断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
17 / 178
本編

 6

しおりを挟む



 あの青年エルフはウェード・マッカイスという名らしく、啓介達はマッカイス家にお邪魔して、空いている部屋がないからとウェードの部屋を借りることになった。ウェードは医者だが診療所は持っていないらしく、自宅訪問で診察するのが常らしい。
 ウェードは見た目は二十歳程度だが、実年齢は三十歳らしい。ウェードの両親がどう見ても二十歳前後だったので、驚いて思わず年齢を訊いてしまった。両親は五十代だというから更に驚きだ。エルフってすごい。

魔力欠乏症まりょくけつぼうしょう? ですか?」
「ああ、そうだ」
「ええーと、それってどういう?」

 ベッドで寝ている修太から視線をずらし、額に濡らした布をかけてやっているウェードに問う。

「カラーズにたまに見られる体質的欠陥の病名だ」

 ウェードの言葉に、行儀良くベッドの下に座っていた猫姿のフランジェスカが首を傾げた。どうやら知らないらしい。

「カラーズは鮮明な色を持って生まれて、その為に魔法を使えるし、魔力も多く持っている。それは魔力に左右される存在であるという意味でもある。魔法を使える状態なのに、魔力が何らかの理由で減りやすい、または減る傾向にあって足りなくなるカラーズのことを、魔力欠乏症というんだ」
「魔力が無くなったらどうなるんです?」
「普通はそこで気絶して休息モードに入るが、酷い場合は死に至ることもある。魔力というのは、カラーズにとっては生命力に近いものだからな。……常識だぞ」

 さりげなく付け足された言葉にうっと詰まりつつ、更に質問を重ねる。

「治るんですか?」

 ウェードはきっぱりと首を振る。

「いや、治らない。だが防止することは出来る。たいていは酷い状態になる前に、魔力のこめられた石や宝石から魔力を補給する。もしくは魔力混合水こんごうすいの服用だな」
「………。よく分からないけど、治療してやって下さい」
「勿論そうする。ちょうど、昨日、ノコギリ山脈からの湧水をくんできたばかりだ。魔力混合水ならあるから、それでいいな」

 湧水と魔力コンなんちゃらがどういう関係があるのかよく分からなかったが、啓介はそれで治るのならと頭を下げた。

「はい、お願いします」

     *

 翌朝。
 見知らぬ部屋で目を覚ました修太は、啓介から事情を聞いて瞠目した。

「魔力欠乏症……。ここに来て、病弱キャラになるとは」
「まあ、大層な病気じゃなくて良かったじゃないか。ねえ、フランさん」
「そうだな。私達にうつる心配もない」
「………」

 うん、別にこいつからの気遣いの言葉なんか期待していない。

 啓介の説明によると、水にはたいてい微量の魔力が含まれているらしく、その魔力の量が多いのが魔力混合水なのだという。多量に魔力を含む天然の魔力混合水は湧水に多い為、修太にはノコギリ山脈の湧水が治療薬代わりに使われたのだそうだ。

「〈黒〉はモンスターに対する鎮静作用のある魔力を持つからな、自然に魔力を垂れ流してるから、魔力欠乏症になりやすい。そう悲観するな」

 部屋の木製の扉が開いて、ウェードが顔を出した。
 初めて見るエルフに感心しつつも、昨日のことを思い出すと苦笑いが出てくる。けれど助けてくれたのがこの青年なので、礼を言って頭を下げた。

「子ども相手だから特例だ。いつも人間を助けるわけではないから、勘違いするなよ」

 ウェードは釘を刺し、手にした緑色のどろっとした液体入りのグラスを修太の方へ突き出した。

「さ、飲め。薬草ジュースだ。魔力吸収を助ける薬草入りだ。水も魔力混合水だ」
「……ありがとう。の、飲むよ」

 頬を引きつらせ気味に半身を起こし、ジュースとは名ばかりの青汁を受け取る。そして、グラスをじっと見つめてから、覚悟を決めて一気に飲み干す。

「ううっぷ。くぅぅ」

 なんともいえない苦みと青臭さ。あまりの不味さに吐きそうになるのを口を手で覆って防ぐ。冗談ではなく涙目になっている自信がある。
 雑草を適当に煮込んだような、とにかく色々と最悪な味だ。

「一気飲みなんて、すごいな。皆、嫌そうな顔してチビチビ飲むんだが」

 感心した様子で顎を撫でているウェードを、そうだろうと思いつつ見やる。何も反論出来ないのは、口を開いたら吐きそうになるからだ。

「よし。薬を飲んだなら、しばらく休んでれば良くなるだろう。今日も泊めてやるが、明日は出ていけよ」

 ウェードはそれだけ言うと、グラスを回収して部屋を出て行った。

「良かったな、シュウ。良い人に出くわして」

 修太はうろん気な目で啓介を見る。口元を手で押さえたまま、言葉をひねり出す。

「……良い人か?」

 啓介は大きく頷いた。

「ああ。困ってるところを助けてくれた。十分、良い人だ。それに、ここの村の人は筋金入りの余所者嫌いみたいだ。皆に怖い目で睨まれた。それを考えると、良い人だろ」
「そうだな」

 そう聞くと、確かに良い人に思える。

「今日一晩はいてもいいって言うんだ、それで十分じゃないか。だろ?」
「ああ」

 修太は頷いて、寝台に横たわる。毛布を引き上げて被ると、啓介が言う。

「この辺に塔はないかって、村長さんに訊いてみたら、塔はないけどちょうどノコギリ山脈の中腹に遺跡みたいなものがあるって教えてくれた。治ったら、とりあえずそこを目指さないか?」

 流石、啓介。行動が早い。
 修太は頷く。

「ああ、それでいいよ」
「魔力混合水が必要ならさ、ついでにノコギリ山脈の湧水を水筒に汲んでいけばいい。指輪に入れておけば重くないだろうし」
「お前……ほんと頭の回転良いよな」

 感心しきりに頷いていると、啓介は首を傾げる。

「必要だからそうしてるだけだ。どっちにしろ、俺らは一蓮托生だろ?」
「ああ、そうだな……」

 修太は肯定しながら、目を閉じる。眠くなってきた。

「気にしないで休んでろ。俺はウェードさんの手伝いしてる」
「………わかった」

 声になったか分からないが、修太は小さく返事する。そして、ふっと眠りに落ちた。

     *

 次の日。
 目が覚めると部屋には誰もおらず、修太は寝台の足元に引っかかっていた黒のポンチョを着てフードを被る。昨日の服装のままだから、外套だけ脱がせたというところだろう。
 どうやらこの土地は家に土足で入るようだ。寝台脇に靴が揃えて置いてあったので、それを履いて部屋を出る。

「啓介……? フラン……?」

 部屋は二階にあり、階段を下りて一階まで行くが、誰もいない。
 啓介やフラン、ウェードを探して外に出ると、左手に倉庫が見えて、そこの引き戸が半開きになっていた。
 あそこだろうか。

「おはようございます」

 声をかけながら、戸を開いて中に入る。

「あれ? ここにもいない……」

 修太はきょとんと室内を見回す。
 倉庫の隅に木材と不思議な光沢の白い粘土などが積み重ねられていて、倉庫の真ん中には配線などが見えるバイクらしき機体が置いてあった。

「バイクか……? 変わった形だな」

 興味を惹かれた。高校在学中は手が届かないけれど、卒業したら大型バイクの免許を取得して、好きなバイクを金を貯めて買うのを目標にしていたのだ。こんな所に来ては、それも叶わないが……。

「あれ、タイヤがないな」

 機体に近寄って観察してみて、タイヤがはまっていないのに気付く。周りを見ても、それらしいものは見当たらない。

(どうやって動くんだ? 燃料も何だろう、オイルのにおいはしないし……)

 あの独特のにおいが無いことが不思議だ。
 首を傾げてみたものの、エルフなんてものがいるのだから、知らない燃料くらい存在してるんだろうと納得する。

「それに興味があるのかい」

 後ろから質問が飛んできて、修太は悪いことをしていたわけではないのにびくっとし、反射で振り返る。
 戸口に、小麦色の髪と鈍い黄色の目をした偉丈夫が立っていた。ウェードと同じく尖った耳をしていて、芸術そのものの綺麗な顔立ちを驚きに染め、わずかに首を傾げている。修太の目には二十歳前後に見えた。

「勝手に入ってすみません。連れを探してて……。家にも誰もいないし、どこに行ったかご存知ないですか?」

 倉庫に許可なく入ったことを叱られる前にと、急いで謝る。

「ああ、ハルミヤ君とフランジェスカ君なら、エトナと水汲みに出たよ。エトナっていうのは私の妻で、ウェードの母親だ」

 修太は、男の発音が片言だったので、一瞬、ハルミヤが誰のことを指すのか分からず、目をパチクリさせる。

(……ああ、春宮、ね。啓介の苗字か。誰のことかと思った)

 遅れて気付く。
 それから、男を見上げて首を傾げる。

「それじゃあ、お兄さん? は、あの医者の先生のお父さんっていうことですか?」
「ああ」
「……本当に? あんな歳の子供がいるように見えませんが」

 二十代の息子がいるということは、この男は四十代近いか四十代ということになる。とてもそうは見えない。啓介はこの男が五十代であるとウェードから聞いているが修太は聞いていないので、妙な冗談を耳にしているような気分になった。

「エルフは二十歳になると外見年齢が止まるからな。人間はたいていそんな風に驚く」
「そうですか」

 修太は適当に相槌を打ちながら、女性が聞いたら羨ましがるか敵視してきそうだと思った。

「ところで、私はセス・マッカイスというのだが、君の名を聞いても?」
「塚原修太です」
「ツカ……?」
「塚原修太。修太でいいです」
「シューター君か」

 修太は首を振る。

「いえ、修太です。修太。タで止めて下さい」
「シューター」
「しゅうた」
「……シューター」
「……もういいです、それで」

 訂正するのに疲れ、好きなように呼んでくれとハングアップする。フランジェスカに引き続き、またこの遣り取りをするはめになるとは。ここの人間にはそんなに難しい発音なのか。
 セスは気を取り直したように咳払いをしてから、問う。

「シューター君、魔動機オートマに興味があるのか?」
「オートマ?」
「それだよ」

 怪訝な顔をする修太に、セスは顎で修太の背後を示す。どうやら、バイクのような形をした機体のことらしい。

「バイクっぽいけど、タイヤが無いから違うのかな」

 先程から気になっていたことを呟く。しかし、聞いていなかったセスは、自慢げに魔動機について語りだした。

 曰く、魔動機は、非力なエルフ達が知恵を磨いて作りだした、生活を楽にする為の機械だということ。
 曰く、カラーズの属性ごとの魔力で動く為、最初に設定した属性の人間にしか使えないこと。
 曰く、この魔動機はバ=イクという名前の乗り物であること。

 バ=イクなんて、発音が違うだけで名前はほぼ同じだ。変な所で似通ってるのだなあと妙に感心しながら、セスが始めた魔動機とエルフ自慢に、修太は大人しく耳を傾けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。  それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。  婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。  その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。  これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...