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第6章 誰ガ為ニ
110 本音と建前
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「これは失礼。ただつまり、その約束とやらに姫様が関わっているということでいいのかな?」
「近からずも遠からず、といったところだね」
「じゃあ、姫様個人ではなくその力、あるいはその源流か」
ケインは目を細め、突き刺すように言葉を投げかけた。
それに対して夜子は口を開かず穏やかな笑みを浮かべるだけ。
「君もわかってはいると思うけれど、『始まりの力』は今後の魔法の発展、延いては『まほうつかいの国』の繁栄に欠かせないものだ。それを個人的な理由で損失させる行為は、ワルプルギス────レジスタンスと変わらないと僕は思うんだけどなぁ」
「つまり君たちにとって私は謀反者ってことかな? まぁ好きに言えばいいよ。私は君たちのような阿呆に何を言われたってちっとも気になんてしないしね。ただ、一つ言わせてもらうとすれば────」
ゆらゆらと、安楽椅子に腰掛けているように体を揺らす夜子。
穏やかな笑みを浮かべたまま、しかしその瞳は獰猛な肉食獣のような鋭さと重さを持った。
だというのに、口元はニンマリと笑みを作っているものだから、ケインは若干冷や汗が滲むのを感じた。
「彼女は誰のものでもない。それを侵そうとする者を、私たちは赦さない」
「…………こいつは困ったなぁ」
敢えておどけて頭を掻くケイン。
浮かべる笑みとは裏腹に、内心には焦燥を抱いていた。
魔法使いが『始まりの力』を、姫君の身柄を求める以上、目の前の女との衝突は避けられないと悟ったのだ。
しかし夜子も全面的な戦争を望んでいるわけではない。
しかし、お互いの意思がお互いの目的を阻害していることには変わりない。
今後の身の振り方をどうするべきかケインが頭を巡らせていると、夜子は鋭い瞳を引っ込めて緩やかな笑みに戻った。
「そう怖い顔をするもんじゃない。安心しないよ。基本的に私は出しゃばるつもりはない。これは彼女の問題で、そして今を生きる者の問題だ。過去の者である私は精々、裏方で踏ん反り返ってそれっぽい事を言う都合のいい役割に徹するさ」
「………………」
その言葉に他意があるようには、ケインは感じなかった。
しかしだからと言って鵜呑みもできないが、彼女が表舞台に出てこないと言うのであれば、それに越したことはない。
疑心と安堵の混ざり合った居心地の悪い気持ちを抱きながら、ケインは小さく唸った。
そしてバレないようにふぅっと僅かに息を吐き、気持ちを切り替えて再び笑みを浮かべる。
「そうか、なら安心だ。君と正面きっての争いごとなんて、例え国を挙げたとしてもしたくはないからね。君が隠居を決め込んでくれるのなら、僕としては万々歳た」
「それはなにより」
ハハハと乾いた笑いを交わす二人。
何が本音で何が建前か。そんなものはもう関係なかった。
お互いが牽制し合い、大事にしないように努めている。
両者の意見や目的が相反し、わかり合えぬことなどもう当たり前のこと。
その上で表立った問題にしないよう、何事もないように見えるように努めている。
「じゃあお互い不干渉といこうか。僕もとりあえず、これ以上の手は打たないでおこう。平和的にいこうよ」
「ああ。どうせ、なるようになるよ」
ケインはそう言いつつ、アゲハの行動を止めるつもりはなかった。
それは夜子も承知の上だったが、もう二人にとってそのことに意味はなかった。
二人はあくまでそれを他人事としている。
「さて。じゃあついでにもう一個聞いちゃおうかなぁ」
表面上まとまった空気になったところで、ケインはのっそりと立ち上がりながら言った。
「デュークスの『ジャバウォック計画』のこと、君は知ってる?」
「ああ、小耳に挟んだよ」
「じゃあ聞くけどさ」
夜子の隣を通り過ぎ、屋上の柵にもたれかかって下を見下ろしながら、ケインは静かに尋ねた。
「君は、どう思うんだい?」
「吐き気がするね。実に不愉快だ」
飄々としている彼女には珍しく、その言葉には憎悪のような黒い感情が込められていた。
しかし声色はいつもと変わらず緩やかなまま。
まるで何も気にしていないかなようにサラッと言って、夜子もまた立ち上がった。
緩慢な足取りで身を翻し、ケインから少し離れたところで同じように柵にもたれかかる。
「けれど、些細は知らないが、その名を冠するのなら理に適ってはいるだろう。ただ『あれ』を人の身で御し切れるのか……」
「なるほど。よく知ってるんだね」
「………………」
ケインの含みを持たせた言葉に、夜子は沈黙で返した。
顔を合わせていない二人にはお互いの顔色を伺う術はなかったが、もうこの会話の結論は出ていた。
「結局、行く末を左右するのは姫様というわけか」
ケインがポツリとそう溢し、二人の対話は打ち切られた。
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「近からずも遠からず、といったところだね」
「じゃあ、姫様個人ではなくその力、あるいはその源流か」
ケインは目を細め、突き刺すように言葉を投げかけた。
それに対して夜子は口を開かず穏やかな笑みを浮かべるだけ。
「君もわかってはいると思うけれど、『始まりの力』は今後の魔法の発展、延いては『まほうつかいの国』の繁栄に欠かせないものだ。それを個人的な理由で損失させる行為は、ワルプルギス────レジスタンスと変わらないと僕は思うんだけどなぁ」
「つまり君たちにとって私は謀反者ってことかな? まぁ好きに言えばいいよ。私は君たちのような阿呆に何を言われたってちっとも気になんてしないしね。ただ、一つ言わせてもらうとすれば────」
ゆらゆらと、安楽椅子に腰掛けているように体を揺らす夜子。
穏やかな笑みを浮かべたまま、しかしその瞳は獰猛な肉食獣のような鋭さと重さを持った。
だというのに、口元はニンマリと笑みを作っているものだから、ケインは若干冷や汗が滲むのを感じた。
「彼女は誰のものでもない。それを侵そうとする者を、私たちは赦さない」
「…………こいつは困ったなぁ」
敢えておどけて頭を掻くケイン。
浮かべる笑みとは裏腹に、内心には焦燥を抱いていた。
魔法使いが『始まりの力』を、姫君の身柄を求める以上、目の前の女との衝突は避けられないと悟ったのだ。
しかし夜子も全面的な戦争を望んでいるわけではない。
しかし、お互いの意思がお互いの目的を阻害していることには変わりない。
今後の身の振り方をどうするべきかケインが頭を巡らせていると、夜子は鋭い瞳を引っ込めて緩やかな笑みに戻った。
「そう怖い顔をするもんじゃない。安心しないよ。基本的に私は出しゃばるつもりはない。これは彼女の問題で、そして今を生きる者の問題だ。過去の者である私は精々、裏方で踏ん反り返ってそれっぽい事を言う都合のいい役割に徹するさ」
「………………」
その言葉に他意があるようには、ケインは感じなかった。
しかしだからと言って鵜呑みもできないが、彼女が表舞台に出てこないと言うのであれば、それに越したことはない。
疑心と安堵の混ざり合った居心地の悪い気持ちを抱きながら、ケインは小さく唸った。
そしてバレないようにふぅっと僅かに息を吐き、気持ちを切り替えて再び笑みを浮かべる。
「そうか、なら安心だ。君と正面きっての争いごとなんて、例え国を挙げたとしてもしたくはないからね。君が隠居を決め込んでくれるのなら、僕としては万々歳た」
「それはなにより」
ハハハと乾いた笑いを交わす二人。
何が本音で何が建前か。そんなものはもう関係なかった。
お互いが牽制し合い、大事にしないように努めている。
両者の意見や目的が相反し、わかり合えぬことなどもう当たり前のこと。
その上で表立った問題にしないよう、何事もないように見えるように努めている。
「じゃあお互い不干渉といこうか。僕もとりあえず、これ以上の手は打たないでおこう。平和的にいこうよ」
「ああ。どうせ、なるようになるよ」
ケインはそう言いつつ、アゲハの行動を止めるつもりはなかった。
それは夜子も承知の上だったが、もう二人にとってそのことに意味はなかった。
二人はあくまでそれを他人事としている。
「さて。じゃあついでにもう一個聞いちゃおうかなぁ」
表面上まとまった空気になったところで、ケインはのっそりと立ち上がりながら言った。
「デュークスの『ジャバウォック計画』のこと、君は知ってる?」
「ああ、小耳に挟んだよ」
「じゃあ聞くけどさ」
夜子の隣を通り過ぎ、屋上の柵にもたれかかって下を見下ろしながら、ケインは静かに尋ねた。
「君は、どう思うんだい?」
「吐き気がするね。実に不愉快だ」
飄々としている彼女には珍しく、その言葉には憎悪のような黒い感情が込められていた。
しかし声色はいつもと変わらず緩やかなまま。
まるで何も気にしていないかなようにサラッと言って、夜子もまた立ち上がった。
緩慢な足取りで身を翻し、ケインから少し離れたところで同じように柵にもたれかかる。
「けれど、些細は知らないが、その名を冠するのなら理に適ってはいるだろう。ただ『あれ』を人の身で御し切れるのか……」
「なるほど。よく知ってるんだね」
「………………」
ケインの含みを持たせた言葉に、夜子は沈黙で返した。
顔を合わせていない二人にはお互いの顔色を伺う術はなかったが、もうこの会話の結論は出ていた。
「結局、行く末を左右するのは姫様というわけか」
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