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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ
68 もう終わり
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今までどこか他人事のように眺めていた景色が、自分自身の目に飛び込んでくる。
自分の体に意識が定着して、やっとはっきりと目が覚めたような感覚だった。
けれど、今まで見てきたことはしっかりと覚えている。
私が、私の体を使った彼女が何をしたのか。
今までの私が使っていたお姫様の力とは桁違いの悍ましい何か。
みんなが苦戦していたアゲハさんを、まるで赤子の手を捻るように捩じ伏せた。
彼女が去っても、私にはまだお姫様の力だけは残っていた。
彼女が使っていた強大な何かは、彼女の気配と共にどこかへ行ってしまったけれど。
『真理の剣』はまだこの手にあるし、湧き上がってくる力は感じる。
けれど強烈な脱力感が私を襲った。
彼女が去ったことで、体の力が一気に抜けそうになる。
でも、同時にどこか安心したような気持ちにもなった。
さっきまでの私は、私ではなくて、でも私で。
とても怖かった。目の前で、自分自身の手で行われていることに私の意思が反映されていない。
心の奥底から伸ばされた手に好き勝手に使われていた。
その恐怖は、自分自身を失ってしまったかのようだった。
でも、私を呼んでくれた声が、押し退けられていた私の意識を引き戻してくれた。
カノンさの声が、氷室さんの温もりが、体から離れていた私を呼び寄せてくれた。
「氷室、さん……私……」
「大丈夫。大丈夫、だから……」
後ろから私を抱きしめているその手に触れると、氷室さんは腕に力を込めてそう言った。
私の背中に顔を埋めて、言い聞かせるように。
「あなたは花園 アリス。他の誰でもない。それを忘れては、だめ」
「……うん。そう、だよね」
私の心の奥底に何が潜んでいようとも、今ここにいる私は花園 アリス。
お姫様と呼ばれようと、過去にどんなことがあったとしても、ここで私をそう呼んでくれる友達がいる限り、私は……。
「止めてくれてありがとう、カノンさん。私、何が何だかわからなくなってたよ。あのままだったらきっと私……」
何か、取り返しのつかないところまで行ってしましそうだった。
彼女が何を思ってあそこまでのことをしたのかはわからないけれど、あのまま彼女に主導権を握られていたら、私みたいなちっぽけな存在は簡単に消えてしまっただろうと思えた。
「あたりめぇだろ。ダチをフォローするくらい普通のことだ。お前一人で頑張る必要はねぇよ。まぁ、アタシらが頼りなかったかもしれねぇけどよ」
バツが悪そうに頰を掻くカノンさん。
私は必死で首を横に振った。
「頼りなくなんかないよ。むしろ私は守ってもらってばっかりで。私もみんなの力になりたくて。私もみんなを助けたくて、それで……」
心の奥底に誘われて、彼女と出会ってしまった。
私が望んでいたものとは違う、望んでいたもの以上の触れてはいけない過ぎた力。
「それにしても、アンタやるじゃないの。お姫様の力ってのはやっぱりとんでもないのね」
千鳥ちゃんもよたよたと歩み寄ってきた。
まさに千鳥足とでも言うようにその足取りは覚束ない。
けれど私に向かってニカっと笑った。
「ごめんね千鳥ちゃん。本当は関係ないのに、思いっきり巻き込んじゃって」
「もういいわよそんなの。アイツがいた以上全くの無関係とも言えないし。それに、こうして全員なんとか生きているわけだしね」
千鳥ちゃんはやれやれと肩をすくめて溜息をついた。
アゲハさんとの確執。千鳥ちゃんはそれについては語ろうとしない。
だから聞くことはできないけれど、でも千鳥ちゃんは何だかんだと私たちに力を貸してくれた。
多分夜子さんに強引に送り込まれたんだろうけれど、それでもありがたかった。
「アリスも正気に戻ったことだし、もう終わりしようぜ」
カノンさんが弱い笑みを作った。
その視線の先には、未だ宙に拘束されてぐったりと項垂れたカルマちゃんがあった。
「カルマに関してはただぶっ殺せば済む話じゃない。アイツはカルマだが、そもそもはまくらだ。まくらの中からカルマだけを追い出さねぇと」
「もしかしたら、この剣なら……」
私は未だ手に握られている『真理の剣』を掲げた。
「確かに、『真理の剣』ならばそれが可能かもしれない」
ようやく私を放した氷室さんが淡々と頷いた。
「どういうことだ?」
「この剣はあらゆる魔法を打ち消す能力があるの。カルマちゃんを作り出したのがまくらちゃんの魔法なら、それだけを断ち切ることができると思う」
「そういうことか!」
私がたどたどしく説明すると、カノンさんはパンと手を打った。
その表情に少し明るみが差した。
「じゃあちゃっちゃとやっちゃってよ。もう私疲れたぁ」
千鳥ちゃんが呻く。
この子はどんな時も自分のペースを崩さない。
そんな様子に私とカノンさんはに苦笑いしつつ、顔を見合わせた。
カノンさんと連れ添ってカルマちゃんの眼前まで歩み寄る。
そこでカルマちゃんはようやくうっすらと目を開けて、私たちを見ると弱々しく笑みを作った。
「あれあれ……カルマちゃん、殺されちゃうのかな……?」
「あぁ。まくらの中から、消えてもらうぜ」
カノンさんの言葉に、カルマちゃんはククッと声にならない笑いをこぼした。
「カルマちゃんを殺しちゃったら、まくらちゃんも、死んじゃうよ……?」
「あなたを作り出してる魔法だけを断ち切るよ。この、剣で」
少し声が震えた。そんな私をカルマちゃんは見逃さなかった。
「お姫様……カルマちゃんを殺すんだ…………そんなことできるのかな……?」
「そ、それは……」
「カルマちゃんだってずっと生きてたんだよ? もう一人のまくらちゃんとして、ずっと。カルマちゃんだって寂しいのは嫌だもん。つまんないのは嫌だもん。だから仕方ないじゃん。生きてるんだもん。楽しいことしたいじゃん……」
「っ…………」
弱々しくこぼすカルマちゃんの言葉が私の心を揺さぶる。
カルマちゃんは魔法で作り出された存在だとしても、そこには彼女の自身の心があって、まくらちゃんの中で生きてきた。
それは、一つの命と言えないのか。そう考えると、悪い憑き物を退治するような感覚ではいられなかった。
「アリス、コイツの言葉に惑わされるな。コイツの言葉に意味なんかない」
「相変わらずカノンちゃんは酷いなぁ。カルマちゃんだってちゃんと考えてるんだから、ね……」
カルマちゃんの言葉に力はない。けれどそこに意味がないとは私は思わなかった。
カルマちゃんはカルマちゃんで何かを感じて、何かを考えて生きていたんだから。
その在り方や考え方が他人とはずれていたとしても、その生きたいという気持ちは間違っていない。
「でもまぁ、いいよ。お姫様とカノンちゃんに殺されるなら、カルマちゃんはそれでもいいよ」
「え……?」
「カルマちゃんもおバカさんじゃないからね。とっくにわかってたよ。まくらちゃんは……カルマちゃんと遊ぶよりも、カノンちゃんと遊んでる方がよっぽど楽しそうだもん。カルマちゃんがいなくたって、カノンちゃんがいればまくらちゃんはもう寂しくない。カルマちゃんは、もういらないんだよ……」
どこか諦めたような言葉。弱々しく口元をあげて、無理やり笑う。
けれど、それはカルマちゃんが心から言っている言葉だということは伝わってきた。
「だから、もういいの。あなたたちがまくらちゃんと一緒にいてくれるのなら、カルマちゃんはもう……」
「カルマ、お前……」
カノンさんが呆然とカルマちゃんを見つめた。
ずっと殺しあってきた二人。まくらちゃんを巡って戦ってきた二人。
カルマちゃんを憎まなかった時はないだろう。恨まなかった時はないだろう。
ずっと、カノンさんはカルマちゃんからまくらちゃんを守るために戦ってきた。
その戦いももう終わる。
でも、こんな悲しい終わり方でいいのかな。
私が弱虫なのかもしれないけれど。
でも、カルマちゃんもまた寂しさを抱き、捨てられ孤独になることを恐れてきた一人の女の子であるとすれば。
それを無下に消してしまうというのは正しいことなのかなって、思ってしまった。
「迷っちゃダメだよ。悪者はね、退治されなきゃいけないの」
シュルッと、どこからともなくリボンのようなものが私の手首に巻きついたかと思うと、リボンは私の腕を引っ張り上げてその剣先をカルマちゃんに向けた。
カルマちゃんが緩く微笑んだのを見て、それはカルマちゃん自身がしているのだと気が付いた。
「カルマちゃん……」
「お姫様が守りたいのはまくらちゃんでしょ? カルマちゃんは違うよ」
ぐいぐいとリボンに引っ張られて、剣先がカルマちゃんの胸元にあてがわれる。
戸惑ってしまった私に、カルマちゃんはらしくない静かな口調で言った。
「大丈夫だよ。カルマちゃんはいなくなって、でもまくらちゃんはもう寂しくなくて、みんなハッピー。何にも悪いことはないよ」
「でも……」
自分が怖気付いているのがわかる。
カルマちゃんを消すと言うことは、人を一人殺すのと同じことだ。
私にはそんな覚悟なかった。何かもっと別の方法がないかって考えてしまう。
でも、そんな方法はないんだ。
今のカルマちゃんは吹っ切れているからこう言っているけれど、回復して力を取り戻したらまた何をするかはわからない。
まくらちゃんを救うためには、カルマちゃんを消さないといけない。
それはわかっている。けど、怖かった。自分の手で一人の女の子を殺すことが。
リボンは容赦なく私を引っ張る。
剣先がカルマちゃんの胸元に押し付けれられているのがわかる。
「アリス。お前が責任を負う必要はねぇよ」
カノンさんが剣の柄を握った。
力強く。私よりも強く。
「カルマを殺すのは、アタシだ」
そして、カノンさんの力で剣はカルマちゃんの胸に押し込まれた。
肉を貫く重たい感覚は、私の手までは伝わってこなかった。
カノンさんが強く握りしめていて、私はただ手を添えているようなもので。
その全ては、カノンさんが受けて止めていた。
カルマちゃんはぐっと目を見開いて、けれど嬉しそうに微笑んだ。
どこかでカルマちゃんは、この結末を望んでいたのかもしれない。
自分の居場所を守るために人を殺し続ける日々に、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。
「ありがとう……カノン、ちゃん…………」
さらさらと、幻影が闇に溶けていくように消えていく。
その身にまとった帽子やマントは霞のように消えていく。
カルマちゃんの存在がどんどんと薄れていくのを感じた。
「まくらちゃんを……よろしく、ね……」
「…………てめぇに言われるまでもねぇよ」
カノンさんの言葉が聞こえたのかはわからない。
ただカルマちゃんは最後にニコッと微笑んで、そして事切れたようにだらりと項垂れた。
その見た目はパジャマ姿になっていて、もうカルマちゃんの気配はどこにも感じられなかった。
カノンさんが剣を引き抜くと、その胸には一切の傷跡がなかった。
『真理の剣』は、的確にその魔法だけを貫いていた。
宙に拘束していた魔法を解いて、力なく眠るまくらちゃんをカノンさんが抱きとめた。
体は温かい。きちんと呼吸もしている。
カルマちゃんの気配だけが完全に消え去って、まくらちゃんだけが残っていた。
みんなでカルマちゃんが負った傷を癒す魔法をかけながら、静かに眠るまくらちゃんをカノンさんは強く抱きしめた。
もう戦う必要はない。迫る脅威はなくなった。夢に巣食う狂気もなくなった。
もうまくらちゃんの眠りに神経を研ぎ澄ませる必要はない。
カノンさんの戦いは、終わったんだ。
自分の体に意識が定着して、やっとはっきりと目が覚めたような感覚だった。
けれど、今まで見てきたことはしっかりと覚えている。
私が、私の体を使った彼女が何をしたのか。
今までの私が使っていたお姫様の力とは桁違いの悍ましい何か。
みんなが苦戦していたアゲハさんを、まるで赤子の手を捻るように捩じ伏せた。
彼女が去っても、私にはまだお姫様の力だけは残っていた。
彼女が使っていた強大な何かは、彼女の気配と共にどこかへ行ってしまったけれど。
『真理の剣』はまだこの手にあるし、湧き上がってくる力は感じる。
けれど強烈な脱力感が私を襲った。
彼女が去ったことで、体の力が一気に抜けそうになる。
でも、同時にどこか安心したような気持ちにもなった。
さっきまでの私は、私ではなくて、でも私で。
とても怖かった。目の前で、自分自身の手で行われていることに私の意思が反映されていない。
心の奥底から伸ばされた手に好き勝手に使われていた。
その恐怖は、自分自身を失ってしまったかのようだった。
でも、私を呼んでくれた声が、押し退けられていた私の意識を引き戻してくれた。
カノンさの声が、氷室さんの温もりが、体から離れていた私を呼び寄せてくれた。
「氷室、さん……私……」
「大丈夫。大丈夫、だから……」
後ろから私を抱きしめているその手に触れると、氷室さんは腕に力を込めてそう言った。
私の背中に顔を埋めて、言い聞かせるように。
「あなたは花園 アリス。他の誰でもない。それを忘れては、だめ」
「……うん。そう、だよね」
私の心の奥底に何が潜んでいようとも、今ここにいる私は花園 アリス。
お姫様と呼ばれようと、過去にどんなことがあったとしても、ここで私をそう呼んでくれる友達がいる限り、私は……。
「止めてくれてありがとう、カノンさん。私、何が何だかわからなくなってたよ。あのままだったらきっと私……」
何か、取り返しのつかないところまで行ってしましそうだった。
彼女が何を思ってあそこまでのことをしたのかはわからないけれど、あのまま彼女に主導権を握られていたら、私みたいなちっぽけな存在は簡単に消えてしまっただろうと思えた。
「あたりめぇだろ。ダチをフォローするくらい普通のことだ。お前一人で頑張る必要はねぇよ。まぁ、アタシらが頼りなかったかもしれねぇけどよ」
バツが悪そうに頰を掻くカノンさん。
私は必死で首を横に振った。
「頼りなくなんかないよ。むしろ私は守ってもらってばっかりで。私もみんなの力になりたくて。私もみんなを助けたくて、それで……」
心の奥底に誘われて、彼女と出会ってしまった。
私が望んでいたものとは違う、望んでいたもの以上の触れてはいけない過ぎた力。
「それにしても、アンタやるじゃないの。お姫様の力ってのはやっぱりとんでもないのね」
千鳥ちゃんもよたよたと歩み寄ってきた。
まさに千鳥足とでも言うようにその足取りは覚束ない。
けれど私に向かってニカっと笑った。
「ごめんね千鳥ちゃん。本当は関係ないのに、思いっきり巻き込んじゃって」
「もういいわよそんなの。アイツがいた以上全くの無関係とも言えないし。それに、こうして全員なんとか生きているわけだしね」
千鳥ちゃんはやれやれと肩をすくめて溜息をついた。
アゲハさんとの確執。千鳥ちゃんはそれについては語ろうとしない。
だから聞くことはできないけれど、でも千鳥ちゃんは何だかんだと私たちに力を貸してくれた。
多分夜子さんに強引に送り込まれたんだろうけれど、それでもありがたかった。
「アリスも正気に戻ったことだし、もう終わりしようぜ」
カノンさんが弱い笑みを作った。
その視線の先には、未だ宙に拘束されてぐったりと項垂れたカルマちゃんがあった。
「カルマに関してはただぶっ殺せば済む話じゃない。アイツはカルマだが、そもそもはまくらだ。まくらの中からカルマだけを追い出さねぇと」
「もしかしたら、この剣なら……」
私は未だ手に握られている『真理の剣』を掲げた。
「確かに、『真理の剣』ならばそれが可能かもしれない」
ようやく私を放した氷室さんが淡々と頷いた。
「どういうことだ?」
「この剣はあらゆる魔法を打ち消す能力があるの。カルマちゃんを作り出したのがまくらちゃんの魔法なら、それだけを断ち切ることができると思う」
「そういうことか!」
私がたどたどしく説明すると、カノンさんはパンと手を打った。
その表情に少し明るみが差した。
「じゃあちゃっちゃとやっちゃってよ。もう私疲れたぁ」
千鳥ちゃんが呻く。
この子はどんな時も自分のペースを崩さない。
そんな様子に私とカノンさんはに苦笑いしつつ、顔を見合わせた。
カノンさんと連れ添ってカルマちゃんの眼前まで歩み寄る。
そこでカルマちゃんはようやくうっすらと目を開けて、私たちを見ると弱々しく笑みを作った。
「あれあれ……カルマちゃん、殺されちゃうのかな……?」
「あぁ。まくらの中から、消えてもらうぜ」
カノンさんの言葉に、カルマちゃんはククッと声にならない笑いをこぼした。
「カルマちゃんを殺しちゃったら、まくらちゃんも、死んじゃうよ……?」
「あなたを作り出してる魔法だけを断ち切るよ。この、剣で」
少し声が震えた。そんな私をカルマちゃんは見逃さなかった。
「お姫様……カルマちゃんを殺すんだ…………そんなことできるのかな……?」
「そ、それは……」
「カルマちゃんだってずっと生きてたんだよ? もう一人のまくらちゃんとして、ずっと。カルマちゃんだって寂しいのは嫌だもん。つまんないのは嫌だもん。だから仕方ないじゃん。生きてるんだもん。楽しいことしたいじゃん……」
「っ…………」
弱々しくこぼすカルマちゃんの言葉が私の心を揺さぶる。
カルマちゃんは魔法で作り出された存在だとしても、そこには彼女の自身の心があって、まくらちゃんの中で生きてきた。
それは、一つの命と言えないのか。そう考えると、悪い憑き物を退治するような感覚ではいられなかった。
「アリス、コイツの言葉に惑わされるな。コイツの言葉に意味なんかない」
「相変わらずカノンちゃんは酷いなぁ。カルマちゃんだってちゃんと考えてるんだから、ね……」
カルマちゃんの言葉に力はない。けれどそこに意味がないとは私は思わなかった。
カルマちゃんはカルマちゃんで何かを感じて、何かを考えて生きていたんだから。
その在り方や考え方が他人とはずれていたとしても、その生きたいという気持ちは間違っていない。
「でもまぁ、いいよ。お姫様とカノンちゃんに殺されるなら、カルマちゃんはそれでもいいよ」
「え……?」
「カルマちゃんもおバカさんじゃないからね。とっくにわかってたよ。まくらちゃんは……カルマちゃんと遊ぶよりも、カノンちゃんと遊んでる方がよっぽど楽しそうだもん。カルマちゃんがいなくたって、カノンちゃんがいればまくらちゃんはもう寂しくない。カルマちゃんは、もういらないんだよ……」
どこか諦めたような言葉。弱々しく口元をあげて、無理やり笑う。
けれど、それはカルマちゃんが心から言っている言葉だということは伝わってきた。
「だから、もういいの。あなたたちがまくらちゃんと一緒にいてくれるのなら、カルマちゃんはもう……」
「カルマ、お前……」
カノンさんが呆然とカルマちゃんを見つめた。
ずっと殺しあってきた二人。まくらちゃんを巡って戦ってきた二人。
カルマちゃんを憎まなかった時はないだろう。恨まなかった時はないだろう。
ずっと、カノンさんはカルマちゃんからまくらちゃんを守るために戦ってきた。
その戦いももう終わる。
でも、こんな悲しい終わり方でいいのかな。
私が弱虫なのかもしれないけれど。
でも、カルマちゃんもまた寂しさを抱き、捨てられ孤独になることを恐れてきた一人の女の子であるとすれば。
それを無下に消してしまうというのは正しいことなのかなって、思ってしまった。
「迷っちゃダメだよ。悪者はね、退治されなきゃいけないの」
シュルッと、どこからともなくリボンのようなものが私の手首に巻きついたかと思うと、リボンは私の腕を引っ張り上げてその剣先をカルマちゃんに向けた。
カルマちゃんが緩く微笑んだのを見て、それはカルマちゃん自身がしているのだと気が付いた。
「カルマちゃん……」
「お姫様が守りたいのはまくらちゃんでしょ? カルマちゃんは違うよ」
ぐいぐいとリボンに引っ張られて、剣先がカルマちゃんの胸元にあてがわれる。
戸惑ってしまった私に、カルマちゃんはらしくない静かな口調で言った。
「大丈夫だよ。カルマちゃんはいなくなって、でもまくらちゃんはもう寂しくなくて、みんなハッピー。何にも悪いことはないよ」
「でも……」
自分が怖気付いているのがわかる。
カルマちゃんを消すと言うことは、人を一人殺すのと同じことだ。
私にはそんな覚悟なかった。何かもっと別の方法がないかって考えてしまう。
でも、そんな方法はないんだ。
今のカルマちゃんは吹っ切れているからこう言っているけれど、回復して力を取り戻したらまた何をするかはわからない。
まくらちゃんを救うためには、カルマちゃんを消さないといけない。
それはわかっている。けど、怖かった。自分の手で一人の女の子を殺すことが。
リボンは容赦なく私を引っ張る。
剣先がカルマちゃんの胸元に押し付けれられているのがわかる。
「アリス。お前が責任を負う必要はねぇよ」
カノンさんが剣の柄を握った。
力強く。私よりも強く。
「カルマを殺すのは、アタシだ」
そして、カノンさんの力で剣はカルマちゃんの胸に押し込まれた。
肉を貫く重たい感覚は、私の手までは伝わってこなかった。
カノンさんが強く握りしめていて、私はただ手を添えているようなもので。
その全ては、カノンさんが受けて止めていた。
カルマちゃんはぐっと目を見開いて、けれど嬉しそうに微笑んだ。
どこかでカルマちゃんは、この結末を望んでいたのかもしれない。
自分の居場所を守るために人を殺し続ける日々に、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。
「ありがとう……カノン、ちゃん…………」
さらさらと、幻影が闇に溶けていくように消えていく。
その身にまとった帽子やマントは霞のように消えていく。
カルマちゃんの存在がどんどんと薄れていくのを感じた。
「まくらちゃんを……よろしく、ね……」
「…………てめぇに言われるまでもねぇよ」
カノンさんの言葉が聞こえたのかはわからない。
ただカルマちゃんは最後にニコッと微笑んで、そして事切れたようにだらりと項垂れた。
その見た目はパジャマ姿になっていて、もうカルマちゃんの気配はどこにも感じられなかった。
カノンさんが剣を引き抜くと、その胸には一切の傷跡がなかった。
『真理の剣』は、的確にその魔法だけを貫いていた。
宙に拘束していた魔法を解いて、力なく眠るまくらちゃんをカノンさんが抱きとめた。
体は温かい。きちんと呼吸もしている。
カルマちゃんの気配だけが完全に消え去って、まくらちゃんだけが残っていた。
みんなでカルマちゃんが負った傷を癒す魔法をかけながら、静かに眠るまくらちゃんをカノンさんは強く抱きしめた。
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