死が二人を分かたない世界

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魔界編:第6章 拠り所

拠り所

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 振り返って見つけた人影は、建物の影からクリクリとした大きな目で、瞬きもせずに僕たちをジッと凝視していた。
 顔立ちは幼めで、肩にかかるほどの少し長い髪は薄い金髪、それに水色のメッシュが入っていた。
 小柄だけど、たぶん男だ。

 その特殊な髪色にも勝るインパクトがその人にはあった、大きな目の白目は真っ赤に充血していて、額からは2つ、コブと言っても差し支えない程度の角が……! つまりあれが、協力者!

 僕と目があった小柄な"鬼もどき"は、慌てふためくように路地の奥へと逃げ出した。
「ユキもう一人いた! 追いかけて!」
「こんな格好させたまま置いていけるか!」
 僕の言葉にユキは間髪入れずに声を荒げた……珍しく少し怒っているようなその声色にびっくりして、何をそんなに……と自分の状況を確かめてようやく気付いた。

 右足と両手首を地面に固定されているせいで、僕は四つん這いで尻を突き出すような格好になっていて……。

 うぅぅっ、確かにこれで一人放置されるのは恥ずかしいけど!! 僕の羞恥心より犯人の検挙を優先するべきじゃない!?
「カズヤ達に捜索させてくれ」
「わかった!」
 いつもならユキが指示するのだけど、ユキの表情は極めて深刻だった。それだけ解除に集中していた……ユキが手こずるほどの物なんて、製作者は気合を入れすぎじゃないだろうか。

 ユキを除いた部隊の全体通信で、"鬼もどき"二人の特徴を伝えた。二人ともよく似た色味の金髪で、とても他人同士とは思えない上、特徴的な服装と髪色だ……きっとすぐに見つかるだろうと思った。

 カズヤさん、ルイさん、飛翔さんから各々了解の返事が来た時、ガチャリと手首の枷が外れる音がした……! 早っ! ユキの解除の仕方から、おそらく中のカギを作者の設定した順番どおりに解錠する……多分そんな仕掛けだ。

 ふぅ……とため息をついたユキは、細かくて難しい仕事を終えた後だというのに汗ひとつかいてはいなかった。そう、悪魔は生理現象では汗をかかない。

「ごめんね、足手まといだった」
「いや、俺が悪い……気が抜けてた」
 ユキは僕の足で解除方法を解析して、地面伝いに解除用の魔力を行き渡らせた。次々と周りの人達が解放されていき、助かった人たちは感謝を伝えるように僕たちの元へと集まってくる。

 ユキが感謝の気持ちで、慕われて囲まれているのは嬉しいものだったけど、僕たちは逃げた犯人を追わなければいけない。
「どけ、邪魔だ」
 少し不機嫌そうにピリッとプレッシャーを乗せたユキの声に、周囲の人たちは一瞬で口を閉じて一歩下がった。

 いつものように僕の肩を抱いたかと思うと、足元に転移陣が開いて、瞬きの間に僕らは裏路地へと転移していた。
「僕らも捜索に加わらないとね!」
 その場から駆け出そうとした時に、ユキから手首を掴まれて止められた。
「真里……」
 さっきの不機嫌そうな顔のまま、ユキが僕へと一歩迫ってくる。
「え……っと、どうしたの?」

 ユキが不機嫌な理由が分からなくて困った……ジリジリと寄られて背中が壁につくと、もう逃げ場がない。なんで……やっぱり、簡単に捕まったこと怒ってる!?

 ピリリリリリリッ

 二人のインカムが同時に鳴った、この古風な着信音は部隊からの通信だ、この流れなんだか既視感があるような……。

「なんだ?」
 ユキがギュッと眉間にシワを寄せて、ものすごく不満げな顔と声で応答した。同時に僕の通信も繋がって、カズヤさんの声が聞こえてくる。
『……白い服を着た"鬼もどき"について情報が』
 カズヤさんが話し出す前のちょっとした間に、八つ当たりな対応をされて不服……って感じが伝わってくる。ユキの顔を覗き込むと、バツが悪そうに視線を外した。

『移動した先は転生院だったみたいです』
 カズヤさんの報告に、外れたはずのユキの視線が戻ってくる。
「今すぐ向かう」
『来ても居ませんよ……白い服の実行犯は、そのまま輪廻門へ飛び込んだようです』
「えっ、なんで……」
 思わず口に出してしまった、白い服の"鬼もどき"は、そこまで追い詰められてはいなかったはずだ。ユキは僕にかかりきりだったし、追おうともしていなかった……むしろそれを狙って僕を拘束したんじゃないかと思っていたのに。
 今回の実行犯の目的は一体なんだったんだ? まるで、自爆テロじゃないか……!

「引き続きもう一人の捜索を頼む」
 全員にユキが指示を出して、一度通信は切れた。僕たちもこのまま逃げたもう一人を追わなければいけない。

 僕はまだ壁際に追い詰められたままだけど、ユキの表情は少し穏やかに戻ってきていた。
 いや、むしろ少し……疲れたって顔だろうか。
「……大丈夫?」
 ユキの両手首に触れてから下へ撫でて手のひらに触れると、ユキがギュッと僕の手を握った。
 ユキの頬が僕の頭の上に乗ってきて、心地いい重さと温かさに、こんな状況でも嬉しくなる。
 ユキの胸に頭を寄せると、いい匂いがして幸せだ……いけない、仕事に戻らないといけないのに。

「真里の願いを叶えたから、対価が欲しい」
「えっ……」
 そう言えば、僕がみんなを助けて欲しいってお願いした時、願いがどーとか言ってた! ユキが要求する対価ってつまり……そういう事だよね!?
「い、家に帰ってから!」
「駄目だ」
 優しく握られていた手は持ち上げられて、今度は強く壁に押し付けられた。ユキの顔が近づいてきて、顔を背けようとした僕の唇を無理やり貪ってくる。
 強引に舌をねじ込まれて、貪欲に求められたら……ダメだ、流される! ここ外なのに……!

 ヌルリとユキの舌が抜かれて唇が離れて、口寂しさから目を開くと、目の前にはまだユキの顔があった。
「真里……約束してくれ」
「へ……?」
「俺は他の何よりもお前が大事なんだ、分かるか?」
 ユキの真剣な顔に気圧されて、ただ黙って頷いた。
「じゃあ、二度と自分のことはいいなんて言わないでくれ、お前は俺の唯一なんだ……自己犠牲なんてやめてくれ、頼むから……」

 今度は強く抱きしめられて、少し震えるユキの声と体に、胸が締め付けられるほど熱く痛くなった。
 さっきの騒動の中で、僕は何度も自分なんて放っておいていいからって思った……それが自己犠牲なんて思わなかった、ただ自分の失敗でユキの足を引っ張りたくなかっただけなんだ。

「ごめん、二度と言わない……僕だってユキが一番大事だから、分かってたのに……」
 ユキの背中に腕を回すと、僕を抱き込む力は痛いくらいに強くなった。
「俺の為なんてのも駄目だからな……真里を犠牲にして俺が喜ぶ事はひとつもない、絶対に、何があってもだ……」
「うん、約束する」
 ユキが少し安心した様に息を吐いてから、強く抱きしめた腕を緩めた。

「それが対価だ、忘れないでくれ」
 ユキの手が僕の背中から首筋を上って、髪に指が入ってきたかと思うと愛しそうに頭を撫でられた。
 僕の事を本当に大切に思ってくれているのが伝わってきて、その手がすごく温かくて嬉しかった。

 ただもう片方の手は下がってきて、腰を通過してお尻を撫で回してくる……。
「ユキ……対価はさっきの約束なんだよね?」
「そうだ、これはただの魔力補給だ」
 今度はクスクスと楽しそうにし始めたユキに、啄むようにチュッチュッとキスされる。

「そういえばさっき、やめて欲しくないって顔してたな……匂いも美味しそうになってた」
「そん、な……だってユキが!」
 僕がユキとのキスに弱いって分かってるのに、あんな気持ちいい絡ませ方してくるから!

「早く帰って食べたい……」
「ひぅっ!!」
 耳を舐められて、優しく噛まれてゾクゾクした。これ以上そんな触られ方したら、人前に出られなくなってしまう!
「それなら、早く解決してしまおうよ」
「ん? それは真里からのお誘いだと思っていいのか?」
「……うん、そうだよ」
 そう返事するのは少し恥ずかしかったけど、ユキのパァッと輝くような笑顔に全て持っていかれた……可愛すぎる!

「よし、じゃあ行くか!」
「わぁっ!」
 ユキが軽々と僕を片腕で僕を抱き上げて、ビックリして犬耳の頭にしがみついた。
「しっかり捕まってろ」
 ニッと笑ったユキは、一瞬で建物の屋根まで飛び上がって、屋根から屋根へ飛び移っては捜索するという荒技に出た。

 僕はただユキにしがみついていただけだったけど、そこまでやってもあの小柄な協力者を見つける事は出来なかった……。
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