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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ
70 オード・トゥ・フレンドシップ
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「千鳥ちゃん、あの……」
「わ、私は何も話さないわよ」
レイくんが去って完全に静寂が訪れてから私が恐る恐る声をかけると、千鳥ちゃんは気まずそうに顔を背けた。
アゲハさんとのことを聞かれると思ったんだろう。
少し慌てたようにそうまくし立てた千鳥ちゃんに、私は思わず笑みがこぼれた。
「ちょっと、何笑ってんのよ」
「ごめんごめん。そうじゃないの。巻き込んじゃってごめんねって、改めて言おうとしただけ」
「…………」
バツが悪そうに口を尖らす千鳥ちゃん。
「私、千鳥ちゃんが話したくないことは聞かないよ」
「……そう、ならまぁ……うん」
アゲハさんと千鳥ちゃんが姉妹だとういうことはもう事実なんだろう。
けれど二人の間で何があったのか、そしてどうしてあそこまで険悪なのか。
それは千鳥ちゃんの口から聞かないとわからない。
けれどそれはきっと千鳥ちゃんにとってとても大事で、繊細なことのようだし。
もし千鳥ちゃんが自分から話したいと思う時が来たら聞こう。
「それよりも巻き込んじゃったことの方が申し訳なくて……」
「だからそれはいいって言ってるでしょ。夜子さんからの仕事ってことに一応なるし、それに……」
千鳥ちゃんは恥ずかしそうに頰を掻いた。
少し顔を背けて、照れ臭そうに私を横目で見る。
「友達……だから。目の前で困ってたら、見捨てられないでしょ」
思わぬストレートな言葉に私は目を丸くしてしまった。
そんな私を見て、千鳥ちゃんは顔をカッと赤くしてそっぽを向いてしまった。
でも、その気持ちがとても嬉しくて、私はまた笑みがこぼれてしまう
「ありがとう千鳥ちゃん。千鳥ちゃんのそういう優しいところ、私は大好きだよ」
「う、うっさい! こっち見んなニヤニヤすんな!」
完全にいじけてしまった千鳥ちゃん。そんな素直じゃないところがなんとも可愛らしく思える。
一応年は私より上みたいだけれど、そんなちょっと子供っぽいところが千鳥ちゃんの魅力だ。
照れ隠しに拗ねてしまった千鳥ちゃんは暫く放っておくことにして、私は未だ手を握ってくれている氷室さんに顔を向けた。
私のことを一番心配してくれて、一番守ってくれる氷室さん。
今だってこの手を放さないのは、私の気持ちを考えてのことなんだと思う。そんなひたむきな優しさが本当に嬉しい。
「氷室さん、本当にありがとう。氷室さんがいなかったら私、すぐにアゲハさんにやられてた」
「私は何も……私は、あなたを守りきれていない……」
私の手を握りながらも、氷室さんは俯いた。
まるで謝るように。氷室さんが謝ることなんてないのに。
「そんなことないよ。氷室さんは私のこととっても守ってくれた。氷室さんがいたから私も少しは頑張れたし、それにさっき私がわけわかんなくなっちゃった時も、氷室さんが私を抱きとめてくれたから帰ってこられたんだよ?」
「花園さん……」
弱々しく顔を上げた氷室さんのスカイブルーの瞳が私を捉えた。
相変わらずのポーカーフェイスの奥に、若干の不安が揺れていた。
「むしろ謝らなきゃなのは私の方。ギリギリ間に合ったから良かったものの、氷室さんを危ない目に合わせて……」
「それは、違う。私はあなたのために、戦うと決めたから。私が戦うのは私の責任。あなたが気にすることは、ない……」
「ありがとう。でも、やっぱり友達が傷付くのは嫌だから……私もできるだけのことはするから。だから、私が言うのもなんだけど、あんまり無茶はしないでね?」
私が言うと氷室さんは静かに頷いた。
それからまた心配そうな目で私を見つめてきた。
「何か……あった……?」
私の顔を見て、みんなが知らない間に私に何かがあったことを悟ったみたいだった。
あの夢での出来事、そこで出会った人のこと、そしてそこで聞いたこと。
全部全部話してしまいたかったけれど、今できる話じゃない。
自分の中でもまだ整理しきれていないし、今話してしまったら不安を煽ってしまいそうだから。
「ちょっと、ね。でも今はまだうまく話せなさそうだから、今度ゆっくり相談させて?」
私は笑顔を作って言った。
けれど氷室さんにはそれが作り笑いだということは見抜かれていたみたいで、少し訝しげな視線が突き刺さった。
けれど私の気持ちを汲んでくれたのか、氷室さんはそれ以上は何も言わずに静かに頷いた。
その気持ちがとても頼もしい。こうして握ってくれているこの手の温もりがとても心地いい。
カノンさんはゆっくりとした寝息を立てているまくらちゃんに寄り添って座っていた。
その穏やかな寝顔を眺めながら、呟くような子守唄と一緒に頭を撫でている。
カルマちゃんが受けた傷はもうすっかり癒えていた。
私と氷室さんが近付くと、優しい面持ちで私たちを見上げた。
「カノンさん。本当にありがとう。私の戦いに巻き込んじゃってごめんね」
「何言ってんだよ。どっちかって言えば巻き込んだのはアタシだ。カルマのことはもちろん、あのアゲハだって、アタシが以前仕留めていればこんなことにはならなかったかもしれない」
「それは……そんなこと……」
結局は私がお姫様だから起きた戦いだ。そうでなければこうはならなかったんだから。
アゲハさんだってやってこなかったし、カルマちゃんだって私に興味を示さなかっただろうし。
「だから気にすんな。困った時はお互い様だ。ダチなんだからな。助け合うのは当たり前だろ」
「ありがとうカノンさん。カノンさんって見かけによらず優しいよね」
「見かけによらずは余計だ」
私が冗談混じりに言うと、カノンさんも笑みを混じえて応えた。
顔は怖いし柄も悪いし口も悪い。でも心は本当に優しくて友達思いのカノンさん。
強くて格好良くて頼りになる。私はそんなカノンさんが好きだ。
「カルマのことは、お前が気に病むことじゃねぇぞ」
まくらちゃんの頭を撫でながら、ポツリとカノンさんは言った。
「アイツを殺したのはアタシだ。アタシが決着をつけたんだ。お前は、関係ない」
「カノンさん……でも、私……」
「アリス、お前は優しいやつだ。いいやつだ。お前は正しい人間だ。お前が背負いこむことじゃねぇよ。アタシの問題だからな。アタシの責任だ。お前が気にする余地はねぇよ」
気さくに笑って言うカノンさん。
人格だけとはいえ、カルマちゃんを消したのは一人の人を殺したことと同じだ。
その責任の重さは変わらない。だからカノンさんはそれを私が背負わないようにしてくれている。
自分の問題を自分が解決しただけなんだって。
その気持ちはありがたいけれど、でもカルマちゃんに止めを刺したのは私の剣だ。
カノンさんの手で終わりを与えたとしても、そこに私の手が添えられていた事実は変わらない。
だからその責任は、私も背負わないといけないもの。
一人を助けるために一人の命を奪った。その責任を私も負わないといけないんだ。
でも、きっとそれを口にするとカノンさんは私に対して責任を感じてしまう。
だから私は黙って頷くことにした。
この気持ちは私の心の中で抱こう。口にしなくても私は私で、この責任を抱えないといけない。
「…………カノン、ちゃん?」
まくらちゃんがしょぼしょぼと目を開けた。
目覚めて一番にカノンさんの顔を見つけてパッと笑顔になる。
けれど起き上がって辺りを見回して、ボロボロの私たちを見て戸惑った顔を見せた。
「カノンちゃんも、みんなも、どうしたの?」
「大したことねぇよ。ちょっと暴れただけだ。心配すんな」
不安そうな表情を浮かべるまくらちゃんの頭を、カノンさんはがしがしと撫でた。
まくらちゃんはちょっと痛そうにしながらも、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「カノンさんたちはこれからどうするの?」
「そうだなぁ。もう逃げ回る必要もねぇしなぁ。こっちでどっか住めるところを探すか。まくらはどこか行きたいとこあるか?」
「まくらはカノンちゃんがいるならどこだっていいよ!」
まくらちゃんはニカッと笑って言った。
そんな言葉にカノンさんは困ったように笑った。
「まぁもう急ぐ必要もないし、ゆっくりでいいんじゃない? すぐに遠くに行っちゃっても、私が寂しいし」
「アリスお姉ちゃんも一緒に行かないの?」
「えー? うーん一緒に行きたいけど、学校あるしなぁ」
キョトンと訪ねてくるまくらちゃんの不意な言葉に、私はなんとも微妙な返答をしてしまった。
でも、まくらちゃんやカノンさんと一緒にどこか新しいところに行くのも、まぁそれはそれで楽しいかもしれない。
冒険みたいでなんだかわくわくしそうだし。
「ひとまず夜子さんのところに置いてもらうのは? そしたら近いしいつでも会えるよ?」
「あの人が許してくれるかぁ? まぁ魔女のまくらにとって安全ではあるけどよ」
「ちょっとちょっと何勝手なこと言ってんのよ! 居候は私一人で十分なんだから! アンタたちの居場所はないの!」
私が提案していると、千鳥ちゃんが飛び込んできた。
そうだ。この子は自分の居候としての立場を守ることに必死なんだった。
一番最初の夜、私にも突っかかってきたなぁこの子は。
「勝手なこと言ってるのは君だよ千鳥ちゃん。まったく、この役立たずめ」
千鳥ちゃんがピーピー喚いていると、不意に気の抜けた声がした。
夜子さんがヘラヘラと笑みを浮かべながこちらに歩いてくる。
「やぁやぁみんなお疲れ様。優しい優しいこの私が労いに来たよ」
「よ、夜子さん! よくもさっきは私をここに放り込んでくれたわね!」
「何を言うんだい千鳥ちゃん。姉妹仲直りのきっかけを与えてやった恩人に失礼だなぁ」
「なーにが恩人よ! 人が寝ているところに勝手に突き飛ばしておいて!」
「うるさいなぁ。結局一人で逃げようとしたりして役に立たなかったくせに。文句ばっかり一人前か」
ムキーと噛み付く千鳥ちゃんを適当にあしらいながら、夜子さんはのんきな顔をこちらに向けた。
そして私の顔を見てひとしきりニヤニヤしてから、カノンさんとまくらちゃんに向いた。
「ひとまず私のところに来なさい。全員ね。顔見知りのよしみだ。怪我の治療と休息の場所を貸そう。カノンちゃんとまくらちゃんには、とりあえず落ち着ける場所が必要だろう。もう一晩くらい宿はいるだろう?」
「良いのか、アタシたちも行って」
「今更だね。私は見た通り懐の大きい人間だからね。小さいことは気にしないんだよ」
そう言うと、夜子さんは私たちのことを待たずにスタスタと歩いて行ってしまった。
本当に自由人というか気ままというか。言いたいことだけ言って好き勝手なんだから。
でも悪い人じゃない。できることは手を貸してくれる。
私たちは連れ立って夜子さんの廃ビルへ向かった。
戦いは終わった。私を巡る戦いの終わりはまだまだ先だけれど、カノンさんたちの戦いは終わったんだ。
まくらちゃんを守るために一人で戦ってきたカノンさんの、孤独な戦いはもう終わった。
もうこれからは、まくらちゃんと一緒に楽しい日々を過ごすだけだ。
元いた場所に帰ることはできないだろうけれど、二人ならきっと新しい場所を作ることができる。
人は一人じゃ生きていけない。人は支え合わないことには生きていけない。
孤独な日々は苦しい。寂しさは心を荒ませる。
差し伸べられた手が、繋いだ手が、いつだって人の心を救うんだ。
だからやっぱり私は友達は大切だと思う。
友達を大切に思って、思いやって助け合って守り合って。
そんな気持ちの交わりが、お互いを強くするんだ。
その場その場だけじゃない。
ずっと一緒にいたいと思うから、手を取り合いたいと思うから友達なんだ。
だから私はその友情を大切にしたいと思う。何よりもそれが大切だって思う。
想い合う気持ちが心を強くするって、私は信じているから。
キャラクター:左/カルマ 中/カノン 右/まくら
イラスト:SSS様
「わ、私は何も話さないわよ」
レイくんが去って完全に静寂が訪れてから私が恐る恐る声をかけると、千鳥ちゃんは気まずそうに顔を背けた。
アゲハさんとのことを聞かれると思ったんだろう。
少し慌てたようにそうまくし立てた千鳥ちゃんに、私は思わず笑みがこぼれた。
「ちょっと、何笑ってんのよ」
「ごめんごめん。そうじゃないの。巻き込んじゃってごめんねって、改めて言おうとしただけ」
「…………」
バツが悪そうに口を尖らす千鳥ちゃん。
「私、千鳥ちゃんが話したくないことは聞かないよ」
「……そう、ならまぁ……うん」
アゲハさんと千鳥ちゃんが姉妹だとういうことはもう事実なんだろう。
けれど二人の間で何があったのか、そしてどうしてあそこまで険悪なのか。
それは千鳥ちゃんの口から聞かないとわからない。
けれどそれはきっと千鳥ちゃんにとってとても大事で、繊細なことのようだし。
もし千鳥ちゃんが自分から話したいと思う時が来たら聞こう。
「それよりも巻き込んじゃったことの方が申し訳なくて……」
「だからそれはいいって言ってるでしょ。夜子さんからの仕事ってことに一応なるし、それに……」
千鳥ちゃんは恥ずかしそうに頰を掻いた。
少し顔を背けて、照れ臭そうに私を横目で見る。
「友達……だから。目の前で困ってたら、見捨てられないでしょ」
思わぬストレートな言葉に私は目を丸くしてしまった。
そんな私を見て、千鳥ちゃんは顔をカッと赤くしてそっぽを向いてしまった。
でも、その気持ちがとても嬉しくて、私はまた笑みがこぼれてしまう
「ありがとう千鳥ちゃん。千鳥ちゃんのそういう優しいところ、私は大好きだよ」
「う、うっさい! こっち見んなニヤニヤすんな!」
完全にいじけてしまった千鳥ちゃん。そんな素直じゃないところがなんとも可愛らしく思える。
一応年は私より上みたいだけれど、そんなちょっと子供っぽいところが千鳥ちゃんの魅力だ。
照れ隠しに拗ねてしまった千鳥ちゃんは暫く放っておくことにして、私は未だ手を握ってくれている氷室さんに顔を向けた。
私のことを一番心配してくれて、一番守ってくれる氷室さん。
今だってこの手を放さないのは、私の気持ちを考えてのことなんだと思う。そんなひたむきな優しさが本当に嬉しい。
「氷室さん、本当にありがとう。氷室さんがいなかったら私、すぐにアゲハさんにやられてた」
「私は何も……私は、あなたを守りきれていない……」
私の手を握りながらも、氷室さんは俯いた。
まるで謝るように。氷室さんが謝ることなんてないのに。
「そんなことないよ。氷室さんは私のこととっても守ってくれた。氷室さんがいたから私も少しは頑張れたし、それにさっき私がわけわかんなくなっちゃった時も、氷室さんが私を抱きとめてくれたから帰ってこられたんだよ?」
「花園さん……」
弱々しく顔を上げた氷室さんのスカイブルーの瞳が私を捉えた。
相変わらずのポーカーフェイスの奥に、若干の不安が揺れていた。
「むしろ謝らなきゃなのは私の方。ギリギリ間に合ったから良かったものの、氷室さんを危ない目に合わせて……」
「それは、違う。私はあなたのために、戦うと決めたから。私が戦うのは私の責任。あなたが気にすることは、ない……」
「ありがとう。でも、やっぱり友達が傷付くのは嫌だから……私もできるだけのことはするから。だから、私が言うのもなんだけど、あんまり無茶はしないでね?」
私が言うと氷室さんは静かに頷いた。
それからまた心配そうな目で私を見つめてきた。
「何か……あった……?」
私の顔を見て、みんなが知らない間に私に何かがあったことを悟ったみたいだった。
あの夢での出来事、そこで出会った人のこと、そしてそこで聞いたこと。
全部全部話してしまいたかったけれど、今できる話じゃない。
自分の中でもまだ整理しきれていないし、今話してしまったら不安を煽ってしまいそうだから。
「ちょっと、ね。でも今はまだうまく話せなさそうだから、今度ゆっくり相談させて?」
私は笑顔を作って言った。
けれど氷室さんにはそれが作り笑いだということは見抜かれていたみたいで、少し訝しげな視線が突き刺さった。
けれど私の気持ちを汲んでくれたのか、氷室さんはそれ以上は何も言わずに静かに頷いた。
その気持ちがとても頼もしい。こうして握ってくれているこの手の温もりがとても心地いい。
カノンさんはゆっくりとした寝息を立てているまくらちゃんに寄り添って座っていた。
その穏やかな寝顔を眺めながら、呟くような子守唄と一緒に頭を撫でている。
カルマちゃんが受けた傷はもうすっかり癒えていた。
私と氷室さんが近付くと、優しい面持ちで私たちを見上げた。
「カノンさん。本当にありがとう。私の戦いに巻き込んじゃってごめんね」
「何言ってんだよ。どっちかって言えば巻き込んだのはアタシだ。カルマのことはもちろん、あのアゲハだって、アタシが以前仕留めていればこんなことにはならなかったかもしれない」
「それは……そんなこと……」
結局は私がお姫様だから起きた戦いだ。そうでなければこうはならなかったんだから。
アゲハさんだってやってこなかったし、カルマちゃんだって私に興味を示さなかっただろうし。
「だから気にすんな。困った時はお互い様だ。ダチなんだからな。助け合うのは当たり前だろ」
「ありがとうカノンさん。カノンさんって見かけによらず優しいよね」
「見かけによらずは余計だ」
私が冗談混じりに言うと、カノンさんも笑みを混じえて応えた。
顔は怖いし柄も悪いし口も悪い。でも心は本当に優しくて友達思いのカノンさん。
強くて格好良くて頼りになる。私はそんなカノンさんが好きだ。
「カルマのことは、お前が気に病むことじゃねぇぞ」
まくらちゃんの頭を撫でながら、ポツリとカノンさんは言った。
「アイツを殺したのはアタシだ。アタシが決着をつけたんだ。お前は、関係ない」
「カノンさん……でも、私……」
「アリス、お前は優しいやつだ。いいやつだ。お前は正しい人間だ。お前が背負いこむことじゃねぇよ。アタシの問題だからな。アタシの責任だ。お前が気にする余地はねぇよ」
気さくに笑って言うカノンさん。
人格だけとはいえ、カルマちゃんを消したのは一人の人を殺したことと同じだ。
その責任の重さは変わらない。だからカノンさんはそれを私が背負わないようにしてくれている。
自分の問題を自分が解決しただけなんだって。
その気持ちはありがたいけれど、でもカルマちゃんに止めを刺したのは私の剣だ。
カノンさんの手で終わりを与えたとしても、そこに私の手が添えられていた事実は変わらない。
だからその責任は、私も背負わないといけないもの。
一人を助けるために一人の命を奪った。その責任を私も負わないといけないんだ。
でも、きっとそれを口にするとカノンさんは私に対して責任を感じてしまう。
だから私は黙って頷くことにした。
この気持ちは私の心の中で抱こう。口にしなくても私は私で、この責任を抱えないといけない。
「…………カノン、ちゃん?」
まくらちゃんがしょぼしょぼと目を開けた。
目覚めて一番にカノンさんの顔を見つけてパッと笑顔になる。
けれど起き上がって辺りを見回して、ボロボロの私たちを見て戸惑った顔を見せた。
「カノンちゃんも、みんなも、どうしたの?」
「大したことねぇよ。ちょっと暴れただけだ。心配すんな」
不安そうな表情を浮かべるまくらちゃんの頭を、カノンさんはがしがしと撫でた。
まくらちゃんはちょっと痛そうにしながらも、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「カノンさんたちはこれからどうするの?」
「そうだなぁ。もう逃げ回る必要もねぇしなぁ。こっちでどっか住めるところを探すか。まくらはどこか行きたいとこあるか?」
「まくらはカノンちゃんがいるならどこだっていいよ!」
まくらちゃんはニカッと笑って言った。
そんな言葉にカノンさんは困ったように笑った。
「まぁもう急ぐ必要もないし、ゆっくりでいいんじゃない? すぐに遠くに行っちゃっても、私が寂しいし」
「アリスお姉ちゃんも一緒に行かないの?」
「えー? うーん一緒に行きたいけど、学校あるしなぁ」
キョトンと訪ねてくるまくらちゃんの不意な言葉に、私はなんとも微妙な返答をしてしまった。
でも、まくらちゃんやカノンさんと一緒にどこか新しいところに行くのも、まぁそれはそれで楽しいかもしれない。
冒険みたいでなんだかわくわくしそうだし。
「ひとまず夜子さんのところに置いてもらうのは? そしたら近いしいつでも会えるよ?」
「あの人が許してくれるかぁ? まぁ魔女のまくらにとって安全ではあるけどよ」
「ちょっとちょっと何勝手なこと言ってんのよ! 居候は私一人で十分なんだから! アンタたちの居場所はないの!」
私が提案していると、千鳥ちゃんが飛び込んできた。
そうだ。この子は自分の居候としての立場を守ることに必死なんだった。
一番最初の夜、私にも突っかかってきたなぁこの子は。
「勝手なこと言ってるのは君だよ千鳥ちゃん。まったく、この役立たずめ」
千鳥ちゃんがピーピー喚いていると、不意に気の抜けた声がした。
夜子さんがヘラヘラと笑みを浮かべながこちらに歩いてくる。
「やぁやぁみんなお疲れ様。優しい優しいこの私が労いに来たよ」
「よ、夜子さん! よくもさっきは私をここに放り込んでくれたわね!」
「何を言うんだい千鳥ちゃん。姉妹仲直りのきっかけを与えてやった恩人に失礼だなぁ」
「なーにが恩人よ! 人が寝ているところに勝手に突き飛ばしておいて!」
「うるさいなぁ。結局一人で逃げようとしたりして役に立たなかったくせに。文句ばっかり一人前か」
ムキーと噛み付く千鳥ちゃんを適当にあしらいながら、夜子さんはのんきな顔をこちらに向けた。
そして私の顔を見てひとしきりニヤニヤしてから、カノンさんとまくらちゃんに向いた。
「ひとまず私のところに来なさい。全員ね。顔見知りのよしみだ。怪我の治療と休息の場所を貸そう。カノンちゃんとまくらちゃんには、とりあえず落ち着ける場所が必要だろう。もう一晩くらい宿はいるだろう?」
「良いのか、アタシたちも行って」
「今更だね。私は見た通り懐の大きい人間だからね。小さいことは気にしないんだよ」
そう言うと、夜子さんは私たちのことを待たずにスタスタと歩いて行ってしまった。
本当に自由人というか気ままというか。言いたいことだけ言って好き勝手なんだから。
でも悪い人じゃない。できることは手を貸してくれる。
私たちは連れ立って夜子さんの廃ビルへ向かった。
戦いは終わった。私を巡る戦いの終わりはまだまだ先だけれど、カノンさんたちの戦いは終わったんだ。
まくらちゃんを守るために一人で戦ってきたカノンさんの、孤独な戦いはもう終わった。
もうこれからは、まくらちゃんと一緒に楽しい日々を過ごすだけだ。
元いた場所に帰ることはできないだろうけれど、二人ならきっと新しい場所を作ることができる。
人は一人じゃ生きていけない。人は支え合わないことには生きていけない。
孤独な日々は苦しい。寂しさは心を荒ませる。
差し伸べられた手が、繋いだ手が、いつだって人の心を救うんだ。
だからやっぱり私は友達は大切だと思う。
友達を大切に思って、思いやって助け合って守り合って。
そんな気持ちの交わりが、お互いを強くするんだ。
その場その場だけじゃない。
ずっと一緒にいたいと思うから、手を取り合いたいと思うから友達なんだ。
だから私はその友情を大切にしたいと思う。何よりもそれが大切だって思う。
想い合う気持ちが心を強くするって、私は信じているから。
キャラクター:左/カルマ 中/カノン 右/まくら
イラスト:SSS様
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