12 / 178
本編
第二話 魔力欠乏症 1
しおりを挟む気付くと、森を抜けた所に広がっている草原の入口に修太達は立っていた。
木の葉の旋風によるテレポート(?)は二度目であるが、狐に化かされたようで不思議な心地だ。
「ここが森の外か……」
森を振り返る。中にいると鬱蒼とした薄暗い森なのだが、森の外から見ると穏やかな日差しを受けて長閑そうな森に見える。
「シュウ、あれ見ろよ! なんだろうな、あれ。木かな?」
やや興奮気味に森の上空を指差す啓介。修太は言われるままにそこを見た。
「…………」
無言のまま、目を見開き、ぽかんと口を開ける。
青い空に溶け込むようにして、灰色の幹と白い葉が輝く大樹が上半分だけ浮かびあがっている。
よく見てみると、森の上空だけ雲が一つもない。そこだけ雲が避けているみたいだ。
「あれは霊樹リヴァエルだ。あそこには、エレイスガイアを創造せし神が住むという伝説がある。……まあ、お前達の話を聞く限り、本当のことだったようだがな」
フランジェスカがやや呆れたように言う。
修太は少し戸惑った。霊樹リヴァエルというのは、あの白い花畑に生えていた木の名だったはずだ。だが、あそこにあった木はあそこまででかくはなかった。それに花畑も、巨大な岩窟も見えない。
修太の戸惑いには気付かず、フランジェスカは呆れ気味に続ける。
「やけに無知で妙なガキだと思えば、まさか異界の民とは。カラーズの常識を知らないのも頷けるというものだ」
修太は青空に浮かびあがる大樹から目を反らし、フランジェスカに据える。
「なんだ、余計に嫌いになったか? 違う世界の人間なんて不気味だ、悪魔だとか言うんじゃねえだろうな」
やや不審気味に問う。だが、誰も修太を責められないと思う。フランジェスカとの出会いが出会いだ。
フランジェスカは口を閉ざした。無愛想な顔が思案するような色を帯び、やがて少しためらう素振りを見せて何か言いかける。修太と啓介が首を傾げてその様を見守っていると、ややあってフランジェスカは意を決したように口を開いた。
「私は、モンスターが嫌いだ。幼い頃、行商の帰りにモンスターに襲われ、目の前で母を喰われた。この頬の傷もその時のものだし、背中にも酷い傷跡がある」
「え……」
「なっ……」
修太と啓介は唖然と呟いて、フランジェスカを見つめる。感情は見えず淡々とした口ぶりであるが、それが逆に辛い過去を思わせた。
「こんな傷だらけの女とは、誰も結婚したがらないだろう」
僅かに目を伏せて言葉を紡いだ後、その藍の目に強い光が浮かべる。どこか誇らしげに、腰に提げた長剣に右手を添える。
「だから、私は生きていく為に騎士を志した。鍛冶屋を営んでいる父の剣で、国を守ると決めた」
そう語ると、小さく息を吐く。
「私はモンスターが嫌いだし、憎んでいる。それは、とてもではないが、森の主様の慈悲でも消すことは不可能だ。だが、モンスターの同族だと思っていた〈黒〉は、鎮静の力を持つだけで違うのだと知った。モンスターを好きになることは出来ないが、〈黒〉のことは嫌わないように努力しようと思う。それに、私は異界の人間だろうと気にしない。ただ、変わっていると思うだけだ」
きっぱりと告げられ、修太は苦い顔をする。余計なことを言ったと謝ろうと口を開きかけた時、フランジェスカが更に付け足す。にやりとあくどい笑みとともに。
「私はお前のことは〈黒〉だからではなく、ただ単に嫌いなだけだ。安心するといい」
……どこが安心出来るんだ?
修太はひくりと頬を引きつらせる。そしてそれを無理矢理おさめ、負けじと挑発的に唇を軽く吊り上げる。
「ああ。俺も、お前なんか好きじゃないから安心しろ。通り魔騎士」
悪態も織り交ぜてやれば、今度はフランジェスカの顔が引きつる。
「ふふふ……」
「ははは……」
二人は不気味に笑いながら睨みあう。
それを見た啓介は、何を思ったかにこやかに微笑む。
「二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「仲良くない!」
「仲良くねえ!」
声を揃えて啓介を睨むと、啓介は視線に気圧されたように一歩下がる。
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか……」
少ししゅんとしたように肩をすくめる啓介。顔が良いせいだろうか、とても憐れみを誘う姿だ。修太にはともかく、フランジェスカには効いた。
「うっ、すまないケースケ殿」
「いや、いいよ。フランなんとかさん」
「……フランジェスカ・セディン、だ」
むっつりと返すフランジェスカ。いつまでも名前呼びを引っ張るのが気に食わなかったらしい。
修太と啓介は顔を見合わせる。
「でもなあ、フランジェスカさんって呼びにくいんだよな。俺らには難しい発音だ」
「もうフランでよくねえか? どうせ言えないし、セディンも言いにくい」
啓介が首をすくめて言うのに、修太も同調する。
「分かった。もう、それでいい……」
フランジェスカはやや疲れたように額に手を当てて呟き、短く縮めて名を呼ぶことを許した。そんなフランジェスカに、修太は僅かに身を乗り出す。共に旅をするに当たり、自分も名前の呼び方を正しておかなくてはいけない。クロだなんて野良猫みたいな呼び方をされる気は毛頭ないのだ。
「あと、俺もクロじゃなくて、塚原修太だ。塚原か修太のどっちかで呼んでくれ」
フランジェスカは少し眉を寄せ、呟く。
「ツカ……? シューター? ……むう。シューターと呼ぼう」
「いや、シューターじゃなくて、修太。“た”で止める」
「シューター」
「シュウタ」
「……シューター?」
「シュ、ウ、タ、だって!」
「ええい! うるさいわ! 貴様などシューターで十分だ!」
なかなか発音出来ないのに焦れ、フランジェスカは怒鳴り捨てる。
修太はちっと舌打ちするも、自分達もフランジェスカの名を発音出来ないのでお互い様だと思い、渋々頷く。
「ったく、仕方ねえな。それでいいよ」
そこへ啓介も参戦する。
「フランさん、俺のこともケイで良いよ。啓介だと呼びにくそうだし。あの団長さんはハルミヤの方が呼びやすいって言ってたけど……、春宮は苗字だからさ。一緒に旅するんだから名前が良いな」
素直に希望を述べる啓介はにこやかで親しみに溢れている。啓介がモテるのは、顔以上にこの親しみやすさからくるのだと修太は知っていた。顔がどれだけ良くても、無愛想では怖くて近寄れないだろう。いや、そこが良いという物好きな女子ももしかしたらいるかもしれないが。女子の考え方は男である修太には理解不能なところがあるから。
「では、そう呼ばせて貰う。確かにケイの方が呼びやすい。よろしくな、ケイ殿」
啓介に好意的に言い、僅かに藍の目を緩ませるフランジェスカ。修太に負けず劣らずの無愛想な面立ちの女なので、そういう顔もするのかと修太は驚いた。そう思う修太は、啓介が相手だと、自分もたまに自然な笑みを浮かべていることなど気付いていない。
「おい、俺にはないのか?」
「ふん。お前はむしろよろしくされる側だろうが。フランジェスカ様お願いしますとでも言え」
「ほんっとムカつくよな、お前。何その上から目線」
修太の悪態など無視し、フランジェスカは首の下にずらしていた口布を指で引き上げ、フードを被る。森の外に広がる草原を見る。
つられて草原を見た修太は、ときどきポツポツと花が咲いている短い丈の草が延々と続くという光景に目を細める。こんな、地平線いっぱいに草原が広がるような景色は、どこにいても遠くに山が見える日本には存在しない。だからようやく遠い異国の地に来たのだという実感がした。地球と同じで太陽は一つらしい。その太陽はまだ真上にあり、温かな日差しを降り注いでいる。気温も温かいので、季節的には春くらいだろうか。
「クラ森を出れば、パスリル王国領土だ。シューター、お前もフードを被っておけ。もし王国民に出くわしたら、後天性無色で通せ。こっちで適当に芝居を打つから、合わせろ」
「無視か、てめえ。まあいいけど、あんたこそ、そのマント着るのやめた方がいいんじゃないか? あの団長も同じ紋章のついた服を着てた。ってことは騎士団の紋章か国の紋章か何かなんだろ?」
後天性無色というのは、生まれた後に病気か何かで盲目になった人間という意味だろう。修太はすぐに見当をつけて確かに良い案だと思った。目が見えないのであれば、目の色を問われることもないはずだ。
ポンチョのフードをたぐり寄せて目深に被りつつ修太が付け足した言葉に、フランジェスカは複雑そうにマントを見下ろす。
「……そうだな。〈黒〉と行動を共にするのなら、これでは目立つ。それに、もしばれた時に〈黒〉擁護罪で私の首が飛ぶ」
どこまで怖いんだよ、この国。
あまりに酷すぎて苦笑しか出てこない。
「なあフランさん、ノコギリ山脈ってあそこに薄らと見える山のこと?」
啓介は、遠くを指差し、フランジェスカを振り返る。
草原のずっと奥、赤い葉をした木が群生している森の向こうに、地平に霞むようにして灰色の山脈が見える。まるでノコギリの刃のようにデコボコしていて、山頂はそれぞれ尖っている。横に長い山だ。
「ああ、その通りだケイ殿。王国の北東にそびえる大山脈だ。あそこのどこに目的地があるのか、私は知らんがな。だが、銅の森から向こうはエルフの住む村がある以外は人間は住んでいないから、好都合だ。山を越えれば隣国レステファルテだしな」
フランジェスカの話を聞きながら、目的地を探すのは途方も無いことではないかと修太は今からぞっとする。
けれど、能天気な啓介は特に心配した様子もなく言う。
「じゃあ、そのエルフの村で塔について聞けばいいか」
「人嫌いなエルフだ、教えてくれるかは分からぬがな。話を聞こうにも、すでにここまで送って貰った後だ。ユーサ団長に見つかる前にここを出なくてはならぬから、時間も無い。詳しい話は歩きながらするぞ」
草原に向かって歩き出すフランジェスカの後ろを、修太と啓介の二人は追うようにして歩きだした。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
聖女じゃない私の奇跡
あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。
だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。
「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。
それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。
婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。
その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。
これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる