普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第5章 フローズン・ファンタズム

65 ここにいるよ

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 深く、深く、深く。
 暗く、暗く、暗く。
 重く、重く、重く。

 底の見えない闇の中へ落ちてゆく。
 果ての見えない闇に包まれてゆく。
 抗いようのない闇の重圧に押し潰されてゆく。

 全てが閉ざされた暗闇の中で、私はどんどんと奥深へと落ちていった。
 上下左右の感覚はない。ただ、落ちているということだけは感覚で理解できていた。
 意識の奥深くへ、心の奥深くへ、私という存在が堕ちていく。

 全てが黒に包まれた世界の中で、遥か先の天高いところで、針の先のように小さな光が辛うじて見て取れた。
 暗闇に差す僅かな光といえば聞こえはいいけれど、一面の暗黒の中ではその光はあまりにも小さすぎた。

 ただそこにあるだけ。手を伸ばすことも叶わず、ただ見えているだけのもの。
 希望の光と呼ぶにはあまりにも儚ずぎる。
 けれど、確かにそこには光があると教えてくれる唯一のもの。
 そんな消えそうな光を見上げながら、私はどんどんと堕ちていく。

 ドルミーレは私と交代したと言っていた。
 つまり今ここで心の深淵に堕ちている私の代わりに、ドルミーレが外にいるんだ。
 封印されているはずの彼女が、そんな好き勝手なことができるなんて思いもしなかった。
 けれど思い返してみれば、前回会った時だって彼女は、そんなルールを無視して私に接触し、多すぎる力を与えてきた。

 あの時。レオに殺されそうになった時。
 私が無闇やたらに何も考えずに力を引き出そうとしたことで、彼女を呼び寄せてしまったんだ。
 本来は奥底で眠っているだけの彼女を呼んだのは私なんだ。
 私の力は結局ドルミーレからいずるもの。命の危機に瀕して力を過剰に求めれば、彼女が反応してしまう。

 このままではドルミーレに全てを台無しにされてしまう。
 せっかくレオと一対一で正面から戦っていたのに、このままではレオはドルミーレに……。
 そんはことはさせない。レオとはまだまだわかり合えていないんだから。

「ここから、這い上がらなくちゃ……」

 この何もない闇の中から飛び出して、自分を取り返さないと。
 このまま闇に抱かれて堕ちていけば、きっと全てを失ってしまう。そんな気がした。
 ドルミーレが何を考えていて、何を目的としているのかはわからない。
 わからない以上、野放しになんてできない。

 少なくとも、私の完全なる味方とは言い難い。
 私の意思を無視して意識を交代させて、レオを殺そうとしているんだから。
 そんな彼女なんだから、あの場にいる氷室さんのことだって手にかけようとしたっておかしくはない。
 それだけは絶対に許せない。そんなこと、あっていいわけがないんだから。

 でもどうやったらここから這い上がることができるんだろう。
 そう頭を悩ませている時だった。
 遥か上。遠く遠くに煌めく点にも満たない小さな光の粒が指すそこで、キラリと瞬くものがあった。

『────ちゃん』

 声がした。
 光すらも届かない、何一つとして届くとは思えない闇の中で声がした。
 針で突いてできた穴のようにこじんまりとした光が、ぱちりと瞬く。
 まるで光が声をかけてくれているみたいに。

『────アリス、ちゃん……』

 その声はひどく耳に馴染んだ。
 聞き覚えのある、とても心を落ち着かせる声だ。
 控えめで弱々しく、それでも懸命に呼びかけてくれるこの声を、私は知っている。

「氷室、さん……?」
『────────』

 遠くから届く声はとても弱く、なかなかうまくその声を拾うことができない。
 けれど控えめに瞬く彼方の光が、それを肯定しているような気がした。

「迎えに、来てくれたんだ……」

 透子ちゃんが私の夢の中に現れて助けに来てくれた時のように、心の繋がりを辿って迎えに来てくれたのかもしれない。
 ここがあまりにも深すぎて、距離はまだまだ遠いけれど。それでも、必死に私に向けて手を伸ばしてくれているんだ。

「氷室さん……! 私はここ。ここにいるよ……!」

 力のかぎり手を伸ばす。
 この闇に満ちた空間でそれがどれほどの意味を持つのかはわからなかったけれど。
 それでも、私を迎えに来てくれたであろう氷室さんの手に、早く触れたくて。
 友達との想いは、私たちの心の繋がりは、どんなに奥底にだって届くんだ。
 それが嬉しくて、私は縋るように手を伸ばした。

 光は少しずつ大きくなっているようだった。
 それはつまり近づいてきているということだった。
 闇の出口のようだった小さな光から、こちらにゆっくりと近づいてくる光が降りてくる。
 私自身も自らの力で上に登ろうと、泳ぐようにもがいてみたけれど、それにあまり意味はなかった。

 やがて光は淡い光を放って私の元まで降り立った。
 暗闇の中で確かに存在を放つ、淡く青白い輝きを放つ光の玉。
 サッカーボール大のそれは私の元までゆらゆらとやってくると、穏やかに微笑むようにキラリと煌めいた。

「氷室さん……ありがとう。こんなところまで来てくれて」
『────────』

 光は頷くように煌めいた。
 透子ちゃんが来てくれた時は光の玉から自分の姿になったけれど、氷室さんは光の玉のままだった。
 きっとここがあまりにも深い場所過ぎて、この姿がやっとなのかもしれない。

 氷室さんが私の周りをくるくると回ると、その涼やかな輝きが私を包んで、ふわりと浮いた気がした。
 そして氷室さんが上へと向けて登り始めると、私の身体もそれについていくように浮かび上がっていく。
 まるで手を取って引っ張り上げてもらえているようで、その温かさにとても心が和んでいく。

 暗く冷たく静かな闇の中で、一人寂しく堕ちていた。
 けれどこうしてどんな最果てにも手を差し伸べてくれる友達の存在が、それほど心強いことか。
 ドルミーレは人との繋がりを、友達を信じることを嗤っていたけれど、私はやっぱりそれこそが一番大切なことだと思う。
 誰かを信じて、想って、繋がって、助け合って。そうしていくことで、人は人として生きていけるんだと、そう思うから。

『────アリスちゃん』

 浮かび上がっていく最中、こんなに近くにいるのに遠く聞こえる声で、氷室さんが私に語りかけてきた。
 私が目を向けると、氷室さんは控えめに瞬いた。

『目を、閉じて────私たちの思い出を────それが、少しでもあなたの力になれば────』

 途切れ途切れの言葉。しかし何を言わんとしているのかはわかった。
 言われた通り目を閉じる。元々暗闇の中だからあんまり代わり映えはしないけれど、それでも氷室さんの光は見えなくなる。
 でも、私を包み込んでくれている輝きの温かさは、体が感じている。

『私を……見て────私が見たものを────私が感じたものを────それがきっと、あなたの心に────』

 氷室さんの声に耳を傾けていると、瞼の裏に白い光景が広がった。
 それは、遥か昔。雪が降った日の夜────
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