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本編
3 お姫様へささげる、スイーツ盛り合わせ 後編
しおりを挟む材料は常にそろえているが、ケーキは焼くのに時間がかかる。
アイナが作り終える頃にはお昼の時間になっていた。オーブンを眺めるアイナに、昼食を作りながら勇者が声をかける。
「悪いな、アイナ。俺の客なのに」
「構わないので、勇者さんは魔法使いさんが暴走しないように見張っていてください」
「そっちは神官に任せてる」
「よかった」
そう言う合間にも、勇者はレンズ豆がたっぷり入ったトマトスープを作っていた。勇者の故郷は貧しい土地なので、栄養が豊富な豆料理が多いらしく、勇者が何か作るとだいたい豆料理だ。同じく田舎育ちの魔法使いは文句を言わないが、芋料理が好きな神官には物足りないようだった。
「勇者さんが料理を出来るって意外でした」
「うちは母子家庭だからなあ、母さんだけに全部させるわけにいかないだろ?」
「いい心がけです。あ、焼けました」
出来たスポンジを取り出して、熱を冷ます。
「なあ、俺らの分ってある?」
「ありますけど、今日はお姫様が優先ですよ。失恋して泣いてる女の子には優しくしないと。そこは魔物でも人間でも変わりませんからね」
「やっぱり俺じゃ不釣り合いだろ? 姫様は理想が高すぎるから、傍にいると窮屈なんだよな」
「女王様になるので、好きな人と結婚したかったそうですよ。可愛らしい人です」
「良い子なんだけど、恋愛は別だからしかたないな」
やれやれと呟いて、勇者は皿に料理を取り分ける。四人分あるのを見て、アイナはふふっと微笑んだ。
「私の分もですか? ありがとうございます」
「ああ、いらなかったか?」
「いえ、後でいただきます」
「あ、まずい。姫様と騎士の分を忘れてたな」
「お二人にはスイーツ盛り合わせを出すので大丈夫ですよ。あの騎士さん、甘党らしいです」
「へえ、意外だな。じゃ、俺らは先に食べてるわ」
「はーい」
食堂に料理を運んでいく勇者。においをかぎつけた魔法使いがすぐにやって来る。続いて神官が礼を言うのが聞こえてきた。
まるで家族みたいなやりとりが微笑ましい。
「ママとパパ、いったいどこにいるんでしょう?」
結婚記念日に出かけるのはいつものことだが、今回は二年も留守にしている。
「お土産、次は何かなあ。おいしいものだといいなあ」
珍しい食材をくれるので、楽しみにしている。
テーブルにアフタヌーンティーセットを並べていくと、お姫様と騎士が目を輝かせた。
「まあ、なんて可愛らしいお菓子なの」
「ありがとうございます、お姫様。お姫様のために、スイーツ盛り合わせをご用意しました。今日は身分は抜きにして、騎士さんとお茶会にしてくださいね」
アイナが騎士に席に着くように促すと、騎士は驚いた。
「私の分もあるのですか? 恐縮です」
「不安なら毒消しをどうぞ。持ってるでしょう?」
二人は毒消しを飲み、騎士は遠慮しつつも、お姫様の許可を得て向かいに座った。
お茶も出すと、二人はスイーツを食べ始めた。
「おいしいですわ。甘酸っぱいソースが最高ね」
「生地がふわふわですよ、姫様。こんなにおいしいものがこの世にあったのですか」
騎士は感動して泣いている。
その向かいでは、お姫様が失恋の悲しみで泣きながら、ケーキを頬張っては笑い、また泣いてとカオスなことになっていた。
お腹が満たされると、お姫様は落ち着いたようだった。涙をハンカチでぬぐい、ふわりと小さく微笑む。
「……ありがとう、魔物の」
「アイナです」
「アイナ。魔物なのに良い人ね。違うわ、良い魔物ね?」
「どういたしまして」
お姫様ってば、笑うと可愛い。
キラキラしているものが好きなので、アイナにはお姫様は魅力的に見えた。
こんなにキラキラ可愛いなら、悪いドラゴンがわざわざお城からさらいたくなるのも分かる。
どうしてお姫様をピンポイントでさらいたがるのか、アイナはよく分からなかったのだ。とても納得した。
「わたくし、勇者様のことはここで終わりにします。帰って、お父様に他の人がいいと言うことにしますわ。ああでも、勇者様以上に好みのイケメンっていたかしら」
お姫様は首を傾げる。
騎士も結構かっこいい人だが、眼中にないようだ。騎士が苦笑とともに教えてくれた。
「姫様は金髪碧眼が大好きなのですよ。それでいて、しなやかな体つきで、暑苦しくない感じがいいみたいです」
「なるほど~」
まさしく勇者がそんな感じだ。
「確か、人間の国では、財力の強さが物を言うのでしょう? 後ろ盾のしっかりした、好みの外見のかたをお姫様が育てちゃえばいいですよ。お姫様を一番にするようなかたがいいなら、出来れば弱い立場で、お姫様に恩を感じているようなかたがいいですね」
「あなた、本当にえげつないわねえ。でも物を見る目はあるわ。――あら、そういえば一人いたわね。子犬みたいなの」
お姫様が呟くと、騎士がぐっと噴き出した。
「ま、まさかテオドールですか?」
恐る恐る問う騎士に、お姫様はそれよと頷いた。
「侯爵家で立場が低かったところを、外見を気に入ってわたくしの小姓にしたじゃない? 扱いが悪かったせいで痩せていたから、王宮に住まわせて、良いものを食べさせて良い服を着させて、ついでに教育も与えていたわね」
「確かにそうですね、姫様、身なりと教育にはうるさいですから。彼は姫様のお取立てに恩を感じ、武芸も魔法も熱心に学んでおりましたよ。ですが最近、兄が相次いで亡くなったので、急遽跡取りに繰り上がったとかで領地に戻っております」
「それは都合がいいわね。あの者の目は好きですわよ。わたくしのことが好きって、目がキラキラしてますもの。子犬みたい」
「子犬ですか……羊の皮をかぶっている狼な気がしますがねえ」
騎士はぼそぼそと呟いた。どうやら事情通みたいだ。
アイナは問いかける。
「財力たっぷり?」
「王家の次に」
「お買い得な物件ですね!」
アイナの遠慮のない表現に、騎士が青ざめた。
「そ、それは流石に失礼では」
「構いませんわ。そうですわね、あの者なら、外見が好きだと言えば維持してくれるのではないかしら」
「死ぬ気で維持するでしょうね。姫様のご寵愛のためなら、外見くらいどうとでもすると思います」
「確かにいいわね」
だんだんお姫様の目が、獲物を見つけた猛禽類のようになっていく。
「そんな相手なら、お父様も一考するでしょう。どちらが得かなんて、馬鹿でも分かるわ」
「はは」
騎士は笑って誤魔化した。
王様を馬鹿呼ばわりだ、下位の者なら聞かなかったふりに徹するだろう。
お姫様はやる気に満ちた顔で席を立つ。
「アイナ、わたくし、良い婿を手に入れてみせますわ。今すぐは無理ですが、勇者様達の後援をして、魔物の国との和平も実現してみせます! こんなにおいしいものを作れる者がいるんだもの、悪い存在とは思えません」
「皆さん、胃袋が弱すぎませんか?」
アイナは思わずツッコミを入れた。
「でも、魔物の国に人間は住めませんから、もし魔王様を倒したとしても無駄になると思いますよ。この岩山の向こうは日が差さず、毒霧が湧く日もあり、それから毒草しか生えない土地なんです」
「どういうことですの? せっかくですから、詳しく教えてくださらない?」
「いいですよ~」
アイナはお姫様に、魔物の国がどんな所か説明する。
聞き終えたお姫様はけげんそうにする。
「つまり、この岩壁と門がなければ、毒霧が外に溢れ出るのですね?」
「ええ。人間は死んじゃいますね」
「魔物がもてなしで出した料理を食べて、人間が死ぬのも文化の違い?」
「ええ。魔物としては、精一杯のおもてなしをしているんです。まさか毒草を食べられないとは思わないかたがほとんどなので。お姫様も、普段から食べているものを食べて、相手が死ぬなんて思わないでしょう?」
「あなたは何故、人間の食べ物に詳しいの?」
「え? たまにドワーフの行商人が来るので、色々と買いがてら、教えてもらってるんです」
お姫様と騎士は顔を見合わせた。
「ドワーフって、商人の鑑ね。売る相手がいるならどこにでも行く」
「いやはや、彼らの情報量は馬鹿に出来ませんな。今度、彼らとも手を結んで勢力を広げてはいかがでしょうか、姫様」
「ええ、土台固めに必要ね。そうしましょう」
政治の話をしているお姫様は、策士の顔をしている。
アイナはぱちんと手を叩く。
「それなら、お知り合いを紹介しますよ~。名刺を持ってきますね」
「「名刺!?」」
驚く二人を尻目に、部屋に行って、馴染みのドワーフの名刺を持ってくる。
「はい、このかたは良心的ですよ。でもドワーフですからね、契約書の確認はしっかりしてください。妖精って気まぐれなところもあるので、配達期限などは特にご注意を」
「ええ、そうするわ。でも、こんな情報をあっさりくれるなんて……、わたくしに恩を売ろうってことですの? やりますわね」
「え? 違いますよ。このかた、新しいお客さんを紹介すると、割引してくれるんです」
「「割引」」
低俗的な表現に、お姫様と騎士は顔を見合わせる。
「やだなあ、魔物だって生活があるんですから、そりゃあ割引には飛びつきますよ」
「何故かしら、お菓子を作ってくれたことより、一気に親近感が増したわ。アイナ、わたくしとお友達になってくださらない? たまに遊びに来てもいいかしら」
「構いませんよ~。でも私は門番なので、あまりここを離れられません。ママとパパが帰ってきたら、話は別ですけど」
「そうなのね、分かりましたわ」
お姫様はすっかり立ち直っていた。
屋敷のほうへ綺麗なお辞儀をする。
「勇者様、ありがとうございました。婚約の件はこちらでどうにかいたします。でもお父様のことはどうか警戒なさっていてくださいませ。――それから、わたくし、ファンはやめませんから! 勇者様のご活躍、お祈りしております」
後ろで騎士が「ご立派です」と泣きながら拍手している。
お姫様はにこりと微笑んだ。
「さあ、帰りますわよ。新たな婚約者に、王となるための土台作り。やることはたくさんありますわ」
「ええ、どこまでもお供いたしますとも!」
帰っていくお姫様の後ろ姿は勇ましくてかっこいい。
アイナはゆるやかに手を振った。
彼らの姿が見えなくなると、勇者達が顔を出した。
「そんなに気になるなら、お見送りすれば良かったのに」
アイナが呆れを混ぜて言うと、勇者と神官は気まずそうにする。
「振った相手になんて声をかけるんだよ」
「姫様、素晴らしいかたで感動しました。勘違いしていたので、恥ずかしくて」
魔法使いは首を傾げる。
「勘違いって何? あの子、良い子じゃん? あの王様にはもったいないくらい出来た子よねー。私がお姫ちゃん呼びしても罰しろとか言わないし、妹みたいで可愛いんだよね」
「あれが可愛がる態度なのか?」
「いつもからかってるのに」
勇者と神官はうろんげだ。アイナは不思議に思う。
「え、でも、お姫様のこと嫌いなんじゃ……んん?」
そういえばお姫様については一言も言ってない。王様の悪口しか聞いていなかった。
「私がいつお姫ちゃんのことを嫌いって言ったのよ。私が嫌いなのはあのハゲ。お姫ちゃんは勇者のストーカーだけど、良い子だよ」
「なんか魔法使いさんってすごいですね。ちゃんと見てるんだなって思いました」
「魔法使いは、魔法を使うだけじゃなくて、本質を見る人のことよ。魔法ってのは、物事の本質でできてるからね。人間の見極めも修業のうち」
魔法使いは勇者と神官を示す。
「この二人くらい、分かりやすく善人だといいんだけど。だいたいは仮面があるからね。アイナちゃんも魔物だけど良い人だよね~。天然でふんわり系なのに、たまにえげつないこと言うけど」
「えへへー、ありがとうございます」
「褒めてないよ」
魔法使いはやれやれと肩をすくめ、テーブルの食器に手を伸ばす。
「片付けは手伝うよ。うーん、一度に運べるように、ここは風の魔法を」
「やめろ、魔法使い! 良い奴だと思ったけど、これは別だ。お前は何もしなくていい!」
「そうですよ。我々がします」
「お外で遊んでてくださいっ」
暴走しそうな魔法使いを、三人でいっせいに止めた。
穏やかな午後のことだった。
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