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第5章 フローズン・ファンタズム
9 大人の色香
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廃ビルを後にして、行きとは違ってとぼとぼと家に向かう道を歩く。
真昼間に制服を着た女の子が街中を歩いていれば少し目立つかもしれないけれど、今はあまりそんなことは気にならなかった。
夜子さんから聞いた話を頭の中で反芻して、自分についてをゆっくりと考える。
かつての私は、お姫様と呼ばれていた時の私は、一体どこまで自分のことを把握していたんだろう。
きっとその頃の私は、今よりも身をもってその数々を実感していたはずだ。
その上で自分の中に『魔女ウィルス』の元凶たるドルミーレがいるのだと知ったら、どう思ってどうしようと考えたんだろう。
今の私は、自分の中にいるドルミーレを憎らしく思ってしまう。
『魔女ウィルス』を振りまいて多くの人々を魔女にし、死の運命を押し付けている。
彼女が何のためにそんなことをしているのかはわからないけれど、それは許し難いことだと思う。
でも彼女が私の力の源であることは事実で、私は何をするにも結局彼女の力に頼らざるを得ない。
私を狙う人たちと戦うにも、最終的に『魔女ウィルス』をどうにかしようとするにしても。
憎らしくても、ずっとずっと私の中に眠っている私の力で、きっとこれは切っても切り離せないものなんだ。
誰だかは知らないけれど、凄い魔法の使い手でも封印することしかできなくて、しかもそれでもドルミーレは内側から私に干渉できるくらいなんだから。
だから今はドルミーレがどんな人だとしても、私の力だというのならそれを使うまでだ。
まだまだ使いこなせてはいないけれど、使えるものは使ってやる。
ドルミーレの目的や望みが何なのかは知らない。
でも私にだってやりたいこと、守りたいものがあるんだ。そこだけは譲れない。
「まずは鍵、だよなぁ……」
私は思わず呟いて溜息をついた。
真昼間から陰気なものだと自分でも思うけれど、昨日のことを思い出すともやもやする。
レイくんに鍵を持ち去られてさえいなければ、今頃私は全てを取り戻していたはずなんだから。
本当はレイくんの所に乗り込んでいって鍵を取り返したい所だけど、生憎レイくんの居場所がわからない。
わかるけど行き方がわからないんだ。
一昨日の深夜、あのホテルに行ったことは覚えているし、外観も内装も全てはっきり覚えている。
でもそこにどうやって行けばいいのかがどうしてもわからなくて、足を向けることができない。
帰り際にかけられた暗示がこんな形で効き目を発するなんて。
もしかしたら、ここまで予期してのことだったのかもしれない。
過ぎてしまったことをいつまでもくよくよしていても仕方ない。それはわかってる。
できないことは仕方がないけれど、ままならない気持ちがぐるぐると渦巻く。
今に始まったことではないけれど、立て続けに色んなことが起こって心がパンクしそうだった。
特に晴香のことと今聞いてきた話は、私の心をぐいぐいと圧迫してくる。
それでも、それでもだ。
私はできるだけ、可能な限り明るくいたいと思うから。
周りの人たちのためでもあるけれど、これはやっぱり自分自身のために。
これからも待ち受けているであろう色々な困難を前に、暗く下を向いていてはきっと立ち向かえないから。
私は毎日を楽しく過ごしたい。
大好きな友達と笑って日々を過ごしたい。
だから辛いことがあっても苦しいことがあっても、笑顔を持ってそれに立ち向かいたい。
それは私一人では難しいかもしれないけれど、支えてくれる友達がいるから、私はきっと笑顔を保つことができる。
「大丈夫。私、頑張れる」
両手で頰を軽くぱんぱんと叩いて自分の気持ちを整える。
それで何とか気持ちをしゃんとして、私はぐっと背筋を伸ばした。
下を向かず前を向こう。前を向いて先を見つめれば、きっとそこには輝かしい未来が見えてくるはずだから。
そう気持ちを決して、少し足取りを軽くして家へと急ごうとした時だった。
「まぁまぁ姫様ではございませんか! こんな所でお目にかかれるなんて光栄です!」
落ち着きを持ちつつも、黄色い色を隠せない声に呼び止められた。
まだギリギリ街外れだけれど、住宅地に差し掛かっていて人通りはなくはない。
そんな街中でそんな突飛なことを口走られて、私は背筋がひやっとした。
私が慌てて声がした方を見ると、見覚えのある黒一色の女の人がニコニコしながら優雅に立っていた。
真っ黒なドレスに黒い日傘、同じように漆黒の髪をクルクルとカールさせた色白な大人の女性。
クロアさんは、私に向けて優雅にゆらゆらと手を振っていた。
「……!」
真昼間から思わぬワルプルギスの魔女の登場に、私は思わず身構えてしまった。
日が高いうちの、しかも人目のある街中でやってくるなんてと思ったけれど、考えてみればワルプルギスの人たちは昼夜関係ないことが多かった。
レイくんは初対面の時朝の学校にまでやって来たし、アゲハさんも昼間のショッピングモールや街中をフラフラしていた。
昼日中の行動を控え、人目を避けるのは魔法使いだったか。
けれどそれでも警戒せざるを得ない。
ワルプルギスは基本的に危害を加えてくることはないとわかってはいるけれど、でもやっぱり何を考えているかなんてわからないんだから。
「姫様とお会いできるなんて、わたくし感激致しました。よろしければお茶などいかかですか?」
「お、お茶……!?」
警戒心を全開にしている私なんてお構いなしに、ニコニコとすり寄ってきたクロアさん。
何を言うのかと思って身構えていたから、なんとも呑気な申し出に私はポカンとしてしまった。
クロアさんは日傘をさしたまま手を合わせて、更にぱっと笑みを膨らませる。
「えぇえぇ是非とも……! もちろん、姫様がお嫌でなければですが。けれどわたくし、ここでお会いできたのもご縁だと思うのです。一度ゆっくりお話してみたいと思っていましたし、いかがでしょうか……?」
「い、いかがでしょうかって……」
私よりちょっぴり背が高くて、それに一回りくらいは年上であろうクロアさんだったけれど、上目遣いでそんな申し出をする表情はどこか子供っぽさを思わせた。
なんとなく、子供に甘える母親のような雰囲気を感じさせる。クロアさんはそこまでの歳ではなさそうだけれど。
うちのお母さんが割と奔放で子供っぽい所があったりするから、こんな表情には少し見覚えがある。
私としては今すぐ飛びかかって、レイくんや鍵のことを聞き出したいくらいだ。
レイくんを出してと、あのホテルに連れていってと強く主張したいくらいだ。
でも相手が穏便に対話を望んでいるのなら、それに応えるのが大人な対応かもしれない。
相手の方が年上で落ち着いてるのだし、こっちも可能な限り落ち着いた対応が必要かもしれない。
ゆっくり話をしながら穏便に進めた方が、色々聞き出せるはずだ。
色々と頭を巡らせつつ、甘えるような目を向けてくるクロアさんを見る。
眉を下げ伺いを立てている様は、とても何かを企んでいるようには見えない。
そうやってすぐに相手を信用してしまうのが私の悪い所なのかもしれないけれど、でもだからといって必要以上に疑うことはしたくない。
できるのならちゃんと話をしたいと思う。
「……わかりました。私も、色々聞きたいことありますし」
「まぁ! まぁまぁ……! ありがとうございます!」
私が溜息交じりに頷くと、クロアさんはその白い顔をパッと明るく輝かせた。
そんなに喜ばれるとなんだか照れ臭い。
「ではでは早速参りましょう! 先日見つけた、美味しいお紅茶を頂けるお店があるのです……!」
まるで子供のようにニッコリと微笑んで、その落ち着きを興奮で若干乱しながら、クロアさんは私の腕にその腕を絡めた。
きゅっと身を寄せられて、細身ながらも大人の女性の柔らかな感触と、甘いフルーティーな香水の香りが一気に私に押し寄せた。
普段関わらない大人の色香に少しくらりとしつつ、うきうきと楽しそうに足取り軽く腕を引くクロアさんに、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
真昼間に制服を着た女の子が街中を歩いていれば少し目立つかもしれないけれど、今はあまりそんなことは気にならなかった。
夜子さんから聞いた話を頭の中で反芻して、自分についてをゆっくりと考える。
かつての私は、お姫様と呼ばれていた時の私は、一体どこまで自分のことを把握していたんだろう。
きっとその頃の私は、今よりも身をもってその数々を実感していたはずだ。
その上で自分の中に『魔女ウィルス』の元凶たるドルミーレがいるのだと知ったら、どう思ってどうしようと考えたんだろう。
今の私は、自分の中にいるドルミーレを憎らしく思ってしまう。
『魔女ウィルス』を振りまいて多くの人々を魔女にし、死の運命を押し付けている。
彼女が何のためにそんなことをしているのかはわからないけれど、それは許し難いことだと思う。
でも彼女が私の力の源であることは事実で、私は何をするにも結局彼女の力に頼らざるを得ない。
私を狙う人たちと戦うにも、最終的に『魔女ウィルス』をどうにかしようとするにしても。
憎らしくても、ずっとずっと私の中に眠っている私の力で、きっとこれは切っても切り離せないものなんだ。
誰だかは知らないけれど、凄い魔法の使い手でも封印することしかできなくて、しかもそれでもドルミーレは内側から私に干渉できるくらいなんだから。
だから今はドルミーレがどんな人だとしても、私の力だというのならそれを使うまでだ。
まだまだ使いこなせてはいないけれど、使えるものは使ってやる。
ドルミーレの目的や望みが何なのかは知らない。
でも私にだってやりたいこと、守りたいものがあるんだ。そこだけは譲れない。
「まずは鍵、だよなぁ……」
私は思わず呟いて溜息をついた。
真昼間から陰気なものだと自分でも思うけれど、昨日のことを思い出すともやもやする。
レイくんに鍵を持ち去られてさえいなければ、今頃私は全てを取り戻していたはずなんだから。
本当はレイくんの所に乗り込んでいって鍵を取り返したい所だけど、生憎レイくんの居場所がわからない。
わかるけど行き方がわからないんだ。
一昨日の深夜、あのホテルに行ったことは覚えているし、外観も内装も全てはっきり覚えている。
でもそこにどうやって行けばいいのかがどうしてもわからなくて、足を向けることができない。
帰り際にかけられた暗示がこんな形で効き目を発するなんて。
もしかしたら、ここまで予期してのことだったのかもしれない。
過ぎてしまったことをいつまでもくよくよしていても仕方ない。それはわかってる。
できないことは仕方がないけれど、ままならない気持ちがぐるぐると渦巻く。
今に始まったことではないけれど、立て続けに色んなことが起こって心がパンクしそうだった。
特に晴香のことと今聞いてきた話は、私の心をぐいぐいと圧迫してくる。
それでも、それでもだ。
私はできるだけ、可能な限り明るくいたいと思うから。
周りの人たちのためでもあるけれど、これはやっぱり自分自身のために。
これからも待ち受けているであろう色々な困難を前に、暗く下を向いていてはきっと立ち向かえないから。
私は毎日を楽しく過ごしたい。
大好きな友達と笑って日々を過ごしたい。
だから辛いことがあっても苦しいことがあっても、笑顔を持ってそれに立ち向かいたい。
それは私一人では難しいかもしれないけれど、支えてくれる友達がいるから、私はきっと笑顔を保つことができる。
「大丈夫。私、頑張れる」
両手で頰を軽くぱんぱんと叩いて自分の気持ちを整える。
それで何とか気持ちをしゃんとして、私はぐっと背筋を伸ばした。
下を向かず前を向こう。前を向いて先を見つめれば、きっとそこには輝かしい未来が見えてくるはずだから。
そう気持ちを決して、少し足取りを軽くして家へと急ごうとした時だった。
「まぁまぁ姫様ではございませんか! こんな所でお目にかかれるなんて光栄です!」
落ち着きを持ちつつも、黄色い色を隠せない声に呼び止められた。
まだギリギリ街外れだけれど、住宅地に差し掛かっていて人通りはなくはない。
そんな街中でそんな突飛なことを口走られて、私は背筋がひやっとした。
私が慌てて声がした方を見ると、見覚えのある黒一色の女の人がニコニコしながら優雅に立っていた。
真っ黒なドレスに黒い日傘、同じように漆黒の髪をクルクルとカールさせた色白な大人の女性。
クロアさんは、私に向けて優雅にゆらゆらと手を振っていた。
「……!」
真昼間から思わぬワルプルギスの魔女の登場に、私は思わず身構えてしまった。
日が高いうちの、しかも人目のある街中でやってくるなんてと思ったけれど、考えてみればワルプルギスの人たちは昼夜関係ないことが多かった。
レイくんは初対面の時朝の学校にまでやって来たし、アゲハさんも昼間のショッピングモールや街中をフラフラしていた。
昼日中の行動を控え、人目を避けるのは魔法使いだったか。
けれどそれでも警戒せざるを得ない。
ワルプルギスは基本的に危害を加えてくることはないとわかってはいるけれど、でもやっぱり何を考えているかなんてわからないんだから。
「姫様とお会いできるなんて、わたくし感激致しました。よろしければお茶などいかかですか?」
「お、お茶……!?」
警戒心を全開にしている私なんてお構いなしに、ニコニコとすり寄ってきたクロアさん。
何を言うのかと思って身構えていたから、なんとも呑気な申し出に私はポカンとしてしまった。
クロアさんは日傘をさしたまま手を合わせて、更にぱっと笑みを膨らませる。
「えぇえぇ是非とも……! もちろん、姫様がお嫌でなければですが。けれどわたくし、ここでお会いできたのもご縁だと思うのです。一度ゆっくりお話してみたいと思っていましたし、いかがでしょうか……?」
「い、いかがでしょうかって……」
私よりちょっぴり背が高くて、それに一回りくらいは年上であろうクロアさんだったけれど、上目遣いでそんな申し出をする表情はどこか子供っぽさを思わせた。
なんとなく、子供に甘える母親のような雰囲気を感じさせる。クロアさんはそこまでの歳ではなさそうだけれど。
うちのお母さんが割と奔放で子供っぽい所があったりするから、こんな表情には少し見覚えがある。
私としては今すぐ飛びかかって、レイくんや鍵のことを聞き出したいくらいだ。
レイくんを出してと、あのホテルに連れていってと強く主張したいくらいだ。
でも相手が穏便に対話を望んでいるのなら、それに応えるのが大人な対応かもしれない。
相手の方が年上で落ち着いてるのだし、こっちも可能な限り落ち着いた対応が必要かもしれない。
ゆっくり話をしながら穏便に進めた方が、色々聞き出せるはずだ。
色々と頭を巡らせつつ、甘えるような目を向けてくるクロアさんを見る。
眉を下げ伺いを立てている様は、とても何かを企んでいるようには見えない。
そうやってすぐに相手を信用してしまうのが私の悪い所なのかもしれないけれど、でもだからといって必要以上に疑うことはしたくない。
できるのならちゃんと話をしたいと思う。
「……わかりました。私も、色々聞きたいことありますし」
「まぁ! まぁまぁ……! ありがとうございます!」
私が溜息交じりに頷くと、クロアさんはその白い顔をパッと明るく輝かせた。
そんなに喜ばれるとなんだか照れ臭い。
「ではでは早速参りましょう! 先日見つけた、美味しいお紅茶を頂けるお店があるのです……!」
まるで子供のようにニッコリと微笑んで、その落ち着きを興奮で若干乱しながら、クロアさんは私の腕にその腕を絡めた。
きゅっと身を寄せられて、細身ながらも大人の女性の柔らかな感触と、甘いフルーティーな香水の香りが一気に私に押し寄せた。
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