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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ
49 鳳蝶
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「カノンさんが魔法使いで、魔女狩り…………?」
突然突き付けられた言葉に、私はただ同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
頭が正常に回らない。情報の取捨選択ができなかった。
想像もしていなかった言葉を脳が受け入れてくれなかった。
けれど。C9。
その無機質なコードネームは、私が知る魔女狩りたちが名乗っていたものととってもよく似ている。
D4、D8、そしてD7。よく、似ている。
今目の前に、自分の命を狙っている人がいる。
そんな状況だっていうのに、私はそのことで頭がいっぱいになってしまった。
呆然とした頭で私に寄り添う氷室さんの顔を見てみると、眉を寄せてそっと俯いていた。
氷室さんは気付いていたんだ。カノンさんが魔法使いだって。
いや、冷静に考えてみれば普通は気がつくはずなんだ。
だって魔法使いと魔女の気配は違うんだから。
普通なら対面してそれを間違うことなんてないんだ。
気付いていなかったのは私だけ。
魔法使いと魔女の違いはおろか、そもそもその気配を感じることができない私だけが、それに気付いていなかったんだ。
よく思い返してみれば、カノンさんは一言だって自分が魔女だなんて言っていなかった。
私が勝手にそう思い込んでいただけだった。
魔女であるまくらちゃんを守っているんだから、もちろんカノンさんも魔女だって勝手に思い込んでいたんだ。
カノンさんに目をやると、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまねぇアリス。霰から、お前が感知ができないことは聞いていたんだ。お前がアタシを魔女だと勘違いしていることはわかってたんだけどよ、なんか、言い出せなくてな……」
私が他の魔女以上に魔法使いと対立していることを気にして、言い出せなかったのかもしれない。
まして魔女狩りだなんて、尚更。
でも、みんなカノンさんが魔法使いだって気付いていたのに、どうして何も言わなかったんだろう。
普通の魔女なら魔法使いの身近にいたがらないはずなのに。
私のそんな疑問に答えるかのように、氷室さんが口を開いた。
「あなたが彼女を信用していたから、誰もそれに口を挟まなかった。それに彼女は魔女を守るために戦っている。だから……」
言われてみれば千鳥ちゃんが言っていた。
────厄介なもの連れ込んだわね────みんなアンタだからこそ何も言わないだろうし────
夜子さんだって言っていた。
────それにしても面白い組み合わせだねぇ。まさかここに君みたいな子を招き入れることになるなんてね。まったく、アリスちゃんには困ったものだよ────
みんな、みんなわかっていたのに、私のために受け入れてくれていたんだ。
もちろん氷室さんの言うように、カノンさんが魔女のまくらちゃんを守っていたという特異な状況もあったんだろうけれど。
それでも本来相容れないはずの魔法使いを普通に受け入れてくれたのは、私が……。
「あーあ。アリスかわいそー。アンタがちゃーんと話してあげないからショック受けちゃってるじゃーん。ダメだよ、お友達に隠し事なんかしちゃ」
「アリス、本当にすまない。アタシがきちんと話すべきだったんだ。けど怖かったんだ。私が魔法使いだと知った時、お前に嫌われるんじゃないかって」
アゲハさんの嫌味ったらしい野次が飛ぶ中、カノンさんは項垂れていた。
私に秘密を持っていたことに罪悪感を覚えている。
魔女の中に魔法使いである自分が紛れていたことを悪いことだと思っている。
でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。
そんな顔しないでほしい。カノンさんが悪いわけじゃない。
感じ取る力がなくて、私が勝手に思い込んで誤解していただけなんだから。
カノンさんが嘘をついていたわけじゃない。私が言い出しにくい空気を作ってしまっていたんだ。
「謝らないでカノンさん。悪いのは全部私なんだから」
だから、カノンさんにそんな顔をして欲しくない。
いつだって、気丈で力強くて格好良いカノンさんでいてほしい。
「魔法使いだろうと魔女狩りだろうと関係ないよ。カノンさんはカノンさんだもん。まくらちゃんを必死で守ってるカノンさんだもん。立場とかそんなの全部関係ない。だって、私の友達であることに変わりはないんだから」
「アリス、お前……」
私が笑いかけるとカノンさんは弱々しく眉を寄せて私を見つめた。
「確かにびっくりしたし、聞いた瞬間はちょっぴりショックだったけど、でもそれだけ。それを聞いたって何にも変わらない。カノンさんであることに変わりはないから。それに、私を信じて力を貸してくれたみんなにも示しがつかないしね」
氷室さんは穏やかな雰囲気に戻って頷いてくれた。
氷室さんも夜子さんも千鳥ちゃんも、私を信じて何も言わずに力を貸してくれたんだ。
その気持ちを踏みにじるわけにはいかない。
「それに、C9とかカッコ悪い。カノンさんの方が絶対かわいいよ」
「……うっせぇよ」
カノンさんは照れ臭そうに笑った。
どこか安心しているような、嬉しいような、そんな噛み締めた顔だった。
魔法使いで魔女狩りのカノンさんが魔女のまくらちゃんを守っているってことは、きっと全てを捨てて今ここにいるんだ。
その想いや覚悟までわかってあげることはできないかもしれないけれど、そこからは何があっても守りたいという意志を感じる。
私はカノンさんのその心を信じる。
「ちぇ、つまんないの。とんだ茶番を見せられた感じ」
「アゲハさん。あなたの思い通りにはいきませんよ。私たちは友達なんです。私は友達を、カノンさんを信じる」
「はいはい。どーでもいいから好きにしなよ」
アゲハさんは溜息をつきながら肩をすくめた。
でもとても余裕な表情だった。私たちを殺すことなんて容易いとでも思っているかのように。
「……アゲハさん。こっちには魔法使いのカノンさんだっているんです。あなたは不利ですよね? だって魔女は魔法使いには敵わないんでしょ?」
「あれ? 私の心配してくれんの? 嬉しいなぁ。やっぱ友達想いのアリスは違うねー」
ニヤリと不敵に微笑むアゲハさん。
その小馬鹿にしたような言い方に、私は眉を寄せた。
「でもでも心配ご無用! 相手に魔法使いがいようが、相手の方が数が多かろうが、私は全く不利じゃないよん」
その瞬間、何か良くないものがアゲハさんの周りに充満した。
邪悪な何か。とても醜悪で、混沌とした気配だった。
「なんてったって、私ってば超強いからねっ!」
アゲハさんはそう言って、赤いレザージャケットを脱ぎ捨てた。
その下はタンクトップ一枚。元々曝け出されていた豊満な胸元はもちろん、腕や肩すらもその玉のような肌を露わにした。
その真夏のような色気のある格好に、ほんのちょっぴりだけ見惚れていた、その時だった。
バサッと何かが空気を撫でて風をたてる音がした。
優雅で穏やかな優しい風だ。
まるで空を舞う一羽の蝶の羽ばたきのように。
そして、私は信じられないものを目にした。
私たちの前で、殆ど沈みきった夕日を背にして佇むアゲハさんの背中からは、サファイアブルーの鮮やかな蝶の羽が生えていた。
突然突き付けられた言葉に、私はただ同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
頭が正常に回らない。情報の取捨選択ができなかった。
想像もしていなかった言葉を脳が受け入れてくれなかった。
けれど。C9。
その無機質なコードネームは、私が知る魔女狩りたちが名乗っていたものととってもよく似ている。
D4、D8、そしてD7。よく、似ている。
今目の前に、自分の命を狙っている人がいる。
そんな状況だっていうのに、私はそのことで頭がいっぱいになってしまった。
呆然とした頭で私に寄り添う氷室さんの顔を見てみると、眉を寄せてそっと俯いていた。
氷室さんは気付いていたんだ。カノンさんが魔法使いだって。
いや、冷静に考えてみれば普通は気がつくはずなんだ。
だって魔法使いと魔女の気配は違うんだから。
普通なら対面してそれを間違うことなんてないんだ。
気付いていなかったのは私だけ。
魔法使いと魔女の違いはおろか、そもそもその気配を感じることができない私だけが、それに気付いていなかったんだ。
よく思い返してみれば、カノンさんは一言だって自分が魔女だなんて言っていなかった。
私が勝手にそう思い込んでいただけだった。
魔女であるまくらちゃんを守っているんだから、もちろんカノンさんも魔女だって勝手に思い込んでいたんだ。
カノンさんに目をやると、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまねぇアリス。霰から、お前が感知ができないことは聞いていたんだ。お前がアタシを魔女だと勘違いしていることはわかってたんだけどよ、なんか、言い出せなくてな……」
私が他の魔女以上に魔法使いと対立していることを気にして、言い出せなかったのかもしれない。
まして魔女狩りだなんて、尚更。
でも、みんなカノンさんが魔法使いだって気付いていたのに、どうして何も言わなかったんだろう。
普通の魔女なら魔法使いの身近にいたがらないはずなのに。
私のそんな疑問に答えるかのように、氷室さんが口を開いた。
「あなたが彼女を信用していたから、誰もそれに口を挟まなかった。それに彼女は魔女を守るために戦っている。だから……」
言われてみれば千鳥ちゃんが言っていた。
────厄介なもの連れ込んだわね────みんなアンタだからこそ何も言わないだろうし────
夜子さんだって言っていた。
────それにしても面白い組み合わせだねぇ。まさかここに君みたいな子を招き入れることになるなんてね。まったく、アリスちゃんには困ったものだよ────
みんな、みんなわかっていたのに、私のために受け入れてくれていたんだ。
もちろん氷室さんの言うように、カノンさんが魔女のまくらちゃんを守っていたという特異な状況もあったんだろうけれど。
それでも本来相容れないはずの魔法使いを普通に受け入れてくれたのは、私が……。
「あーあ。アリスかわいそー。アンタがちゃーんと話してあげないからショック受けちゃってるじゃーん。ダメだよ、お友達に隠し事なんかしちゃ」
「アリス、本当にすまない。アタシがきちんと話すべきだったんだ。けど怖かったんだ。私が魔法使いだと知った時、お前に嫌われるんじゃないかって」
アゲハさんの嫌味ったらしい野次が飛ぶ中、カノンさんは項垂れていた。
私に秘密を持っていたことに罪悪感を覚えている。
魔女の中に魔法使いである自分が紛れていたことを悪いことだと思っている。
でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。
そんな顔しないでほしい。カノンさんが悪いわけじゃない。
感じ取る力がなくて、私が勝手に思い込んで誤解していただけなんだから。
カノンさんが嘘をついていたわけじゃない。私が言い出しにくい空気を作ってしまっていたんだ。
「謝らないでカノンさん。悪いのは全部私なんだから」
だから、カノンさんにそんな顔をして欲しくない。
いつだって、気丈で力強くて格好良いカノンさんでいてほしい。
「魔法使いだろうと魔女狩りだろうと関係ないよ。カノンさんはカノンさんだもん。まくらちゃんを必死で守ってるカノンさんだもん。立場とかそんなの全部関係ない。だって、私の友達であることに変わりはないんだから」
「アリス、お前……」
私が笑いかけるとカノンさんは弱々しく眉を寄せて私を見つめた。
「確かにびっくりしたし、聞いた瞬間はちょっぴりショックだったけど、でもそれだけ。それを聞いたって何にも変わらない。カノンさんであることに変わりはないから。それに、私を信じて力を貸してくれたみんなにも示しがつかないしね」
氷室さんは穏やかな雰囲気に戻って頷いてくれた。
氷室さんも夜子さんも千鳥ちゃんも、私を信じて何も言わずに力を貸してくれたんだ。
その気持ちを踏みにじるわけにはいかない。
「それに、C9とかカッコ悪い。カノンさんの方が絶対かわいいよ」
「……うっせぇよ」
カノンさんは照れ臭そうに笑った。
どこか安心しているような、嬉しいような、そんな噛み締めた顔だった。
魔法使いで魔女狩りのカノンさんが魔女のまくらちゃんを守っているってことは、きっと全てを捨てて今ここにいるんだ。
その想いや覚悟までわかってあげることはできないかもしれないけれど、そこからは何があっても守りたいという意志を感じる。
私はカノンさんのその心を信じる。
「ちぇ、つまんないの。とんだ茶番を見せられた感じ」
「アゲハさん。あなたの思い通りにはいきませんよ。私たちは友達なんです。私は友達を、カノンさんを信じる」
「はいはい。どーでもいいから好きにしなよ」
アゲハさんは溜息をつきながら肩をすくめた。
でもとても余裕な表情だった。私たちを殺すことなんて容易いとでも思っているかのように。
「……アゲハさん。こっちには魔法使いのカノンさんだっているんです。あなたは不利ですよね? だって魔女は魔法使いには敵わないんでしょ?」
「あれ? 私の心配してくれんの? 嬉しいなぁ。やっぱ友達想いのアリスは違うねー」
ニヤリと不敵に微笑むアゲハさん。
その小馬鹿にしたような言い方に、私は眉を寄せた。
「でもでも心配ご無用! 相手に魔法使いがいようが、相手の方が数が多かろうが、私は全く不利じゃないよん」
その瞬間、何か良くないものがアゲハさんの周りに充満した。
邪悪な何か。とても醜悪で、混沌とした気配だった。
「なんてったって、私ってば超強いからねっ!」
アゲハさんはそう言って、赤いレザージャケットを脱ぎ捨てた。
その下はタンクトップ一枚。元々曝け出されていた豊満な胸元はもちろん、腕や肩すらもその玉のような肌を露わにした。
その真夏のような色気のある格好に、ほんのちょっぴりだけ見惚れていた、その時だった。
バサッと何かが空気を撫でて風をたてる音がした。
優雅で穏やかな優しい風だ。
まるで空を舞う一羽の蝶の羽ばたきのように。
そして、私は信じられないものを目にした。
私たちの前で、殆ど沈みきった夕日を背にして佇むアゲハさんの背中からは、サファイアブルーの鮮やかな蝶の羽が生えていた。
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