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第3章『全てを許す慈愛の抱擁』
第19話 リアルな夢と微睡の現実 ❷
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「簡単に言うと私は、相手がどんなものであってもそれを受け止めて、自分に享受することができるんです」
全く理解が追いついていない俺に、安食ちゃんは柔らかく言った。
一瞬垣間見えた暗さはもうなく、いつも通りの優しげな表情だ。
「わかるような、わからないような……ちょっとイメージしにくいなぁ」
「そうなんです。私の能力って特にわかりにくくって。そうですねぇ。私はこれを主に食べることに使ってるんですけど……その方向ならわかりやすいかも」
首を捻る俺に安食ちゃんはそう言うと、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「普通に食べたら、私だってすぐにお腹いっぱいになっちゃうんです。でも気持ちはもっと食べたいから、能力を使って半無限的に食べ物を許容してたくさん食べてるんですよ」
「なんでも好きなだけ思うように、君は物理法則を無視して受け止められる。つまりいくらでも食べられるってこと? まさか、安食ちゃんの食べっぷりにそんなカラクリがあっただなんて」
「欲張りの食いしん坊ってことです。はしたなくて恥ずかしいですけど……」
「いや、別にそんなふうには思わないけど……」
そのちょっぴり後ろめたそうな言い方に、俺はすぐに首を横に振った。
確かに彼女の食欲の裏事情には驚いたけれど、でもそんなの今更だから。
安食ちゃんの大食漢ぷりに『感傷的心象の影響力』が関わっていようがいなかろうが、俺は幸せそうに食べる彼女が好きだし。
俺の返答に安食ちゃんは少し安堵を見せながらも、少し眉を寄せたまま言葉を続けた。
「他にもわかりやすい方としては、掴んだら放さない、という使い方がありますね。実は何度かそれで先輩のことキャッチしてたりします」
「そう言われてみれば、思い当たる節があるような……」
思えば、俺は何度か安食ちゃんに抱き止められた経験がある。
その時は体幹がしっかりしてるんだな、という認識で片付けていたけれど、やっぱり俺たちの体格差では無理がある。
彼女が『なんでも受け止める』という能力を持っているからこそ、俺はしっかりと受け止め支えてもらえることができていた、ということだったんだ。
「なんとなくニュアンスはわかってきたけど、でもじゃあどうして俺の夢を把握するなんてことができるんだ?」
「そうですね。今説明したのは比較的わかりやすい物理的な側面ですが、『全てを許す慈愛の抱擁』の本質は非物理的、精神的側面にあるんです。今回は、それを使いました」
俺の手を握る指にじんわりと力がこもっていく。
安食ちゃんはハキハキと話しながらも、どこかおっかなびっくり俺のことを見上げた。
「私の能力は、抱き受け入れ飲み込むこと。私は人に寄り添うことで相手の精神を抱擁し、その内面を抱き止めて自分の中に受け入れることができるんです」
「……それはつまり、俺の心を読んだりしたって、そういうこと……?」
「突き詰めれば似たようなこともできますが、いわゆる読心術のようなものではありません。基本的には相手の感情の起伏を把握して、それを抱きしめることで共有・同調するというものです」
言いながら、安食ちゃんはコトンと俺の胸に頭を預けた。
そこから伝わる微かな震えが、俺に追求を躊躇わせた。
それでも安食ちゃんは自分の口で、ゆっくりと説明を続けてくれる。
「身を寄せ合ったり抱き締め合ったり、そういう人の関わりは心を落ち着けられたりしますよね? 言ってしまえば、それを極端にしたものです。私は物理的にそれを行うのと同時に、精神面にも直接抱擁することができるので、強い共感覚で相手の内情を把握したり、相手の心をなだらかにすることができるんです」
「…………!」
「ここまで言えば、なんとなく心当たりがありませんか……?」
安食ちゃんと触れ合う時に感じる温かさ。
その華奢な腕に抱かれた時の安心感。
俺の身も心も全て受け入れてくれると思えるあの包容力の正体が、その『全てを許す慈愛の抱擁』なる能力だったと、そういうことなのか?
俺が不安を感じた時、弱さを嘆いた時、安食ちゃんはいつも俺を優しく支えてくれて、俺はそこに少なくない救いを感じていた。
あの時に感じた優しさや安堵は、その能力による強い共感性による安心感だったと。
そう言われてみれば確かに、あの聖母に抱かれるような壮大な心地よさは、十五歳の少女に出せる包容力にしては豊かすぎるのではと思えなくもない。
「先輩はよく、私といると安心するとか言ってくれますけど、でもそう思ってもらえるのはこの能力のおかげ。それにただ私が、先輩と一緒に居たいからしてることです。食べる私が好きって言ってくれるのも、能力を使ってみっともなく欲望を満たしてるだけすし……私なんてただ、欲張りなだけなんですよ」
「安食ちゃん……」
そう弱々くしこぼした安食ちゃんを見て、俺はようやく彼女が自らの能力を口にすることを憚っていたことに納得がいった。
彼女にとってそれは、自分自身の弱い部分の象徴に他ならないということなんだ。
自分が欲するものを受け入れるための許容。安食ちゃんはそれをみっともないと、はしたないと恥じらっている。
小さくなって俺の胸に収まっている安食ちゃんの頭に、俺はそっと手を乗せた。
「欲張りだっていいじゃんか。能力を使ってそれを叶えるのだって立派な安食ちゃんの実力だし、後ろめたく思うことなんかじゃない。俺は、ありのままの君が好きだよ」
「でも……でも、私は、意地汚いだけなんです。好きなものを諦めたくなくて、手放したくなくて。全部自分のものにしたくって。自分の手に収まるように相手を同調させてしまう、そんな身勝手な能力を使ってて……!」
「でも君はちゃんと我慢を知ってる。意地汚い使い方なんてしてないじゃんか。だから俺は、安食ちゃんから感じる暖かさも安心感も、全部君自身の気持ちからくるものだってそう思うよ」
「……!」
その能力を使えば本当に際限なく食べることができるだろうけれど、彼女はいつだって節度を持った食事をしている。
普通の食事量から見れば十分に大食らいだけれど、それでも自分でセーブしながら食べていなければ、止まることを知らない暴食になってしまうはずだ。
精神面のことだって、きっと本気で能力を使えば、俺を安寧の坩堝に落として籠絡することだってできるんだろう。
それを思わせるほどに、俺は無限の母性を感じさせる暖かな心地よさを何度も味わわされてきた。
けれどそんなことをせず、飽くまで俺を癒すだけに使ってくれたことこそが、彼女の自制の表れだと俺は思う。
「大丈夫、恥じることなんてないよ。欲なんて誰にでもあるものだし、君はそれを叶える術を持ってるだけだ。ズルくも汚くもない。安食ちゃんはそのままでいいんだよ」
「先輩……」
「だってこうやって俺のことを助けてれてる。勇気を出して自分のことを教えてくれて、俺に寄り添ってくれてる。そんな君が、ただ欲張りで自分勝手なやつなわけがないんだって」
安食ちゃんの能力は彼女の欲求を叶えるのに適しているというだけで、あってもなくても彼女の本質はきっと変わらない。
だから何も後ろめたく思う必要なんてないし、恥じる必要もないんだ。
安食ちゃんは安食ちゃん。優しくて大らかで一緒にいると安心する、そんな女の子なんだから。
「……もぅ、先輩はそうやって、私のことを甘やかして、受け入れてくれちゃって……もっと、好きになっちゃうじゃないですか」
キュッと俺に抱きつきながら、安食ちゃんは細い声を上げた。
胸に頭を預けたまま顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「ありがとうございます、尊先輩。そんな先輩だから、私は好きになっちゃったんです。先輩がそういう人だから、私も先輩の全部を受け入れてあげたいって、そう思うんです」
「う、うん……」
涙を溜めながら、けれど開放的な笑顔を浮かべた安食ちゃんは、いつなく愛らしく見えて。
どさくさに紛れた告白に、俺は不覚にも顔が熱くなっていくのを感じた。
元から可愛い子だとは思ってたけれど、今は普段にまして豊かな魅力に溢れて見える。
「あ、すみません。別に今答えをくださいってわけじゃないんです」
なんて答えるべきかと迷っていると、安食ちゃんは慌ててそう続けた。
「ただ、今とっても好きって気持ちがいっぱいになっちゃって……。でも先輩がすぐに答えを出せないことはわかってますから。お返事は、ちゃんと決心がついた後で大丈夫ですから」
「あ、ありがとう。助かるよ……」
笑顔を取り戻した安食ちゃんのあまりの物分かりの良さに、俺はたじたじするしかなかった。
これも『全てを許す慈愛の抱擁』なるもののなせる技か。
いや、彼女の本来の優しさからくる懐の深さなんだろうな。
その気持ちに、少しだけでも答えたい。
「じゃあせめて、呼び方を変えさせてもらうよ。いつまでも苗字呼びってのもアレだし」
「えっと、きゅ、急にどうしたんですか……!?」
「いやだって、さっきからちょこちょこ俺のこと『尊先輩』って呼んでくれているし。名前で呼び合いたいのかなって……」
「ッ…………!!!」
俺の提案に、今度は安食ちゃんがカッと赤くなった。
思えば夢の前でもチラッと名前で呼ばれた気がするし、今まで口に出してこなかっただけで、彼女は前からそうしたいと思っていたのかもしれない。
切迫して感傷的になった状況で、本音がポロッと出てしまったんだろう。
安食ちゃんは俺にしがみついたまましばらくモジモジとして、やがて恐る恐る控えめな上目遣いを向けてきた。
「な、名前で……呼んで、欲しいです。先輩、に……」
「先輩って、誰? 俺? それとも他の?」
「た…………う、うっしー先輩に……! 先輩が名前で呼んでくれたら、私も名前で呼んであげますぅ!」
ちょっと意地悪をしてみると、安食ちゃんはむぅーと膨れて声を上げた。
もう既に名前で呼んでは貰ってるんだけどなぁと思いつつ、これ以上からかっても可哀想だ。
俺はもう一度、そのふわふわした頭を撫でた。
「ごめんごめん。改めてよろしく、楓ちゃん」
「────はい! 尊先輩……!」
ムクれ面から一点華やいだ笑顔は、狂おしいくらいに愛らしかった。
全く理解が追いついていない俺に、安食ちゃんは柔らかく言った。
一瞬垣間見えた暗さはもうなく、いつも通りの優しげな表情だ。
「わかるような、わからないような……ちょっとイメージしにくいなぁ」
「そうなんです。私の能力って特にわかりにくくって。そうですねぇ。私はこれを主に食べることに使ってるんですけど……その方向ならわかりやすいかも」
首を捻る俺に安食ちゃんはそう言うと、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「普通に食べたら、私だってすぐにお腹いっぱいになっちゃうんです。でも気持ちはもっと食べたいから、能力を使って半無限的に食べ物を許容してたくさん食べてるんですよ」
「なんでも好きなだけ思うように、君は物理法則を無視して受け止められる。つまりいくらでも食べられるってこと? まさか、安食ちゃんの食べっぷりにそんなカラクリがあっただなんて」
「欲張りの食いしん坊ってことです。はしたなくて恥ずかしいですけど……」
「いや、別にそんなふうには思わないけど……」
そのちょっぴり後ろめたそうな言い方に、俺はすぐに首を横に振った。
確かに彼女の食欲の裏事情には驚いたけれど、でもそんなの今更だから。
安食ちゃんの大食漢ぷりに『感傷的心象の影響力』が関わっていようがいなかろうが、俺は幸せそうに食べる彼女が好きだし。
俺の返答に安食ちゃんは少し安堵を見せながらも、少し眉を寄せたまま言葉を続けた。
「他にもわかりやすい方としては、掴んだら放さない、という使い方がありますね。実は何度かそれで先輩のことキャッチしてたりします」
「そう言われてみれば、思い当たる節があるような……」
思えば、俺は何度か安食ちゃんに抱き止められた経験がある。
その時は体幹がしっかりしてるんだな、という認識で片付けていたけれど、やっぱり俺たちの体格差では無理がある。
彼女が『なんでも受け止める』という能力を持っているからこそ、俺はしっかりと受け止め支えてもらえることができていた、ということだったんだ。
「なんとなくニュアンスはわかってきたけど、でもじゃあどうして俺の夢を把握するなんてことができるんだ?」
「そうですね。今説明したのは比較的わかりやすい物理的な側面ですが、『全てを許す慈愛の抱擁』の本質は非物理的、精神的側面にあるんです。今回は、それを使いました」
俺の手を握る指にじんわりと力がこもっていく。
安食ちゃんはハキハキと話しながらも、どこかおっかなびっくり俺のことを見上げた。
「私の能力は、抱き受け入れ飲み込むこと。私は人に寄り添うことで相手の精神を抱擁し、その内面を抱き止めて自分の中に受け入れることができるんです」
「……それはつまり、俺の心を読んだりしたって、そういうこと……?」
「突き詰めれば似たようなこともできますが、いわゆる読心術のようなものではありません。基本的には相手の感情の起伏を把握して、それを抱きしめることで共有・同調するというものです」
言いながら、安食ちゃんはコトンと俺の胸に頭を預けた。
そこから伝わる微かな震えが、俺に追求を躊躇わせた。
それでも安食ちゃんは自分の口で、ゆっくりと説明を続けてくれる。
「身を寄せ合ったり抱き締め合ったり、そういう人の関わりは心を落ち着けられたりしますよね? 言ってしまえば、それを極端にしたものです。私は物理的にそれを行うのと同時に、精神面にも直接抱擁することができるので、強い共感覚で相手の内情を把握したり、相手の心をなだらかにすることができるんです」
「…………!」
「ここまで言えば、なんとなく心当たりがありませんか……?」
安食ちゃんと触れ合う時に感じる温かさ。
その華奢な腕に抱かれた時の安心感。
俺の身も心も全て受け入れてくれると思えるあの包容力の正体が、その『全てを許す慈愛の抱擁』なる能力だったと、そういうことなのか?
俺が不安を感じた時、弱さを嘆いた時、安食ちゃんはいつも俺を優しく支えてくれて、俺はそこに少なくない救いを感じていた。
あの時に感じた優しさや安堵は、その能力による強い共感性による安心感だったと。
そう言われてみれば確かに、あの聖母に抱かれるような壮大な心地よさは、十五歳の少女に出せる包容力にしては豊かすぎるのではと思えなくもない。
「先輩はよく、私といると安心するとか言ってくれますけど、でもそう思ってもらえるのはこの能力のおかげ。それにただ私が、先輩と一緒に居たいからしてることです。食べる私が好きって言ってくれるのも、能力を使ってみっともなく欲望を満たしてるだけすし……私なんてただ、欲張りなだけなんですよ」
「安食ちゃん……」
そう弱々くしこぼした安食ちゃんを見て、俺はようやく彼女が自らの能力を口にすることを憚っていたことに納得がいった。
彼女にとってそれは、自分自身の弱い部分の象徴に他ならないということなんだ。
自分が欲するものを受け入れるための許容。安食ちゃんはそれをみっともないと、はしたないと恥じらっている。
小さくなって俺の胸に収まっている安食ちゃんの頭に、俺はそっと手を乗せた。
「欲張りだっていいじゃんか。能力を使ってそれを叶えるのだって立派な安食ちゃんの実力だし、後ろめたく思うことなんかじゃない。俺は、ありのままの君が好きだよ」
「でも……でも、私は、意地汚いだけなんです。好きなものを諦めたくなくて、手放したくなくて。全部自分のものにしたくって。自分の手に収まるように相手を同調させてしまう、そんな身勝手な能力を使ってて……!」
「でも君はちゃんと我慢を知ってる。意地汚い使い方なんてしてないじゃんか。だから俺は、安食ちゃんから感じる暖かさも安心感も、全部君自身の気持ちからくるものだってそう思うよ」
「……!」
その能力を使えば本当に際限なく食べることができるだろうけれど、彼女はいつだって節度を持った食事をしている。
普通の食事量から見れば十分に大食らいだけれど、それでも自分でセーブしながら食べていなければ、止まることを知らない暴食になってしまうはずだ。
精神面のことだって、きっと本気で能力を使えば、俺を安寧の坩堝に落として籠絡することだってできるんだろう。
それを思わせるほどに、俺は無限の母性を感じさせる暖かな心地よさを何度も味わわされてきた。
けれどそんなことをせず、飽くまで俺を癒すだけに使ってくれたことこそが、彼女の自制の表れだと俺は思う。
「大丈夫、恥じることなんてないよ。欲なんて誰にでもあるものだし、君はそれを叶える術を持ってるだけだ。ズルくも汚くもない。安食ちゃんはそのままでいいんだよ」
「先輩……」
「だってこうやって俺のことを助けてれてる。勇気を出して自分のことを教えてくれて、俺に寄り添ってくれてる。そんな君が、ただ欲張りで自分勝手なやつなわけがないんだって」
安食ちゃんの能力は彼女の欲求を叶えるのに適しているというだけで、あってもなくても彼女の本質はきっと変わらない。
だから何も後ろめたく思う必要なんてないし、恥じる必要もないんだ。
安食ちゃんは安食ちゃん。優しくて大らかで一緒にいると安心する、そんな女の子なんだから。
「……もぅ、先輩はそうやって、私のことを甘やかして、受け入れてくれちゃって……もっと、好きになっちゃうじゃないですか」
キュッと俺に抱きつきながら、安食ちゃんは細い声を上げた。
胸に頭を預けたまま顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「ありがとうございます、尊先輩。そんな先輩だから、私は好きになっちゃったんです。先輩がそういう人だから、私も先輩の全部を受け入れてあげたいって、そう思うんです」
「う、うん……」
涙を溜めながら、けれど開放的な笑顔を浮かべた安食ちゃんは、いつなく愛らしく見えて。
どさくさに紛れた告白に、俺は不覚にも顔が熱くなっていくのを感じた。
元から可愛い子だとは思ってたけれど、今は普段にまして豊かな魅力に溢れて見える。
「あ、すみません。別に今答えをくださいってわけじゃないんです」
なんて答えるべきかと迷っていると、安食ちゃんは慌ててそう続けた。
「ただ、今とっても好きって気持ちがいっぱいになっちゃって……。でも先輩がすぐに答えを出せないことはわかってますから。お返事は、ちゃんと決心がついた後で大丈夫ですから」
「あ、ありがとう。助かるよ……」
笑顔を取り戻した安食ちゃんのあまりの物分かりの良さに、俺はたじたじするしかなかった。
これも『全てを許す慈愛の抱擁』なるもののなせる技か。
いや、彼女の本来の優しさからくる懐の深さなんだろうな。
その気持ちに、少しだけでも答えたい。
「じゃあせめて、呼び方を変えさせてもらうよ。いつまでも苗字呼びってのもアレだし」
「えっと、きゅ、急にどうしたんですか……!?」
「いやだって、さっきからちょこちょこ俺のこと『尊先輩』って呼んでくれているし。名前で呼び合いたいのかなって……」
「ッ…………!!!」
俺の提案に、今度は安食ちゃんがカッと赤くなった。
思えば夢の前でもチラッと名前で呼ばれた気がするし、今まで口に出してこなかっただけで、彼女は前からそうしたいと思っていたのかもしれない。
切迫して感傷的になった状況で、本音がポロッと出てしまったんだろう。
安食ちゃんは俺にしがみついたまましばらくモジモジとして、やがて恐る恐る控えめな上目遣いを向けてきた。
「な、名前で……呼んで、欲しいです。先輩、に……」
「先輩って、誰? 俺? それとも他の?」
「た…………う、うっしー先輩に……! 先輩が名前で呼んでくれたら、私も名前で呼んであげますぅ!」
ちょっと意地悪をしてみると、安食ちゃんはむぅーと膨れて声を上げた。
もう既に名前で呼んでは貰ってるんだけどなぁと思いつつ、これ以上からかっても可哀想だ。
俺はもう一度、そのふわふわした頭を撫でた。
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