3 / 27
連載 / 第二部 塔群編
序章
しおりを挟む黒い雲が垂れ込めた空から、霧のような雨が降ってくる。
その時、稲光が走り、背の高いいくつもの塔を一瞬、照らし出した。
ここは塔群。魔法使い達が隠れ住み始めたことから発展した、自治都市である。
都市を囲む城門の前で、夕野りあは安堵で肩を落とした。
「なんとか塔群まで着けたわ……。沼地では死ぬかと思った、生きてるって素晴らしい!」
りあはぐっと拳を握り込み、これまでの旅を振り返る。
カノンの町から北へ進むこと一ヶ月。
大きな町まで出れば、そこからは機械仕掛けの魔法製品――通称メカマジの機関車が出ていたので、移動自体は楽だった。
だが、塔群の前には、魔の沼地と呼ばれる湖沼地帯が広がっている。機関車が行けるのはその手前までなので、石で出来た街道を徒歩で通り抜ける必要があった。そしてこの沼地は強い魔物の生息域でもある。
「そうだな。本当に、お前が沼に落ちて、溺死しなくて良かったと思う」
茶色い髪と赤茶色の目を持った、大剣を背負った無愛想な青年――レクスが疲れた様子で言うと、旅の仲間であるラピスとアネッサが大きく頷いた。
「レクス殿の言う通りですにゃ。まったく、落ちないのが不思議なくらい、ぐらぐらされておいでで……ボクのかよわい心臓は破裂するかと思いました」
白い神官服を身に纏った青毛のケット・シーの青年が、ぶるりと身震いして言った。どんぐりのような金の目を細め、胸に手を当てて深く溜息を吐く。
「ラピスさんはかよわくないでしょ。もう、失礼しちゃう」
りあは抗議したけれど、りあの傍に浮かんでいる二匹の宝石精霊――背中に四枚の羽を持つ、フェレットの姿をしたエディと、ハリネズミの姿をしたハナは、ふるふると頭を振った。
『いえいえ、ユーノリアしゃま。結構危なかったですよ。僕が風で助けなかったら、落ちそうな時もありました』
『ご無事で良かったですぅ』
ハナなんて、つぶらな黒い目をうるうるさせている。
男装の麗人アネッサが、横で笑い出した。臙脂色の軽騎士の装いに身を包んだ、短い黒髪と赤い目を持った、すらりと背の高い女性だ。りあと同い年の仲間でもあり、この異世界アズルガイアに来て、初めて出来た女友達でもある。
「あはは、良かったね、リア。良いアシスタントがいて」
そこですっと真面目な顔になり、アネッサは注意する。
「でも本当に危険だったから、もう少し気を付けて歩こうね。君は橋の真ん中をちゃんと歩かないと、見ていて怖い」
「アネッサまで……」
りあはがっくりとうなだれた。
結構注意して歩いていたつもりだが、橋とはいっても、馬が一頭通れるくらいの幅しかない。大昔、研究に没頭したい魔法使いが、塔群に住む為に、自分が移動できる程度のものを魔法で作ったのだ。この地方はほとんど毎日雨が降るのもあり、とても滑りやすかった。
気候のせいもあると反論しようとしたりあであるが、先にレクスが口を開いた。
「これから魔法使いの巣窟に入るっていうのに、そんなんで大丈夫なのか? リア。天才魔法使い・ユーノリアの振りが出来るのか、俺はすでに不安だがな」
「頑張ります! こう、キリッとしてればいいんですよね」
リアはきっと眉を吊り上げて、凛々しい表情を作ってみた。
ロザリア王国鉄道の機関車の中で、何回も練習した顔である。
「そう、それで無愛想にして、出来るだけ喋るな。あとはこっちで誤魔化す」
「何でですか~っ、私だってやればちゃんと出来ますっ」
「ほらもう崩れてる。駄目だな、こりゃ」
レクスは天を仰ぎ、お手上げのポーズをとった。他の面子も、仕方ないよねみたいな曖昧な表情で顔を見合わせている。どこにも味方がいない。
りあは薄暗い闇にそびえたつ塔を見上げ、気合を入れた。
(元の世界に戻る為だもの、頑張ろう!)
やる気に満ち溢れているりあに対し、仲間達は不安そうにする。
だがここにいても仕方がないので、意を決し、城壁へと歩き始めた。
◆
「クロード様」
窓辺の長椅子に斜めにもたれ、本を読んでいた二十代半ばの青年は、声をかけられて顔を上げた。カラスの濡れ羽のような黒い髪を指先で寄せて、黒い目を入口へと向ける。
黒いローブ姿の老人が、恭しく頭を下げた。
「……どうした」
クロードは本を閉じ、老人と向き直る。
クロードは塔群の中でもとりわけ高く、大きな塔の主でもあった。そして、塔群の魔法使い達の頂点に立ち、治める者でもある。
「お伝えしたいことがございます。ユーノリア様が戻ってきたそうです。門番から連絡が参りました」
「……あの女が?」
クロードは怪訝そうに眉を寄せた。
「今更、何をしに戻ったのやら。あまり良い知らせではないな」
苛立った空気を感じ取った老人は、静かに問う。
「追い返しますか?」
「いや、いい。良いことを思い付いた。不愉快な女だが、使い道はある」
ゆるやかな笑みを浮かべ、クロードは顎に手を当てる。
「左様で。では、わたくしめは下がります。ご用がありましたら、お呼び下さい」
「ああ、そうする。報告ご苦労」
老人が退室すると、クロードは長椅子を立ち上がり、机の一番上の引き出しを開けた。
その中に入っている黒い革表紙の本の表紙を、白い指先でついと撫でる。
「ユーノリア……お前が受け継いだお爺様の白の書、いずれ我が血脈のもとに戻してみせる」
クロードは仄暗い笑みを浮かべる。
雷鳴がとどろき、薄暗い部屋を不気味に照らし出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる