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第5章 フローズン・ファンタズム
1 誰
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朝の目覚めがいつも通りであることに、なんだか嫌気がさした。
締め切ったカーテンの隙間から溢れる眩しい朝日。冷え切った室内の空気。私の家、私の部屋はいつもと変わりがない。
何の変わりもない、いつもと同じ朝。
世界はいつも通り廻っている。晴香がもういない世界は、それでもいつも通り廻ってるんだ。
少し重い頭を持ち上げて、頑張って起き上がった。
あんまり深く眠れた気はしないし、身体には疲れが残っているように思えた。
それでもいつも通りベッドから降りて、いつも通り朝の支度に取り掛かる。
カーテンを開いてみれば冬の澄み切った朝日が容赦なく差し込んできて、まるでそれに突き刺されている気分になった。
後ろめたいことがあるわけではないのに、なんだかその光に目を背けたい気分だった。
でも、それはきっと私の心に引っかかることがあるからなんだ。
私は昨日、晴香を救うことができなかった。
避けられなかった死を覆したいと願って、それでも何もしてあげることができなかった。
目の前で晴香が死に、その成れの果てを自分の手で葬り去った。
あの時の光景、音、感覚、感触。その全ては今でもはっきりと思い出せる。
その悲しみも後悔も、全て私の心に深く刻み込まれている。
この感情は頭で何を考えようとそう簡単に拭えるものではないし、何より感情は理屈じゃない。
だからそれに浸ってダメになってしまうことは簡単で、でも私はそういうわけにはいかない。
悲しみも嘆きも後悔も苦しみも、それを理由に立ち止まることなんてできないんだ。
私はずっとみんなに助けられて生きてきた。
私を守るために沢山の人が戦ってくれて、手を差し伸べてくれる。
そして晴香は、その全てを私のために費やしてくれた。
だからそんな沢山の人の気持ちによって生きている私は、沢山の覚悟と犠牲の上に成り立っている私は、立ち止まっちゃいけないんだ。
この悲しみを胸に抱えて、それでも私は挫けないでまっすぐ前を見据えるんだ。
晴香が望んだのは私の幸せ。晴香がいなくなってしまった今、私が望んでいた変わらない日常はどうしても叶わないけれど。
それでも友達との平穏な日々を勝ち取ることで、それに近い日々を手にすることはできるはずだから。
晴香とはもう会えないけれど、それでもその心はいつでも私と一緒にいてくれるから。
顔を洗ってからいつも通り髪を三つ編みに結わこうと思って、でも手が止まってしまった。
私がいつもしていた三つ編みは、晴香が教えてくれて似合うと言ってくれたものだった。
いつも当たり前のように結わいていた三つ編みだけれど、今日はなんだかそれをするのに戸惑ってしまった。
嫌なわけじゃない。寧ろ晴香が似合うと言ってくれた三つ編みおさげの髪型はお気に入りだった。
でも今は、今だけはなんだか憚られて、私は髪を結うのをやめた。
晴香を失った悲しみを抱きながらも、ちゃんと前に進もうと決めた。
けれどそれは悲しみを乗り越えたわけじゃない。
私の心にはどうしようもない悲しみが溢れてしまって、どうしても晴香を思い出すと心が震える。
昨日みんなの前ではできるだけ気丈に振舞った。
傷心の私をみんな気遣ってくれていて、いつまでも悲しみに暮れている姿を見せていては申し訳なかったから。
私のわがままから始まった昨日の騒動に、巻き込んでしまった罪悪感もあった。
夜子さんと千鳥ちゃんは仕事の一環だと言って、晴香が死んでしまった後の処理をしてくれた。
『魔女ウィルス』による死を経て成れの果てへとなってしまった影響は色濃かったし、学校の校庭を血生臭い状態のままにしておくことはできなかったから。
完全に無関係とも言えた善子さんは私を全く責めず、寧ろ晴香を守れなくて残念だと涙を浮かべてくれた。
夜子さんとの戦いでのダメージもそんなに大きくないみたいで、自分の魔法で回復をして普通に帰っていった。
氷室さんは終始私に寄り添ってくれて、そのポーカーフェイスを心配そうにやや崩していた。
晴香の事情をわかっている分、余計私の気持ちを気にしてくれているみたいだった。
夜子さんたちの事後処理が終わった後、私を家まで送ってくれて。
私が家の中に入るまで心配そうに真っ直ぐと見つめてくれて、物凄く心配をかけてしまっているんだって申し訳なくなってしまった。
本心はあんまり一人にはなりたくなくて、できれば泊まって欲しかったんだけれど、流石にそこまでのわがままは言えなかった。
だから私は懸命に笑顔を作った。
自分が今どうしようもなく辛いからこそ、みんなには心配をかけたくないという気持ちがあったから。
自分がそれをしたことで、晴香の気持ちがわかってしまった。
今自分の命が尽きようとしているのに、それでも笑顔を作って私を気遣った晴香も、こんな気持ちだったのかもしれない。
それに気が付いたのはベッドに潜り込んだ時。
布団や枕にはっきりと残った晴香の香りを吸い込んだ時だった。
その陽だまりのような温かい香りは、どうしても晴香のことを思い出させた。
私は必死で泣くのを我慢したけれど、でもなかなか寝付けなかった。
「学校かぁ……」
髪を下ろしたまま朝ごはんの支度をして、私はポツリと独り言をこぼしてしまった。
深い悲しみをぎゅっと抱きしめて、堪えて前に進むことを決めた。
忘れることはできないけれど、それに負けることなく未来を見ようと決めた。
だからこそいつも通りの生活を頑張って続けようとこうして、いつも通りの朝を過ごしているわけだけれど。
でも正直なところ、学校になんて行く気分ではなかった。
できることなら一日家に閉じこもっていたいくらいなんだから。
でもそれでは腐ってしまうとわかっているから、前に進むためにも、いつも通りを守るためにも、やっぱり学校には行った方がいいんだ。
頭ではわかってる。でも憂鬱な気分はどうしても晴れない。
そんな重い気分を抱えながら朝ごはんを手早く済ませていると、ピンポンとチャイムが鳴った。
もう創が来る時間か、と慌てて残りを口の中に放り込んで、急いで玄関まで駆けた。
「おっす」
「っ…………」
玄関の戸を開けると、いつも通りの創がいつも通りに立っていた。
その少し眠そうな表情も、少し気怠そうな言葉もいつもと変わらない。
そんないつもと変わらない創を見て、私は目を逸らしていた現実に気付いて固まってしまった。
創は、晴香がいなくなってしまったことを知らないんだ。死んでしまったことを、知らない。
普段通りの緩い笑みを浮かべるこの幼馴染は、私たちの大切な友人がもうこの世にいないことを知らないんだ。
「どうしたボサッとして。てかお前まだ髪結んでないじゃんか。寝坊でもしたのか?」
「……いや、あの……うーん」
固まった私に首を傾げながらも、創はささっと家の中に入ってきた。
そんな創に何て言葉を返していいかわからなくて、私は歯切れの悪い声をもごもごとこぼしてしまう。
晴香のことを伝えるべきなのか。
いや、伝えるべきなのは決まっているけれど、それをどう伝えるべきなのか。
そもそも説明なんてできないことだし、それを誤魔化したとしても、そんな大事を私の口から語るのは不自然かもしれない。
でもじゃあ、誰が晴香の最期を語ってあげられるのか。
「早く準備しろよ。遅刻するぞ?」
「あ、うん。ちょっと、待ってて……」
どうしようかと頭を巡らせながらも時間は進んでいく。
創を待たせているし、時間が迫っているのも事実。
私は急いで残る支度を済ませて、創はソファーに座ってそんな私をぼんやりと眺めていた。
「よし、じゃ行くか────今日は髪そのままなのか?」
「うん、なんとなく気分で……それよりも、あのさ」
支度を終えた私を見て創は立ち上がり、私の頭をまじまじと見て言った。
その言葉がなんだか引っかかった。
それは創の口調のことでも、髪型に対する指摘のことでもなくて。
創が、私が支度を終えたのを見て行こうと言ったことに、私は引っかかったんだ。
私たちは産まれたばかりの頃からの幼馴染で、小学生の頃から学校はずっと一緒だったから、いつも三人で登校していた。
だから私たちが三人揃って登校するのはもう当たり前になっている日常で、習慣だ。
なのに創は、晴香がいないのにもかかわらず学校に行こうと立ち上がった。
「ねぇ創。あのさ……」
聞けば、切り出せばその話をすることは避けられない。
晴香が死んでしまったことを今ここで口にしないといけない。
けれどこの引っかかりを、違和感を指摘せずにはいられなかった。
どちらにしろ私たちにとってそれは、おざなりにはできないことだ。
「晴香のことなんだけど……」
私が恐る恐る声を出す様を創はキョトンと見下ろしている。
そしてゆっくりと首を傾げた。
「はるか……? 誰だ、それ」
締め切ったカーテンの隙間から溢れる眩しい朝日。冷え切った室内の空気。私の家、私の部屋はいつもと変わりがない。
何の変わりもない、いつもと同じ朝。
世界はいつも通り廻っている。晴香がもういない世界は、それでもいつも通り廻ってるんだ。
少し重い頭を持ち上げて、頑張って起き上がった。
あんまり深く眠れた気はしないし、身体には疲れが残っているように思えた。
それでもいつも通りベッドから降りて、いつも通り朝の支度に取り掛かる。
カーテンを開いてみれば冬の澄み切った朝日が容赦なく差し込んできて、まるでそれに突き刺されている気分になった。
後ろめたいことがあるわけではないのに、なんだかその光に目を背けたい気分だった。
でも、それはきっと私の心に引っかかることがあるからなんだ。
私は昨日、晴香を救うことができなかった。
避けられなかった死を覆したいと願って、それでも何もしてあげることができなかった。
目の前で晴香が死に、その成れの果てを自分の手で葬り去った。
あの時の光景、音、感覚、感触。その全ては今でもはっきりと思い出せる。
その悲しみも後悔も、全て私の心に深く刻み込まれている。
この感情は頭で何を考えようとそう簡単に拭えるものではないし、何より感情は理屈じゃない。
だからそれに浸ってダメになってしまうことは簡単で、でも私はそういうわけにはいかない。
悲しみも嘆きも後悔も苦しみも、それを理由に立ち止まることなんてできないんだ。
私はずっとみんなに助けられて生きてきた。
私を守るために沢山の人が戦ってくれて、手を差し伸べてくれる。
そして晴香は、その全てを私のために費やしてくれた。
だからそんな沢山の人の気持ちによって生きている私は、沢山の覚悟と犠牲の上に成り立っている私は、立ち止まっちゃいけないんだ。
この悲しみを胸に抱えて、それでも私は挫けないでまっすぐ前を見据えるんだ。
晴香が望んだのは私の幸せ。晴香がいなくなってしまった今、私が望んでいた変わらない日常はどうしても叶わないけれど。
それでも友達との平穏な日々を勝ち取ることで、それに近い日々を手にすることはできるはずだから。
晴香とはもう会えないけれど、それでもその心はいつでも私と一緒にいてくれるから。
顔を洗ってからいつも通り髪を三つ編みに結わこうと思って、でも手が止まってしまった。
私がいつもしていた三つ編みは、晴香が教えてくれて似合うと言ってくれたものだった。
いつも当たり前のように結わいていた三つ編みだけれど、今日はなんだかそれをするのに戸惑ってしまった。
嫌なわけじゃない。寧ろ晴香が似合うと言ってくれた三つ編みおさげの髪型はお気に入りだった。
でも今は、今だけはなんだか憚られて、私は髪を結うのをやめた。
晴香を失った悲しみを抱きながらも、ちゃんと前に進もうと決めた。
けれどそれは悲しみを乗り越えたわけじゃない。
私の心にはどうしようもない悲しみが溢れてしまって、どうしても晴香を思い出すと心が震える。
昨日みんなの前ではできるだけ気丈に振舞った。
傷心の私をみんな気遣ってくれていて、いつまでも悲しみに暮れている姿を見せていては申し訳なかったから。
私のわがままから始まった昨日の騒動に、巻き込んでしまった罪悪感もあった。
夜子さんと千鳥ちゃんは仕事の一環だと言って、晴香が死んでしまった後の処理をしてくれた。
『魔女ウィルス』による死を経て成れの果てへとなってしまった影響は色濃かったし、学校の校庭を血生臭い状態のままにしておくことはできなかったから。
完全に無関係とも言えた善子さんは私を全く責めず、寧ろ晴香を守れなくて残念だと涙を浮かべてくれた。
夜子さんとの戦いでのダメージもそんなに大きくないみたいで、自分の魔法で回復をして普通に帰っていった。
氷室さんは終始私に寄り添ってくれて、そのポーカーフェイスを心配そうにやや崩していた。
晴香の事情をわかっている分、余計私の気持ちを気にしてくれているみたいだった。
夜子さんたちの事後処理が終わった後、私を家まで送ってくれて。
私が家の中に入るまで心配そうに真っ直ぐと見つめてくれて、物凄く心配をかけてしまっているんだって申し訳なくなってしまった。
本心はあんまり一人にはなりたくなくて、できれば泊まって欲しかったんだけれど、流石にそこまでのわがままは言えなかった。
だから私は懸命に笑顔を作った。
自分が今どうしようもなく辛いからこそ、みんなには心配をかけたくないという気持ちがあったから。
自分がそれをしたことで、晴香の気持ちがわかってしまった。
今自分の命が尽きようとしているのに、それでも笑顔を作って私を気遣った晴香も、こんな気持ちだったのかもしれない。
それに気が付いたのはベッドに潜り込んだ時。
布団や枕にはっきりと残った晴香の香りを吸い込んだ時だった。
その陽だまりのような温かい香りは、どうしても晴香のことを思い出させた。
私は必死で泣くのを我慢したけれど、でもなかなか寝付けなかった。
「学校かぁ……」
髪を下ろしたまま朝ごはんの支度をして、私はポツリと独り言をこぼしてしまった。
深い悲しみをぎゅっと抱きしめて、堪えて前に進むことを決めた。
忘れることはできないけれど、それに負けることなく未来を見ようと決めた。
だからこそいつも通りの生活を頑張って続けようとこうして、いつも通りの朝を過ごしているわけだけれど。
でも正直なところ、学校になんて行く気分ではなかった。
できることなら一日家に閉じこもっていたいくらいなんだから。
でもそれでは腐ってしまうとわかっているから、前に進むためにも、いつも通りを守るためにも、やっぱり学校には行った方がいいんだ。
頭ではわかってる。でも憂鬱な気分はどうしても晴れない。
そんな重い気分を抱えながら朝ごはんを手早く済ませていると、ピンポンとチャイムが鳴った。
もう創が来る時間か、と慌てて残りを口の中に放り込んで、急いで玄関まで駆けた。
「おっす」
「っ…………」
玄関の戸を開けると、いつも通りの創がいつも通りに立っていた。
その少し眠そうな表情も、少し気怠そうな言葉もいつもと変わらない。
そんないつもと変わらない創を見て、私は目を逸らしていた現実に気付いて固まってしまった。
創は、晴香がいなくなってしまったことを知らないんだ。死んでしまったことを、知らない。
普段通りの緩い笑みを浮かべるこの幼馴染は、私たちの大切な友人がもうこの世にいないことを知らないんだ。
「どうしたボサッとして。てかお前まだ髪結んでないじゃんか。寝坊でもしたのか?」
「……いや、あの……うーん」
固まった私に首を傾げながらも、創はささっと家の中に入ってきた。
そんな創に何て言葉を返していいかわからなくて、私は歯切れの悪い声をもごもごとこぼしてしまう。
晴香のことを伝えるべきなのか。
いや、伝えるべきなのは決まっているけれど、それをどう伝えるべきなのか。
そもそも説明なんてできないことだし、それを誤魔化したとしても、そんな大事を私の口から語るのは不自然かもしれない。
でもじゃあ、誰が晴香の最期を語ってあげられるのか。
「早く準備しろよ。遅刻するぞ?」
「あ、うん。ちょっと、待ってて……」
どうしようかと頭を巡らせながらも時間は進んでいく。
創を待たせているし、時間が迫っているのも事実。
私は急いで残る支度を済ませて、創はソファーに座ってそんな私をぼんやりと眺めていた。
「よし、じゃ行くか────今日は髪そのままなのか?」
「うん、なんとなく気分で……それよりも、あのさ」
支度を終えた私を見て創は立ち上がり、私の頭をまじまじと見て言った。
その言葉がなんだか引っかかった。
それは創の口調のことでも、髪型に対する指摘のことでもなくて。
創が、私が支度を終えたのを見て行こうと言ったことに、私は引っかかったんだ。
私たちは産まれたばかりの頃からの幼馴染で、小学生の頃から学校はずっと一緒だったから、いつも三人で登校していた。
だから私たちが三人揃って登校するのはもう当たり前になっている日常で、習慣だ。
なのに創は、晴香がいないのにもかかわらず学校に行こうと立ち上がった。
「ねぇ創。あのさ……」
聞けば、切り出せばその話をすることは避けられない。
晴香が死んでしまったことを今ここで口にしないといけない。
けれどこの引っかかりを、違和感を指摘せずにはいられなかった。
どちらにしろ私たちにとってそれは、おざなりにはできないことだ。
「晴香のことなんだけど……」
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