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第1章 神宮 透子のラプソディ
18 ロードの策略
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────────────
「くそが!」
瓦礫を吹き飛ばして這い出したD8は、八つ当たりのように近くの瓦礫を魔法で爆破させて叫んだ。
もうアリスたちはこの場にいない。完全に取り逃がしてしまった。
「落ち着いてD8。喚いたって始まらない。これは完全に私たちの力不足だよ」
続いて這い出したD4も、唇を噛みながら言った。
失敗するなんて思いもしていなかった。そもそも、魔女が邪魔をしてくることそのものが想定外だった。
魔法使いにとっての花園 アリスの有用性を、魔女が知っているなんて。
そしてそれが同時に、魔女にも同じことが言えるということを知っているなんて。
そんなことは、彼らには想定外だった。
そもそもの話をすれば、あちら側に魔女が存在すること自体を、彼らは把握できていなかった。
そんなことなど考えもしなかった。だから警戒のカケラもなく、アリスを迎えに行ったのだ。
それがまさか、この城まで乗り込んでくることになるなんて。
「落ち着いてられるかよ! これでまた振り出しだ! もう一度、俺たちが迎えに行ける確証なんてないんだぞ!」
「それでもだよ。焦って機を逃したら元も子もない。何のために私たちが魔女狩りになったのか、それはあなたも覚えているでしょう? こんなところで台無しにしてしまうわけにはいかないよ」
「けど……!」
「D8、これは命令。魔女狩りとしては、私はあなたより立場が上なんだから。聞き入れなさい」
D8は舌打ちを打って、足元の瓦礫を蹴飛ばした。
一部が崩壊した城は、元々の無人も相まって、一層の悲壮感を醸し出していた。
「なぁ────アリア」
D8は背を向けてタバコに火をつけながら、少女の名前を呼ぶ。
「俺たちは、あの日に戻ることができるんだろうか」
「そのための今までだよ、レオ。目先の失敗なんて関係ない。最終的にアリスを救うことができれば、必ず……」
D4の返答に、D8は応えなかった。
本来姫君の救出は、魔女狩りの仕事ではなかった。
それを二人は、あらゆる手を使った根回しによって獲得した。
これは本来王族特務の仕事であり、親友である二人であるからこそ、特別に許された任務だった。
それを失敗に終わらせた責任は重い。しかし無理にその失敗を挽回しようとすれば、更なる過ちを犯してしまう可能性がある。
そのリスクを犯すよりも、より堅実に本来の目的のために動いた方がいい。そう思うようにしたとしても、やはり目の前で手を離れていってしまった喪失感は大きかった。
「それにしてもあの剣。お前はどう思うよ」
「『真理の剣』、ね。確かに、何も知らない今のアリスが使えるのはおかしい。今のあの子に、あの剣を使う資格はないはずだもの」
「思い出しつつあるのか、それとも何か違う原因があるのか。どっちにしろ、あの剣が使える以上、野放しにはできねぇよ」
「うん。次の策を考えないといけないね」
その時、人影が二人に近付いた。
誰もいないはずの無人の城に突然現れたその人物に、二人は飛び上がった。
「みすみす逃したな。なんだ、この体たらくは」
溜息混じりにそう溢したのは、白いローブをまとった金髪の中年の男だった。
その身なりと顔からは、貴族のような気品が感じられる。
自らの力と地位に、絶対の自信を持っているかのように堂々としたその姿は、人の上に立つ人物のものだった。
「ロード・デュークス……! いらしていたのですか」
「勿論だともD4。何せ君から報告を受けていたからな。姫君を無事保護した、と」
「確かに保護し、この城まで連れてまいりましたが、侵入者に拉致を許してしまいました……」
「ああ。見ればわかる。それにしても、魔女か……忌々しい」
ロード・デュークスは眉間にシワを寄せて、嫌悪感を露わにした。
「まったく、私の身にもなってみろ。王族特務の任務をお前たちの元にやるのに、どれだけ私が手を煩わせたと思っているんだ。姫君の帰還が叶わないどころか魔女に拉致されるなど、これは沽券に関わる問題だ」
「申し訳、ございません……」
D4とD8はただ頭を下げることしかできない。これは明らかな責任問題。
魔法使いとしての地位と、魔女狩りを統べる者の一人としての立場が、ロード・デュークスにはある。
姫君の奪還の失敗は、個人の魔法使いが取れる責任の範疇を超えている。
「こんなことならばこんな無人の城などではなく、真っ先に私の屋敷にでもお送りするべきだったのだ」
「それは……ここは彼女にとって思い出深い場所。心と記憶を整理するには、この場所が最適かと思いまして」
「うむ。まぁ、お前のその判断は間違ってはいない。しかし警戒を怠ったのはお前の落ち度だ。だがよもや、魔女風情がこの城に侵入するとはな。それ自体は私にも予想外だった。しかも一人────」
その口にした時、ロード・デュークスの表情が険しく歪んだ。
それを見た二人は額に流れる汗を感じながら、ただじっと次の言葉を待った。
「……確認だ。この城に侵入した魔女は、一人か」
「はい。単身にも関わらず、侵入と逃亡を許してしまいました」
「そうか。ではもう一つ聞こう。魔女の痕跡が二つあるが、これがどういうことかわかるか」
「……!」
予想外の言葉に、二人は動揺を隠せなかった。
確かに侵入者は一人だけ。魔女は一人しかここへは来ていない。
それだというのに、残る魔女の痕跡は二つ。それが示す意味は一つ。
「あぁ……何と嘆かわしい。よもやこんなことになってしまうとは」
大仰にそう言うロード・デュークス。
それは、どこかわざとらしくもあった。
「まさか! まさかロードは、あいつが魔女になったって言うんですか!」
「そのまさかだD8。ここに残る痕跡は明らかに二人分。お前たち二人を除いてしまえば、該当者は明らかだ。嘆かわしくも我らの姫君は、『魔女ウィルス』に侵されてしまったということだ」
「そんなバカなっ……」
そう否定しつつも、D8には心当たりがあった。
アリスと戦っている時、彼女は剣以外にも魔法を使っていなかっただろうか。
「誠に残念だが、こうなってしまっては状況が変わる。姫は魔女に堕ちてしまわれた。そうなれば、我ら魔女狩りとしてはすることはただ一つ」
「待ってくださいロード! それは────」
「例外はいかなる場合も許されない。こと魔女においては、絶対にだ。私とて心苦しい。麗しの姫君に対する仕打ちとしては、あまりにも嘆かわしい。しかしそうせねばなるまい。私たちは、魔法使いなのだから」
ロード・デュークスは二人に背を向け、静かに言った。
決して聞きたくはない言葉を。
「姫君を討つほかない。我ら魔女狩りはその使命の元、魔女へと変貌した姫君を討つ。早急に手筈を整えなければ」
「待ってくれよロード!」
まるで掴みかかるような勢いでD8は食らいついた。
「まだそんな確証はない。まず俺がもう一度アイツの所に行って、確かめてからでも────」
「D8。君も魔法使い、魔女狩りならばわかるだろう。これは明らかに魔女の痕跡だ。この城、この場所で魔法を使った魔女は、確実に二人いる。その二人が誰なのかは、直接対峙した君ならわかると思うがね」
「それは……」
冷淡な言葉とは裏腹に、ロード・デュークスの表情にはやや温かみがあった。
彼は冷徹でもなければ非道でもない。D8の言わんとしていることはわかっている。
それでもなお、ロードとしての立場でD8を諭す。
「君の気持ちはわかるとも。姫と親交の深かった君が、それを受け入れたくないことも。しかし、だからこそ君は、魔女狩りとしての職務を全うするべきだ」
「なら、ならせめて俺に行かせてください!」
「悪いがそれはできない。君たちはすでに奪還を失敗している。その君たちに姫討伐の任を下すことは、流石の私でも無理だ。私にも立場というものがある。だがまぁ、安心しろ」
ロード・デュークスは薄い笑みを浮かべて二人を見た。
その顔は、姫の悲劇を嘆く顔では、決してなかった。
「これで今回の失敗はほぼ帳消しだ。何せ、姫君は魔女になってしまったのだから。前提が崩壊する。もうそれどころの話ではないからな」
「…………!」
「それに、どちらにせよもう姫君は必要ない。既に姫がおらずとも計画に支障はなくなった」
「ロード、それは一体どういう……」
「わからないかね、D4」
その顔は、この状況を楽しむかのようだった。
「むしろ姫など、死んでくれた方が良いというわけだ」
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「くそが!」
瓦礫を吹き飛ばして這い出したD8は、八つ当たりのように近くの瓦礫を魔法で爆破させて叫んだ。
もうアリスたちはこの場にいない。完全に取り逃がしてしまった。
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続いて這い出したD4も、唇を噛みながら言った。
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そしてそれが同時に、魔女にも同じことが言えるということを知っているなんて。
そんなことは、彼らには想定外だった。
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「それでもだよ。焦って機を逃したら元も子もない。何のために私たちが魔女狩りになったのか、それはあなたも覚えているでしょう? こんなところで台無しにしてしまうわけにはいかないよ」
「けど……!」
「D8、これは命令。魔女狩りとしては、私はあなたより立場が上なんだから。聞き入れなさい」
D8は舌打ちを打って、足元の瓦礫を蹴飛ばした。
一部が崩壊した城は、元々の無人も相まって、一層の悲壮感を醸し出していた。
「なぁ────アリア」
D8は背を向けてタバコに火をつけながら、少女の名前を呼ぶ。
「俺たちは、あの日に戻ることができるんだろうか」
「そのための今までだよ、レオ。目先の失敗なんて関係ない。最終的にアリスを救うことができれば、必ず……」
D4の返答に、D8は応えなかった。
本来姫君の救出は、魔女狩りの仕事ではなかった。
それを二人は、あらゆる手を使った根回しによって獲得した。
これは本来王族特務の仕事であり、親友である二人であるからこそ、特別に許された任務だった。
それを失敗に終わらせた責任は重い。しかし無理にその失敗を挽回しようとすれば、更なる過ちを犯してしまう可能性がある。
そのリスクを犯すよりも、より堅実に本来の目的のために動いた方がいい。そう思うようにしたとしても、やはり目の前で手を離れていってしまった喪失感は大きかった。
「それにしてもあの剣。お前はどう思うよ」
「『真理の剣』、ね。確かに、何も知らない今のアリスが使えるのはおかしい。今のあの子に、あの剣を使う資格はないはずだもの」
「思い出しつつあるのか、それとも何か違う原因があるのか。どっちにしろ、あの剣が使える以上、野放しにはできねぇよ」
「うん。次の策を考えないといけないね」
その時、人影が二人に近付いた。
誰もいないはずの無人の城に突然現れたその人物に、二人は飛び上がった。
「みすみす逃したな。なんだ、この体たらくは」
溜息混じりにそう溢したのは、白いローブをまとった金髪の中年の男だった。
その身なりと顔からは、貴族のような気品が感じられる。
自らの力と地位に、絶対の自信を持っているかのように堂々としたその姿は、人の上に立つ人物のものだった。
「ロード・デュークス……! いらしていたのですか」
「勿論だともD4。何せ君から報告を受けていたからな。姫君を無事保護した、と」
「確かに保護し、この城まで連れてまいりましたが、侵入者に拉致を許してしまいました……」
「ああ。見ればわかる。それにしても、魔女か……忌々しい」
ロード・デュークスは眉間にシワを寄せて、嫌悪感を露わにした。
「まったく、私の身にもなってみろ。王族特務の任務をお前たちの元にやるのに、どれだけ私が手を煩わせたと思っているんだ。姫君の帰還が叶わないどころか魔女に拉致されるなど、これは沽券に関わる問題だ」
「申し訳、ございません……」
D4とD8はただ頭を下げることしかできない。これは明らかな責任問題。
魔法使いとしての地位と、魔女狩りを統べる者の一人としての立場が、ロード・デュークスにはある。
姫君の奪還の失敗は、個人の魔法使いが取れる責任の範疇を超えている。
「こんなことならばこんな無人の城などではなく、真っ先に私の屋敷にでもお送りするべきだったのだ」
「それは……ここは彼女にとって思い出深い場所。心と記憶を整理するには、この場所が最適かと思いまして」
「うむ。まぁ、お前のその判断は間違ってはいない。しかし警戒を怠ったのはお前の落ち度だ。だがよもや、魔女風情がこの城に侵入するとはな。それ自体は私にも予想外だった。しかも一人────」
その口にした時、ロード・デュークスの表情が険しく歪んだ。
それを見た二人は額に流れる汗を感じながら、ただじっと次の言葉を待った。
「……確認だ。この城に侵入した魔女は、一人か」
「はい。単身にも関わらず、侵入と逃亡を許してしまいました」
「そうか。ではもう一つ聞こう。魔女の痕跡が二つあるが、これがどういうことかわかるか」
「……!」
予想外の言葉に、二人は動揺を隠せなかった。
確かに侵入者は一人だけ。魔女は一人しかここへは来ていない。
それだというのに、残る魔女の痕跡は二つ。それが示す意味は一つ。
「あぁ……何と嘆かわしい。よもやこんなことになってしまうとは」
大仰にそう言うロード・デュークス。
それは、どこかわざとらしくもあった。
「まさか! まさかロードは、あいつが魔女になったって言うんですか!」
「そのまさかだD8。ここに残る痕跡は明らかに二人分。お前たち二人を除いてしまえば、該当者は明らかだ。嘆かわしくも我らの姫君は、『魔女ウィルス』に侵されてしまったということだ」
「そんなバカなっ……」
そう否定しつつも、D8には心当たりがあった。
アリスと戦っている時、彼女は剣以外にも魔法を使っていなかっただろうか。
「誠に残念だが、こうなってしまっては状況が変わる。姫は魔女に堕ちてしまわれた。そうなれば、我ら魔女狩りとしてはすることはただ一つ」
「待ってくださいロード! それは────」
「例外はいかなる場合も許されない。こと魔女においては、絶対にだ。私とて心苦しい。麗しの姫君に対する仕打ちとしては、あまりにも嘆かわしい。しかしそうせねばなるまい。私たちは、魔法使いなのだから」
ロード・デュークスは二人に背を向け、静かに言った。
決して聞きたくはない言葉を。
「姫君を討つほかない。我ら魔女狩りはその使命の元、魔女へと変貌した姫君を討つ。早急に手筈を整えなければ」
「待ってくれよロード!」
まるで掴みかかるような勢いでD8は食らいついた。
「まだそんな確証はない。まず俺がもう一度アイツの所に行って、確かめてからでも────」
「D8。君も魔法使い、魔女狩りならばわかるだろう。これは明らかに魔女の痕跡だ。この城、この場所で魔法を使った魔女は、確実に二人いる。その二人が誰なのかは、直接対峙した君ならわかると思うがね」
「それは……」
冷淡な言葉とは裏腹に、ロード・デュークスの表情にはやや温かみがあった。
彼は冷徹でもなければ非道でもない。D8の言わんとしていることはわかっている。
それでもなお、ロードとしての立場でD8を諭す。
「君の気持ちはわかるとも。姫と親交の深かった君が、それを受け入れたくないことも。しかし、だからこそ君は、魔女狩りとしての職務を全うするべきだ」
「なら、ならせめて俺に行かせてください!」
「悪いがそれはできない。君たちはすでに奪還を失敗している。その君たちに姫討伐の任を下すことは、流石の私でも無理だ。私にも立場というものがある。だがまぁ、安心しろ」
ロード・デュークスは薄い笑みを浮かべて二人を見た。
その顔は、姫の悲劇を嘆く顔では、決してなかった。
「これで今回の失敗はほぼ帳消しだ。何せ、姫君は魔女になってしまったのだから。前提が崩壊する。もうそれどころの話ではないからな」
「…………!」
「それに、どちらにせよもう姫君は必要ない。既に姫がおらずとも計画に支障はなくなった」
「ロード、それは一体どういう……」
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