普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第6章 誰ガ為ニ

117 死なないから

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「何を、言ってるの…………?」

 千鳥ちゃんが発した言葉を、その通りにきちんと理解することができなくて、私はゆっくりと尋ねた。
 そんな私に千鳥ちゃんは物凄く気まずそうな顔をする。
 私に少しもたれ掛かっている氷室さんの指が、腕にぐいっと食い込んだ。

「…………私が転臨をすると、言ったのよ」

 言いにくそうにしながらも、千鳥ちゃんは私から目を逸らしはしなかった。
 眉をぎゅっと寄せて、唇を真一文字に結びながら。
 それでも私の顔を真っ直ぐに見て、千鳥ちゃんは言った。

「千鳥ちゃんが、転臨…………?」

 今度は理解できた。その音は聞き取れた。
 でも、それが意味するところを理解できなかった。

 千鳥ちゃんが転臨をする。
 だってそれは、人ではないものになるということ。
 一度死んで、それを乗り越えて、人ならざるものになってしまうということ。

 そんなこと、易々とできるわけがない。

「ちょ、ちょっとまってよ。ダメだよ、そんなの。だって、転臨は……!」
「わかってる、わかってるわ。でも、このまま戦っても負けるだけ。こうするしか、ないのよ」
「でも……!」

 千鳥ちゃんは何でもないという風に、とても軽く言った。
 そんなはずないのに、わざとそう言ってくれているんだとわかった。
 私に心配させない為に。気を使わせないために。

「ごめん。アンタのトラウマ、ちょっと突っついちゃうかもしれないけどさ。でも、私は死なないから」
「でも……そんな……千鳥ちゃん……!」

 千鳥ちゃんはやんわりと笑みを浮かべた。
 転臨をすると口にした時点で、彼女の中ではもう覚悟が決まっていたんだ。
 だから、私を宥める余裕がある。

 魔女の転臨。
 私は既に何人も転臨に至った魔女を見てきた。
 その人たちも普段は普通の人間のようだけれど、一度力を解放すれば、人ならざるおぞましい力を放つ。

 今目の前にいるアゲハさんは極端な例にしても、他の魔女だっておぞましさとしては同じだった。
 敵ではない夜子さんだって、猫の姿になった時は恐ろしかった。

 そんなものに千鳥ちゃんがなってしまうというのが、私は怖かった。
 それに、転臨は誰でも至れるわけじゃないと聞いた。
 より適性のある強力な魔女じゃないと至れないって。

 もし失敗してしまったら、そこまで至れなかったら、どうなってしまうんだろう。
 一度死んで、生まれ変わることで至るという転臨に失敗したら、どうなってしまうんだろう。

 そんな不安が立ち込めて、私は簡単に頷くことができなかった。

「今のアイツみたいな化け物にはならないわ。ってか、私じゃ流石にあそこまでは無理。でも私もそれなりに魔女歴長いし、転臨はできるはずよ。だから、そんな顔しないの」

 私は今、どんな顔をしているんだろう。
 何だか大人びて落ち着いた声を出す千鳥ちゃんは、まるで年上のお姉さんみたいな柔らかい顔で私の頰を突いてくる。
 きっと私は今、酷く情けない顔をしているに違いない。

 行かないでと、そんなことしないでと、言ってしまいそうだった。
 でも、千鳥ちゃんの落ち着いた顔を見たら、そんなことを言ってはいけないって思った。
 思いつきや軽い気持ちで言ってるわけじゃないってことくらい、私にだってわかったから。

 唇をぎゅっと結んで止めたい言葉を押し殺す私に、氷室さんが身を更に寄せてくれた。
 私の震えを押さえるように。大丈夫だと、そう言い聞かせるように。

 千鳥ちゃんはそんな私のことを見て、とっても優しい笑みを浮かべた。
 そして隣の氷室さんを見て、とても穏やかな顔で頷く。

 そしてすぐにくるりと背を向けて、私たちから距離を取った。
 その小さい背中はなんだか妙に頼もしくって、不安なんて感じさせない強さがあった。
 そこに、彼女の全ての覚悟が背負われているんだとわかった。

「千鳥ちゃん!」

 だから、私は思わず叫んだ。
 千鳥ちゃんは背を向けたまま、ほんの僅かにこちらに頭を動かした。
 金髪のツインテールが揺れるだけで、その顔は見えない。

「私、信じてるから! だから! 死んじゃ、ダメだからね!」

 覚悟を決めている人に、私がうじうじ言っちゃダメだ。
 友達として私がするべきことは、信じて待つこと。
 私が誰よりも、その覚悟と想いを受け入れてあげないといけない。

 私の言葉に、千鳥ちゃんは腰に手を当てて背筋をピンと伸ばした。

「まっかせなさい! 私はアンタよりもお姉さんなんだからね! 少しはカッコいいところ、見せてあげる!」

 その声は震えていなかった。
 力強く、迷いのない決然とした言葉だった。
 そんな声を聞いたら、もう何も言えるわけがない。

『クイナ────! アンタ一体、何をするつもり────!?』

 感電の怯みから解放されたのか、アゲハさんが声を上げた。
 覚悟を決めて踏み出した千鳥ちゃんに何かを察したのか、その声はややひっくり返っている。

「私は、転臨する! それでアンタを、ぶっ飛ばす!」
『転臨!? ────クイナにそんなことできるわけがない! 転臨は、アンタみたいな弱虫が至れるものじゃ────ないんだから! 無駄死にするだけ────やめなさい!!!』
「無駄死になんて、するもんですか!」

 ヒステリックに喚き散らすアゲハさん。
 しかし千鳥ちゃんは聞く耳を持たず、ピシャリとそれを否定した。

「今の私には背負うものがある。それを守りたいという気持ちと、覚悟がある。だから私は、もう気持ちでは負けない。『魔女ウィルス』だってなんだって、御し切ってみせる!」
『バカなことを────いうな! 転臨するということは────人をやめるということ────人として死ぬということ────! ずっと、ずっと私とツバサお姉ちゃんが守ってきた命を、アンタは────!!!』
「その命を繋ぐ為に! その命で何かを成す為に! 私は、次へと進むのよ!」

 千鳥ちゃんが叫んだ瞬間、凄まじい魔力を彼女の身体の内から感じた。
 それは他の転臨した魔女と同じ、黒く濁った魔力の気配。

 千鳥ちゃんの中でそのドス黒い魔力が渦巻いて、膨れ上がっているのがよくわかった。
 意図的に『魔女ウィルス』を活性化させ、侵食を早め、死へと向かっているんだ。

『偉そうに! いつまでも弱くて臆病なアンタが────そんなことできるわけない! やめなさい────やめろ!!!』
「そうよ、私は弱い! そして臆病よ! だからこそ、それを乗り越える為に、私は一歩を踏み出すんだ!」

 千鳥ちゃんの魔力はぐんぐんと上がり、その身体からは高温の熱気を感じた。
 身体が、肉が燃え上がっているかのように、白い湯気が熱気と共に立ち込めている。
 その肌は真っ赤になって、大粒の汗が全身を伝っていた。

『ダメ────させない────死ぬなんて────勝手に死ぬなんて────許さない────!!! 私が何の為に────ツバサお姉ちゃん────ツバサお姉ちゃん私ッ────!!! やめろクイナァァアアアア!!!』

 アゲハさんは信じていない。失敗すると思ってる。
 だからより一層の怯えと共に否定の言葉を並べ立てる。
 獣のような咆哮を上げながら、アゲハさんはその巨体で千鳥ちゃんへと飛びかかった。

 けれどそんなアゲハさんを無視し、千鳥ちゃんはこちらを振り返った。
 ニパッと気持ちのいい笑顔で、朗らかに私を見る。
 屈託のない、とっても純粋な笑みだった。

 ずるいよ。そんな笑顔かお……。

 泣きそうになるのをぐっと堪えて、私も懸命に笑顔で返す。
 信じて待っていると、その気持ちを込めて。

 そんな私を見て千鳥ちゃんは、穏やかな声で言った。

「じゃ、また後でね。アリス」

 朗らかに、明るく、元気に。

 その言葉を最期に、千鳥ちゃんの身体が急激に膨れ上がった。
 ゴポゴポバキバキと身の毛もよだつグロテスクな音を立てながら、その全身がグニャグニャと歪む。

 黒く醜悪な気配を振りまきながら、灼熱の熱気を放ちながら。
 千鳥ちゃんの小さい身体の肉がゴリゴリと膨れ上がる。
 それは、晴香が死ぬ時の状況にとってもよく似ていた。

「っ…………!」

 息を飲む私を、氷室さんが抱きしめてくれた。
 身体の震えを押し込めるように、ガッチリと支えてくれる。

『クイナァァアアアぁあぁああああああ────────!!!!』

 力尽くでも止めてやると、アゲハさんが手を伸ばす。
 けれど、もう遅かった。
 四本の手が千鳥ちゃんに触れそうになった時には、もうその身体は倍にも膨れ上がっていたから。

 そして、耳を塞ぎたくなる轟音と共に、千鳥ちゃんの身体が破裂した。
 ベチャリと肉が潰れる音と、ビチャビチャと粘ついた液体が撒き散らされる音と共に。
 千鳥ちゃんの身体は、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 その爆発を眼前で受けたアゲハさんはその腕で顔を覆い、けれど後退はしなかった。
 私は今にも卒倒しそうになったけれど、ガッチリと力強く氷室さんが支えてくれて、なんとか意識を保って足を踏ん張った。

 耳障りな轟音と共にその肉体は爆散し、血の海を作った。
 どうなるのかと、吐きそうになる思いを堪えてその後を見続けたけれど────何も起こらない。

 撒き散らされた血肉の海は、ただ静かに生暖かい湯気を上げているだけ。
 場は途端に静寂が満たして、空白の時間が生まれた。

「え────?」

 数秒経ち、一分程経っても何も起こらない。
 静寂に支配された空間の中で、誰も、アゲハさんすらも動かない。

 そんな中で私は唐突な不安に駆られた。
 氷室さんに抱きしめられたまま、一歩前に出る。

「千鳥、ちゃん……?」

 嘘だ。嘘だ、うそだ。
 何も起きないなんてありえない。
 これで終わりなんてありえない。

 だって千鳥ちゃんは信じろって言った。
 転臨するって言った。死なないって言った。

 だから、このままなんてありえない!

「千鳥ちゃん……!」

 でも、何も起こらない。
 血の海は広がったまま。
 静寂だけが続いていく。

「やだよ────千鳥ちゃん!!!」

 返事は返ってこない。
 誰も応えてはくれない。

 私の声だけが、ただ響いた。
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