ログイン! ――ゲーマー女子のMMOトリップ日記 ―― つづき

草野瀬津璃

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連載 / 第二部 塔群編

 序章 

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 黒い雲が垂れ込めた空から、霧のような雨が降ってくる。
 その時、稲光が走り、背の高いいくつもの塔を一瞬、照らし出した。
 ここは塔群タワーズ。魔法使い達が隠れ住み始めたことから発展した、自治都市である。
 都市を囲む城門の前で、夕野りあは安堵で肩を落とした。

「なんとか塔群まで着けたわ……。沼地では死ぬかと思った、生きてるって素晴らしい!」

 りあはぐっと拳を握り込み、これまでの旅を振り返る。
 カノンの町から北へ進むこと一ヶ月。
 大きな町まで出れば、そこからは機械仕掛けの魔法製品メカニカル・マジックアイテム――通称メカマジの機関車が出ていたので、移動自体は楽だった。
 だが、塔群の前には、魔の沼地と呼ばれる湖沼地帯が広がっている。機関車が行けるのはその手前までなので、石で出来た街道を徒歩で通り抜ける必要があった。そしてこの沼地は強い魔物の生息域でもある。

「そうだな。本当に、お前が沼に落ちて、溺死できししなくて良かったと思う」

 茶色い髪と赤茶色の目を持った、大剣を背負った無愛想な青年――レクスが疲れた様子で言うと、旅の仲間であるラピスとアネッサが大きく頷いた。

「レクス殿の言う通りですにゃ。まったく、落ちないのが不思議なくらい、ぐらぐらされておいでで……ボクのかよわい心臓は破裂するかと思いました」

 白い神官服を身に纏った青毛のケット・シーの青年が、ぶるりと身震いして言った。どんぐりのような金の目を細め、胸に手を当てて深く溜息を吐く。

「ラピスさんはかよわくないでしょ。もう、失礼しちゃう」

 りあは抗議したけれど、りあの傍に浮かんでいる二匹の宝石精霊ほうせきせいれい――背中に四枚の羽を持つ、フェレットの姿をしたエディと、ハリネズミの姿をしたハナは、ふるふると頭を振った。

『いえいえ、ユーノリアしゃま。結構危なかったですよ。僕が風で助けなかったら、落ちそうな時もありました』
『ご無事で良かったですぅ』

 ハナなんて、つぶらな黒い目をうるうるさせている。
 男装の麗人アネッサが、横で笑い出した。臙脂えんじ色の軽騎士の装いに身を包んだ、短い黒髪と赤い目を持った、すらりと背の高い女性だ。りあと同い年の仲間でもあり、この異世界アズルガイアに来て、初めて出来た女友達でもある。

「あはは、良かったね、リア。良いアシスタントがいて」

 そこですっと真面目な顔になり、アネッサは注意する。

「でも本当に危険だったから、もう少し気を付けて歩こうね。君は橋の真ん中をちゃんと歩かないと、見ていて怖い」
「アネッサまで……」

 りあはがっくりとうなだれた。
 結構注意して歩いていたつもりだが、橋とはいっても、馬が一頭通れるくらいの幅しかない。大昔、研究に没頭したい魔法使いが、塔群に住む為に、自分が移動できる程度のものを魔法で作ったのだ。この地方はほとんど毎日雨が降るのもあり、とても滑りやすかった。
 気候のせいもあると反論しようとしたりあであるが、先にレクスが口を開いた。

「これから魔法使いの巣窟に入るっていうのに、そんなんで大丈夫なのか? リア。天才魔法使い・ユーノリアの振りが出来るのか、俺はすでに不安だがな」
「頑張ります! こう、キリッとしてればいいんですよね」

 リアはきっと眉を吊り上げて、凛々しい表情を作ってみた。
 ロザリア王国鉄道の機関車の中で、何回も練習した顔である。

「そう、それで無愛想にして、出来るだけ喋るな。あとはこっちで誤魔化す」
「何でですか~っ、私だってやればちゃんと出来ますっ」
「ほらもう崩れてる。駄目だな、こりゃ」

 レクスは天を仰ぎ、お手上げのポーズをとった。他の面子も、仕方ないよねみたいな曖昧な表情で顔を見合わせている。どこにも味方がいない。
 りあは薄暗い闇にそびえたつ塔を見上げ、気合を入れた。

(元の世界に戻る為だもの、頑張ろう!)

 やる気に満ち溢れているりあに対し、仲間達は不安そうにする。
 だがここにいても仕方がないので、意を決し、城壁へと歩き始めた。


     ◆


「クロード様」

 窓辺の長椅子に斜めにもたれ、本を読んでいた二十代半ばの青年は、声をかけられて顔を上げた。カラスののような黒い髪を指先で寄せて、黒い目を入口へと向ける。
 黒いローブ姿の老人が、恭しく頭を下げた。

「……どうした」

 クロードは本を閉じ、老人と向き直る。
 クロードは塔群の中でもとりわけ高く、大きな塔の主でもあった。そして、塔群の魔法使い達の頂点に立ち、治める者でもある。

「お伝えしたいことがございます。ユーノリア様が戻ってきたそうです。門番から連絡が参りました」
「……あの女が?」

 クロードは怪訝そうに眉を寄せた。

「今更、何をしに戻ったのやら。あまり良い知らせではないな」

 苛立った空気を感じ取った老人は、静かに問う。

「追い返しますか?」
「いや、いい。良いことを思い付いた。不愉快な女だが、使い道はある」

 ゆるやかな笑みを浮かべ、クロードは顎に手を当てる。

「左様で。では、わたくしめは下がります。ご用がありましたら、お呼び下さい」
「ああ、そうする。報告ご苦労」

 老人が退室すると、クロードは長椅子を立ち上がり、机の一番上の引き出しを開けた。
 その中に入っている黒い革表紙の本の表紙を、白い指先でついと撫でる。

「ユーノリア……お前が受け継いだお爺様の白の書、いずれ我が血脈のもとに戻してみせる」

 クロードは仄暗い笑みを浮かべる。
 雷鳴がとどろき、薄暗い部屋を不気味に照らし出した。
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