俺の学園ラブコメのヒロインは世界滅亡を目論むラスボスだった〜美少女たちによるハーレム異能恋愛バトル〜

セカイ

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第2章『みんなアタシの運命の人』

第22話 みんなアタシの運命の人 ①

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 邂逅は一瞬。
 その一瞬で俺は頭の中に大量の情報を叩き込まれたような、そんな重い衝撃を受けた。
 俺と『俺』がぶつかった。二つの俺が、あるはずのないもう一つの自分が、自分と合わさった感覚。
 何が何だかわからないけれど、しかしそうと説明する他ない、そんな感覚が俺を満たす。

 公園の入り口へと引き寄せられた俺は、少しの間頭を抱えていて。
 ハッとして顔を上げた時、俺は一人でその場に佇んでいた。

「これ、は……」

 混乱する頭で必死に現状を理解しようとして、辺りを見回してみる。
 すぐ側では有友────あさひが俺と同じように戸惑いの表情を浮かべながら手で顔を覆っていた。

 今さっきまで手を繋いでいたはず────いや、彼女は未琴先輩といる俺のところに飛び込んできて。
 はっきりと思い起こせる、直前にあった二つの出来事。
 そのどちらも確かにあったこととして脳みそが記憶している。

 けれどその二つの記憶は、本来決して並列して存在しないものだ。
 だってどっちとも、ほぼ同じ時間に起きた、全く違う状況のことなんだから。
 それでも俺は、その両方を直前にあったことだと生々しく認識している。

 いや、それだけじゃない。
 今ここに立っている俺は、俺が『俺』にぶつかるという奇妙な体験をした俺は、理解できなくとも現状をはっきりと認識できていた。
 全く異なる二つの矛盾する記憶。それは今さっきのことだけじゃなく、もっと前から存在していると。

 多分、一週間前くらいからだ。
 ここ一週間ほどの記憶が、俺には二重に存在していて、しかもそのどちらも確かなものだと心が訴えている。
 その二本の記憶の道が、今ここで交わったんだと、確かにそう認識できるんだ。

「有友────あさひ……」
「……うっしー、アタシ……」

 混濁する記憶に混乱しながら、傍で佇むその姿に声をかける。
 返ってきたのは動揺を隠せない震えた声だった。
 顔を真っ青にして、信じられないものを前にしたように引き攣っている。

 きっと、彼女も俺と同じような感覚に苛まれているんだ。
 あるはずのない、全く違う二つの記憶の存在に戸惑っている。
 その動揺と困惑が、彼女の繋がりを通して伝わってきているような気がした。

 彼女が必死に俺に訴えかけてきていた違和感。
 俺が彼女に対して感じていた違和感。
 その正体こそが、今俺たちが直面しているこの二重の記憶なんだとしたら。
 一体今、何が起きているっていうんだ……!

「すごい。そんな方法で無理矢理収束させちゃうなんて」

 異なる記憶が並列しているという気持ちの悪い感覚に戸惑っていた時、とても静かな声が耳に届いた。
 その平坦な声色は一切の感情を感じさせず、心地の良い柔らかで優しげな音色を奏でている。
 俺が良く知る、未琴先輩の声だ。

「本当はもう少し先まで行きたかったんだけど、まぁ仕方ないかな」

 そう、未琴先輩は立ち上がりながら口にした。
 困惑に震える俺たちをよそに、とても落ち着いた口調で淡々と。
 顔を向けてみれば、いつもと何ら変わらない穏やかな微笑がそこにはあった。

「未琴先輩……もしかして……」

 とても嫌な予感が全身を震わせた。
 この常識では説明しようのない感覚は、つい一週間前ほどに似たようなものを経験した。
 そしてその原因は、事態の中心は、この未琴先輩だったんだ。

 思えば、記憶の混濁というのもあの時と似ている。
 今回は覚えのある記憶が二つだけだけれど、記憶がダブり入り混じる感覚は酷似している。

 それを思えば、今こうして穏やかに俺たちを見つめているこの人が、無関係だとはともて思えなくて。
 俺は恐る恐る、縋るように口を開いた。

「もしかして、未琴先輩……また、時間を……」
「ううん、違うよ。今回『リード・リロード』は使ってない」
「リード……え?」

 勇気を振り絞って聞いてみれば、未琴先輩はあっさりと首を横に振って否定した。
 けれど代わりに、聞き覚えのない単語を口にする。

「『後悔先に絶たせずリード・リロード』。この間私が使っていた、時間を巻き戻す能力。それは使ってないよ。だって、たけるくんと約束したし」
「……じゃあ、一体何が……? その口振りだと、全く関係ないってことはないですよね」
「まぁ、うん」

 未琴先輩はいつもと変わらない穏やかな様子でこくりと頷く。
 その穏やかな風体や、全く変わらない声色、そして静かな微笑。
 いつも通りの嫋やかな振る舞いが、今は無性に恐ろしく思えた。

 平然とした彼女に、何も変わらない日常の安心を感じたいのに。
 けれど未琴先輩があまりにも揺るぎなさすぎて、這い寄るような恐怖がゾクゾクと俺の心を揺さぶる。
 重い瞼の向こうから飛んでくる、暗く深い瞳の視線が、深淵から覗かれているようなおぞましさを感じた。

 現状の混乱と合わさって、ひどい不安が俺の心を占める。
 そんな俺に、未琴先輩は事も無げに続ける。

「今回私が使ったのは、『あっかもしれなパラレルいはそこにある・メイビー』。可能性に合わせて世界を分岐させて、それを並列的に進行させる能力だよ」
「世界を分岐……? 並列的にって……」
「今回は二つに分けた。つまり君は、あったかもしれない二つの可能性を同時に体験して、今ここまできたんだよ」
「…………!?」

 手を背中で組みながら、未琴先輩はそう言って小さく首を傾ける。
 その愛らしい仕草さえ、今のこのとんでもない状況下では歪に見えてしまった。

 世界が二つに分かれた? 二つの可能性を同時に体験した?
 訳がわからないけれど、しかしそれで記憶が重複していることに納得がいった。
 ここ一週間ほどの間、二つの違う記憶が並列して存在しているのは、世界がそもそも二分されていたからなんだと。

「この間君を巡る恋愛バトルが始まってから、尊くんは選択を迫られる場面がいくつかあったよね。その時に、世界は分岐してたんだよ。あったかもしれない可能性を両方選んで、どちらとも現実にしたの」

 言われてみればそうだ。
 ここ数日の俺は、極端な言い方をすれば、未琴先輩かあさひかを選ぶ岐路に何度か立たされた。
 だからこそダブっているこの記憶には、主に未琴先輩と過ごした日々と、主にあさひと過ごした日々とが存在している。
 今日だって、未琴先輩を選んだ記憶と、あさひを選んだ記憶が並んで記憶されている。

 二者択一。本来どちかだけに進むはずだった人生が、枝分かれして両方を体験していた。
 この記憶の重複は、そういう現象による結果ということなのか。

「でも、そんなこと……じゃあ、どっちが本当の記憶……どっちが本当の俺、なんですか……。世界が二つに分かれて、それが一つに戻った今、どっちが……」
「どっちも本当。どっちも現実だよ、尊くん。世界を二分割にしたとはいっても、今回の分離は本当に僅かで、しかも飽くまで君周辺の狭い範囲に留めたから。どっちも確かにここにいる尊くんが体験した、紛れもない現実だよ。少しの間、現在が二重になっていただけでね」
「そんな、ことが……」

 俺の不安をあっさりと小難しく説明する未琴先輩。
 その内容をしっかりと理解することはできなかったけれど、俺の記憶と感覚が、どちらも本物だと訴えている。
 確かに現実的に考えれば、全く違う時間の流れを同時に体験したなんてあり得ないけれど。それこそ矛盾極まりないけれど。
 今こうして二つの記憶が収束した今、どちらとも俺自身の過去としか思えないから。もうこれはそう信じるしかない。

 パラレルワールドのように似たようなちょっと違う世界が並列したんじゃなく、飽くまで同じ世界の中で可能性が二重した。
 だからさっきぶつかったもう一つの俺も、俺自身に変わらないということ、なのかもしれない。

 記憶を探ってみれば、極めて同じと言っても過言じゃない記憶も散見する。
 つまり二つのルートは、時々限りなく交わるところまで接近していたということだ。
 記憶や体験が異なりつつも、この一週間ほどの大まかな出来事に大きな違いがないことから、全くの別物ではないこともわかる。
 とても理解し難いけれど、俺はこの一週間ほどを、確かに二つに分かれて過ごしていたんだ。どちらも本物として。

「どうして……どうしてそんなことを……」

 理解が追いつかない現状を必死に自分に納得させながら、俺は未琴先輩をまっすぐ見据えた。
 今までずっとデートしてきた彼女と、今日はあまり一緒にいられなかった彼女とが重なる。
 けれどどちらであっても変わらず、未琴先輩は俺に静かで凄みのある微笑みを向ける。

 その姿に、この人はやっぱりこの世界のラスボスなのかと、そう思わせられてしまった。

 目の前にいるのは、確かに俺が親しみを持っている美人すぎる先輩のはずなのに。
 今は何だか、未知の恐怖、まさに魔王と相対しているような気さえした。
 世界を自分の都合で揺るがす、ラスボスのようだと。

「世界を二つに分けて、俺に違う体験をさせて……未琴先輩は、一体何がしたかったんですか……」
「どっちの尊くんも、見てみたくて」

 俺の必死の問いかけに、未琴先輩はやや眉を落として答えた。

「尊くんには私を選んで欲しい。そう思う反面、君が他の子とどう過ごすのかも興味があった。だから思い切ってどっちも進めてみようと思ったの」
「でもそうしたら、いつかは二つが全く違う未来になってしまったかもしれない。今まではちょっとダブるくらいでも、このまま行って取り返しのつかないことになっていたかもしれないじゃないですか」
「もちろん、適当なところで収束させて、矛盾が大きくならないうちに元に戻すつもりだったよ。そろそろね。でもまさか、あさひちゃんが違和感に気づいて、こんな形で収束させられるとは思わなかったけど」

 未琴先輩は特に悪びれもなくそう言って、あさひに向かって視線を向けた。
 未だ戸惑いが抜けないのか、彼女は顔を手で覆ったまま一言も言葉を発しない。

 あさひが持つ『感傷的心象エモーショナルの影響力・エフェクト』、『みんなアタシレッド・ストの運命の人リングス』。
 親しい人間と繋がりの糸を結ぶ能力を持つ彼女だからこそ、その繋がりの先にあるダブった俺の違和感に気づいたのかもしれない。
 その気づきと片側の俺の気づきが連動して、彼女に引き込まれた時、両方の俺が引き合わさって交わって、一気に収束につながった。

 そのまま俺たちが気付かずにいたら、一体どうなっていたんだろう。
 そのうち戻すつもりだったと未琴先輩は言うけれど、それで大丈夫だったかなんてわからない。
 今よりも大きな矛盾を孕んでいたら、これくらいの混乱では済まなくなっていたかもしれないんだ。

「ダメですよ、未琴先輩。こんなことしちゃ……! 確かに前回みたいに、あったことを無かったことにはしてませんけど。でも。今回だって一歩間違えれば、矛盾が大切なものを壊すかもしれなかった……!」
「…………」

 もし俺が片方のルートでどちらかと結ばれていたとしたら。
 その後に収束したら、もう片方の気持ちはどうなるんだ。
 記憶と感情が混在する今の状態で、俺はその子を愛せて、もう片方を切り捨てることができるのか。
 いや、そんなことは絶対にできないんだ。

 そこまではいかなかったけれど、それぞれの時間で二人と培ってきた気持ちは確かに俺の胸の中にある。
 比べるべくもないそれは、俺にとってどちらも紛れもない現実なんだから、片方を無碍に捨てることなんてできない。
 そういう危険を、今回の事態は孕んでいたんだ。

「未琴先輩の気持ちも、わからなくはありません。先輩は確かに、俺が他の子とどういう恋をするのか観てみたいと、そこから恋心をしりたいと、そう言ってましたから。でも、これはダメですよ。これは、みんなの気持ちを踏み躙る行為です。俺やあさひだけじゃない。未琴先輩、あなたの心も……!」
「私の、心……」

 掻き立てられるような恐怖に、俺は思わず語気を強めてしまった。
 けれどこの恐怖は未琴先輩に対する恐れではなく、誰かが強く傷付いてしまうかもしれなかった、そんな悲しみを恐れたもので。
 だから俺は、真っ直ぐに未琴先輩を見つめることができた。

 それ故か、未琴先輩は小さく目を見開いた。
 呟くように、俺の言葉を繰り返す。

「確かにこれなら無かったことにはなりません。でも、大切な時間を純粋に思い起こせなくなるかもしれない。大切なものが霞んでしまうのは一緒ですよ。俺は、未琴先輩との時間をただのいくつもある可能性の一つとだなんて、思いたくはありません!」
「そっか……そう、だよね。私も、そうかもしれない……」

 そして未琴先輩は、小さく頷いた。
 手を前で組み直して、どこか萎らしく下を向く。
 けれどその瞳は控えめに俺へと向けられていた。

「私、焦っちゃってた。君といたい自分と、いろんなことを知りたい自分がいて。どっちも欲張っちゃった。こうすれば効率的だって。でも人との時間って、そういうものじゃないんだよね」
「そうですよ。俺との時間もそうですけど、未琴先輩はみんなといるのも楽しいって言ってたじゃないですか。そういうのも霞んでしまったら、もったいないじゃないですか」
「そうだね。ごめん、尊くん。私また、間違えちゃったね……」

 そう言って、未琴先輩は眉を寄せて謝ってきた。
 やることは凄まじいけれど、未琴先輩は決して話してわからない人じゃない。
 とんでもないことができる力を持っているから、並外れた事態を引き越してしまうけれど。
 でも彼女はただ、恋の仕方がわからなくて、ただ下手くそなだけなんだ。

「わかってもらえれば、それでいいですよ。幸い、俺が認識できる範囲で取り返しのつかないことはなさそうですし。二つのことがあったと俺がわかっていれば、問題はなさそうですよね」
「ありがとう、尊くん。世界が二重になっていたのは、本当に君の周りだけ。他の人は関係ないから大丈夫だよ」

 未琴先輩の返答に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
 世界中の人が二重の記憶に戸惑うようなことになったら、かなりの一大事だった。
 俺やボランティア部だけのことなら、まぁ何とかなるだろう。

 落ち着いた表情を崩さずも、どこかしんみりとしている未琴先輩。
 またもや常軌を逸した力で世界を揺れ動かすような、まさしくラスボスじみたことをやってのけた彼女。
 それにはとても驚かされたし、戸惑ったし、相当な不安にかられた。

 けれどそれが彼女の俺に対する、または恋心に対する純粋な気持ちによるものだと思うと、俺はあまり責めることができなかった。
 もちろんよくないことはそうだと伝えるけれど、怒りを向ける気にはなれなくて。
 恐ろしい体験をしたっていうのに、俺はやっぱり未琴先輩を悪いようには思えなかった。

 むしろ今までの体験から、これくらい突っ走ってこそ彼女らしいとすら思ってしまって。
 こういう考え方をしてしまうのも、俺がダメな理由の一つかもしれない。
 恋は盲目、とは違うのかもしれないけど、気になる人の悪いところに目を瞑りすぎるのは、きっとよくない。

 でも、仕方ないじゃないかと思ってしまう自分がいる。
 未琴先輩の恐ろしさを知っている反面、俺は彼女の健気で純粋な想いもまた知ってしまっているんだから。
 ラスボス然とした底知れなさの中に、普通の少女と変わらない純朴な意思を持っていると、もう散々見せつけられているんだから。

 その力や行動が世界を大きく揺るがしてしまう可能性があるとはよくわかっているけれど。
 それでもこうして話せばわかってくれて、取り返しがつかないような実害がない今、どうしても俺は自分が見たい未琴先輩を見てしまう。
 この世界に生きる人間として、そして未琴先輩が寄り添おうとしてくれている男として、きっとそれじゃダメなんだと、思ってはいるんだけど。
 でも俺は、そんな器用なことができるほど甲斐性のある男じゃないから。

「────あのね、尊くん」

 何にせよ、今はとりあえず事態が落ち着いてよかったっと、そうホッとしていた時。
 未琴先輩がおずおずと口を開いた。

「今回のことは、私のやりすぎだったなって反省してる。でもね、一つ言い訳をさせて欲しいんだ」
「言い訳……?」
「うん。自分が悪くないとは言わなけどね。でも私が『あっかもしれなパラレルいはそこにある・メイビー』を使ったのはね、抵抗のためだったんだ」

 少し控えめにしながらも、未琴先輩はしっかりと俺の目を見てそう言う。
 それは言い訳というよりも、大切な何かを伝えんとしている、そんな意思をいだいているものだった。

「尊くんの選択を誘導している力があった。それが、勝手に方向を決めていた。そのままだと困るから、でもどうせなら利用もしてみようと思って、私は世界を分岐させたんだよ」
「……? どういうことですか、それ」
「そうだね、詳しくは本人に聞いてみようか」

 何だか妙に嫌な予感がしながら、恐る恐る尋ねる。
 すると未琴先輩は、小さく息を吸ってから、ゆっくりと言った。

「尊くんの意思決定に干渉していたのはあなただよね、あさひちゃん」

 未琴先輩の重く鋭い瞳に射抜かれて、隣で固まっていたあさひがビクッと飛び上がった。
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