普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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最終章 氷室 霰のレクイエム

11 霰ちゃん

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「透子ちゃん────」

 無惨に砕け散った残骸を見て、思わずその名前を呼ぶ。
 決して許されないほどに非道で、自分勝手で、純粋故に歪み果ててしまった人。
 それでもやっぱり彼女は、私の友達だったから。

 それがどんなに歪み、そして偽りにまみれた日々だったとしても。
 彼女がひたすらに私を想い、全力で守ってきてくれた事実、それそのものは変わらない。
 彼女が私の隣に居続けてくれたからこそ、私はこうして今生きていられる。それは、否定できないんだ。

 だから、胸が張り裂けそうなほど、苦しく、そして悲しくなるけれど。
 でも透子ちゃんに同情なんて、思いを馳せることなんて、してはいけないとわかってる。
 それは霰ちゃんや、私が守るべき人たちのためでもあり、そして透子ちゃんを選ばなかった私の、責任でもあると思うから。

『…………』

 キラキラと散る氷のカケラを見下ろしてから、霰ちゃんはゆっくりと私に振り返った。
 髪で目元を隠してしまっているから、その表情はあまりよく見て取れないけれど。
 でも、その口元には、安堵の緩みがあった。

「ひむろ…………ううん、霰ちゃん」

 名前を呼ぶと、その口元がほんの僅かに笑みを作り出す。
 微かで、そしてささやかな笑顔。
 でもそれは、確かに彼女の温かな表情の綻びだ。

 こうした今なら、確かにわかる。この笑みは、偽りの彼女からは決して見られなかったものだと。
 どんなに真似事をしても、彼女の心を、その愛おしい笑みまでを、模倣することはできなかったんだと。

「ありがとう、霰ちゃん」

 もう一度、その名前を呼ぶ。
 何度でも、何度でも呼びたかった。

 私が名前を口にするたびに、霰ちゃんはほんの少しずつ、その笑みを増していって。
 そうやって見つめ合っていると、その姿の煌めきが次第に形をぼやかし始めた。

 人の形は緩やかに揺らぎ、ただの輝きのように崩れていって。
 そしてその輝きはスーッと、私の腕の中にいる自身の体へと、溶けるように流れていった。

「っ…………」

 そして、その唇が薄く開かれ、僅かに空気を吸い込んだ。
 ゆっくりと開かれた瞼が、スカイブルーの瞳を露わにして。
 霰ちゃんが私を見た。

「あ、霰ちゃん…………!!!」

 決して叶わなかったその目覚めに、私の心臓は飛び跳ねた。
 まだまだ果てのない冷たさを保つその身体を、更にぎゅっと抱き締めて、顔を近付ける。
 霰ちゃんは弱々しく私を見上げて、ゆっくりと口を動かした。

「アリ、ス…………ちゃん……」
「霰ちゃん! あぁ、よかった! 霰ちゃん……!」

 こぼれた声はとてもささやかで、でも優しくて。
 これこそが本当の彼女だと、心の奥がじんと温かくなった。
 そして同時に、ほんの僅かな気配だけれど、その身体から小さな命の灯火を感じることができた。
 それは、透子ちゃんが中に入っていた時には、決して感じられなかったことだ。

 そこで私はよくやく理解することができた。
 透子ちゃんが何の抵抗もできず、霰ちゃんに敗れたわけを。

 透子ちゃんは既に、その心も酷く消耗していたんだ。
 ジャバウォックと戦い、そして無理をし過ぎた彼女は、身体だけでなく心も酷くすり減らしていた。
 だからこそ、回復できないくらいに朽ち果てそうになって、けれど自らの身体に戻ることで何とか生存を果たした。

 でも、心が万全だった霰ちゃんの魔法に、抗うだけの力は残っていなかったんだ。
 そしてそんな霰ちゃんだからこそ、この凍りかけた身体でも、まだほんの僅かに生きていることができる。
 その心の活力が、彼女の命をまだ繋ぎ止めているんだ。

「霰ちゃん……ごめん、ごめんね。私、とっても大切に思ってたはずなのに、全然、気付かなくて……」
「アリスちゃんは…………悪くない、から…………全部、あの人が…………」

 身体を抱き締めて、その手を握って、私は霰ちゃんに縋りついた。
 自分があまりにも情けなくて、罪深くを思えて。本当に不甲斐なくて。
 けれど霰ちゃんの瞳は、静かにそれを否定する。

「彼女の魔法は、私の身体と同時に……私の名前や、存在……姿までも、奪った。私が私である全てを奪われて、私は……そのまま消えても、おかしくなかった。それを繋ぎ止めてくれたのは、アリスちゃん、だから…………」

 震える唇を必死に動かして、掠れた声で、霰ちゃんは言う。
 消耗し、ボロボロの身体は苦しいだろうに。でもそれは大事なことだと、そう言うように。

「代わり入れられた身体が、耐えられなくて、抜け出して……本当に、そのまま私は、無くなってしまうところ、だった……。そんな私を、あなたがずっと守っていてくれたから。だから私たちは、私は……曖昧な自分でも、あなたと深く繋がったままで……いられたの……」
「霰ちゃん…………」
「ありがとう、アリスちゃん。ありがとう……私を、放さないで、いてくれて……」

 私自身は、こうなるまで何も気付くことができなかった。
 それでも私たちは、心のとっても深い部分で、ずっと繋がることができていたんだ。
 それが私たちの絆で、そしてそれが、『寵愛』という大きな力の流れを作ってくれた。
 他人の妨害を受け、謀られ、偽りを塗りたくられても尚、繋がりを保てる強さを、得ることができたんだ。

「…………だから、謝らないで。私は、あなたといられて、幸せだった……から……」
「────うん……うん。ありがとう、霰ちゃん」

 いつもでも止まることない涙を流しながら、私は大きく頷いた。
 恐怖や悲しみ、そして絶望が流した涙。けれど、今はもう意味が違っていた。
 この確かな繋がりが、彼女の温かな心が何よりも愛おしくて、嬉しくて、涙が止まらないんだ。
 またこうして手を取り合うことができることが、嬉しくてたまらないんだ。

 障害はあまりにも多くて、私たちはとっても遠回りをしてしまったけれど。
 でもこうして、再び真正面から心を交わせることができた。
 それがなによりも幸せだと、そう思った。

 力ない霰ちゃんの手が、弱々しく、けれど確かに私の手を握り返して。
 スカイブルーの透き通った瞳が、キラキラと煌めいて私を見つめて。
 そしてその口元が、柔らかな笑みを作る。

「アリス、ちゃん…………わた、し────」

 そして、霰ちゃんは口を開いて。
 けれどこぼれたのは言葉ではなく、呻き声だった。
 穏やかだった表情が苦悶に歪み、その手から力が抜ける。

「あ、霰ちゃん!? 大丈夫!? 霰ちゃん……!!!」
「……ごめん、な、さい…………わたし……わた、し…………」

 どんどんと力が弱まっていく霰ちゃん。
 その青い唇をわなわなと震わせて、しかしその身体は確実に冷たく、そして固くなっていく。

 無事だった霰ちゃんの心が戻って、何とか息を吹き返した彼女ではあるけれど。
 でも、その身体を蝕んでいるダメージが無しになったわけではない。
 少し生気を取り戻すことができても、凍り付いて朽ちていくその身体が、治ったわけじゃないんだ。
 透子ちゃんが無理をしたことによるフィードバックは、今も尚霰ちゃんを死へといざなっている。

「だ、だめ……だめだよ、霰ちゃん……! やっと、やっと……ようやく会えたのに! 霰ちゃん……!」
「…………」

 砕けそうな手を握りながら、必死に声をかける。
 スカイブルーの瞳は私をしっかりと捉えてくれているけれど、でも返事をする気力はもうないようで。
 その萎んでいく命の灯火が、私の心を締め付けた。

「いやだ……いやだよぉ霰ちゃん! お願い、死なないで!」

 強く強く強く、その身体が癒えることを願う。
 心の底から、全身全霊の祈りを込めて、その安寧を乞い願う。
 すると、微かに、ほんの僅かに少しだけ、私の手から魔法のような力が滲み出た。
 けれどそれはあまりにも弱々しくて、激しい魔力の反動が蝕む彼女の身体を救うには、頼りなかった。

 私の力は、霰ちゃんを救うには、足りなさ過ぎる。

「霰ちゃん……霰ちゃん……!!!」

 情けない。本当に、情けない。
 大切な人が力尽きていくのを目の前にして私は。
 ただ、泣き叫ぶことしかできないんだから。
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