43 / 72
第2章『みんなアタシの運命の人』
第20話 有友と夏祭りデート ② a-4
しおりを挟む
────────────
今にも泣き出しそうな勢いで言葉を吐き出したあさひを宥めながら、俺たちはとりあえず人混みを離れることにした。
彼女が打ち明けたこと、その内容が俺にはまだうまく飲み込めていないけれど、今はあさひを落ち着けることが大切だと思ったから。
「もう一度、どういうことなのか説明してくれないか?」
ひとまず大通りから逃れて、少し静かな脇道に入り込んだところで俺は尋ねた。
本当は腰を落ち着けてからにしたいけれど、なかなかゆっくりできるところが見当たらない。
けれどあんまり長いこと話題を遠ざけていることもできなくて、仕方なく歩きながら話を再開させる。
あさひは俺の手をしっかりと握ったまま、らしくなく俯きながらついてくる。
けれど俺の言葉を受けてゆっくりとこっちに顔を向けてきた。
「さっきの俺の行動は、あさひがそうしたからとか。そのレッドなんとかっていうのとか……」
「うん。ちゃんと、話すよ。私が持ってる能力のこと」
そう言うとあさひは力なく笑顔を浮かべた。
彼女らしい燦々としたものじゃなく、不安を覆い隠すような取り繕ったものだ。
「『みんなアタシの運命の人』。それが私の能力の名前。私が持つ『感傷的心象の影響力』なんだ」
あさひの語り口は決して重くなく、努めて気軽に話しているようだった。
そうやって強がっているあさひに対し、俺も極力暗くならないように普通の態度で頷く。
『みんなアタシの運命の人』。能力の名前か。
やっぱりそういうものもあるんだなと、ますます漫画っぽいななんて、そんなことを頭の片隅で思いながら。
「この能力はね、友達とか家族とか、仲のいい人たち、アタシが大切だと思っている人たちと繋がりを結ぶことができんの。実際に人の目に見えるわけじゃないんだけど、運命の赤い糸みたいな感じで、アタシとみんなを繋いでくれてるんだ」
そう言って、あさひは空いた方の手の小指を立てて見せた。
確かにそこに何かが繋いであるようには見えないけれど、要はイメージの問題ってことか。
男女の運命を語る際に用いられる『運命の赤い糸』。そういった特別な繋がりを連想させるものだ。
「アタシは、出会った人みんなが自分の大切な運命の人だと思ってる。家族も友達もみんな大切で、そんな大好きなみんなといつだって繋がってたい。そんな気持ちが、こういう能力を生み出したのかなって」
「そう聞くと確かにお前らしいよな。運命の人ってのは男女間で使われやすいけど、実際そういうわけじゃないし、あさひの考え方はよくわかる。でもそれが、さっき俺に起きた現象となんの関係が?」
「うん。そこが、この『みんなアタシの運命の人』の実際の効果なんだよ」
友達や家族を大切に思うあさひらしい能力だと思いつつ、でも繋がりがどう作用するのかイマイチ掴めない。
俺が慎重に尋ねると、あさひの無理した笑顔が少し引き攣った。
けれどもう覚悟は決まっているようで、語ることに戸惑いはなかった。
「あー、うーんと。うっしーは『感傷的心象の影響力』っていう特殊能力がどういうものかって覚えてる?」
「ちゃんとはまだ理解できてないけど……。確か、感情を伝播させて周囲に影響を与えるとか、なんとか……」
「そうそう、そんな感じ。私の能力は割とベーシックというか、わかりやすい方というか。さっきもちょろっと言ったけどさ。私の気持ちで繋がりの先の相手に影響を与えて、その行動に反映させることができるんだよ」
言いにくそうにしながら、しかし怯むことなくそう口にするあさひ。
その目はしっかりと俺に向けられていて、けれど握られていてる手は小さく震えていた。
繋がる相手の行動に、自分の感情で影響を与える。
それってつまり……。
「アタシはね、人の行動を自分の意思に沿うように変えることができるんだ」
「…………」
絞り出すように告げられた言葉に、俺は息を飲みそうになるのを必死で堪えた。
けれど動揺は伝わったのか、あさひは眉を落としながら苦笑いを浮かべる。
人の行動に影響を与える。自分の意思に合わせて変えることができる。
それはつまり、端的に言ってしまえば、他人を操ることができるということだ。
『感傷的心象の影響力』が周囲に強い影響を与えるものだということは、漠然と理解していたけれど。
そうやって他人の行動そのものにまで直接介入できるものがあるなんて。
未琴先輩が使っていた、時間を巻き戻すという能力がぶっ飛びすぎていて、もっと身近な影響について全く意識が向いていなかった。
「だからさっきは、そうやってうっしーが私のとこにくるように影響を与えたんだ。アタシはうっしーとの繋がりを糸でわかってるから、それを引っ張るような感覚で意思を伝えれば、うっしーの体はアタシのところまで一直線に向かってくれる」
「だから、あさひの居場所なんてわかんなくて、しかも右往左往していたのに、まっすぐお前を見つけられたのか……」
あの時の不思議な感覚に説明を与えられて、ようやく現状を理解することができた。
当時は第六感を得たような感じで、直感的に突き進んでいるような気分だったけれど、それはあさひの意思に引っ張られていたからなんだ。
俺自身は目指すものを知らなかったけれど、彼女が引き寄せる意思に無意識に従っていたから、体が勝手に動くような感じで進んでいった。
そう言われて、『感傷的心象の影響力』はそういうものだと説明を受けたことを思い出す。
普通の人間は大体の場合、影響を受けたことを認識することができない。
気づけても僅かな違和感だけで、自分が影響に晒されて変化していることはそうそう理解できないと。
そういう意味では、さっき『体が勝手に動いている』気がしただけでもかなり気づけていた方なんだ。
「────もしかして、今回だけじゃなくて、今までも何回かこういうこと、あったか?」
「……う、うん。うっしーに、使ったこと、ある。ごめん」
違和感を違和感と認識できたことで、今までの似たような状態が芋づる式に思い出されてきた。
その疑問をあさひが肯定してくれたことで、更にそれが明確なものになっていく。
例えば、未琴先輩が世界を巻き戻すの止めたあの時。
屋上に三人が飛び込んできた時、俺の体が勝手に未琴先輩から離れていったような感覚がした。
それ以外にも、気がつけばあさひのところに行っていたり、彼女を前に体が動かないような経験をしたことがある、気がする。
その全てが、『みんなアタシの運命の人』という、人の行動に影響を与える能力によるものだったのか。
「ごめん……ごめん、なさい。アタシ、サイテーだよね……」
今まで気づけていなかった違和感に理由を得て、頭の中でいろんなピースが合わさる俺。
必死に頭を巡らせている俺に、あさひはひどく萎れた声で言った。
頑張って作っている笑顔も相当苦しげだ。
「悪用したことは……ないつもりだけど。でも、それでもさ、人の行動を操るなんて、やっちゃいけないよね。本人が気付けないやり方で勝手に行動を変えるなんてさ。わかってるんだけどさ……」
「あさひ……」
罪を告白するように言葉を並べるあさひに、俺は首を横に振った。
その震えた手を強く握り返す。
「確かにびっくりしたけど、そんなに気に病むようなことじゃねぇよ。現にあさひがそうやって俺を引き寄せてくれたから、俺はお前をすぐに見つけられたんだから」
「怒んないの……? 今回のことはそれで良かったとしても、アタシは今まで何度か、うっしーの行動を変えてきたのに」
俺がしっかりと見つめると、あさひは俯き気味から見上げてそう言った。
いつもの快活さはどこへやら、親に怒られている子供のようだ。
「今のところ困った覚えはないし、それに悪用したことないんだろ? あさひのことだから他にだって、友達のことを考えての時くらいしか使ってないだろうし。もし他のやつが知ったって、多分誰も気にしないと思うぞ」
「うっしー……」
「それになんていうか、俺にはよくわかんないけど、あさひが俺との繋がりを感じてくれていることが嬉しいし。あとはあれだ、ガンガン系のお前に引っ張り回されるのはもう慣れてるから、それが特殊能力だろうとなんだろうと、俺には今更なんだよ」
そう笑って見せれば、あさひはぎゅっと唇を結んだ。
震える瞳で俺をしっかりと見上げて、縋るように視線を絡ませてくる。
「ありがとう。ありがとう、うっしー……」
自分が与える影響力の真相が知れるのがよっぽど不安だったのか、あさひは言いながら安堵の息を吐いた。
まぁ確かに、人の行動を操れると聞けば普通は不信がるものだし、少なくともいい印象は持たないかもしれない。
けれどそれがあさひの能力ならば、それは繋がりを結ぶいうことに重きを置いているんだとわかるから。
「アタシ、ひとりぼっちが本当に嫌で。誰にも離れてほしくないけど、でもうっしーには一番どこにもいってほしくなくて。なのにさっき逸れちゃって、不安でしょーがなくなっちゃったんだ。だから、強引だってわかってたけど、能力使っちゃって……」
「みんなが好きって言ったって寂しがり屋すぎだな、あさひは。でも、心細くさせちゃってごめんな。もう、手を放したりしないから」
ホッとしからかポロッと一粒だけ涙を流すあさひ。
その涙を拭いながら繋いでいる手をぎゅっと強く握ると、あさひはようやく濁りのない笑みを浮かべた。
「うんっ、ありがと。もし万が一みんながいなくなっちゃうことになっても、うっしーだけにはいなくなってほしくないんだ。そうすればアタシは寂しくない。アタシ、うっしーが大好きだから。だから、うっしーだけはアタシの手、絶対放さないで」
「……あぁ」
強く手を握り合いながら、ひと気の少ない路地を歩く。
あさひの不安が晴れ、彼女が持つ能力の実態もわかって、ようやく気持ちが落ち着く。
それにホッとしながらも、けれどだからこそなのか、俺の中に新たな違和感が芽生えていた。
いや、新たなじゃない。きっと前からずっとあったけど、俺が気付かなかっただけだ。
あさひが持つ能力とそこから生まれていた違和感と。そして彼女の心の揺らぎに触れたことで、ようやく違和感として認識することができたんだ。
もっと前に気づいておかなきゃいけなかった、大きすぎる違和感を。
「────なぁ、あさひ」
それが一体なんなのか、はっきりと言葉にするのは難しい。
けれどどうしても、口にせずにはいられなかった。
違和感を違和感として認識してしまった以上、見て見ぬふりをすることはできなかった。
「ずっと引っかかっていたことに、今気付いたんだ。もしかしたら、俺の勘違いというか、思い違いというか、気のせいなのかもしれないんだけどさ」
俺が口を開くと、あさひは柔らかく微笑んだ。
気を取り直した彼女は、憂うもののない純粋な笑顔を浮かべている。
それが今は、俺の目には、少しチグハグとして見えた。
「あさひは、俺のことを好きだって、そう思ってくれてるんだよな」
「うん。好きだよ。うっしーが大好きっ」
「でもお前は、たくさんの友達のこと、みんなも大好きだよな。いろんな奴らに囲まれて、わちゃわちゃしてるのが好きだよな。俺も、そんなお前がお前らしいって思う」
「……? まぁ、そういうのも大好きだけど……」
要領の得ない俺の言葉に、あさひは不思議そうに首を傾げる。
「でもアタシはうっしーと二人きり、好きだよ? こうやって独り占めできるの嬉しいし」
「うん。でも俺が知っているお前は、ここまで俺と二人きりになろうとするやつじゃないんだ」
「………………」
小さく、あさひが息を飲んだ。
俺の言わんとしていることが伝わったのか。けれど理解はできないのか。
目を白黒させながら俺を見つめている。
あさひの気持ちが嘘だとは微塵も思わない。
彼女は俺のことを好きだと思ってくれていて、恋する乙女としては当然の心理で、独り占めにしたいとか二人きりになりたいとか、そういうことを思ってくれているんだろう。
けれどあさひは元来、大勢の友達に囲まれて、常にみんなでわいわいと盛り上がるのが好きな女子だ。
そんな彼女にしては、最近の行動はあまりにも俺と二人きりになることを優先しすぎている。
恋をしているから普通の交友関係とは違う。そういうことのなのかもしれないけれど。
でも俺の知っているあさひは、友達も家族も、誰だって運命の人だとか言うやつだから。
他の誰がいなくなっても俺だけがいればいいだなんて、そんなことは絶対に言わないはずなんだ。
「あさひ、何かがおかしい。何かはわからないけど、確実に何かが……!」
「うっしー、アタシ────」
俺の訴えにあさひが目を見開いた瞬間、俺の手が何かにぐいっと引っ張られた。
あさひと繋いでいる手じゃない。空いているもう片方の手が、見えない力によって、だ。
いや、これは手を引っ張られているというよりは、体が勝手に動いている。
そうまるで、あさひの『みんなアタシの運命の人』に引かれている時のように。
「ッ────!?」
大通りから外れてひと気のない路地を歩いていた俺たち。
体が何かに引き寄せられる俺と、それに慌ててついてくるあさひ。
そんな俺たちが引っ張られる先には、こじんまりとした公園があった。
そして、釣られるままに、体が勝手に動くままに公園の入り口に足を踏みれた瞬間。
俺は『俺』とぶつかった。
▼ ▼ ▼ ▼
今にも泣き出しそうな勢いで言葉を吐き出したあさひを宥めながら、俺たちはとりあえず人混みを離れることにした。
彼女が打ち明けたこと、その内容が俺にはまだうまく飲み込めていないけれど、今はあさひを落ち着けることが大切だと思ったから。
「もう一度、どういうことなのか説明してくれないか?」
ひとまず大通りから逃れて、少し静かな脇道に入り込んだところで俺は尋ねた。
本当は腰を落ち着けてからにしたいけれど、なかなかゆっくりできるところが見当たらない。
けれどあんまり長いこと話題を遠ざけていることもできなくて、仕方なく歩きながら話を再開させる。
あさひは俺の手をしっかりと握ったまま、らしくなく俯きながらついてくる。
けれど俺の言葉を受けてゆっくりとこっちに顔を向けてきた。
「さっきの俺の行動は、あさひがそうしたからとか。そのレッドなんとかっていうのとか……」
「うん。ちゃんと、話すよ。私が持ってる能力のこと」
そう言うとあさひは力なく笑顔を浮かべた。
彼女らしい燦々としたものじゃなく、不安を覆い隠すような取り繕ったものだ。
「『みんなアタシの運命の人』。それが私の能力の名前。私が持つ『感傷的心象の影響力』なんだ」
あさひの語り口は決して重くなく、努めて気軽に話しているようだった。
そうやって強がっているあさひに対し、俺も極力暗くならないように普通の態度で頷く。
『みんなアタシの運命の人』。能力の名前か。
やっぱりそういうものもあるんだなと、ますます漫画っぽいななんて、そんなことを頭の片隅で思いながら。
「この能力はね、友達とか家族とか、仲のいい人たち、アタシが大切だと思っている人たちと繋がりを結ぶことができんの。実際に人の目に見えるわけじゃないんだけど、運命の赤い糸みたいな感じで、アタシとみんなを繋いでくれてるんだ」
そう言って、あさひは空いた方の手の小指を立てて見せた。
確かにそこに何かが繋いであるようには見えないけれど、要はイメージの問題ってことか。
男女の運命を語る際に用いられる『運命の赤い糸』。そういった特別な繋がりを連想させるものだ。
「アタシは、出会った人みんなが自分の大切な運命の人だと思ってる。家族も友達もみんな大切で、そんな大好きなみんなといつだって繋がってたい。そんな気持ちが、こういう能力を生み出したのかなって」
「そう聞くと確かにお前らしいよな。運命の人ってのは男女間で使われやすいけど、実際そういうわけじゃないし、あさひの考え方はよくわかる。でもそれが、さっき俺に起きた現象となんの関係が?」
「うん。そこが、この『みんなアタシの運命の人』の実際の効果なんだよ」
友達や家族を大切に思うあさひらしい能力だと思いつつ、でも繋がりがどう作用するのかイマイチ掴めない。
俺が慎重に尋ねると、あさひの無理した笑顔が少し引き攣った。
けれどもう覚悟は決まっているようで、語ることに戸惑いはなかった。
「あー、うーんと。うっしーは『感傷的心象の影響力』っていう特殊能力がどういうものかって覚えてる?」
「ちゃんとはまだ理解できてないけど……。確か、感情を伝播させて周囲に影響を与えるとか、なんとか……」
「そうそう、そんな感じ。私の能力は割とベーシックというか、わかりやすい方というか。さっきもちょろっと言ったけどさ。私の気持ちで繋がりの先の相手に影響を与えて、その行動に反映させることができるんだよ」
言いにくそうにしながら、しかし怯むことなくそう口にするあさひ。
その目はしっかりと俺に向けられていて、けれど握られていてる手は小さく震えていた。
繋がる相手の行動に、自分の感情で影響を与える。
それってつまり……。
「アタシはね、人の行動を自分の意思に沿うように変えることができるんだ」
「…………」
絞り出すように告げられた言葉に、俺は息を飲みそうになるのを必死で堪えた。
けれど動揺は伝わったのか、あさひは眉を落としながら苦笑いを浮かべる。
人の行動に影響を与える。自分の意思に合わせて変えることができる。
それはつまり、端的に言ってしまえば、他人を操ることができるということだ。
『感傷的心象の影響力』が周囲に強い影響を与えるものだということは、漠然と理解していたけれど。
そうやって他人の行動そのものにまで直接介入できるものがあるなんて。
未琴先輩が使っていた、時間を巻き戻すという能力がぶっ飛びすぎていて、もっと身近な影響について全く意識が向いていなかった。
「だからさっきは、そうやってうっしーが私のとこにくるように影響を与えたんだ。アタシはうっしーとの繋がりを糸でわかってるから、それを引っ張るような感覚で意思を伝えれば、うっしーの体はアタシのところまで一直線に向かってくれる」
「だから、あさひの居場所なんてわかんなくて、しかも右往左往していたのに、まっすぐお前を見つけられたのか……」
あの時の不思議な感覚に説明を与えられて、ようやく現状を理解することができた。
当時は第六感を得たような感じで、直感的に突き進んでいるような気分だったけれど、それはあさひの意思に引っ張られていたからなんだ。
俺自身は目指すものを知らなかったけれど、彼女が引き寄せる意思に無意識に従っていたから、体が勝手に動くような感じで進んでいった。
そう言われて、『感傷的心象の影響力』はそういうものだと説明を受けたことを思い出す。
普通の人間は大体の場合、影響を受けたことを認識することができない。
気づけても僅かな違和感だけで、自分が影響に晒されて変化していることはそうそう理解できないと。
そういう意味では、さっき『体が勝手に動いている』気がしただけでもかなり気づけていた方なんだ。
「────もしかして、今回だけじゃなくて、今までも何回かこういうこと、あったか?」
「……う、うん。うっしーに、使ったこと、ある。ごめん」
違和感を違和感と認識できたことで、今までの似たような状態が芋づる式に思い出されてきた。
その疑問をあさひが肯定してくれたことで、更にそれが明確なものになっていく。
例えば、未琴先輩が世界を巻き戻すの止めたあの時。
屋上に三人が飛び込んできた時、俺の体が勝手に未琴先輩から離れていったような感覚がした。
それ以外にも、気がつけばあさひのところに行っていたり、彼女を前に体が動かないような経験をしたことがある、気がする。
その全てが、『みんなアタシの運命の人』という、人の行動に影響を与える能力によるものだったのか。
「ごめん……ごめん、なさい。アタシ、サイテーだよね……」
今まで気づけていなかった違和感に理由を得て、頭の中でいろんなピースが合わさる俺。
必死に頭を巡らせている俺に、あさひはひどく萎れた声で言った。
頑張って作っている笑顔も相当苦しげだ。
「悪用したことは……ないつもりだけど。でも、それでもさ、人の行動を操るなんて、やっちゃいけないよね。本人が気付けないやり方で勝手に行動を変えるなんてさ。わかってるんだけどさ……」
「あさひ……」
罪を告白するように言葉を並べるあさひに、俺は首を横に振った。
その震えた手を強く握り返す。
「確かにびっくりしたけど、そんなに気に病むようなことじゃねぇよ。現にあさひがそうやって俺を引き寄せてくれたから、俺はお前をすぐに見つけられたんだから」
「怒んないの……? 今回のことはそれで良かったとしても、アタシは今まで何度か、うっしーの行動を変えてきたのに」
俺がしっかりと見つめると、あさひは俯き気味から見上げてそう言った。
いつもの快活さはどこへやら、親に怒られている子供のようだ。
「今のところ困った覚えはないし、それに悪用したことないんだろ? あさひのことだから他にだって、友達のことを考えての時くらいしか使ってないだろうし。もし他のやつが知ったって、多分誰も気にしないと思うぞ」
「うっしー……」
「それになんていうか、俺にはよくわかんないけど、あさひが俺との繋がりを感じてくれていることが嬉しいし。あとはあれだ、ガンガン系のお前に引っ張り回されるのはもう慣れてるから、それが特殊能力だろうとなんだろうと、俺には今更なんだよ」
そう笑って見せれば、あさひはぎゅっと唇を結んだ。
震える瞳で俺をしっかりと見上げて、縋るように視線を絡ませてくる。
「ありがとう。ありがとう、うっしー……」
自分が与える影響力の真相が知れるのがよっぽど不安だったのか、あさひは言いながら安堵の息を吐いた。
まぁ確かに、人の行動を操れると聞けば普通は不信がるものだし、少なくともいい印象は持たないかもしれない。
けれどそれがあさひの能力ならば、それは繋がりを結ぶいうことに重きを置いているんだとわかるから。
「アタシ、ひとりぼっちが本当に嫌で。誰にも離れてほしくないけど、でもうっしーには一番どこにもいってほしくなくて。なのにさっき逸れちゃって、不安でしょーがなくなっちゃったんだ。だから、強引だってわかってたけど、能力使っちゃって……」
「みんなが好きって言ったって寂しがり屋すぎだな、あさひは。でも、心細くさせちゃってごめんな。もう、手を放したりしないから」
ホッとしからかポロッと一粒だけ涙を流すあさひ。
その涙を拭いながら繋いでいる手をぎゅっと強く握ると、あさひはようやく濁りのない笑みを浮かべた。
「うんっ、ありがと。もし万が一みんながいなくなっちゃうことになっても、うっしーだけにはいなくなってほしくないんだ。そうすればアタシは寂しくない。アタシ、うっしーが大好きだから。だから、うっしーだけはアタシの手、絶対放さないで」
「……あぁ」
強く手を握り合いながら、ひと気の少ない路地を歩く。
あさひの不安が晴れ、彼女が持つ能力の実態もわかって、ようやく気持ちが落ち着く。
それにホッとしながらも、けれどだからこそなのか、俺の中に新たな違和感が芽生えていた。
いや、新たなじゃない。きっと前からずっとあったけど、俺が気付かなかっただけだ。
あさひが持つ能力とそこから生まれていた違和感と。そして彼女の心の揺らぎに触れたことで、ようやく違和感として認識することができたんだ。
もっと前に気づいておかなきゃいけなかった、大きすぎる違和感を。
「────なぁ、あさひ」
それが一体なんなのか、はっきりと言葉にするのは難しい。
けれどどうしても、口にせずにはいられなかった。
違和感を違和感として認識してしまった以上、見て見ぬふりをすることはできなかった。
「ずっと引っかかっていたことに、今気付いたんだ。もしかしたら、俺の勘違いというか、思い違いというか、気のせいなのかもしれないんだけどさ」
俺が口を開くと、あさひは柔らかく微笑んだ。
気を取り直した彼女は、憂うもののない純粋な笑顔を浮かべている。
それが今は、俺の目には、少しチグハグとして見えた。
「あさひは、俺のことを好きだって、そう思ってくれてるんだよな」
「うん。好きだよ。うっしーが大好きっ」
「でもお前は、たくさんの友達のこと、みんなも大好きだよな。いろんな奴らに囲まれて、わちゃわちゃしてるのが好きだよな。俺も、そんなお前がお前らしいって思う」
「……? まぁ、そういうのも大好きだけど……」
要領の得ない俺の言葉に、あさひは不思議そうに首を傾げる。
「でもアタシはうっしーと二人きり、好きだよ? こうやって独り占めできるの嬉しいし」
「うん。でも俺が知っているお前は、ここまで俺と二人きりになろうとするやつじゃないんだ」
「………………」
小さく、あさひが息を飲んだ。
俺の言わんとしていることが伝わったのか。けれど理解はできないのか。
目を白黒させながら俺を見つめている。
あさひの気持ちが嘘だとは微塵も思わない。
彼女は俺のことを好きだと思ってくれていて、恋する乙女としては当然の心理で、独り占めにしたいとか二人きりになりたいとか、そういうことを思ってくれているんだろう。
けれどあさひは元来、大勢の友達に囲まれて、常にみんなでわいわいと盛り上がるのが好きな女子だ。
そんな彼女にしては、最近の行動はあまりにも俺と二人きりになることを優先しすぎている。
恋をしているから普通の交友関係とは違う。そういうことのなのかもしれないけれど。
でも俺の知っているあさひは、友達も家族も、誰だって運命の人だとか言うやつだから。
他の誰がいなくなっても俺だけがいればいいだなんて、そんなことは絶対に言わないはずなんだ。
「あさひ、何かがおかしい。何かはわからないけど、確実に何かが……!」
「うっしー、アタシ────」
俺の訴えにあさひが目を見開いた瞬間、俺の手が何かにぐいっと引っ張られた。
あさひと繋いでいる手じゃない。空いているもう片方の手が、見えない力によって、だ。
いや、これは手を引っ張られているというよりは、体が勝手に動いている。
そうまるで、あさひの『みんなアタシの運命の人』に引かれている時のように。
「ッ────!?」
大通りから外れてひと気のない路地を歩いていた俺たち。
体が何かに引き寄せられる俺と、それに慌ててついてくるあさひ。
そんな俺たちが引っ張られる先には、こじんまりとした公園があった。
そして、釣られるままに、体が勝手に動くままに公園の入り口に足を踏みれた瞬間。
俺は『俺』とぶつかった。
▼ ▼ ▼ ▼
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる