普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

61 こんな私で

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 絞り出された細い声。
 消えそうなほどに繊細で、儚く脆い。

 それは私が願っていた善子さんの弱音だったけれど。
 でも実際にそれを口にされると、戸惑いを覚えてしまった。
 私は心のどこかで、善子さんは常に強く挫けないとそう決め付けていたのかもしれない。

 弱音を吐いて欲しいと思っていたくせに、私はその言葉に少なからずショックを受けてしまった。

「で、でも、善子さん……。ホワ────真奈実さんの、ことは……」
「私にはもう、無理だ。私は……あの子の顔を見るのが、怖い」

 咄嗟に隣に顔を向けてみても、俯いていてその表情は窺えなくて。
 善子さんは膝に顔を埋めたまま、震える声で言葉を絞り出している。

「ごめん、アリスちゃん。こんな私でごめん。こんな頼りない先輩で、ごめん。私はアリスちゃんが思っているような、強く正しいやつなんかじゃ、ないんだよ……」
「善子さん……」

 震える肩に手を伸ばすことができなかった。
 本当は今すぐ抱きしめて、そんなことないと言ってあげたい。
 でも私には、それをすることができなかった。
 きっとそれは、善子さんを更に追い詰めることになってしまうだろうから。

 こんなに近くにいるのに。
 私はただ、傍で黙りこくることしかできなかった。

「私だって、真奈実の正義は認められない。それが正しいだなんて、絶対に思えない。けど私には、自分の正義が信じられないんだ。あの子を否定する私自身が正しいのかどうか、自信がもう持てない」

 今にも泣き出しそうな曇った声で、善子さんは自らに叩きつけるように言葉を吐く。
 そんな自分自身を責める言葉は、聞いている私までも胸が苦しくなった。

「あそこまで正義を貫く真奈実に反する私が、本当に正しいのかなって。私が何も知らないからわからないだけで、もしかしたら真奈実が正しいんじゃないかって。そう思ったら、立ち上がる力が湧いてこなくて……」

 それは善子さんらしからぬ言葉だと、私は思ってしまった。
 いつも真っ直ぐで揺るがず、自分の正しさを信じて貫けるのが善子さんだと、そう思っていたから。
 けれど、今までのその強さが凄かったというだけなんだ。
 誰だっていつまでもずっと、強くあり続けられるわけじゃない。

 正義を豪語するホワイトと正面からぶつかって、拒絶されて、振り払われて。
 それでも今日まで食らいついて、諦めなかったこと自体がすごいこと。
 だから、今挫けたからといって誰にもそれを責めることなんてできないんだ。

「情けない……本当に情けないよね、私は。何があっても、何を言われても、あの子から目を逸らさないつもりだったのに。あの子が正義を語るなら、私が信じる正しさでぶつかろうって思ってたのに。今は、あの子のことを考えるだけで震えが止まらない」

 自らを嘲笑う乾いた笑いを喉の奥で鳴らし、善子さんは自身の体を掻きいだく。
 しかしその腕も小刻みに震えていて、押さえつける事はできていなかった。

「あの子は、私を殺すと言った。その時の目が頭から離れないんだ」
「…………」

 確かにあの時、立ち去る時、ホワイトはそう言い放っていた。
 次対面することがあれば、殺さなければならなくなると。
 あの冷徹な言葉は、もはや友人にかけるべきものではなかった。
 けれど敵というよりは、邪魔者を取り払う淡々とした言葉のように聞こえた。

「殺されるのが、怖いわけじゃないんだ。あの子を止められるのなら、私は刺し違えたって構わない。でも、でも……あの子にあんな目を向けられるのが、私はどうしても耐えられなくて……! それが恐ろしくて、堪らないんだ」

 親友からの明確な拒絶と敵対、そして害意。
 それこそが、善子さんの最も恐れることなんだ。
 戦うことも傷つくことも厭わなくても、それが何よりも辛くて堪らない。

 だから、そんな目を向けられる自分自身を信じられなくなってしまったんだ。
 親友からそこまで拒絶される自分の正当性が、わからなくなった。
 それが、善子さんの戦う意志を弱らされてしまったんだ。

 どんなに戦うと覚悟しても、真奈実さんは善子さんにとって大切な親友だから。
 ただ力任せに打ち倒せばいいというわけじゃない。
 ぶつかり合いの果てにその想いを交わさなければ何の意味もない。

 けれどそれすらも拒んで、友達であることを破却されたら。
 心が挫け、戦う意欲を失ってしまってもおかしくない。
 心の支えである友達に見捨てられて、強くあり続けられるわけがないんだ。

「だから、ごめんアリスちゃん。私はもう、あの子と戦えない。一緒に行ってあげることは、できないよ……」

 ようやく顔を上げた善子さんは、その疲れ切った顔を弱々しく私に向けた。
 涙で濡れた顔に引きつった自嘲を浮かべて、暗く荒んだ瞳が揺れている。

「強くあり続けられなくて、ごめん。こんなに情けなくて、ごめん。守ってあげられなくて、ごめん。弱くて……ごめん……」
「謝らないで……謝らないでください、善子さん……!」

 溜まりかねて、思わずその手を握ってしまう。
 けれどその手に意志はなく、私が握っても力が抜けたままだった。

「私は、アリスちゃんが思うようなカッコいいやつじゃないんだ。正しくも、強くも真っ直ぐでもない。こんな私で、ごめんね……」
「善子さん……!」

 今の善子さんを否定するつもりなんて、私には微塵もない。
 怒ったりなんてもちろんしないし、情けないとも思わない。
 だから謝って欲しくなんてなかった。
 だって善子さんは何一つとして悪くないんだから。

 けれど善子さんは、まるで懺悔のように謝罪の言葉を繰り返す。
 きっとそれは、善子さん自身がそうあり続けようとしていたからなんだ。

 真っ直ぐ自分を貫いて、強く逞しく、正しくあろうと。
 そうやってあり続けて、弱い人たちを守ろうとしていたから。
 後輩の私に、その背中を見せてくれようとしていたから。
 だから、それができない自分が情けなくて仕方ないんだ。

 そんなことできなくても、私が善子さんを嫌いになるわけがないのに……!

「…………私、帰るね」

 謝罪の言葉連ね続けてから、善子さんはポツリと言った。
 そして私が止める間も無く、ヨロヨロとふらつく体で立ち上がる。
 今にも倒れてしまいそうな真っ白な顔に脂汗を滲ませて。

「ま、待ってください、善子さん。私────」
「本当にごめんね、アリスちゃん。私にはもう、戦う為の正しさがなくなっちゃったんだ……」

 もう、善子さんは私に目を向けてはくれなかった。
 目を背け、下を向いたまま、情けないと自分を蔑んで。
 そう弱々しく口にするだけ。

 そんな善子さんを呼び止める言葉が、私には思い浮かばなかった。
 指からすり抜けていくその手を、握り直すことも。

 ただ去っていくその背中を見送ることしか、私にはできなかった。
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