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第4章 死が二人を分断つとも
32 転臨
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「魔女になってしまった以上、『魔女ウィルス』の侵食による死は逃れられるものではありません。遅かれ早かれ、いずれはその肉体を食い潰され、侵され尽くした肉体は死を迎えます。しかしその死を迎えた後、再び自我を取り戻し、新たなる生を取り戻すことがあります。それこそが、姫様がお知りになりたいという転臨でございます」
転臨。今日もそうだけれど、昨日も何度かその言葉は聞いた。
アゲハさんのことを指して、『転臨した魔女』という言い方を千鳥ちゃんはしていたっけ。
「それは、生き返るっていうことなんですか?」
「そうですねぇ。生き返る、というのとは少々異なります。肉体そのものはウィルスに食い潰され、書き換えられ、通常の人間のものとは違う造りをしているのです。そしてそれ故に一度絶命している。生き返りと言ってしまえば聞こえは良いですが、似て非なるものでしょう」
「…………?」
クロアさんは努めて私にわかりやすく説明してくれようとしているみたいだったけれど、なかなか上手くまとまらない様子だった。
申し訳ないというように眉を寄せて困り顔をした。
「簡単に言うとさ、転臨した後はもう人間じゃないんだよ」
「えっ……」
そんな隙間にレイくんがさらっと言葉を挟んで、私は息を飲んだ。
「『魔女ウィルス』に食い潰された時点で、その死に方をした時点で、もう人間とは呼べない状態だしね。そこから自我を取り戻しても人間に戻れるわけじゃない。転臨というのは、『魔女ウィルス』に書き換えられ乗っ取られた身体を、強い自我によって支配し直した状態のことなんだよ」
「そんな……」
人間じゃない、という言葉が物凄く頭の中に残った。
確かに一回死んでそれを克服した、という状態が普通じゃないということはわかっていたつもりだったけど、でも人間じゃないなんて。
私たちを尻目にベッドでゴロゴロとしているアゲハさんも、じゃあもう人間じゃないってこと?
見た目は普通の女の人で、私たちとなんら変わりなんて見えないのに。
「なんだ、そのことくらいはわかっていたと思っていたんだけどなぁ。アゲハの力を見たんだろう?」
「それは……」
レイくんに指摘されて思い出した。
アゲハさんの背中から生えた大きな蝶の羽。
あの美しくも同時に身の毛のよだつ様な醜悪さを感じさせた、異質な羽。
確かにあれはとても人間のものとは言えないし、それにただ単に魔法で生やしたものとも思えなかった。
あの羽には、何か理解のし難い邪悪なものを感じた。
「転臨した後の魔女は『魔女ウィルス』から再び身体の支配権を奪い返し、その全てを制御下に置くことで元の外見を取り戻すことができる。しかし中身は変わってしまったままだ。『魔女ウィルス』の侵食率が百パーセントになり、次のステージに進むことで強力な存在へと昇華できるけれど、大きな力を使う時はその本来の姿を曝け出さざるを得ない」
アゲハのあの羽がまさにそうだってことだ。
確かにアゲハさんはあの羽を生やすことでその力は膨れ上がっていた。
醜悪な肉体と引き換えに強大な力を持っているってことだ。
「ワルプルギスの魔女は、みんな転臨しているの?」
「わたくしとレイさんは既に。しかし残念ながら皆ではありません。転臨とはそもそも、誰でもできるものではないのです」
「え、そうなんですか……?」
あからさまに落胆の表情をしてしまった私を見て、クロアさんは悲しそうな顔をした。
「可能性という意味では、『魔女ウィルス』に感染した者には等しくございます。しかし実際転臨に至ることができるかは、適性率に比例すると言っても過言はございません。適性率が高ければ高いほど、転臨に至ることのできる可能性も高いでしょう」
「後は個人の選択の問題だね。転臨を好まない魔女だっているだろう。人間を辞めてまで生きたいと思うかどうかっていうところがネックかもね」
誰でも転臨できるわけじゃない。
そして転臨できるとしても、人間をやめることになる。
確かにそれは単純な死の克服とは違うし、生き返るというのともわけが違う。
もし晴香が転臨をできるとしても、晴香自身がそれを望むのか。
私は晴香が人間じゃなくなったとしても、一緒にいてくれるのなら嬉しい。
けれど晴香自身がそこまでして生きたいと思えないのならば、それは意味がない。
「……その、転臨ができるかできないかの、ボーダーラインみたいのってあるの?」
「これと定義できるものはないね。まぁ数日で死んでしまうほどの適性率の低さでは無理だろうけど、数年単位で生き残っている魔女ならば、可能性はあるかもね。ただ、まぁ……」
そこでレイくんはカップをテーブルに置いて手を組んだ。
相変わらずの爽やかな笑みの中で、その目だけは少し鋭さを持っていた。
「転臨を望む様な魔女は普通、『魔女ウィルス』の時間経過による侵食を待たない。転臨ができるほどの適性を持ち、そしてそれを望む魔女は、自らその肉体をウィルスに差し出して、強制的に死を迎えた後に転臨するのさ」
「……! そんなことが、できるの……?」
「できるとも。『魔女ウィルス』がなんたるかを知っていればね。だから、時間経過の侵食で死期が近いような弱った魔女では、転臨できる望みは薄いかもね」
それは私の心を見透かした様な言葉だった。
私に死んでほしくない魔女がいるのだと悟っているのかもしれない。
誰でも転臨できるわけじゃない。
時間経過の侵食で死期が近い魔女は望みが薄い。
そしてもしできたとしても、その時はもう人間じゃなくなる。
これは、果たして私が望む形なのかな。
晴香が死なない方法として正しいものなのかな。
もし全ての条件が揃ったとしても、それはいいことなのかな。
死の克服と聞いて、とてもポジティブな印象を持っていた自分が恥ずかしく思えた。
そんな方法があればみんな広まればいいのにとすら思っていた。
でも、転臨というものはそんな生易しいものじゃない。
そもそも『魔女ウィルス』に感染してしまった時点で、死んでしまう未来は変えられないんだ。
転臨というその先の道も、決して正しいものとは言えない。
レイくんたちが何のために転臨したのかはわからないけれど、でもそれが褒められたことではないということは伝わってきた。
ここに来る前にレイくん自身が言っていた。
進んで話したいものではないと。
きっと、もし私が晴香に転臨の話をしても晴香は喜ばない。
寧ろそれは晴香を冒涜する行為にすら思える。
私のために覚悟を決めて、五年間恐怖に耐えてきた晴香に、人間を辞めてでも生きてというのはあまりにもな仕打ちだ。
晴香には死んでほしくない。
でも、これは違う。
転臨。今日もそうだけれど、昨日も何度かその言葉は聞いた。
アゲハさんのことを指して、『転臨した魔女』という言い方を千鳥ちゃんはしていたっけ。
「それは、生き返るっていうことなんですか?」
「そうですねぇ。生き返る、というのとは少々異なります。肉体そのものはウィルスに食い潰され、書き換えられ、通常の人間のものとは違う造りをしているのです。そしてそれ故に一度絶命している。生き返りと言ってしまえば聞こえは良いですが、似て非なるものでしょう」
「…………?」
クロアさんは努めて私にわかりやすく説明してくれようとしているみたいだったけれど、なかなか上手くまとまらない様子だった。
申し訳ないというように眉を寄せて困り顔をした。
「簡単に言うとさ、転臨した後はもう人間じゃないんだよ」
「えっ……」
そんな隙間にレイくんがさらっと言葉を挟んで、私は息を飲んだ。
「『魔女ウィルス』に食い潰された時点で、その死に方をした時点で、もう人間とは呼べない状態だしね。そこから自我を取り戻しても人間に戻れるわけじゃない。転臨というのは、『魔女ウィルス』に書き換えられ乗っ取られた身体を、強い自我によって支配し直した状態のことなんだよ」
「そんな……」
人間じゃない、という言葉が物凄く頭の中に残った。
確かに一回死んでそれを克服した、という状態が普通じゃないということはわかっていたつもりだったけど、でも人間じゃないなんて。
私たちを尻目にベッドでゴロゴロとしているアゲハさんも、じゃあもう人間じゃないってこと?
見た目は普通の女の人で、私たちとなんら変わりなんて見えないのに。
「なんだ、そのことくらいはわかっていたと思っていたんだけどなぁ。アゲハの力を見たんだろう?」
「それは……」
レイくんに指摘されて思い出した。
アゲハさんの背中から生えた大きな蝶の羽。
あの美しくも同時に身の毛のよだつ様な醜悪さを感じさせた、異質な羽。
確かにあれはとても人間のものとは言えないし、それにただ単に魔法で生やしたものとも思えなかった。
あの羽には、何か理解のし難い邪悪なものを感じた。
「転臨した後の魔女は『魔女ウィルス』から再び身体の支配権を奪い返し、その全てを制御下に置くことで元の外見を取り戻すことができる。しかし中身は変わってしまったままだ。『魔女ウィルス』の侵食率が百パーセントになり、次のステージに進むことで強力な存在へと昇華できるけれど、大きな力を使う時はその本来の姿を曝け出さざるを得ない」
アゲハのあの羽がまさにそうだってことだ。
確かにアゲハさんはあの羽を生やすことでその力は膨れ上がっていた。
醜悪な肉体と引き換えに強大な力を持っているってことだ。
「ワルプルギスの魔女は、みんな転臨しているの?」
「わたくしとレイさんは既に。しかし残念ながら皆ではありません。転臨とはそもそも、誰でもできるものではないのです」
「え、そうなんですか……?」
あからさまに落胆の表情をしてしまった私を見て、クロアさんは悲しそうな顔をした。
「可能性という意味では、『魔女ウィルス』に感染した者には等しくございます。しかし実際転臨に至ることができるかは、適性率に比例すると言っても過言はございません。適性率が高ければ高いほど、転臨に至ることのできる可能性も高いでしょう」
「後は個人の選択の問題だね。転臨を好まない魔女だっているだろう。人間を辞めてまで生きたいと思うかどうかっていうところがネックかもね」
誰でも転臨できるわけじゃない。
そして転臨できるとしても、人間をやめることになる。
確かにそれは単純な死の克服とは違うし、生き返るというのともわけが違う。
もし晴香が転臨をできるとしても、晴香自身がそれを望むのか。
私は晴香が人間じゃなくなったとしても、一緒にいてくれるのなら嬉しい。
けれど晴香自身がそこまでして生きたいと思えないのならば、それは意味がない。
「……その、転臨ができるかできないかの、ボーダーラインみたいのってあるの?」
「これと定義できるものはないね。まぁ数日で死んでしまうほどの適性率の低さでは無理だろうけど、数年単位で生き残っている魔女ならば、可能性はあるかもね。ただ、まぁ……」
そこでレイくんはカップをテーブルに置いて手を組んだ。
相変わらずの爽やかな笑みの中で、その目だけは少し鋭さを持っていた。
「転臨を望む様な魔女は普通、『魔女ウィルス』の時間経過による侵食を待たない。転臨ができるほどの適性を持ち、そしてそれを望む魔女は、自らその肉体をウィルスに差し出して、強制的に死を迎えた後に転臨するのさ」
「……! そんなことが、できるの……?」
「できるとも。『魔女ウィルス』がなんたるかを知っていればね。だから、時間経過の侵食で死期が近いような弱った魔女では、転臨できる望みは薄いかもね」
それは私の心を見透かした様な言葉だった。
私に死んでほしくない魔女がいるのだと悟っているのかもしれない。
誰でも転臨できるわけじゃない。
時間経過の侵食で死期が近い魔女は望みが薄い。
そしてもしできたとしても、その時はもう人間じゃなくなる。
これは、果たして私が望む形なのかな。
晴香が死なない方法として正しいものなのかな。
もし全ての条件が揃ったとしても、それはいいことなのかな。
死の克服と聞いて、とてもポジティブな印象を持っていた自分が恥ずかしく思えた。
そんな方法があればみんな広まればいいのにとすら思っていた。
でも、転臨というものはそんな生易しいものじゃない。
そもそも『魔女ウィルス』に感染してしまった時点で、死んでしまう未来は変えられないんだ。
転臨というその先の道も、決して正しいものとは言えない。
レイくんたちが何のために転臨したのかはわからないけれど、でもそれが褒められたことではないということは伝わってきた。
ここに来る前にレイくん自身が言っていた。
進んで話したいものではないと。
きっと、もし私が晴香に転臨の話をしても晴香は喜ばない。
寧ろそれは晴香を冒涜する行為にすら思える。
私のために覚悟を決めて、五年間恐怖に耐えてきた晴香に、人間を辞めてでも生きてというのはあまりにもな仕打ちだ。
晴香には死んでほしくない。
でも、これは違う。
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