死が二人を分かたない世界

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魔界編:第9章 真里

それぞれの思い

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 ユキと幸せな時間を過ごして、溶け合うみたいに心地よかった。だからなのか、今日はずっと起きていようと思っていたのに、ふと微睡んでしまった。

「気持ちの整理はできたかな?」

 菖蒲畑の中に一人佇む、狩衣を着た後ろ姿があった……これは夢の中か。今日は霧がかかっていない、僕に対して姿を隠す気はないようだ。烏帽子からは僕と同じような、クセのある髪が覗いている。

 振り向いた顔は、他人とは思えないほど僕に似た……自分が歳を重ねることができれば、こうなるんだろうかと思わせる顔立ちだった。
 この人が僕の魂の前世で、ユキの最期を看取った人。

「菖寿丸……」
「両親には、まだ会いに行かなくていいのかい?」
 人当たりの良さそうな笑顔に、思わず心が解されそうになる。僕はこんな顔をして笑うだろうか?

「それなんですけど……あなたに何か利益はあるんですか?」
「今日、椿に会わせてくれただろう? そのお礼と思ってくれていい……元気そうな顔が見れて、安心した」
 その声はひどく優しく、本心からの言葉だと思ったけど……。

「椿に会う前から提案してきているんだから、それは答えになってない」
「まったくその通りだね」
 ハハッと軽快に笑って腕を組む姿は、顔はそっくりなのに僕とはまるっきり別人だ。
 着物から少しだけ見える腕も、僕とは違って……ある程度鍛えられたような男の腕だ、似た顔だからこそ羨ましい。

「僕を両親に会わせると、あなたに得があるんじゃないですか……例えば、僕の意識を乗っ取れるとか……」
 当てずっぽうだった、ただ菖寿丸を牽制したかった、思い通りになる気は無いと。

「……そうだな、ほぼ正解だ」
「――ッ!!!?」
 危なかった……両親に会いたいがために承諾していたら、僕の意識はコイツに乗っ取られていたのか!?

「両親の件は結構です! 幸い、お盆に姿を見ることができると聞いてますので!」
「でも会話は出来ないんだろう? 声も聞こえないらしいし」
「なんで知って……まさか、こっちの状況が見聞き出来るんですか!?」
「まぁ、それなりに」
 フッと、少し皮肉めいた顔で笑った菖寿丸にカッとした。

「まさか、今日の……僕たちのアレとかも……見えてるんですか!?」
「申し訳ないとは思うけど」
「~~っ! 見ないでください!!!」
「無茶言うなよ」
 思わず距離を詰めると、菖寿丸は組んでいた両手を解いて、僕を静止しながら困ったように笑う。

「恥ずかしいからって、訳じゃ無いんだよな」
「ユキの……あの顔も、声も僕だけのものだから……誰にも見られたくない」
 もちろん恥ずかしいのもあるけど、いくら自分の前世だと言っても、ユキの事を好きだったのは明らかなんだから……そんな相手には尚更見せたくないと思う。

「うん、そうだろうとも」
 その声は落ち着いていて、取り乱している自分と比べては、大人と子供の余裕の差を感じさせられる。
「俺はもうただの精神体でしかないから、欲情なんてしないし……幸せそうな顔を見ることくらい、許してくれないか?」
「――っ、それは……」
 穏やかに笑う顔に心が絆されそうになる。この人はただ、ユキの側に行きたいって気持ちだけで千年間……。

「今、見るくらいならいいと思ったか? そう簡単に人を信じるもんじゃないぞ」
「もー! 何なんですか!!!」

 そうだ、気を抜けば僕の意識を乗っ取りかねない相手なんだ。もし僕が産まれてからの状況をずっと見てきたのなら、僕のフリをする事だってきっと出来てしまう。
 取って代わられるなんてごめんだ、ユキを幸せにするのは僕だって、誓ったばかりなんだから。

「そうだな……他の人は騙せても、彼を騙す事はできないだろうな」
「心の声も筒抜けなんですか!? 隠し事もできないなんて……」
「魂を共有しているのだから仕方ない」
 でも僕にはこの人の本心がわからない、なんだか不公平な気がする。

「俺は君と同じように彼を愛してやることはできない、特に君が愛しくて思っている此処は……」
 そう言って菖寿丸が指を刺した場所は、左の首元……そこは、ユキの死因になった傷痕がある場所だ。
 ユキを愛したいと思った時に僕が触れる場所で、ユキを愛しく感じる場所の一つであって、僕だけが触れられる特別な……。

「君は此処を愛しく思っている様だが、俺にとっては見るのも痛々しい痕だ……愛しそうに触れることなんて、出来ない」

 恋人同士しか知らない事まで言われて、反射的に拒否反応が出て、聞きたくないと思った。
 なのに想像してしまった、愛する人がそこから血を流し、事切れる瞬間を見ていた、その時の菖寿丸の気持ちを。

 胸が苦しい……もしかして僕がそこに触れるたび、菖寿丸は辛い思いをしていたのだろうか。

 思わず胸を押さえると、菖寿丸と目が合った。
 フッと優しく笑う表情には、少し呆れている様な雰囲気も混じっていて……なんだか、終始馬鹿にされている様な気さえする。
 そういうところは、なんだか少し魔王様に似ている気もして……魔王様が菖寿丸を嫌っているのは、もしかして同族嫌悪なんじゃないか。

「そういえば、ずっとユキの事を『彼』って呼んでますけど……」
「俺が呼んでいた呼称が知りたい?」
「えぇ……まぁ」
 ユキは『菖寿』と幼名で呼んでいたみたいだし、ユキも幼名で呼ばれていたと考えるのが妥当だろうけど。

「ゆきまるだよ」
「……へっ!?」
「ゆきまる、かわいいだろ?」
 ――っ!! 想像以上に可愛い呼び方をされていて動揺しかない!

「『雪鬼丸』なんて物々しいのは似合わないだろう?」
 出会った頃の幼いユキを思い出して、女の子と見間違うほどの愛らしさに、ユキの幼名である『雪鬼丸』は確かに似合わない。

「そうですね」
 そんなの同意しかできない。
 端々で気が合うと思わせたり、思いがけず同調してしまうのは、やっぱり僕の前世だからだろうか。

「さて、そろそろ起きた方がいいんじゃないか?」
「……あっ!」
 そうか、今日は寝かせたくないってユキに言われてたのに! 夢を見てるって事は、うっかり寝ちゃってるじゃないか!

 意識を向ければユキに呼ばれている声がする……! 起きなきゃ!
「悪いけど、記憶には蓋をさせてもらうよ」
「えっ……」

-----

「真里」
「――ッ! ごめ、今寝てた!?」
 寝転んだまま僕を後ろから抱きしめるユキが、甘える様に僕に体を寄せる。

「すまない、疲れさせているのは分かっているんだが」
「んぅッ……!?」
 ぬちっと僕の中のユキが動いて、体がびくんと跳ねた。本当にまだ繋がったまま……! 

「ユキも……最初の一回だけで、ずっとイッてないけど、がまんしてるんじゃないの?」
「我慢はしてない、真里とずっと繋がっていられるだけでいい……温かい真里に包まれてるだけで気持ちいい」
 すりすりと首の後ろに顔を寄せて来て、可愛くて思わず口の端が緩んでしまう。

 時計を見ればもう5時過ぎだ、明け方近くまでユキと愛し合ってたのか……!

 あれ、そういえば……さっきのうたた寝で何か大事なことがあった気がする。
 まただ、僕はまた夢の記憶が何かに閉じ込められてるみたいに思い出せない。

「真里? 何か考えてる?」
「もう朝方だなって、本当に僕たち一晩……」
 触れたくて体を捻って後ろに手を伸ばせば、ユキは僕の手を取って指にキスをした。

「ありがとう、おかげで落ち着いた」
「ごめんね、うたた寝しちゃって……疲れてるわけじゃなくて、気持ち良くて……」
「まだ気持ちいい?」
 グッと押し付けられると、ピッタリとくっついて馴染んでいた内側に、ユキの存在を感じてしまう。

「最後に真里の中を、俺で満たしたい」
 片足を持ち上げられれば、ユキが更に奥へと入って……!
「んうっ……もう、お終いにするの?」
「そんな名残惜しそうにされると、離れ難いな……もうずっとこのまま繋がっていようか」
 ゆるゆるとユキが動き始めて、持ち上げられた足の内側を、ユキの細い指先が撫でていく。
「ふっ……ぁ、繋がっていたいよ……もっと!」

 肩をベッドに押し付けられて、うつ伏せにされたかと思ったら、自分の内側をユキがゆっくりと擦っていく。
 体が熱くなる、さっきまで微睡むくらいゆったりと気持ちよかったのに……! 心臓が飛び出しそうなほど速く脈を打って、さっきとは違う気持ちよさに体が震えた。

 後ろから首や肩、背中を舐められて、吸われて……。
「気持ちいい、真里……好きだよ」
 なんて、ずっと耳元で囁かれたら、僕はあっという間に達してしまった。

 その後もずっとユキはゆっくり優しく、甘い言葉で僕を何度もイかせて。
 最後は身動きもできないほど強く抱きしめられて……絶対逃さないって力強く捕まえられて、一番奥に注がれて……それが嬉しくて、信じられないほど気持ちよかった。

 いつものようにユキが体を綺麗にしてくれて、今日は服も着ないまま、ユキはまた僕の横に潜り込んだ。
 今度は正面から抱き合って、ユキの腕の中に収まると、ユキが優しく抱きしめてくれるから……もう、それだけですごく幸せだ。

「真里、もう寝たいかもしれないが……少しだけいいか?」
「大丈夫、寝る気なんてなかったよ」
 始業時間までにさほど時間はないし、それなら眠ってしまうより、この幸せな時間を少しでも長く堪能したい。
 途中でうたた寝したおかげか、眠気も今は来ていないし。

「ひとつ、確認しなきゃいけない事があるんだ」
「うん……」
 なんだろう、改まって言われると緊張する。


「真里の魂の中に……菖寿はまだ、いるのか?」


 僕はその質問にすぐに答える事ができなかった。
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