普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

69 ウィスキーロック

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 ────────────



『まほうつかいの国』。魔女狩り本拠地内、『ダイヤの館』。
 その君主ロードの執務室には重苦しい空気が立ち込めており、二人の男が沈黙を飲み込んでいた。

 部屋の主人であるロード・デュークスは、机に向かい黙々と書類処理に勤しんでいる。
 やや色褪せた金髪は、丁寧に整えられつつもやや乱れが窺え、その相貌はやつれ青白く見える。
 通夜に参列してきたかのような、明るさとは正反対の様相は、彼が胸に抱く危機感を表していた。
 この空間の雰囲気を作り出しているのは、主に彼だ。

 対する客人、ロード・ケインは普段と変わらぬ陽気な笑みを浮かべている。
 デュークスが着いている机の端にちょんと尻を乗せ、仕事をこなす友人を薄ら笑いで見守っている。
 机の主からの「邪魔だ」というあらゆるアピールを全て無視し、ケインはそこに鎮座し続けていた。

 しかしそうして抜けた態度を見せている彼ではあるが、その瞳に抱くものは些か暗さを帯びていた。
 デュークスほどではないにしろ、彼もまた危惧を抱えている。

「────物見からの知らせは聞いたかい?」
「ああ」

 しばらく友人の仕事ぶりを観察してから、ケインは徐にそう口を開いた。
 顔を上げることもなく返ってきた素っ気無い応答に苦笑しつつ、ケインはストンと机から尻を落とした。

「ワルプルギスが向こうで大分やんちゃをやったようだ。とても手が付けられる規模じゃないとか」
「そのようだな」

 相変わらず返答は芳しくない。
 黙々と下を見て書類と睨み合っているデュークスに、ケインは唇を突き出した。
 中年男性が持つ色香を体現したような彼だからこそ辛うじて絵にはなるが、それはあまり年相応の仕草とはいえなかった。

「魔女の大量発生とは、流石に笑えないよね。彼女たちは、一体何を企んでいるのやら」

 ロクな返答が返ってこないことを承知しつつ、ケインは一方的に会話を進める。
 のんびりとした足取りで部屋の隅まで歩みを進めると、棚のガラス戸を開いた。
 そこに飾られている未開封のウィスキーのボトルを勝手に手に取り、持ち主に見えないようにほくそ笑む。

「彼女たちの行いの波は、今も続いているらしいぜ。いち魔女狩りがチマチマ処理をするのは不可能と言っていいだろう。この状況、どうしたものかねぇ」
「どうするも、選択肢は一つだけだ。魔女掃討の計画を実行に移す他あるまい」
「ま、そうだね」

 あちらの世界で起こった大規模な集団感染。
 それにより魔女の数は一日で膨れ上がり、そしてこれからも増えていくことが予想される。
 そういった状況の中で、魔女狩りが本来の狩りを続けるのは難しい。
 この差し迫った事態だからこそ、計画がより急務なものになる。

 デュークスは魂が抜け出るような重い溜息をついて、手にしていたペンを机に置いた。

「私には、こうした事態もある程度予想ができていた。だからこそ、より確実な計画を────」
「もし姫様を手中に入れられなくても掃討が叶う、『ジャバウォック計画』を立案したんだろ? わかってるさ」
「き、貴様! 手に持っているそれは!」

 今話していることを完全に忘却の彼方に追いやり、デュークスが吠えた。
 その目はケインが握りしめているウィスキーのボトルに真っ直ぐ注がれている。

「それは私が大切に取っておいた一品だ! 貴様なんぞに────」
「残念、もう開けちゃった」

 蒼白な肌にやや赤みを戻して声を荒げるデュークス。
 けれどそんな彼の憤りを笑い飛ばして、ケインは蓋の空いたボトルを見せつけた。
 デュークスはそれを見て愕然と目を見開き、そしてすぐに脱力してのけ反った。
 落胆の色を隠すように目元を手で覆う。

「まぁ元気出せって。ほら、君の分も入れてやるからさ」

 友人が自身の行いのせいで気落ちしていることを知らないかのように、ケインは朗らかに言葉をかけた。
 ボトルと一緒に拝借してきたロックグラスを二つ、わざとらしくコンと音立てながら机に置く。

 空のグラスの上にケインが手をかざすと、その内部だけが緩やかに冷気に満たされた。
 それは白いもやのような輝きを放って、クルクルと渦巻きながら次第に凍てつき出す。
 数秒もすれば、それは見事なアイスボールに形を成した。

「疲れた時のアルコールは染みるぜ? ほら、一杯やろう」
「まったく、貴様というやつは。我が物顔で好き勝手やりよって……」
「まぁまぁいいじゃないの。それに、君が悪いんだぜ? こんなもの隠し持ってるなんてさ」
「隠したいたのではない、楽しみに取っておいたのだ! それを貴様は……」
「まーまーまー」

 体を起こして静かに憤るデュークスに、何の悪びれも見せず、まるで第三者のように宥めるケイン。
 アイスボールが輝く二つのロックグラスに、そっとボトルを傾ける。
 飴色の液体が、まるで撫でるように丸い氷の表面を滑る。
 氷の内部がパチパチと小気味良い音を当てて弾け、ゆっくりと液体に包まれていく。

 三分の一ほどが満たされたグラスを、ケインはそっと差し出す。
 デュークスは恨みがましい目で男を睨みながら、しかしすぐにそれを受け取って鼻に近づけた。
 森林を思わせる爽やかな木の香りと、芳醇に広がるスモーキーな香り。その二つが鼻腔を満たし、やや彼の怒気を鎮めた。

 後の楽しみは潰えたが、今は純粋に目の前のものを味わおうと。
 そう思えるほどの余裕が生まれる。

「じゃ、乾杯っと」

 目を閉じ静かに香りを堪能しているデュークスのグラスに、ケインは乱雑に自らの物をぶつけた。
 中の酒が大きく波打ち、氷がグラスの内面にぶつかってカラカラと鳴った。
 デュークスは不躾な、と睨んだが、当のケインは既にグラスを煽っており気付かない。

 仕方なく、溜息の後にウィスキーに口をつけるデュークス。
 鼻に通るよ甘やかなアルコール感と、滑らかな口当たりが染み渡り、またも彼の心を和ませた。

「うまいねぇ、これ。流石デュークスが隠していただけのことはある。どれ、もう一杯……」
「もう少し味わぬか戯け者!」

 一煽りで飲み干していたケインは、もう一度グラスに酒を満たそうと置いてあったボトルに手を伸ばす。
 しかし癇癪に近い声を上げたデュークスが、透かさずそれを取り上げた。

 氷が解ける様を見守りながら、緩やかに少しずつ楽しむべき物を、まるで水のように飲むなどあり得ない。
 デュークスは非難の目を隠すことなく、取り上げたボトルをケインの手の届かない所に置いた。

「貴様にこれを飲む資格はない! 残った氷でも舐めていろ!」
「そりゃあないぜデュークス。もう一杯だけ、一杯だけでいいから。今度ちゃんと味わうからさー。ほら、君も一緒に飲む相手がいないとつまらないだろ?」
「………………仕方のない男だ」

 趣の合わない者と飲んでも仕方がないと、出かかった言葉を飲み込む。
 人の良さそうな笑みに乗せられたことにして、デュークスは友人のグラスにウィスキーを注いだ。

「ありがとう。やっぱり持つべきものは友だね」
「気色の悪いことを言うな」

 ヘラヘラと調子良く笑うケインに毒づいてグラスを傾ける。
 自分の甘さへの辟易を、一緒に飲み込むように。
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