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連載 / 第二部 塔群編

四章 望まない結婚式 01

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 りあが閉じ込められた部屋は、豪華な監獄だった。
 ほとんど宿の設備と変わらないが、調度品はひと目で高価だと分かる。灰色と白で統一されていて、気分がめいる部屋だ。
 部屋の外に見張りはいるものの、室内に居座る気はないようで、そのことにほっとしたりあは部屋の中を見て回った。

 まずは窓を開けてみた。腕が通る程度の細い隙間しか開かないようになっているのに、飾り格子がはまっている。目をこらしてみたが分厚い黒雲が見えるだけで、外の様子は分からない。それからトイレと風呂場、洗面所があった。
 飲み物と軽食もテーブルに置かれている。
 必要なものはそろっているが、りあは落ち着かない。
 長椅子に座り、膝を抱えて丸くなる。

(結婚式は明日って言ってたけど、あの人が何もしないとは限らない……)

 杖はもちろんのこと、ユーノリアの籠バッグも取り上げられてしまった。パソコンでゲームをしていた時のように、指でショートカットの数字を作れば魔法を使えるが、ここで暴れてもなんの解決にもならない。
 むしろ残されたこのささやかな自由も奪われるかもしれない。
 どうしようもないピンチの時のために、秘策は取っておくしかない。

(怖い。どうしよう。皆、無事なの?)

 自分の身に起きることも、仲間の安否も、何もかもが恐ろしくて、叫びだしたい気分だ。それもこの咎人の輪のせいで、かなわない。
 警戒して過ごすうちに、夜が明けた。
 うとうとしては物音でハッと起きる繰り返しだったので、複数の足音が聞こえた時にはすでに起きていた。

「準備を始める」

 そう言って、魔法使いの女達がぞろぞろとやって来た。台車に化粧道具や衣装箱をのせ、部屋に運び込む。
 内心、怖気づくりあを容赦なく引っ立てて、風呂に入れて身なりを整えさせる。わざとだろう。痛みを感じるくらい強く体をこすられたり、髪を結う時に引っ張られたりした。

「犯罪者の娘のくせに、あの方と結婚できるなんて」
「お前なんか嫌いだが、外見だけは見栄えがするわね」
「余計にムカつく」

 声が出ないせいで、抗議もできない。
 こんな意地悪な人達に負けるものかと、泣きそうになるのを我慢した。
 そして三時間ほどの準備時間を終えると、全身鏡には雑誌の表紙を飾っていそうな美しい花嫁が映っていた。
 陰気な都市だけあって、結婚式の衣装までも黒いらしい。
 黒薔薇の飾りがついた黒いレースに、黒いドレス。溜息が出るくらい綺麗なのに、喪服もふくを思わせる。

(結婚は人生の墓場って、誰が言ってたんだっけ?)

 偉人の言葉を思い出しながら、なんて皮肉だと思った。
 そして、部屋を連れ出され、会場へと向かうことになった。

     *

 ようやくこの日がやって来た。
 すでに身支度を終え、クロードは神殿の祭壇前で、くらい喜びに浸っている。
 客はまだおらず、クロードだけだ。亡き祖父へと祈りをささげるため、一人でやって来た。
 ベンチに座り、目を閉じる。

「おじいさま、あなたがあの女にゆずった偉大な役目、いずれ我が子のもとに戻してみせます。たとえあなたがそれを望まなくても、私はやりとげてみせる……」

 番人の立場はつらいものだという。
 両親を事故で亡くし、少年期を祖父のもとで過ごしたクロードにとって、ユーノリアは目障りでしかたなかった。

 幼い子どもから親を奪った罪悪感を埋めるように、祖父はユーノリアを可愛がっていた。ユーノリアは血筋さえ除けば優秀で、祖父の期待によくこたえた。
 祖父はクロードのことも大事にしてくれたが、偉大な祖父の情を、ユーノリアと分けることが嫌でしかたなかったのだ。
 クロードが求めてならない祖父の期待を背負っておいて、ユーノリアは禁忌をおかして他人と入れ替わることで、逃げ出した。

「中身が違う人間でなければ、この怒りをぶつけてやったのに」

 それでも、あの娘からすれば不幸そのものだろうが。
 ギィ……ときしんだ音がして、扉が開いた。カツカツとヒールを鳴らし、女が聖堂に入ってくる。

「うまくやったみたいねえ、クロード」

 蠱惑こわく的な声が、甘えるような響きとともに言った。振り返らずとも、誰だか分かっている。

「リーツェ、日中は話しかけるなと言ったはずだが」

 クロードがにらんでも、頭に二本の角を生やした女はくすくすと笑うだけだ。ゆるくウェーブをえがく白髪は肩ほどで揺れ、透き通るような白い肌はむしろ青白く、不健康そのもの。胸元があき、大きなスリットの入った扇情的な黒いドレスをまとい、ハイヒールを履いている。

 魔人リーツェ。

 クロードが白の番人の孫だということも、白の書に執着していることも知っている。ある時、互いの望みをかなえるために協力しあわないかと持ちかけてきた。

「白の書を手に入れたも、同然じゃない。何を悠長にやっているのよ。さっさとあの女をものにしなさいよ」
「人間には手順が必要だと、説明したはずだが」
「面倒ねえ。――まあ、いいわ。魔王様の封印を解くための、いい協力者をえられたから。クロードは黒の書と白の書を手に入れて、万々歳。私は救いの夜に一歩近づいた。ああ、早くこの世界が滅ばないかしら!」

 リーツェはうっとりと呟き、クロードに微笑みかける。

「まさか封印の書の番人が、魔物側に寝返るなんて、誰が思うものかしら。素敵なシナリオだわ。大団円まで、がんばりましょうね」

 リーツェは気まぐれな猫のような足取りで、するりと聖堂を出て行く。

「…………」

 半端に開いたままの扉を、クロードは見つめる。

 ――たとえ魔物に魂を売り渡したとしても、先祖が守り続けた白の書だけは、手元に取り戻してみせる。
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