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第8章 私の一番大切なもの
27 魔法という穢れ
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レオとアリアが背後で絶句しているのが、目を向けなくてもわかった。
ロード・デュークスが口にした言葉は、魔法使いのものとは到底思えないからだ。
それが、魔法使いとして上位の位置である、君主の立場を持つ彼であれば、尚更だ。
ロード・デュークスは、魔法を崇高な神秘として仰ぎ、そして誇りを持って研鑽を重ねている魔法使いとして、あるまじき発言をした。
魔女や『魔女ウィルス』、そしてドルミーレを否定するのは当然のことだけれど。
魔法使いが魔法すらも否定するなんて、本来ありえないことだ。
けれどどうやら、ロード・デュークスは魔法の本質を知り得ているらしい。
ならばそれはある意味、魔法使いとして当然の反応なのかもしれない。
魔法に誇りを抱き、自らのアイデンティティの一つとしてきたからこそ、その実態に強烈な悍ましさを覚えた。
そう思えば、決して外れた発言ではない。
でも彼の言葉には、どこかそれ以上の感情が含まれているように思えた。
「姫殿下、あなた様はとても尊い思想を持つ、清らかなお方だ。しかし、それ故に未熟さが拭えない。あなた様が目指すものは間違ってはいないが、理想の域を出ないのです。あなた様は、まだ子供だ」
「っ…………」
普通のトーンで言っているだけなのに、その言葉はとても冷たく、私の胸に刺さった。
私よりも長い人生を歩み、長い間この世界を見てきた彼には、それならではの現実が見えている。
それがどんなに残酷な選択でも、確かに私よりも現実に近いものを提示しているかもしれない。
私のやろうとしている事は、確かに確証がなく、希望に縋る部分が大きい。
私の中の信頼や自信は、他人に証明できるものじゃないし、国家の行末を左右する出来事に対して提示するには、確かに弱い。
そういう観点で見れば、ロード・デュークスの案の方が現実的で、確実性が高く見えてくる事は否めない。
でも、でも……。それでも、納得はできない。
私は気圧されそうになりながらも、歯を食いしばって喰らい付いた。
「確かに、私の考えは甘いかもしれません。けれど、やっぱり私は、『ジャバウォック計画』を受け入れる事はできません。だってそれを用いれば、何もかも台無しになってしまう。他の方法があるならまだしも、それは……」
「台無しになる、か。それは仕方のない事でしょう。今のこの世界の在り方が、そもそも間違っているのだから」
私の反論に、ロード・デュークスは溜息をついた。
「全ての魔女を駆逐し、その原因である『魔女ウィルス』を排除する。それを成す為には、同様の力である魔法という手段は全く適切ではない。不可能と言ってもいいくらいだ。であればそれに反する力、ジャバウォックを用いるのが当然の帰結でしょう」
魔法が『魔女ウィルス』を前提とするものである以上、確かに魔法による解決策などあるわけがない。
彼らが飽くまで魔法使いである以上、魔法以外の手段を模索する事は難しい事だろう。
「それにジャバウォックを用いれば、ドルミーレの力である『始まりの力』をも打ち砕くことが可能です。あなた様もそれを望まれていたようですし、何も問題はありますまい。『ジャバウォック計画』は、この世界に蔓延る穢れを全て抹消することができるのです」
「違う、違います。私が言いたいのは、そういうことじゃない……!」
私は堪らず、僅かに声を荒げてしまった。
それでも冷静さを保つロード・デュークスを見据えながら食ってかかる。
「『魔女ウィルス』を排除することも、私の『始まりの力』を砕くことも、確かにいいことです。魔法すらも消し去ることだって、あなたたち魔法使いがいいのであれば、いいでしょう。でも、ジャバウォックが破壊するのはそれだけでは収まらない。それが姿を現せば、世界ごと滅ぼされてしまうと、私はそう言っているんです……!」
ロード・デュークスは真っ当なことを言っているようで、肝心な点について触れていない。
ジャバウォックは全てを崩壊させる、混沌の権化の魔物だ。
私自身はそれを知らないけれど、この心はその名前にとても危機を感じるし、実際にそれを知るレイくんがそう言っている。
ジャバウォックを使って望むものを消し去れたとしても、その代償として世界そのものまでも破壊されてしまっては、元も子もない。
私の危惧は、話の本質はそこなんだ。
そこが解決しない以上、どんなに理屈や正当性を語られたって、頷くことなんてできない。
そこについてロード・デュークスはどのように考えているのか。
詰問するような勢いで見詰めると、返ってきたのは嘆息だった。
「そんなことは心得ていますよ、姫殿下。私は、魔法によって穢れたこの世界を、破壊すべきだと考えているのですから」
「…………!」
事も無げにそう言ってのけたロード・デュークス。
そのあまりの発言に、アリアは小さく悲鳴を上げた。
彼女は、ロード・デュークスはそんな危険を冒さないと、そう言ってた。
しかし実際は、危険を顧みないどころか、寧ろそれを望んでいるという。
私も流石に、それは信じられなかった。
「あなたは、この世界に生きる人間として、この国を守る魔法使いとして、それでいいんですか? 本当に、あなたは、世界を滅ぼそうと……」
「何も驚くことではない。申し上げたではないですか。私は、魔法という穢れを清算すべきだと考えている、と。それはつまり、この世界に蔓延るあらゆる『魔なるもの』の抹消であり、魔法によって道を誤ったこの世界の破壊でもあるのです」
ロード・デュークスは顔色一つ変えることなく、当たり前のようにそう語る。
自らが暮らす世界を、間違っているという理由で壊そうとしている。
『始まりの魔女』ドルミーレから齎された魔法が、穢らわしく受け入れ難いものであるから。それに満たされた世界そのものを破壊すべきだと、本当にそう思っている。
ロード・デュークスがいつ、魔法の本質に気がついたのかはわからないけれど。
彼はきっとはじめから、そこまでを見据えて計画を立て、それを目指していたんだ。
彼にとって魔女の掃討や『魔女ウィルス』の除去は、飽くまで表面的なことでしかなくて。
そのもっと本質、自らが扱う魔法や、それが広く浸透した世界までもを破壊することが、ロード・デュークスの魔女狩りとしての目的なんだ。
彼の『魔女』に対する嫌悪は、自らとその環境を排除することを躊躇わせないほどに、本物だということ。
それは魔法使いとしては真っ当なようで、けれどとても逸脱した感性のように思えた。
私は何て言葉を返せばいいのかわからず、硬直してしまった。
後ろにいるレオとアリアも、混乱と動揺を隠せずにいる。
そんな私たちに、ロード・デュークスは淡々と言葉を続ける。
「それこそが、『始まりの魔女』ドルミーレの穢れを拭う、唯一の方法なのです。悪しき魔女によって歪んでしまったこの世界を、このまま続けていても仕方がない。何もかもを破却し、世界はやり直すべきなのだ。この世界は太古の時代から、間違ってしまっているのだから」
「そんな、そんなこと……」
「そうすれば、もう誰も苦悩することなどない。穢れは全て失われるのです。ですから姫殿下、私にご協力頂きたい。何もせず、ジャバウォックを受け入れるという協力を。そうすれば、あなた様は強大すぎる力から解放され、そしてこの世界の多くの人々もまた、果てしない『魔女』の呪いから救われるのですから」
それが最も正しいことだと信じて疑わないロード・デュークスの言葉には、罪悪感のかけらもない。
きっと彼はそこに悪意など微塵もなく、それこそがこの世界のためだと信じて疑わないんだ。
魔女を否定する魔女狩りとしての突き詰めた感性と使命感が、彼にその究極的な選択をさせている。
でもそこには、魔女憎しという私情がどうしても見えてしまう。
確かに彼が言う通り、ドルミーレが残した『魔女ウィルス』と、そこから繋がっている魔法は、世界の方向性を大きく変えてしまったかもしれない。
けれど、それを理由に世界ごと滅ぼしてしまおうなんていうのはやっぱり、魔女狩りの極端な思想だ。
この世界で生きる人々や、『まほうつかいの国』以外の魔法とはほぼ無関係の人々や物事を、全て無視している。
魔女を憎む者としては、それは当然の選択かもしれないけれど。
でもそれは、そこしか見えていない人の感情だ。
そんな恐ろしいことを考えている人に、私は絶対賛同なんてできない。
ロード・デュークスが口にした言葉は、魔法使いのものとは到底思えないからだ。
それが、魔法使いとして上位の位置である、君主の立場を持つ彼であれば、尚更だ。
ロード・デュークスは、魔法を崇高な神秘として仰ぎ、そして誇りを持って研鑽を重ねている魔法使いとして、あるまじき発言をした。
魔女や『魔女ウィルス』、そしてドルミーレを否定するのは当然のことだけれど。
魔法使いが魔法すらも否定するなんて、本来ありえないことだ。
けれどどうやら、ロード・デュークスは魔法の本質を知り得ているらしい。
ならばそれはある意味、魔法使いとして当然の反応なのかもしれない。
魔法に誇りを抱き、自らのアイデンティティの一つとしてきたからこそ、その実態に強烈な悍ましさを覚えた。
そう思えば、決して外れた発言ではない。
でも彼の言葉には、どこかそれ以上の感情が含まれているように思えた。
「姫殿下、あなた様はとても尊い思想を持つ、清らかなお方だ。しかし、それ故に未熟さが拭えない。あなた様が目指すものは間違ってはいないが、理想の域を出ないのです。あなた様は、まだ子供だ」
「っ…………」
普通のトーンで言っているだけなのに、その言葉はとても冷たく、私の胸に刺さった。
私よりも長い人生を歩み、長い間この世界を見てきた彼には、それならではの現実が見えている。
それがどんなに残酷な選択でも、確かに私よりも現実に近いものを提示しているかもしれない。
私のやろうとしている事は、確かに確証がなく、希望に縋る部分が大きい。
私の中の信頼や自信は、他人に証明できるものじゃないし、国家の行末を左右する出来事に対して提示するには、確かに弱い。
そういう観点で見れば、ロード・デュークスの案の方が現実的で、確実性が高く見えてくる事は否めない。
でも、でも……。それでも、納得はできない。
私は気圧されそうになりながらも、歯を食いしばって喰らい付いた。
「確かに、私の考えは甘いかもしれません。けれど、やっぱり私は、『ジャバウォック計画』を受け入れる事はできません。だってそれを用いれば、何もかも台無しになってしまう。他の方法があるならまだしも、それは……」
「台無しになる、か。それは仕方のない事でしょう。今のこの世界の在り方が、そもそも間違っているのだから」
私の反論に、ロード・デュークスは溜息をついた。
「全ての魔女を駆逐し、その原因である『魔女ウィルス』を排除する。それを成す為には、同様の力である魔法という手段は全く適切ではない。不可能と言ってもいいくらいだ。であればそれに反する力、ジャバウォックを用いるのが当然の帰結でしょう」
魔法が『魔女ウィルス』を前提とするものである以上、確かに魔法による解決策などあるわけがない。
彼らが飽くまで魔法使いである以上、魔法以外の手段を模索する事は難しい事だろう。
「それにジャバウォックを用いれば、ドルミーレの力である『始まりの力』をも打ち砕くことが可能です。あなた様もそれを望まれていたようですし、何も問題はありますまい。『ジャバウォック計画』は、この世界に蔓延る穢れを全て抹消することができるのです」
「違う、違います。私が言いたいのは、そういうことじゃない……!」
私は堪らず、僅かに声を荒げてしまった。
それでも冷静さを保つロード・デュークスを見据えながら食ってかかる。
「『魔女ウィルス』を排除することも、私の『始まりの力』を砕くことも、確かにいいことです。魔法すらも消し去ることだって、あなたたち魔法使いがいいのであれば、いいでしょう。でも、ジャバウォックが破壊するのはそれだけでは収まらない。それが姿を現せば、世界ごと滅ぼされてしまうと、私はそう言っているんです……!」
ロード・デュークスは真っ当なことを言っているようで、肝心な点について触れていない。
ジャバウォックは全てを崩壊させる、混沌の権化の魔物だ。
私自身はそれを知らないけれど、この心はその名前にとても危機を感じるし、実際にそれを知るレイくんがそう言っている。
ジャバウォックを使って望むものを消し去れたとしても、その代償として世界そのものまでも破壊されてしまっては、元も子もない。
私の危惧は、話の本質はそこなんだ。
そこが解決しない以上、どんなに理屈や正当性を語られたって、頷くことなんてできない。
そこについてロード・デュークスはどのように考えているのか。
詰問するような勢いで見詰めると、返ってきたのは嘆息だった。
「そんなことは心得ていますよ、姫殿下。私は、魔法によって穢れたこの世界を、破壊すべきだと考えているのですから」
「…………!」
事も無げにそう言ってのけたロード・デュークス。
そのあまりの発言に、アリアは小さく悲鳴を上げた。
彼女は、ロード・デュークスはそんな危険を冒さないと、そう言ってた。
しかし実際は、危険を顧みないどころか、寧ろそれを望んでいるという。
私も流石に、それは信じられなかった。
「あなたは、この世界に生きる人間として、この国を守る魔法使いとして、それでいいんですか? 本当に、あなたは、世界を滅ぼそうと……」
「何も驚くことではない。申し上げたではないですか。私は、魔法という穢れを清算すべきだと考えている、と。それはつまり、この世界に蔓延るあらゆる『魔なるもの』の抹消であり、魔法によって道を誤ったこの世界の破壊でもあるのです」
ロード・デュークスは顔色一つ変えることなく、当たり前のようにそう語る。
自らが暮らす世界を、間違っているという理由で壊そうとしている。
『始まりの魔女』ドルミーレから齎された魔法が、穢らわしく受け入れ難いものであるから。それに満たされた世界そのものを破壊すべきだと、本当にそう思っている。
ロード・デュークスがいつ、魔法の本質に気がついたのかはわからないけれど。
彼はきっとはじめから、そこまでを見据えて計画を立て、それを目指していたんだ。
彼にとって魔女の掃討や『魔女ウィルス』の除去は、飽くまで表面的なことでしかなくて。
そのもっと本質、自らが扱う魔法や、それが広く浸透した世界までもを破壊することが、ロード・デュークスの魔女狩りとしての目的なんだ。
彼の『魔女』に対する嫌悪は、自らとその環境を排除することを躊躇わせないほどに、本物だということ。
それは魔法使いとしては真っ当なようで、けれどとても逸脱した感性のように思えた。
私は何て言葉を返せばいいのかわからず、硬直してしまった。
後ろにいるレオとアリアも、混乱と動揺を隠せずにいる。
そんな私たちに、ロード・デュークスは淡々と言葉を続ける。
「それこそが、『始まりの魔女』ドルミーレの穢れを拭う、唯一の方法なのです。悪しき魔女によって歪んでしまったこの世界を、このまま続けていても仕方がない。何もかもを破却し、世界はやり直すべきなのだ。この世界は太古の時代から、間違ってしまっているのだから」
「そんな、そんなこと……」
「そうすれば、もう誰も苦悩することなどない。穢れは全て失われるのです。ですから姫殿下、私にご協力頂きたい。何もせず、ジャバウォックを受け入れるという協力を。そうすれば、あなた様は強大すぎる力から解放され、そしてこの世界の多くの人々もまた、果てしない『魔女』の呪いから救われるのですから」
それが最も正しいことだと信じて疑わないロード・デュークスの言葉には、罪悪感のかけらもない。
きっと彼はそこに悪意など微塵もなく、それこそがこの世界のためだと信じて疑わないんだ。
魔女を否定する魔女狩りとしての突き詰めた感性と使命感が、彼にその究極的な選択をさせている。
でもそこには、魔女憎しという私情がどうしても見えてしまう。
確かに彼が言う通り、ドルミーレが残した『魔女ウィルス』と、そこから繋がっている魔法は、世界の方向性を大きく変えてしまったかもしれない。
けれど、それを理由に世界ごと滅ぼしてしまおうなんていうのはやっぱり、魔女狩りの極端な思想だ。
この世界で生きる人々や、『まほうつかいの国』以外の魔法とはほぼ無関係の人々や物事を、全て無視している。
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