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第6章 誰ガ為ニ
43 見ていられない
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全ての視線が一点に集中した。
驚愕の視線を受けて、金髪の頭がびくりと震える。
徐々に回復しつつある体でのっそりと立ち上がった千鳥が、アゲハを締め上げているクロアにまっすぐ目を向けていた。
千鳥による制止に、クロアは蛸の足を止めていた。
予想していなかった声に目を見開き、千鳥を注意深く窺い見る。
「も、もう、いいじゃない。そこまで、そんな……」
後に続けた千鳥の言葉は弱々しく、先程の叫びほどの威勢はなかった。
クロアの黒く深い瞳に、萎縮したように身を縮める。
それでも、視線は締め上げられている無残なアゲハの姿から離れていない。
「お言葉ですが、これはわたくし共の問題でございます。その裁量に関して口を挟まれましても……」
「わかってる。わかってるわ、そんなこと。私だって別に、ソイツがどうなろうと別に……構いやしないわ。でも……でも、そこまで惨めを晒させる必要も、ないんじゃないの……?」
おっかなびっくり、つっかえながら反論する千鳥。
人ならざる姿を晒し、悍ましく禍々しい気配を漂わせているクロアに恐れをなしているのは明白だ。
その手は震えている。それを強く握り込んで、踏ん張るようにクロアに向き合う。
「ソイツのことなんて大っ嫌い。私の友達を殺そうとして、あんだけ好き放題暴れたんだから、別に今更情けをかけようってわけじゃない。でも……見てらんないのよ」
「…………左様でございますか」
俯きながら吐き出すように言葉を紡ぐ千鳥に、クロアは眉を落としポツリと息を吐いた。
そして一瞬迷う素振りを見せてから、アゲハの口に押し込んでいた足を引き抜いた。
気道の一切を塞がれたいたアゲハは、それによって大きく咳き込んだ。
嘔吐してもおかしくなかったが、彼女が吐き出したのは口の中に溜まって溢れていた蛸の足のぬめりだけだった。
「……ははっ、クイナやっさしぃ。なんだかんだ言って、お姉ちゃんのこと心配なんだ」
大きく咳込んで酸素を取り込んでから、ぜぇぜぇと荒い呼吸のまま薄い笑みを浮かべるアゲハ。
引きつった顔での笑顔は、強がりを隠せていなかった。
「そんなこと、あるわけないでしょ。私がアンタの心配なんて、するわけないじゃない。それでも、仮にも私の姉があんな醜態を晒すところを見たくなかった……それだけよ……」
アゲハの薄笑いに眉をひそめ、千鳥は顔を背けた。
千鳥にとって、アゲハはどうしようもなく恐れ憎む対象だ。
血の繋がった姉妹でありながら、強い嫌悪感を抱かずにはいられない相手。
それは今の彼女にとって変えがたい事実だ。
「私はアンタが嫌いだし、許せない。だからアンタが生きようが死のうが、知ったこっちゃないんだから」
「……そっか」
吐き捨てるように放たれた言葉に、アゲハの笑みは強がったものから弱々しいものに変わった。
力なく薄っすらと、何かを嘆くような弱い笑み。
クロアはそんな二人を交互に見やって、ふぅと小さく息を吐いた。
荒ぶった感情を落ち着けるように、気持ちを落としどころに落ち着けるように。
そして濁りのやや薄まった穏やかな笑みでアゲハに目を向けた。
「……確かに、人前で辱めを与えるにも限度がありますねぇ。わたくしも少々やり過ぎてしまったと反省しております。続きは、また後ほどと致しましょうか」
「…………」
「ですが、アゲハさん。できれば荒事なく口を割って頂くのがお互いの為かと。わたくしとて、好きであなたを嬲るわけでないのです」
「……どーだか」
眉を八の字に寄せて困ったように語りかけるクロアに、アゲハは皮肉を込めた溜息をついた。
先程までのあれはノリノリだっただろうと辟易する。
「……さて、それではわたくし共は失礼致しましょうか。アゲハさんからゆっくりお話をお伺いするために、レイさんより先に戻って準備をしないといけませんから」
パチンと手を合わせ、にこやかに言うクロア。
先程までアゲハを嬲っていた者とは思えない、気の抜けた柔らかい笑みだ。
まるでこれから楽しいことが待ち受けているとでもいうような気楽さと気安さ。
アゲハはそんなクロアの様子を、吐き気を催すような目で見ていた。
彼女のその上部には見せない、奥底にあるドス黒い性根を軽蔑するように。
敵意は剥き出しにしつつ、しかし抵抗ができないアゲハただ大人しく拘束されたまま。
執拗な蹂躙が止まっただけで、彼女が負ったダメージは決して少なくはなく、そしてその拘束の力も弱まっていない。
「ちょ、ちょっと……!」
「あら、まだ何か?」
アゲハを拘束したまま立ち去ろうとしたクロアを千鳥が慌てて引き止めた。
しかしそれはクロアに向けた言葉というよりは、アゲハに向けられたもの。
千鳥は反応したクロアには目を向けず、アゲハをまっすぐに見た。
蛸の足に雁字搦めにされたまま、クロアにされるがままに連れていかれそうになっているアゲハ。
そのまま彼女を行かせることなど、千鳥にはできなかった。
それは彼女の身を案じているわけでも、哀れんでいるわけでもない。
自分自身が何一つ納得できていないからだ。
アゲハが何故、このような行動に出たのか。
何を考え、何を望んでいるのか。
彼女の言葉の意味は何なのか。
その真意を聞き出さないことには、何一つとして納得などできないから。
アゲハの妹として、アリスの友達として、はっきりさせなければならないと、千鳥は歯を食いしばってアゲハを見据えた。
驚愕の視線を受けて、金髪の頭がびくりと震える。
徐々に回復しつつある体でのっそりと立ち上がった千鳥が、アゲハを締め上げているクロアにまっすぐ目を向けていた。
千鳥による制止に、クロアは蛸の足を止めていた。
予想していなかった声に目を見開き、千鳥を注意深く窺い見る。
「も、もう、いいじゃない。そこまで、そんな……」
後に続けた千鳥の言葉は弱々しく、先程の叫びほどの威勢はなかった。
クロアの黒く深い瞳に、萎縮したように身を縮める。
それでも、視線は締め上げられている無残なアゲハの姿から離れていない。
「お言葉ですが、これはわたくし共の問題でございます。その裁量に関して口を挟まれましても……」
「わかってる。わかってるわ、そんなこと。私だって別に、ソイツがどうなろうと別に……構いやしないわ。でも……でも、そこまで惨めを晒させる必要も、ないんじゃないの……?」
おっかなびっくり、つっかえながら反論する千鳥。
人ならざる姿を晒し、悍ましく禍々しい気配を漂わせているクロアに恐れをなしているのは明白だ。
その手は震えている。それを強く握り込んで、踏ん張るようにクロアに向き合う。
「ソイツのことなんて大っ嫌い。私の友達を殺そうとして、あんだけ好き放題暴れたんだから、別に今更情けをかけようってわけじゃない。でも……見てらんないのよ」
「…………左様でございますか」
俯きながら吐き出すように言葉を紡ぐ千鳥に、クロアは眉を落としポツリと息を吐いた。
そして一瞬迷う素振りを見せてから、アゲハの口に押し込んでいた足を引き抜いた。
気道の一切を塞がれたいたアゲハは、それによって大きく咳き込んだ。
嘔吐してもおかしくなかったが、彼女が吐き出したのは口の中に溜まって溢れていた蛸の足のぬめりだけだった。
「……ははっ、クイナやっさしぃ。なんだかんだ言って、お姉ちゃんのこと心配なんだ」
大きく咳込んで酸素を取り込んでから、ぜぇぜぇと荒い呼吸のまま薄い笑みを浮かべるアゲハ。
引きつった顔での笑顔は、強がりを隠せていなかった。
「そんなこと、あるわけないでしょ。私がアンタの心配なんて、するわけないじゃない。それでも、仮にも私の姉があんな醜態を晒すところを見たくなかった……それだけよ……」
アゲハの薄笑いに眉をひそめ、千鳥は顔を背けた。
千鳥にとって、アゲハはどうしようもなく恐れ憎む対象だ。
血の繋がった姉妹でありながら、強い嫌悪感を抱かずにはいられない相手。
それは今の彼女にとって変えがたい事実だ。
「私はアンタが嫌いだし、許せない。だからアンタが生きようが死のうが、知ったこっちゃないんだから」
「……そっか」
吐き捨てるように放たれた言葉に、アゲハの笑みは強がったものから弱々しいものに変わった。
力なく薄っすらと、何かを嘆くような弱い笑み。
クロアはそんな二人を交互に見やって、ふぅと小さく息を吐いた。
荒ぶった感情を落ち着けるように、気持ちを落としどころに落ち着けるように。
そして濁りのやや薄まった穏やかな笑みでアゲハに目を向けた。
「……確かに、人前で辱めを与えるにも限度がありますねぇ。わたくしも少々やり過ぎてしまったと反省しております。続きは、また後ほどと致しましょうか」
「…………」
「ですが、アゲハさん。できれば荒事なく口を割って頂くのがお互いの為かと。わたくしとて、好きであなたを嬲るわけでないのです」
「……どーだか」
眉を八の字に寄せて困ったように語りかけるクロアに、アゲハは皮肉を込めた溜息をついた。
先程までのあれはノリノリだっただろうと辟易する。
「……さて、それではわたくし共は失礼致しましょうか。アゲハさんからゆっくりお話をお伺いするために、レイさんより先に戻って準備をしないといけませんから」
パチンと手を合わせ、にこやかに言うクロア。
先程までアゲハを嬲っていた者とは思えない、気の抜けた柔らかい笑みだ。
まるでこれから楽しいことが待ち受けているとでもいうような気楽さと気安さ。
アゲハはそんなクロアの様子を、吐き気を催すような目で見ていた。
彼女のその上部には見せない、奥底にあるドス黒い性根を軽蔑するように。
敵意は剥き出しにしつつ、しかし抵抗ができないアゲハただ大人しく拘束されたまま。
執拗な蹂躙が止まっただけで、彼女が負ったダメージは決して少なくはなく、そしてその拘束の力も弱まっていない。
「ちょ、ちょっと……!」
「あら、まだ何か?」
アゲハを拘束したまま立ち去ろうとしたクロアを千鳥が慌てて引き止めた。
しかしそれはクロアに向けた言葉というよりは、アゲハに向けられたもの。
千鳥は反応したクロアには目を向けず、アゲハをまっすぐに見た。
蛸の足に雁字搦めにされたまま、クロアにされるがままに連れていかれそうになっているアゲハ。
そのまま彼女を行かせることなど、千鳥にはできなかった。
それは彼女の身を案じているわけでも、哀れんでいるわけでもない。
自分自身が何一つ納得できていないからだ。
アゲハが何故、このような行動に出たのか。
何を考え、何を望んでいるのか。
彼女の言葉の意味は何なのか。
その真意を聞き出さないことには、何一つとして納得などできないから。
アゲハの妹として、アリスの友達として、はっきりさせなければならないと、千鳥は歯を食いしばってアゲハを見据えた。
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