普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第6章 誰ガ為ニ

14 今更

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「それじゃ、さっさと行くわよ」
「へ?」

 徐に立ち上がって手を引いてくる千鳥ちゃんに、私は気の抜けた声を出してしまった。
 そんな私に千鳥ちゃんは若干顔をしかめる。

「善は急げって言うでしょ。それにアンタだって、一刻も早く鍵を取り戻したいんじゃないの?」
「それはそう、なんだけど……」

 歯切れの悪い答えをする私に、千鳥ちゃんの表情はますます険しくなった。
 千鳥ちゃんの言うことはもっともだし、そうすべきだと私も思う。
 けれど心に引っかかる一抹の不安が、私の足に力を入れてくれなかった。

「もうどうしたのよ? まだなんか悩みでもあるわけ?」

 少し面倒くさそうに眉を寄せながら、千鳥ちゃんは手を放して座り直した。
 どかっと乱雑に腰を下ろして、私のことを睨むように見てくる。

「つい今さっきまで、あんなに嬉しそうにしてたじゃないの」
「うん。それは、千鳥ちゃんが協力してくれるのが嬉しくて。ただね、まだ不安といういうか心配事というか……覚悟が決まらなくて」

 自分でも情けないと思いつつ、膝の上で手をもじもじとさせてしまう。
 千鳥ちゃんはテーブルに頬杖をついて、そんな私をジッと見つめてきた。
 その視線は決して非難的なものではなくて、静かながらも私を気遣う労りを感じた。

「そ。話しなさいよ。ちゃんと聞いてあげるから」
「……でも千鳥ちゃん、また知らないとか言ってほっぽり投げない?」
「…………し、しないから。だからさっさと話しなさいよ!」

 さっきのことを然程根に持っているわけではないけれど、千鳥ちゃんには前科がある。
 一抹の不安を覚えながら指摘すると、千鳥ちゃんはバツが悪そうに少し視線を逸らした。
 けれど自分が悪かったとは思っているみたいで、観念したように私の目を見て促してきた。

 居心地が悪そうに拗ねた顔をする千鳥ちゃんを見ると、思わず笑みがこぼれそうになる。
 あんまり責めても可哀想だし、私は大人しく不安を口にすることにした。

「記憶も力も取り戻したいと思ってる。それは私自身の望みだよ。でもそれと同時に、全てを取り戻すことで今までの自分が変わっちゃうんじゃないかって、それが不安で……」

 それは前から思っていたこと。
 封印されている本当の記憶と、今の私が持っている改竄された記憶の相違。
 全てが解放されたことによって、ドルミーレと私の距離が近付くこと。
 そして何より、当時を取り戻したことで私の中の価値観が揺らいでしまうかもしれないこと。
 それらが恐ろしくないとは、決して言えない。

「自分の中では、答えをつけていたつもりなんだけどね。何を思い出しても、何を取り戻しても、今までの自分を信じて、今の気持ちを大切にしようって。でも、いざとなると、やっぱり怖くなって」
「…………」

 私の吐露を、千鳥ちゃんは何も言わずに聞いていた。
 その静かな瞳が何を考えているのかわからない。
 不機嫌そうではないけれど、でも何か思うところがあるようには見える。

 恐る恐る伺うように視線を向けてみると、千鳥ちゃんは大仰に溜息をついた。

「アンタそれ、私に言う?」
「えっと……」

 呆れた声に私は言葉を詰まらせて、すぐに気付いた。
 前に私は千鳥ちゃん自身から言われたことがあった。

 ────アリスはアリス。確固たる自分があって帰る場所があって居場所がある。なのにそれを自分自身がわかってないなんて、私はなんだか気にくわない。

 全てを捨てて全てを失って、ただ一人でこちらの世界にやってきた千鳥ちゃんからしてみれば、それは贅沢な悩みなんだ。
 どちらにしたって私には全て揃っていて、ただ天秤がどちらに傾いてしまうかを気に病んでいるんだから。

「ごめん千鳥ちゃん。私────」
「謝んなくていいわよ。てか私こそごめん。言い方が悪かった」

 私が慌てて謝罪を口にしようとすると、千鳥ちゃんは面倒そうに手を振った。

「いいのよ、それはもう。まぁよくもないけど。でもアンタのお陰で少し楽になったし、そのことはいいのよ。取り敢えずは」

 千鳥ちゃんは少し苦い顔をしながら言う。
 私が、そして友達が居場所だと言った私の言葉は、少なからずちゃんと彼女の心に残ってくれているみたいだった。
 もちろんそれで根本的な解決にはなっていないだろうけれど。
 でも千鳥ちゃんがそう言ってくれるのは素直に嬉しい。

「私が言いたいのは、それを私に言ったって仕方ないでしょってこと。だってその結論は、どうしたってアンタ自身でしか出せないんだから────あっ、べ、別にほっぽってるわけじゃないんだからね!」

 優しげな笑みで言ったかと思うと、千鳥ちゃんは慌てて取り繕うように早口になった。
 さっき私に指摘されたことを気にしているみたい。
 その切り替えの早さに私は思わず苦笑した。

「でもさ、それはもう他人ではどうしてやることもできないことだし。頑張れとか大丈夫とか、言うのは簡単だけどさ。でもそんなこと言われたって仕方ないでしょ、今更。てか、どうせ霰にもうしこたま言われてんじゃないの?」

 流し目でニヤリとした視線を向けてくる千鳥ちゃんに、私は誤魔化しの笑みを返すしかなかった。
 氷室さんとも、確かに以前そういう話をした。そしてその時、十分すぎるほどに後押しをしてもらった。
 何を取り戻しても、何を思い出しても、そして強大な力に飲み込まれそうになっても、心の繋がりを抱いていれば大丈夫だと。
 今の私を望んでくれる友達の支えがあれば、決して私は今を失ったりしないって。

「だから今私に言ってやれることは何もないわ。まぁ精々、その場に連れてってあげることくらいよ」
「うん、そうだね。ありがとう千鳥ちゃん」

 不安や心配、恐怖が晴れたわけじゃない。
 それはきっとなくなったりなんてしないと思う。

 けれどもう私は覚悟を決めたじゃないか。
 それにその覚悟を後押ししてくれて、信じてくれている友達がいる。
 今のこの一抹の不安に揺れている場合じゃない。
 私のすべきことは、もう決まっているんだから。

 それにいつも私はそうやって、くよくよして悩んで問題を先送りにしている。
 だから私はいつも後手に回って受け身になってしまっているんだ。
 でも、いつまでもそういうわけにもいかない。もう、問題から目を逸らすのはやめよう。

「私行くよ、レイくんの所に。それで鍵を取り返して、全部取り戻す。だから千鳥ちゃん、私を連れてって」
「まったく、世話が焼けるわねぇ」

 心を決めて立ち上がり、笑顔を作って手を伸ばす。
 千鳥ちゃんは呆れたような顔をしつつも、薄く笑みを浮かべながら私の手を握って立ち上がった。
 その表情は、まるで年上のお姉さんのように優しげに思えた。

 くよくよするのはもうやめにしよう。
 私を信じて支えてくれる友達の気持ちが、きっと私を導いてくれるから。
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