普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第5章 フローズン・ファンタズム

52 かつての約束

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 スクルドとクロアのやり取りから幾ばくかの時が経った頃の、とある暗い路地裏。
 街の中でも完全に喧騒から遠ざかった、奥まった闇に紛れる道々の裏側。

 暗がりに溶け込むような黒いコートに身を包んだ一人の男が、弱々しく屈みこんでいた。
 その姿は闇のように黒々しく、夜の住人であるかのような静かな風体。
 しかし彼の頭から伸びる燃えるような赤毛の長髪だけは、その中でも良く、強く映えていた。

「……ったく、面倒なことになりやがった」

 魔女狩りD8ことレオは、一人悪態をこぼしながら煙草に火をつけ、大きく吸い込むと、溜息と同時に煙を吐き出した。
 勢いよく吐き出した紫煙はもくもくと広がり、狭い路地をぼんやりと満たした。

 覚悟を決めてこの地を訪れ、アリスに相対した。
 もう迷わないと自分に言い聞かせ、躊躇いを捨ててその刃を向けた。
 やろうと思えば、度重なる乱入を許す前に始末することはできたはずだ。
 けれどそうならなかったのは、捨てたはずの迷いがまだ心の片隅に残っていたからかもしれない。

 アリアの介入だけならばまだよかった。
 しかしロード・スクルドに現場を目撃されては事が成せない。
 あくまでこれはレオのであり、秘密裏に済ませてしまわなければいけないことなのだから。

「こうするしか、ない。何としてでも、俺はアリスを……」

 咥えた煙草を噛み切りそうな勢いで歯を食いしばり、レオは苦々しく独り言ちる。
 気を抜けばまた迷ってしまいそうになる自分に言い聞かせるように。
 頭によぎる様々な思い出でを必死で掻き消しすように頭を掻いた、そんな時だった。

「レオ! やっと見つけた……!」

 アリアが少し息を切らせながら暗い路地の中を駆けてきた。
 同じく黒いコートに身を包み、長いポニーテールを揺らしながら、必死の眼差しをレオに向けている。
 そんなアリアを仰ぎ見て、レオは一段と重い溜息をついた。

「……アリア。どうしてここが……」
「わかるに決まってるでしょ。あなた程度の気配遮断なんて、私の探知に掛かればどうって事ないんだから」

 まるで普段通りのやり取りのように軽口を言いながら、アリアはレオの隣にしゃがみ込んだ。
 レオはその様子を一瞥すると、わざと目を背けて煙を吐いた。

「……アリスは、なんとかロード・スクルドの手を逃れたよ」
「…………そうか」

 影ながら先の攻防を見届けてきたアリアは、少し躊躇いながらも告げた。
 対するレオの反応は味気ない。それも当然だ。彼はアリスの命を奪おうとしてたのだから。
 重苦しい空気が流れ、しばらくそれに耐えていたアリアだったが、けれど我慢ならずに口を開いた。

「ねぇ、レオ。話してくれないの? どうして、あんなことをしたのか」
「……言ったろ。お前に話すことなんてねぇよ」
「そんなわけないでしょ……! レオ、あなた自分が何をしたかわかってるでしょ……!?」

 吐き捨てるようにぶっきらぼうな言葉を投げつけるレオに、アリアは思わず身を乗り出した。
 しかしそれでもレオは動じることなく、静かに煙草をふかし続ける。

「アリスを殺そうとするだなんて……一体、あなたに何があったの?」
「俺はただ、俺にしかできねぇことするだけだ」

 レオの言葉は要領を得ない。アリアは悶々とした気持ちをぶつけまいと自分に言い聞かせて、努めて冷静であろうとした。
 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けてレオに向く。

「ねぇレオ。あなたが何を考えているのかはわからないけれど、アリスはあなたとちゃんと話したいって言ってた。アリスもアリスで、ちゃんと私たちとわかり合おうとしてくれているの。だからレオ、あなたも……」
「なんだよアリア。いつの間にかアリスと仲良くなってんじゃねぇか」
「レオ……! 違う、そうじゃなくて私は……!」

 皮肉を込めたレオの笑みに、アリアは口ごもった。
 仲良くなどなれていない。わかり合うために、歩み寄るために問題を先送りにしただけだ。
 問題は何も解決なんてしていない。でも、いがみ合っているよりはマシだ。

「なぁアリア。俺はもう、お前と歩んできた道を外れちまったんだ。後戻りはできねぇ。大事なものを守るためには、これしか……」
「どういうこと……? 私たちに、アリスを取り戻す以外に大切なことなんて、あるの……?」
「────あるに決まってんだろっ……!」

 レオはアリアの顔を見ると、込み上げてきた激情を抑えきれずに思わず声を張り上げた。
 すぐに我に返り咄嗟に取り繕うも、アリアの戸惑いと怯えの混じった表情を拭うことはできなかった。
 レオは舌打ちして頭を掻き毟り、アリアから顔を背けた。

「……ねぇ、レオ。あなたは、何を守ろうと、しているの……?」

 弱々しく、今にも泣き出してしまいそうなアリアの声がレオの心を乱した。
 普段は凛と力強く、聡明で理知的な面ばかりを見せるアリアが、今はただの一人の少女のように不安を浮かべている。
 親友の力ない姿に、レオは胸を締め付けられるような思いに駆られた。

「……昔、アリスと約束したんだ。俺は、それを守る。誰に何を言われようと。お前からも、今のアリスからも嫌われようと、俺は……」
「アリスとの約束……?」
「………………」

 アリアが問いを投げかけても、レオはそれ以上を口にしようとはしなかった。
 二人だけが交わした約束の内容を、そしてそれを果たすことの意味を、レオは決して語ろうとはしない。

「頼むから、止めないでくれ。苦しいのはわかる。辛いのもわかる。俺だって同じだ。けどよ、選ばなきゃいけねぇ時が、決断しなきゃいけねぇ時が、あんだよ……」
「わかってあげたい。理解してあげたい。でも、無理だよレオ……! 何があったって、アリスを殺すことだけは見過ごせない……!」
「わかれよ! アリスを殺すってのは、俺たちの中でも一つの手段だったろーが!」
「わかんないよ! だってそれは最後の、本当にどうにもならなかった時の手段なんだから! 絶対に、今はまだその時じゃない!」

 二人はお互いに喚くように声を上げた。
 心の内にある感情を吐き出すように。
 仲を違えたくないからこそ、わかって欲しいからこそ、感情のままを相手にぶつける。
 しかし決定的な相違は、どうしても交わることがない。

「あらあら、喧嘩とは仲睦まじいようで何よりですねぇ」

 不意に闇の中から甘く蕩けた声が聞こえ、二人は勢いよく立ち上がった。
 今まで言い争いをしていたとは思えないほどに息の合った動作で肩を並べ、路地の更に奥、深い闇を見据える。

 暗い影の奥から、闇をまとって一人の女が現れた。
 黒いドレスに身を包んだ、闇の化身を思わせる妖しい魔女、クロア。
 クロアは幼い子供に向けるような穏やかな笑みを浮かべ、張り詰めた顔の二人を舐めるように眺めていた。
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