勇者さま、おもてなし係

草野瀬津璃

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本編

4 星空の下で楽しむ、ホットミルクセーキ 後編

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 その夜はずっと落ち着かなかった。
 お土産にもらった水晶のペンダントは気に入って、よく首に提げている。それを見ながら、変わった人間もいるものだなと考え事をしていた。
 アイナはおいしいものが好きだ。
 食事のことに情熱を捧げているので、恋だの愛だのと考えたことがない。

「好きってなんなんでしょうねえ、ゴーレムさん」

 ――ボッ

「私もゴーレムさんが好きですよ。でもパパとママの間の好きですよ~。私にはよく分かりません」

 そうなの? と言いたげに、ゴーレムが僅かにこちらを見る。
 他のレッドドラゴンともほとんど関わらないので、知り合いはいない。そもそもレッドドラゴンは親子間しか一緒にいない、いわゆる核家族だ。
 結婚したら、親の元を巣立ち、距離を取る。伴侶に重きを置き、同族でも邪魔されるのを嫌う孤高のドラゴンだ。

 ――ボッ?

「うーん、そうですねえ。レッドドラゴン流の求愛をされてから、考えましょうか」

 ――ボボッ

 それが良いよと、ゴーレムが言う。
 さすが、生まれた時からの付き合いあるゴーレム。良き相談相手だ。

「嫁ぐ時は、パパに頼んで、ゴーレムさんを譲り受けますね。ずっと一緒ですよ、ゴーレムさん!」

 ――ボッ

 アイナとゴーレムの間に、ほんわかした空気が漂う。
 そして朝になり、アイナは遠くに人間の軍団を見つけた。



 軍団は、およそ千人。
 アイナは槍を手にして、軍団の前に立った。

「止まりなさい! この門より先は、魔物の国です。これ以上の進撃は、我が国への敵対行動とみなしますよ」

 まずは警告する。
 二人乗りの軍用馬車がほとんどの中、豪華な四輪馬車から男が下りてきた。
 禿げた頭に金の冠を載せ、黒い地に金糸できらびやかな刺繍をほどこしたガウンを着ている。そして、肩には毛皮のマントをかけていた。でっぷりした狸腹で、歩くのが大変そうだ。

「そこをどけ、小娘! 我らの行軍を邪魔すると、痛い目にあうぞ!」
 まるで山賊まがいな恫喝をする男を眺め、アイナは納得した。

(あれが王様ですか。魔法使いさんの言う通りの姿ですね。偉そうで嫌いです)

 心の中で呟いて、アイナは気にせず返す。

「私の名はアイナ! 門番を務める者です。誰であろうが、侵入は許さない! 即刻、退くのであれば、見逃しましょう。く、お帰りなさい!」

 警告二回目。
 これで聞かなければ、応戦する。
 王は王杓おうしゃくを振った。

「邪魔だ、排除せよ!」

 その瞬間、高圧的な魔法エネルギーが収縮し、光の線となってほとばしった。
 アイナの脇を通り抜けたそれは、門の前に立ちふさがるゴーレムの中心部を貫いた。

 ――ボッ

 ゴーレムは短く声を漏らし、次の瞬間、ただの石へと戻った。

「……えっ」

 アイナは信じられない思いで、ゴーレムを見つめる。石の山と化した、ゴーレムだったものを。

「ゴー……レム……さん? ゴーレムさん!」

 アイナは駆けだした。ほとんど一足飛びで石の山へ飛び付く。
 あんな魔法の一撃では、ゴーレムはビクともしない。彼らにとっては運が良く、命となる核を貫いたのだろう。

「がーっはっはっは! 見事じゃ! 魔法部隊よ、帰ったら褒美を遣わそう。次はあの門をぶち壊してやれ!」

 王の高笑いとともに、兵士達の喝采が上がる。
 アイナはゆらりと門の前に立った。
 風も無いのに、長い銀の髪はたなびき、赤い目は不気味に輝く。

「貴様ら……我が友を破壊せし罪は重い。火あぶりにしてくれる!」

 その姿が揺らぎ、レッドドラゴンの巨体へと姿を変える。
 さしもの兵士達も笑っていられなくなった。
 王が叫ぶ。

「やれ! 殺せ!」
「お待ちを。あの魔法には準備がっ」
「急げ! 騎士よ前へ!」

 王の命令を受け、重騎兵が前に出る。
 ドラゴン体となったアイナは大きく息を吸い、高熱の炎とともにブレスを吐きだした。
 軍団を燃やし尽くし、灰にするほどの一撃だったが、何者かが剣を振るい、その風でかき消されてしまった。
 アイナはうめくように、その男をにらむ。

「……勇者っ」
「待て、アイナ」

 剣をこちらへ向け、勇者は冷たい青の眼差しを寄越す。
 その裏切りに、アイナの心はズキリと痛んだ。

「邪魔をするな! そこをどけ!」
「ふははは。いいぞっ、勇者。そのままその魔物を殺すのだ!」

 後方で王が笑っている。彼らに有利と見て、気が大きくなっているようだ。

(あんなゴミ虫、踏み潰してやる!)

 アイナがまさに飛び出そうとした時、勇者が左手の平を向けて、制した。無言でこくりと頷く。

(……何か様子がおかしい)

 まるで、時間稼ぎをしているような?

「はーい、皆、動かないでねー」
「こちらには王がいます」

 王の背後で、魔法使いと神官の声が上がった。二人とも、武器を王へと向けている。兵士達がざわめく。

「なっ、貴様ら! 王に刃を向けるとは、大逆たいぎゃくの罪だぞ!」
「すぐに陛下から離れよ!」

 王に続き、臣下が怒鳴りつける。
 勇者はフッと笑い、くるりと軍団を向いて、そちらに剣先を向けた。

「なーにが、刃を向けるな、だよ。お前らが先に、俺らの家族に手を出そうとしたんだろ?」

 口調は気さくだが、声は冷たい。

「なっ、勇者! 貴様、我を裏切ったか!」
「だーかーら」

 勇者が語気を強めて言う。

「先に裏切ったのは、そっちだ」

 なぜか、こちらに向けられたわけでもないのに、アイナの背筋がゾクリと震えた。

(な、な、なんででしょうかっ。首筋に剣を押しつけられたような、死刑宣告でも受けたみたいな、そんな感じがしますっ)

 ゴーレムを倒された怒りから、冷静になるには充分だ。
 剣を向け、ただ立っているだけの金髪の青年から、異様な覇気が感じられる。アイナはじりっと後ろに下がった。
 この男は確かに、勇者だ。
 彼が本気になれば、アイナなど雑草のように踏まれるだけ。
 最初から手加減してくれていたのだと知り、戦慄が走る。

「帰れよ、そして二度と来るな。俺は中立として、ここにいる。出し抜けると思うなよ?」

 最後に、勇者は王に殺気をぶつけた。
 王は白目をむき、口から泡を吹いて倒れる。それを臣下が慌てて助け、馬車に運び入れた。

「さっさと行かないと、竜巻で吹っ飛ばすわよ?」

 なかなか動かない軍団に焦れ、魔法使いが杖を掲げる。その先に巨大な風の渦が巻き起こり、彼らは顔色を変えて走り出す。

「陛下がお倒れになった。撤退だ!」
「王都へ戻るぞ!」

 そして、軍団は慌てて駆け去った。
 魔法使いは風の渦を消し、神官は肩を落とす。勇者も自然体を取り戻した。

「勇者様、無血で追い払うとは、お見事でした。ですが、アイナさんまで怯えてますよ?」
「あ。わりい、アイナ!」

 勇者がこちらへ駆けてくる。アイナはじりっと下がった。

「あの……アイナ。俺はアイナには何もしないから」
「わ、私なんて、勇者さんに比べたら雑草です。ぺんぺん草ですぅー」
「いやだって俺はほら、人類最強なんで」
「世界最強の間違いじゃないですか?」

 我らが魔王陛下と五分五分の強さではないだろうか。死闘を演じたら、どちらが勝つのだろう。アイナにも分からない。
 魔法使いが励ましを込めて勇者の肩を叩き、アイナの前に歩いてくる。

「アイナちゃんのドラゴン姿ってこんな感じなのね。鱗が真紅で綺麗! でもなんで人型だと銀髪なの?」
「皮膚が赤いんであって、鱗は透明なんですよぅ」

 なんとか気持ちを落ち着け、人型を取り直す。だが、恐怖で腰が抜け、ふらついた。

「あっ」
「おい、大丈夫か」

 勇者に腕を支えられ、アイナは目を丸くする。

(えっ、動きが見えませんでしたけど!)

 ドラゴンの動体視力でもとらえられない動きってどういうこと。
 ますますプルプル震えるアイナを不憫そうにして、魔法使いが勇者を引き離す。

「駄目じゃん、勇者ってば。アイナちゃんが怖がってるでしょ」
「俺を嫌いになったのか? それとも憎い?」
「え、な、何で?」

 どうしてそんなことを質問されるのか、アイナには謎だ。

「止めに入るのが間に合わなくて、ゴーレムが……」
「あ! ゴーレムさん!」

 そうだった。勇者にビビっている場合ではなかった。
 アイナは魔法使いの手を振りきり、急いで石の山へ向かう。

「ゴーレムさん、ゴーレムさんっ。ああ、核が壊れたんでしょうか。ひどいです、ずっと一緒にいようって約束したばっかりじゃないですかぁーっ」

 アイナは石へと突っ伏して、わんわん泣きだした。

「うう……っ、異種間の友情、とうといです。ぐすぐす」
「何言ってんのよ、神官ってば。核が無事なら、再生できるんだけどね。こうなっちゃうと……」

 魔法使いの言葉に、アイナは絶望する。
 もう二度とゴーレムに会えないなんて悲しい。
 泣いているうちにドラゴン体になって、石の山に尻尾を巻き付けて、まだ泣き続けていると、バサッと風を切る音がした。

「こらーっ、お前達、俺の可愛い娘を泣かせるとはどういう了見だっ」 

 聞き覚えのある声に顔を上げると、山のように大きなレッドドラゴンが、怒りで体を真っ赤にしながら飛んでくるところだった。

「わぁぁぁん、パパー! ゴーレムさんが死んじゃったー!」

 今まさに勇者達を攻撃しようとしていたパパは、アイナに飛びつかれてつんのめり、けげんそうに周りを見回した。



「はあ、なるほど。こやつらの敵である人間が、魔法でゴーレムをこうした、と……。ふむ」

 グズグズと泣いていて要領を得ないアイナに代わり、勇者が説明してくれた。
 するとパパは岩山を漁り、核石を取り出す。

「む? 特に傷ついてはいないな。アイナ、ただの魔力切れだ」
「ふへ?」

 アイナはぽかんとパパを見つめる。

「お前が生まれた時に作ったゴーレムだからな、百年か。ゴーレムは、作成者が練り込んだ魔力を動力源にして動くんだ。たまたま攻撃を受けた時に、魔力切れを起こしたのだろう」
「そ、そうなの?」
「でなければ、人間の電磁砲でんじほう程度は防御できる。作り方を教えてあげるから、次はお前が組み立ててやりなさい。このゴーレムが好きなんだろう?」
「うん、そうする! 教えて、パパ!」

 精神的に落ち着いたら、簡単に人型になれた。
 同じく人型――四十代くらいの銀髪と赤目の美丈夫へと変わったパパへと、アイナは勢いよく抱きつく。パパはアイナの背中を叩いてなだめた。

「はは、成体になっても甘えん坊だな。そうだ、お前に素晴らしいプレゼントがあるんだよ」

 そう言いながら、パパは上空を振り返る。
 優美なレッドドラゴンが一体、卵を抱えて飛んでくるところだった。ママだ。

「わぁ、大きな卵。料理しがいがあるよ。ありがとう、パパ!」

 アイナは喜んで、その場でピョンピョンと跳ねる。
 パパは慌てて首を横に振る。

「違うぞ! あれは食べ物ではない! お前の弟だ!」
「お、弟ー!?」

 アイナは驚いて、空を見上げて叫ぶ。
 なかなか帰ってこないと思ったら、子どもが出来ていたらしい。

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