普段の倍美味い」
「革命だ。甘い料理は苦手だったがこれはいくらでもいける」
「ふふ、革命。良かった。一人暮らしだから自分の作ってるものが美味いかマズいか分からなくて」
「驚異的に美味い。澪緒は本当に何かを生み出すのが得意なんだな」
「そうか?嬉しい」
柏木が食べ始める。
食事の姿も美しかった。

「理緋都って、ここ引っ越してくる前は実家だった?」
「いや、大学を出てからずっと一人暮らしだ。どうして?」
「調理器具が全部新品だったから」
「ああ…前の物はだいぶ使い古してたから、引っ越しを機に新しく買い替えた」
「そうなんだ。俺が来るから前の恋人のものを処分してくれたのかなー?って思ったりした」
「そんなことは、ない」

いつも明確な言葉をくれる柏木が珍しく言葉を濁した。あまり突っ込まれたくない過去なのかなと思い澪緒は話題の転換を試みる。
「そっか。おかげで料理してるときすっごい気持ちよかった。新しい調理器具っていいな。俺も次の給料入ったら買い替えよっかな」
「澪緒」
「ん?」
「2人でいる時は2人の話をしよう。2人きりの時間は、貴重だから」

柏木が真剣なまなざしで澪緒を見た。
またしても澪緒は無性に泣きたい気分になる。
お互い言葉もなく引き寄せ合って自然に唇を合わせた。
「澪緒は魔法使いだ。次々と美しいものを生み出す、魔法のような手を持ってる」
「理緋都…」
「澪緒の話を聞きたい。大学の時とか、今の職場のこととか、色々教えてくれ」

話題は2人のことから2人の仕事まで濃密に話し合った。
夜は伊勢海老の味噌汁や炊き込みご飯などの和食が並んだ。食べ切れず残ったものを冷蔵庫に入れるとパンパンになった。
当然のことながら夜で切り上げることなんてできず結局澪緒は柏木の家に泊まり、また裸で交わって日曜日の昼に起き澪緒の手作りパンを食べ、夕方にようやく帰ることになった。

最寄り駅まで徒歩で移動し、2人で改札の前に立つ。

「また明日な」
「うん…理緋都」
「どうした?やっぱ伊勢海老の味噌汁鍋ごと持ち帰るの大変か?」
「舐めんな俺も男だ。違う。あの…昨日は重いこと言ってごめん」
「重いこと?」
「お前の愛は今だけのものじゃないよな、信じていいのか?…って」
柏木が息を止めるような緊張感をまとわせたのを見て澪緒は慌てて弁明する。

「やっぱ信じていいのかってのは忘れてくれ、俺いっつも好きになる重いこと言っちゃうんだ。それが原因で副島さんともギクシャクしたり。はは、学習能力ない。あの、理緋都がボーイフレンドになるって言ったからって責任感じないでくれ。できるだけ長く付き合いたいから気軽に考えてくれ。重荷になりたくな…んっ!」
柏木が屈んで澪緒の額にキスをした。

「澪緒、軽い関係なら、俺はいらない」
澪緒の大きな目に涙の膜が張る。
「大人ぶらなくていい。重いまま付き合う」
「理緋都」
「ああ」

「ありがとう」
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