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本編
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しおりを挟む草原を出て三日後。ようやく銅の森まで辿り着いた。
それまで、ポイズンキャットの姿になるたび、生きた不思議に毎回感動する啓介に追い回され、フランジェスカは夜だけ修太の所に避難してくるようになった。
というのも、騒がしいのが嫌いな修太が啓介を黙らせるからだ。にらむむ時もあれば、拳が出る時もある。
ついでに付け足すと、〈黒〉がいるからモンスター対策で火の番をする必要がないからだ。
そういえば啓介は猫派だったな、と、修太は一人で納得していた。
修太は動物には興味がない。食材としてなら興味はあるけれど、ペットの世話など考えるだけで面倒なのだ。だから自然とペット系動物には無関心だ。
三日目にして、起きるたびにいつの間にか隣で寝入っているフランジェスカに驚くのがアホらしくなり、勝手にしろと放置している。この場合、テントを一つフランジェスカに明け渡して、啓介と使うのが妥当ではないかと思ったが、幼馴染とはいえ野郎と二人で一つのテントを使うのも嫌だと思ったので口には出さなかった。それくらいなら外で一人で寝てやる。
幼馴染なのだからそんなに気にするべきではないのだろうが、人の輪の中心にいることが多い啓介と違い、修太は一人でいる時間が好きで、一匹狼で行動しがちだ。たまたま、こいつは別だ、というのが啓介なだけで、四六時中一緒にいたいわけではない。
学校では別だ。修太が一人になると、啓介にアプローチしたい女や啓介を目の敵にしている男なんかが、修太にからんでくる。おかげで女への夢は持っていない。
――でも、こんな、口が悪い上に性格もひねくれた凶暴な女ばかりではないはずだ。
フランジェスカをちらりと見ながら、修太は心の中で重々しく呟く。
がっさがっさと落ち葉を踏み鳴らし、フランジェスカ、啓介、修太の順でゆっくりめで歩いている。先頭を行くフランジェスカは、まさか修太がこんな失礼なことを考えているとは思わないだろう。
赤色の葉をつけた木々ばかりである銅の森は、地面に降り積もっている落ち葉ですら赤い。気候は春であるのに、この森だけが秋に取り残されているようなもの寂しさがある。
「銅の森には、モンスターではなく動物の狼も棲んでいる。それに毒虫もいるからな。足元や頭上には気を付けろ。靴を脱いだ後は靴を逆さにして確認、寝起きは服を必ず振るように」
森に入る前に、フランジェスカはそう言って注意を促してきた。
平和そうな森だが、意外に危険地帯らしい。
そんな危ない森で暮らすエルフってすげえ。
「なあ、さっきから何してるんだ?」
紐をつけた細長い水晶を目線にぶら下げて、ときどき中を覗き込む仕草をフランジェスカがしているのだ。
疑問に思って修太はフランジェスカを見上げる。フランジェスカは熱心に水晶を覗きこんだまま返事をする。
「方角の確認だ。この水晶内にある気泡の位置で北が分かる」
「魔法の品なんですか?」
興味たっぷりに水晶を見つめる啓介を、フランジェスカは少し頬を緩めて頷きを返す。微笑ましいと思っているのが分かりやすい。
「水入り水晶を利用して、魔力を僅かに流すことで魔法が発動する仕掛けになっている。陣のいらない簡単な魔法だが、水入り水晶は数が少ないから値が張るのだ。しかし磁場に影響されないからな、コンパスより便利だ」
「高いってどれくらいするんです?」
「これは剣術大会で五連覇し、剣聖の名を頂いた時に、団長が祝いにくださった。私の給料ではとても買えない。噂だと、金貨三十枚はするのではなかったかな」
「金貨三十枚……?」
啓介はぴんとこず、首をひねる。一方の修太もどれくらい高いのか分からなかったが、エナという単位に置き換えてみた。
「確か金貨一枚が10000エナだったよな。とすると、30万エナ? 物価知らないけど、高そうな感じだな」
「私の一年の給料が26万エナだ」
「ってことは、給料一年分か!? えーと、日本円に直して一月30万としても、300万を越すぞ!」
ざっと計算してみて、修太は思わず水晶から離れた。怖すぎる。そんな高価な物、庶民には恐ろしい。
「団長さんてお金持ちなんだなあ」
のんきな感想を口にする啓介に、フランジェスカは頷く。
「ユーサ団長は盗賊やモンスター対策、物資の輸送にかけては敏腕なのだ。その才を買われ、陛下より男爵の地位と領地をたまわっている。平民の私より金があるに決まっている」
修太は眉を寄せ、啓介を見る。
「啓介、男爵ってそんなに偉いの?」
「爵位っていえば、公・侯・伯・子・男、だろ。貴族じゃ一番下じゃないか?」
「ケイ殿の言う通りだ。それに男爵位は功績があれば陛下より一代限りで与えられることもあるし、金で買うことも出来る。恐ろしく高いがな。貴族であれば出費は馬鹿にならないから、わざわざ買いたがる富豪の気持ちは理解できんが」
「じゃあ、そんなに偉くないのか?」
「馬鹿なことを言うな。例え最下位だろうと貴族は貴族。偉いに決まっているだろう」
ちょっと訊いてみただけなのに、フランジェスカには鼻で笑われた。
(こいつ……っ、啓介と俺とで態度に差がありすぎるだろ。本気でムカつく)
そもそも、修太のことは呼び捨てなのに、啓介のことは「殿」付けで読んでる時点で差別されている。そういう修太も、フランジェスカを「さん」付けで呼んでいる啓介と違って呼び捨てにしているが。
「こんな風に、水晶に入っている水は聖水で、悪い病気や災害を遠ざけるとも言われている。だから、貴族の間では祝いで贈ることもあるらしい。それを知った団長が下さったわけだが……。あの方はあまり金に執着されないからな、あまりにあっさりくれて私の方が面食らった」
フランジェスカは遠い目をした。
「まあ、聖水の効果も、呪いには効かなかったようだがな」
僅かに溜息を漏らし、水晶を懐にしまう。
そんなフランジェスカを啓介はじーっと見て、キラキラと目を輝かせる。修太は啓介の態度に素直にびびる。なんだ、こいつ。気持ち悪い。
修太が思ったことはフランジェスカも感じたことらしく、怪訝な顔をする。
「なんだ、ケイ殿。その目は」
「いやあ、団長さん、フランさんのことすっごい大事にしてるんだなと思って。愛されてますね」
にっこりと邪気の無い笑みで言われた言葉に、フランジェスカが驚いた拍子に変に息を吸い込んで、咳き込み始める。
「げっほげほっごほっ、はっ? いきなり何をおかしなことを言い出すのだ?」
「だって、男の人が女の人にそういうのあげるって、そういうことじゃないんですか?」
「あー……確かに。祝いにかこつけてるだけってのも考えられるよな」
クラ森でのユーサレトとフランジェスカの遣り取りを思い出し、修太も話に乗る。というか単にそのほうが面白そうだっただけだが。
フランジェスカはわずかに顔を赤らめ、しかしすぐに渋面を作る。
「それはありえない。私のような傷だらけの女に、そんな好意を抱く男がいるわけがないだろう。第一、あの方は私の剣の腕を買って下さっているのだ。その言葉は、私に対する侮辱に他ならぬ」
憤然と呟くと、フランジェスカは啓介をねめつけた。
「うっ、ごめんっ。そんな、馬鹿にする気はなかったんだけど……。というか、そういう風に受け止めるのか。うーん」
啓介は気圧されて一歩後ずさり、頬をかきつつ謝る。
修太も修太で不思議だ。
「つーかさ、服着てりゃ傷があるの分からねえし、頬の怪我だってどぎつい性格のほうが印象的だからそうでもないんじゃねえか? そんなに自分を下に見なくても良いと思うけどな。男にもてたかったら、まずは性格直せよ」
思ったことを口に出したら、フランジェスカは怒りで顔を真っ赤にした。
「このクソガキ、抜け抜けとっ! 貴様こそ、その失礼な物言いを直したらどうだ!」
「本当のことを言って何が悪い。てめえの性格がきついのは事実だ!」
「もう、やめなよ本気で喧嘩するの。今のはシュウの言い方が悪い。普通に言えばいいじゃんか、傷なんか気にならないから卑下しなくていいって」
啓介が溜息混じりに取り成す。
そんな綺麗事を言っただろうか? 単に見た目より性格が問題だと言っただけだが。修太は首を傾げる。
「いや、ケイ殿。今のは完全に馬鹿にされたとしか思えぬが?」
「シュウは言い方が率直すぎて、誤解を招きやすいだけだ。今のは良いことを言ってましたよ」
急いでフォローし、啓介は修太の小脇をひじでつつく。
「シュウ、三秒考えてから口に出せよ。クラスメイトには無口な癖に、なんでフランさん相手だとそんなに饒舌なんだ?」
「この女相手に遠慮する気はない。クラスメイトは面倒だから話さないだけだ」
「…………。とりあえず興味の対象内にはいるようだから安心した。シュウはどうでもいい奴のことは避けまくるもんな」
「一緒に旅してるんだから、避けるわけにいかねえだろ。何言ってんだ、お前」
啓介の言いたいことがさっぱり分からない。
怪訝な顔をする修太に、啓介は額に指先を押し当てて、ふーっと溜息を吐く。
「シュウの性格って難解だよな……」
「人間は複雑な生き物だと思うけど」
「そうじゃなくて」
「さっきから何なんだ? 簡潔に話せ」
「………もういい」
また深い溜息を吐く啓介。
何だよ、その反応。釈然としない気分ながら、修太は首をひねる。
啓介は気を取り直したようにフランジェスカににっこりと笑いかける。面白がるような気配はなく、言い聞かせるような真面目な声で言う。
「フランさん、とにかく、そんなに卑下しないで下さい。堂々としてる女の人って格好良いから、男の人が放っておくと思わないですよ」
フランジェスカは肩をすくめる。
「ケイ殿がそう言うのなら、そういうことにしておこう。もしかしたら、そんな物好きな輩がどこかに一人くらいいるやもしれぬしな」
啓介も苦笑とともに肩をすくめる。固定観念が染みついているせいで、何を言っても無駄だと悟ったからだ。
「――さて、そろそろ行くぞ。少しとどまりすぎた」
「エルフの村まで、あとどれくらいなんですか?」
啓介の問いに、フランジェスカは首を僅かに傾げる。
「さてな。私は、ノコギリ山脈の麓にあるという噂しか知らぬ」
「じゃあ、山まではどれくらいなんです?」
「迂回するようにして山脈に向かっているからな、早くても二日か。普通は銅の森の外れ、東にある街道を行くのだ。今回はエルフを訪ねるというから森に入っている。北に進めば、そのうち山に着く。東の方で塔らしきものを見た覚えはないから、あるとしたらこの辺りかもっと西だろう」
じっと森の前方を睨みつけるように見て、フランジェスカは啓介を振り返る。
「質問はもうないか?」
「うん、ありがとう」
フランジェスカはこくりと頷き、きびすを返して歩き出す。森は危険だからと修太を背負うのはやめて右手に抜き身の剣を構え、常よりは遅い足取りで歩くフランジェスカの背中を、修太もまた追いかける。
どういうわけか分からないが、食後は調子が良いのだ。だから、また具合が悪くなる前に距離を稼ごうと、真面目に歩いた。
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