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第7章 リアリスティック・ドリームワールド
91 ロードの暗躍
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────────────
「…………ここは」
アリアが目を覚ますと、そこは冷たく薄暗い部屋だった。
窓明かりなどなく、照らすものは僅かな蝋燭の揺らめきだけ。
冷え切った石畳の上で彼女は倒れ込んでおり、意識の覚醒と共に強い寒さを覚えた。
身震いをしながら体を起こそうとするが、できない。
体を押さえ付けているものはないが、しかしピクリとも動かない。
魔法による拘束の類を受けているのだと、彼女は直感した。
唯一僅かに動かせる首を捻って、うつ伏せの状態のまま部屋の中を視線を彷徨わせる。
薄暗く冷え込んだそこは、彼女がよく知る地下の一室だった。
「……そうだ、私……!」
何故自分がこんなところで倒れているのか。
その疑問を覚えた瞬間、アリアは直前の記憶を取り戻した。
アリスがこちらの世界に訪れたという知らせを受け、シオンとネネと共に彼女を探しに行こうとしていたのだ。
そして『ハートの館』を飛び出したところで────
「レオ……! レオ、しっかりして!」
記憶が鮮明に蘇り、アリアは傍で同じように倒れ臥す男の存在に気付く。
大きな体を彼女と同じようにうつ伏せに横たえて、レオは未だ意識を取り戻していなかった。
動かない体はその身を揺することすら叶わない。
僅かに聞こえる呼吸音が、まだ彼の生存を教えてくれるが、しかしこの状況で安堵はできない。
ここは『ダイヤの館』の地下室。君主の研究室兼儀式の間だ。
微かな音すら響いてこない静寂の空間は薄気味悪く、嫌な予感ばかりを膨れ上がらせる。
自分たちは捕らえられた。これから、一体何が起こるというのか。
「気が付いたか、D4」
いくら呼びかけても目覚める気配のない親友に歯噛みしていると、突如彼女の背中に冷たい声が投げ掛けられた。
その声と共に、石畳を踏み歩く無機質な足音が響き、何者かが入室してくるのがわかる。
ゆっくりと優雅に、逸るものなど一切なく。
落ち着き払った足音は静かにアリアの目の前で止まった。
首を持ち上げることのできないアリアは、その人物を見上げることができない。
しかしその高圧的な声を聞けば、それが何者であるかなど明らかだった。
「ロード・デュークス……!」
「数日ぶりだな、D4。休暇は楽しめたか?」
主の名を口にするアリアに、デュークスは鼻を鳴らしながら応えた。
その声に感情はなく、凡そ部下に向けるであろう情すらも感じられない。
ただ言葉を並べただけの、淡々とした情報伝達。
そんな彼の声を受けて、アリアは全身が強張るのがわかった。
彼女とレオ、二人の直属の上司であるロード・デュークス。
しかし同時に、親友であるアリスの命を狙う敵でもある男だ。
二人はアリスを守るために、彼の指示や思惑を裏切って離反している。待ち受けるのは制裁か。
しかし、裏切り者を消すというのであれば、先程の襲撃の際にできたはず。
それをせず、こうして捕縛して連れ帰ってきたのであれば、命の危険はないかもしれない。
アリアはそう考えるようにして、冷静さを保ってデュークスの足を見た。
「私たちを、どうするおつもりですか」
「心配するな、殺しはしない。それくらいのことは貴様もわかっているだろう。貴様らは大切な部下だ。丁重に扱う」
デュークスは乾いた声でそう答えると、アリアに背を向けた。
またツカツカと歩を進め、少し離れた位置にあるソファに腰掛けた。
それによりアリアの視界に映る姿が少しだけ増えたが、それでも彼の顔は窺えない。
「……君主は先程、『迎えに来た』と仰っていました。一体、何を……」
「今、国中が忌々しいワルプルギスの襲撃を受けている。そして、姫君が国に舞い戻って来たと聞く。事態は刻一刻を争う。その為に、貴様らが必要だったのだ」
アリアの問いに、デュークスは冷淡に答えた。
口振りほどそこに焦りはなく、寧ろ高揚しているかのように口の回りが早い。
「不測の事態、そして恰好の状況。私の計画を取り急ぎ行う、またとない状況だ」
クツクツと笑うデュークス。
しかしアリアは、それと自分たちの関係が見出せなかった。
デュークスが立てているという計画は、彼が単身で進めており、部下もその全容を知らない。
アリアはその計画に当たりをつけていたが、しかしそれでけでは彼の思惑は計れなかった。
疑問の色を浮かべていると、デュークスは言葉を続けた。
「D4、貴様らはもう知っているのだろう? 私が自身の部下たちに呪詛を施していたのを」
「…………」
「あれは貴様らを管理、コントロールするものであると同時に、我が計画への下準備なのだ」
その言葉にアリアは息を飲んだ。
彼の呪詛をその身に受けていたこと、それそのものも恐ろしい事実である。
しかしそれが計画に繋がるなど、嫌な予感しかなかった。
「私の計画、『ジャバウォック計画』を発現させる為のリソース。言ってしまえば生贄だな。それに相応しくなるよう、呪詛を染み込ませることで整えていたのだ」
「なっ────!」
驚愕に言葉を失うアリアに、デュークスはほくそ笑んだ。
「混沌の魔物、呪いの権化たるジャバウォックを顕現させる為の贄。在らざる物を形作る為には、優秀な魔法使いの肉と力が必要だったのだ」
「そ、そんなこと……! ロード・デュークス! あなたに、人の心はないのですか!」
「人の心、か。そんなものは必要ない。足枷にしかならん」
思わず喚いたアリアを、デュークスは鼻で笑い飛ばす。
彼の元に集い職務に励む魔女狩りが、全てその計画の為に利用されていたなんて。
思いもしなかった事実に、アリアは身震いした。
「……そんなことはいいのだ。今は貴様とそれについて問答をしている時ではない。それよりもD4、貴様には気になっていることがあるのではないか?」
「………………?」
「ジャバウォックだ。貴様が禁忌の伝承を調べていたことは知っている」
冷たく見透かした言葉に、アリアは息が詰まった。
国の歴史の闇深くに葬り去られた、触れることの許されない伝承。
混沌の魔物ジャバウォックについて、確かに彼女は探りを入れていた。
鳥肌が全身に波打ち、冷や汗が噴き出る。
「安心しろ。それを咎めるつもりはない。寧ろ私は貴様を評価している。一介の平凡な魔法使いの身で、よくぞそこに辿り着いた。流石は姫君の友といったところか」
そう言って、デュークスは静かに笑う。
言葉に刺はなく、純粋に優秀な部下を称えているようだった。
しかし元来の冷ややかさ故に、不気味さが際立つ。
「大方姫君の為だろう。教えてやる、貴様の予測は正解だ。混沌の魔物ジャバウォックは『始まりの魔女』ドルミーレに仇を成す存在。私の『ジャバウォック計画』とは、その因果を利用し、『始まりの魔女』が生み出した『魔女ウィルス』を駆逐するというものだ」
「や、やはり、ジャバウォックこそが……!」
自身の予測の的中に、アリアは思わず大きな声をあげた。
魔女狩りとなり失踪したアリスを探す中で、アリアは彼女の中の『始まりの魔女』を消し去る術を模索していた。
その最中で見つけたのが、禁忌の伝承に登場するジャバウォックだった。
そしてそれをロード・デュークスが用いようとしていることを突き止めたからこそ、アリアは魔女狩りの立場に固執していた。
結果として彼を裏切り側を離れることとなったが、それでも魔女狩りであり続ければ、その計画に近付ける可能性が残っていると考えたからだ。
「『始まりの魔女』ドルミーレの怨敵であるジャバウォックは、その力を破壊しうる。しかし同時にジャバウォックにとっても『始まりの力』は────あの剣は天敵だ。それ故に、姫君の抹殺が必要だった。計画を盤石に進めるためにな」
「君主は未だ、彼女の命を狙っておられるのですね……」
「もちろんだ。姫君とその力はこの世界に存在してはならぬもの。しかし、貴様の出方次第では、考えてやらんこともない」
デュークスはそうほくそ笑むと、徐に立ち上がって再びアリアの前に歩み出た。
疑問と恐怖の色を浮かべる彼女を静かな笑みで見下ろし、ゆっくりとしゃがみ込む。
「私に、一体何を……」
「なに、難しいことではない。私の指示通りに動けばいいだけのこと。貴様が姫君を想うのであれば、造作もないことだ」
震えるアリアの耳元で、デュークスは囁くように語りかけた。
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「…………ここは」
アリアが目を覚ますと、そこは冷たく薄暗い部屋だった。
窓明かりなどなく、照らすものは僅かな蝋燭の揺らめきだけ。
冷え切った石畳の上で彼女は倒れ込んでおり、意識の覚醒と共に強い寒さを覚えた。
身震いをしながら体を起こそうとするが、できない。
体を押さえ付けているものはないが、しかしピクリとも動かない。
魔法による拘束の類を受けているのだと、彼女は直感した。
唯一僅かに動かせる首を捻って、うつ伏せの状態のまま部屋の中を視線を彷徨わせる。
薄暗く冷え込んだそこは、彼女がよく知る地下の一室だった。
「……そうだ、私……!」
何故自分がこんなところで倒れているのか。
その疑問を覚えた瞬間、アリアは直前の記憶を取り戻した。
アリスがこちらの世界に訪れたという知らせを受け、シオンとネネと共に彼女を探しに行こうとしていたのだ。
そして『ハートの館』を飛び出したところで────
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記憶が鮮明に蘇り、アリアは傍で同じように倒れ臥す男の存在に気付く。
大きな体を彼女と同じようにうつ伏せに横たえて、レオは未だ意識を取り戻していなかった。
動かない体はその身を揺することすら叶わない。
僅かに聞こえる呼吸音が、まだ彼の生存を教えてくれるが、しかしこの状況で安堵はできない。
ここは『ダイヤの館』の地下室。君主の研究室兼儀式の間だ。
微かな音すら響いてこない静寂の空間は薄気味悪く、嫌な予感ばかりを膨れ上がらせる。
自分たちは捕らえられた。これから、一体何が起こるというのか。
「気が付いたか、D4」
いくら呼びかけても目覚める気配のない親友に歯噛みしていると、突如彼女の背中に冷たい声が投げ掛けられた。
その声と共に、石畳を踏み歩く無機質な足音が響き、何者かが入室してくるのがわかる。
ゆっくりと優雅に、逸るものなど一切なく。
落ち着き払った足音は静かにアリアの目の前で止まった。
首を持ち上げることのできないアリアは、その人物を見上げることができない。
しかしその高圧的な声を聞けば、それが何者であるかなど明らかだった。
「ロード・デュークス……!」
「数日ぶりだな、D4。休暇は楽しめたか?」
主の名を口にするアリアに、デュークスは鼻を鳴らしながら応えた。
その声に感情はなく、凡そ部下に向けるであろう情すらも感じられない。
ただ言葉を並べただけの、淡々とした情報伝達。
そんな彼の声を受けて、アリアは全身が強張るのがわかった。
彼女とレオ、二人の直属の上司であるロード・デュークス。
しかし同時に、親友であるアリスの命を狙う敵でもある男だ。
二人はアリスを守るために、彼の指示や思惑を裏切って離反している。待ち受けるのは制裁か。
しかし、裏切り者を消すというのであれば、先程の襲撃の際にできたはず。
それをせず、こうして捕縛して連れ帰ってきたのであれば、命の危険はないかもしれない。
アリアはそう考えるようにして、冷静さを保ってデュークスの足を見た。
「私たちを、どうするおつもりですか」
「心配するな、殺しはしない。それくらいのことは貴様もわかっているだろう。貴様らは大切な部下だ。丁重に扱う」
デュークスは乾いた声でそう答えると、アリアに背を向けた。
またツカツカと歩を進め、少し離れた位置にあるソファに腰掛けた。
それによりアリアの視界に映る姿が少しだけ増えたが、それでも彼の顔は窺えない。
「……君主は先程、『迎えに来た』と仰っていました。一体、何を……」
「今、国中が忌々しいワルプルギスの襲撃を受けている。そして、姫君が国に舞い戻って来たと聞く。事態は刻一刻を争う。その為に、貴様らが必要だったのだ」
アリアの問いに、デュークスは冷淡に答えた。
口振りほどそこに焦りはなく、寧ろ高揚しているかのように口の回りが早い。
「不測の事態、そして恰好の状況。私の計画を取り急ぎ行う、またとない状況だ」
クツクツと笑うデュークス。
しかしアリアは、それと自分たちの関係が見出せなかった。
デュークスが立てているという計画は、彼が単身で進めており、部下もその全容を知らない。
アリアはその計画に当たりをつけていたが、しかしそれでけでは彼の思惑は計れなかった。
疑問の色を浮かべていると、デュークスは言葉を続けた。
「D4、貴様らはもう知っているのだろう? 私が自身の部下たちに呪詛を施していたのを」
「…………」
「あれは貴様らを管理、コントロールするものであると同時に、我が計画への下準備なのだ」
その言葉にアリアは息を飲んだ。
彼の呪詛をその身に受けていたこと、それそのものも恐ろしい事実である。
しかしそれが計画に繋がるなど、嫌な予感しかなかった。
「私の計画、『ジャバウォック計画』を発現させる為のリソース。言ってしまえば生贄だな。それに相応しくなるよう、呪詛を染み込ませることで整えていたのだ」
「なっ────!」
驚愕に言葉を失うアリアに、デュークスはほくそ笑んだ。
「混沌の魔物、呪いの権化たるジャバウォックを顕現させる為の贄。在らざる物を形作る為には、優秀な魔法使いの肉と力が必要だったのだ」
「そ、そんなこと……! ロード・デュークス! あなたに、人の心はないのですか!」
「人の心、か。そんなものは必要ない。足枷にしかならん」
思わず喚いたアリアを、デュークスは鼻で笑い飛ばす。
彼の元に集い職務に励む魔女狩りが、全てその計画の為に利用されていたなんて。
思いもしなかった事実に、アリアは身震いした。
「……そんなことはいいのだ。今は貴様とそれについて問答をしている時ではない。それよりもD4、貴様には気になっていることがあるのではないか?」
「………………?」
「ジャバウォックだ。貴様が禁忌の伝承を調べていたことは知っている」
冷たく見透かした言葉に、アリアは息が詰まった。
国の歴史の闇深くに葬り去られた、触れることの許されない伝承。
混沌の魔物ジャバウォックについて、確かに彼女は探りを入れていた。
鳥肌が全身に波打ち、冷や汗が噴き出る。
「安心しろ。それを咎めるつもりはない。寧ろ私は貴様を評価している。一介の平凡な魔法使いの身で、よくぞそこに辿り着いた。流石は姫君の友といったところか」
そう言って、デュークスは静かに笑う。
言葉に刺はなく、純粋に優秀な部下を称えているようだった。
しかし元来の冷ややかさ故に、不気味さが際立つ。
「大方姫君の為だろう。教えてやる、貴様の予測は正解だ。混沌の魔物ジャバウォックは『始まりの魔女』ドルミーレに仇を成す存在。私の『ジャバウォック計画』とは、その因果を利用し、『始まりの魔女』が生み出した『魔女ウィルス』を駆逐するというものだ」
「や、やはり、ジャバウォックこそが……!」
自身の予測の的中に、アリアは思わず大きな声をあげた。
魔女狩りとなり失踪したアリスを探す中で、アリアは彼女の中の『始まりの魔女』を消し去る術を模索していた。
その最中で見つけたのが、禁忌の伝承に登場するジャバウォックだった。
そしてそれをロード・デュークスが用いようとしていることを突き止めたからこそ、アリアは魔女狩りの立場に固執していた。
結果として彼を裏切り側を離れることとなったが、それでも魔女狩りであり続ければ、その計画に近付ける可能性が残っていると考えたからだ。
「『始まりの魔女』ドルミーレの怨敵であるジャバウォックは、その力を破壊しうる。しかし同時にジャバウォックにとっても『始まりの力』は────あの剣は天敵だ。それ故に、姫君の抹殺が必要だった。計画を盤石に進めるためにな」
「君主は未だ、彼女の命を狙っておられるのですね……」
「もちろんだ。姫君とその力はこの世界に存在してはならぬもの。しかし、貴様の出方次第では、考えてやらんこともない」
デュークスはそうほくそ笑むと、徐に立ち上がって再びアリアの前に歩み出た。
疑問と恐怖の色を浮かべる彼女を静かな笑みで見下ろし、ゆっくりとしゃがみ込む。
「私に、一体何を……」
「なに、難しいことではない。私の指示通りに動けばいいだけのこと。貴様が姫君を想うのであれば、造作もないことだ」
震えるアリアの耳元で、デュークスは囁くように語りかけた。
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