普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

3 真偽の記憶

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「ったく、連絡の一つも寄越せよな。心配してる身にもなれよ」
「ごめんね。自分のことでいっぱいっぱいで……」

 リビングのダイニングテーブルに座る創に、私は素直に頭を下げた。
 創は少しムッとした顔をしつつも、でもそれ以上文句を言うつもりもないようで、ふぅーと溜息をついてからのマグカップを脇に避けた。

 私が降りてくるまでに、もうコーヒーを飲み終えたらしい。
 そんなに時間をかけたつもりはなかったけど、でも最低限の身嗜みでも待たせちゃったかな。
 パパッと着替えをして顔を洗って髪を解かして。でもそのまま下ろしっぱ。
 これでも急いだつもりだったんだけど。

 お詫びに朝ごはんでも出してあげようかなと思ったけど、お昼前のこの時間に食べるのも何だし。
 でもしばらく眠ってたから、私は何かお腹に入れたい気分で。
 小腹満たしにインスタントのコーンスープにお湯を入れて、創もいるって言うから一緒にストックしてあったミネストローネのやつにお湯を入れてやる。

 二人で紙の器のスープをクルクルかき混ぜていると、創がボソッと口を開いた。

「そういえば昨日、急に思い出したんだ。お前がいなくなった時のこと」
「あ、そっか……」

 難しい顔をしながらスープを啜る創に言われて、私はハッとした。
 私が記憶の封印を受けて、その空白に偽物の記憶を入れられたように、私の周囲にも記憶の改竄が行われていたんだった。
 昨日私の封印が解けたことで、みんなの記憶も本来のものに戻ったんだ。

「上手く説明できないんだけど……私もその時のことずっと思い出せてなくてね。昨日色々あって、やっとそれを思い出せたんだ。だからみんなも、同じように思い出せたんだと思う」
「……そうか。晴香から聞いて知識としては知ってたけど、自分でハッキリ認識できたよ。ただ、今まで信じてた記憶が偽物だったってわかったのは、ショックだったなぁ……」
「…………」

 ハハっと笑いながら、創は軽く言った。
 でもそれはきっと、口で言うほど簡単なものじゃなかったと思う。

 私たちが一緒に過ごしてきた十七年間の、ほんの一部のことではあるけれど。些細な日々の一ページに過ぎないけれど。
 でもそれは、私たちにとって掛け替えの無い日々の一つだから。
 それが偽りだったと言う事実は、自分の一部を否定されたような気分になる。

 私も、失っていた記憶を取り戻した嬉しさ反面、偽物を突きつけられたショックがあった。
 でも私は覚悟をしていたから、まだグッと堪えられた。
 けれど何にも知らなかった創はこたえたはずだ。それでも、創は私にそれを見せない。

「でもまぁ、本当のことを思い出せてよかったって思ってる。あの頃の記憶が偽物でも、俺たちの今までの全部が嘘ってわけでもないしな」
「それは……うん……」
「それよりも俺は、あの頃の記憶を思い出して改めて焦っちまったよ。だからこうやってお前がここにいてくれて、ホッとしてる」
「創……」

 創はそう言って緩くはにかんだ。
 自分の記憶の混乱よりも、私の心配をしてくれてる。
 こんな優しい幼馴染に、私は当時とてつもない気苦労をかけてしまってたんだ。

 私が急に帰らなくなって、こっちの世界でみんなは大騒ぎだったはずだ。
 とっても心配してくれて、寂しい思いをさせてしまったはずだ。
 ついこの間、レオとアリアに数日拉致された時でさえ、二人は血相を変えていたんだから。

「心配かけて、ごめんね」
「もういいよ、昔のことだ。まだ少し混乱してるけど、とにかくお前が帰ってきてよかった。────おかえり、アリス」
「……うん、ただいま」

 七年前、私は『まほうつかいの国』に迷い込んで、それから約一年半の間を向こうで過ごした。
 そんなにも長い間、私は大切な幼馴染みの元を離れていたんだ。
 私は向こうで、自分の意思でやりたいことをやっていたけど、それをただただ待っていた人たちはきっとたまったものじゃなったはずだ。

 申し訳なさで胸がはち切れそうだけど、創はそれを全く責めなかった。
 まるでちょっと旅行から帰ってきたのを出迎えるみたいに、なんの特別もなく、普通に笑いかけてくれる。
 それがとっても嬉しかった。ここは、私の日常なんだってそう思えたから。

「────それで、お前はいなくなってた間、何をしてたんだ? 異世界に行ってたってことは、まぁなんとなくわかってるんだけどよ」
「えーーっと、うーん。話すと長くなるんだけどね……」

 世間話をするテンションで聞いてくる創。
 私にとっては深刻で重大な出来事だけど、創はそんなことを知らないんだから無理もない。
 でももう今更誤魔化すわけにもいかないし、それに創はもう一応魔法とかのことは知ってるし。

 全てを話すと本当に長くなるから、掻い摘んでざっくりと、私は向こうの世界での冒険を話して聞かせた。
『魔女ウィルス』とかドルミーレとか、込み入った話は省いて、私がどんな世界でどんな日々を過ごしたのかを、大体。

 最初はふむふむとスープ片手に聞いていた創も、途中からはポカーンと間抜けな表情になって。
 とりあえず話し終えた頃には、難しい顔なんだか間抜けな顔なんだかわからない、ヘンテコな顔をしていた。
 眉をぎゅっと寄せつつ口はあんぐり開けて、腕を組んで首を傾げて。なんだかとっても滑稽だった。

「……何かの漫画かアニメの話か?」
「ごもっともなご感想で……」

 やっとこさ声を出した創の言葉に、私は苦笑いで答えるしかなかった。

 魔法の存在を一応知っているとはいえ、それに出くわしたことない創には、創作話と変わらなかったんだろう。
 それを実際に経験した私でも、人に話してるとそんな気分にならなくもないから、その気持ちはわかる。

「信じられないかもしれないけど、それが私にあったこと。でも私もそれを思い出したのはつい昨日のことで、それまではずっとこの世界で暮らしてたつもりだった」
「まぁ、お前が言うことなら俺は信じるよ。それに最近だってそれ関連で色々大変なこと、知ってるからな」
「ありがと。創にわかっててもらえると、なんだか安心するよ」
「俺は、お前のその問題になにもしてやれねぇけどな……」
「そんなのいいんだよ。創がわかってくれてる、それが嬉しいんだから」

 眉を下げる創に、私は慌てて笑みを返した。
 創は男の子だから、私を助けてやれないことを不甲斐ないと思ってくれてるのかもしれない。
 でもこれは私の問題で、向こうの世界の問題だから。
 創にはこの世界で、私の日常としていつも通りいてくれるのが一番心強い。

「大丈夫。私は大丈夫だよ。創がいてくれるから、私は頑張れるだから。だから、これからもおかえりって言ってほしいな」
「……お、おう」

 創はチラッと私の目を見てから、すぐに顔を逸らしてスープの残りをズズッと煽る。
 せかせかしたその姿は、照れ隠しなのが丸わかりだった。

「まぁ、それはいいけどよ。でもさ、アリスお前……」

 紙の器をタンとテーブルに置いた創の顔は、もう落ち着いた表情をしていた。
 でもそれはどこか、心配と不安を取り繕っているみたいにどこか神妙な顔。

「向こうに帰りたいとか、思ったりしないのか?」
「それは……」

 努めて平静を装っていても、その目には不安の色が伺えた。
 飽くまでなんの気無しに聞いている体を装って、内心はとっても気にしているんだって、その妙に落ち着いた声色が言っている。

 今の私の話を聞いて、私が向こうの世界に色んな思い入れを残してきていることを、気にしてる。
 また私がここから消えていなくなってしまうんじゃないかって。

「帰りたいとは、思う」
「…………」

 姿勢を正して、まっすぐ心のままを答える。
 創は、表情を変えずに息を飲んだ。

「でもそれは、ここを捨てていくってことじゃないの。私にとっては、こっちの世界も向こうの世界もどっちも大切。だからこそ私は、どっちも蔑ろにしたくないんだ。」

 私自身、まだ全てのことに整理をつけられてるわけじゃない。
 でも、本気で心配して想ってくれている創に、半端なことは言いたくないから。
 だから私は、今の正直な言葉を伝えた。

「ここは私の居場所だよ。それだけは絶対に変わらない。だってここには、創がいるもん」

 何が一番だとか、それはまだわからないけれど。
 私にとって何が大切かってことは、よくわかってる。

 だから私は、思うままの気持ちを込めて笑いかけた。

「そうか。なら、よかった」

 てっきりまた照れ隠しでもするかと思ったけど。
 創は柔らかく笑って、ゆったりとそう頷いた。
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