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連載 / 第二部 塔群編
03
しおりを挟むクロードがりあからパッと離れ、部下を見る。壁際に控えていた魔法使いが扉に向かおうとした時、ドカッと激しい音がして重厚な扉が吹っ飛んだ。
レクスが蹴り飛ばした衝撃で扉が壊れ、通路へと倒れる。ベンチにいた客が悲鳴を上げて逃げた。
「その結婚、待った!」
「異議あーり!」
「リアから離れろ、陰険魔法使い!」
レクスに続いて、ラピスとアネッサが怒鳴る。その後ろで、袖のないワンピースとサンダル姿の、長い金髪を編み込んだロクサーヌが不敵に笑った。赤い宝石がはまった杖で、威嚇するようにカツンと床を叩く。
「久しぶりだな、クロード。このクソガキが。その子を返してもらうよ!」
ロクサーヌが素早く呪文を唱え、天井に向けて魔法を放つ。天井から吊り下がっているシャンデリアが落ち、破片が飛び散る。
客が悲鳴を上げて壁際に逃げまどうと、クロードが素早く命令を飛ばす。
「テロリストだ。皆、客を守り、身の安全を確保せよ!」
「はっ」
戸惑っていた部下がいっせいに動き、客の護衛に回る。
そんな下っ端のことなど、レクス達は歯牙にもかけていない。レクスとアネッサが同時に前に出て、クロードへ切りかかる。
クロードは魔法で岩を呼び出して盾にしたが、そのせいでりあから距離をとってしまった。
「ちっ」
りあに手を伸ばすのを、アネッサがはばむ。
「させないよ!」
細身の長剣で切りかかるのを、クロードは祭壇の燭台をつかんで、それで受け止めた。クロードは結婚式の主役だ。当然、武器を持っていない。
「長様!」
部下が援護しようとすると、ロクサーヌが氷の塊をあちこちに飛ばして妨害する。氷といっても、岩と似たようなものだ。魔法使い達は痛みに声を上げ、やむなく防御の魔法を使う。
ラピスは出入り口から入ってきた敵を、雷撃で吹っ飛ばしている。
「リア、何をぼさっと突っ立って……どうした?」
りあをクロードから遠ざけたレクスは、りあが動かないので文句を言おうとして、不可解そうに眉を寄せる。そして、目を見開いた。
「泣いてるのか? それにしては反応が……ああ、そういうことか。趣味がくそ悪いな、あの下種野郎!」
忌々しげに舌打ちすると、レクスはラピスを呼ぶ。
「ラピス! 状態異常の回復だ!」
「はい、分かりました! 神の祝福!」
素早く呪文を唱え、淡い青の光がりあを包む。
麻痺が解けると、りあの目からはさらに涙があふれ出した。
『生きてた。無事で良かった!』
安堵のあまり、りあはレクスに抱き着く。
「ははっ、そんなに熱い歓迎をされると照れるな」
レクスは笑いながら、聖堂内にいる人々を見回す。嫌味ったらしくクロードに口端を上げてみせた。
「招待客の皆さん、これが答えだ。嫌がる女を無理矢理嫁にしようなんて、長にあるまじきことだと思わないか?」
ん? と、りあは眉を寄せる。
この言い方、まるでクロードが愛し合う恋人達を引き裂いたかのようだ。
りあは仲間としてのハグのつもりだったので、まだ恋人の演技を続行中だと気付いて、内心でぎょっとした。きっと顔は真っ赤だろう。
『ちょ、ちょっと、レクス!』
離れようと一歩引いた時、アネッサの風魔法がクロードを吹き飛ばす。壁に叩きつけられる前に、クロードは背後に魔法を使い、クッションにして衝撃をやわらげた。すんなりと着地とはいかず、ふらりとよろめいた。そのことを恥じるかのように眉を寄せ、クロードはアネッサをにらむ。
「おのれ、塔群の長に逆らうことが、魔法使いにとってどんな意味を持つか、分かっているのだろうな!」
「私達を罠にかけておいて、よくもそんなことを言えたものだね! 窮鼠猫を噛む。ただでやられてたまるか! 追われる身になろうが、どうでもいい。私の騎士道は、友を不当な扱いから守ることだ!」
このたんかに、ロクサーヌがヒュウと口笛を吹く。
「いいね、その勇ましさ。強い者は大好きだ」
今更になって、りあは赤の番人がいることに驚いた。
『嘘!』
ロクサーヌは鬱陶しそうに、周りを見やる。
「私が用があるのは、長だけだ。無関係の者は去るがいい。残った者は命を落としても、恨み言を口にしてはならないよ」
ロクサーヌが見せた慈悲に、ラピスは出入り口から距離を取る。客が我先にと出口を目指し、外から駆けつけた魔法使いともみあいになった。
クロードは部下に手を振る。
「客を保護し、怪我人を救護せよ! 下がれ!」
クロードの鋭い指示で、我に返った部下達は客を連れて神殿から出て行く。残った部下十名ほどが壁際からこちらをにらむ中、ひとけが減って、聖堂には静けさが満ちた。
シャンデリアが壊されたために明かりが減り、午前中だというのに薄暗い。
「まったく」
こう着する状況で、レクスが舌打ちをした。
「女一人をよってたかって泣かせやがって。みっともねえったらありゃしねえ」
「その粗暴な言いようは目に余るが、私も同意見だよ。咎人の輪なんて付けてまで、言いなりにしようなんてね! 求愛をするだけ、その辺の動物のほうがマシってものだ!」
完全にチンピラなレクスに続き、アネッサも言葉をつくしてあおる。
「お二人は普段は仲が悪いくせに、こういう時だけ、めちゃくちゃ仲が良いですにゃあ」
感心を込め、ラピスがつぶやく
りあは喉元を押さえた。リボンで覆われていたはずの首輪が露出している。いつの間にかほどけていたみたいだ。
「あっはっはっは。最高だね。クロード、部下と客を遠ざけようとした点は褒めてやるが、貴様には聞きたいことが山のようにある。ソレスはどこだ?」
クロードはロクサーヌを淡々と見返す。
「さてな。地下のダンジョンでイーターの餌にでもなっているのではないか? 死体の行方までは知らぬよ」
「貴様ぁ……っ、よくも私の夫を!」
ロクサーヌは赤の書を取りだし、表紙に右手をのせる。本は勝手に開き、あるページで止まった。
「我、赤の書との契約において命じる。猛き炎よ、地獄の業火と化せ。〈地獄の業火〉!」
黒く燃え上がる炎が、クロードに飛んでいく。
「長様!」
部下達が叫ぶ中、クロードはどこからか黒い革表紙の本を取りだし、目の前にかかげた。
黒炎は本にぶつかる直前で、霧散して消える。
「それは……黒の書! いったい、どういうことだ!」
ロクサーヌが動揺に震える声で、クロードの持つ本を指さした。
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ではありがとうございました。