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本編
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しおりを挟む部屋に柄の悪そうな男が三人乗りこんできた時、フランジェスカは咄嗟に寝台の下に隠れた。モンスターがいてはいらぬ騒ぎになるかもしれないからだ。
侵入者のかわす言葉から魔物避けという単語を拾い、修太狙いの輩であるのはすぐに分かった。
いったいどこで〈黒〉とばれたのか……。
それは分からなかったが、どこかで情報が漏れたことは確実だった。
睡眠薬であるガチャルまで使ってとは、用意周到だ。深い眠りに落ちたのだろう修太を麻袋に押し込んで、そのまま運んでいく男達の手際の良さにも感心する。稀に見る犯罪の鑑だ。
フランジェスカは国を守る騎士であるから、犯罪の手口はそれなりに知っているが、こんなに鮮やかな犯行はそうないだろう。さすがは金に目がくらんだ治安最悪の国だけはある。
敵国であるレステファルテを内心でさんざんにこきおろしながら、男達を追いかけて宿を出る。
ポイズンキャットの姿であるので、人の姿よりも尾行は楽だ。
(船……?)
追いかけて走ると、やがて港に着いた。
そのうち、商船らしき大型の帆船に乗りこんでいく三人を見て、フランジェスカは怪訝に思う。てっきり奴隷商人か人買いの根城に辿り着くと思ったのに、船とは。奴隷商人の持ち船なのだろうか。
パスリル王国は四方を国や森や山に囲まれた内陸国であり、こんなに間近で海や船を見たのは初めてなので、考えてもよく分からない。
とりあえず、見つからないように、闇の中、男達を追いかけて船に乗り込む。修太入り麻袋は貨物室に運ばれ、そこにあった鉄製の檻に修太は放り込まれた。荷物に隠れてそれを見つつ、檻の存在に首をひねる。
魔物避けと言っていたくせに、檻に入れるのが分からない。そもそも、この国では〈黒〉差別は無いはずなのに、この扱いはなんなのだろう。まるで動物を飼うかのような檻だ。修太が立ってちょうど良いくらいの高さである。
男達が貨物室を出ていき、扉を閉めたのを見て、フランジェスカは檻に滑り込んで修太を覗きこむ。モンスターの身であると、夜目がきくのでよく見える。修太は、まるで死んでいるみたいに静かに眠っている。
(……なんだ、嫌なにおいがするな)
嗅覚も上がっているので、檻のある周辺から妙なにおいがするのに気付く。鉄錆びたにおい。血、だろうか。
ふと、板張りの床を見ると、檻のある場所の床だけ黒く染まっているのに気付いた。流れた血を拭いきれなかったのか。
フランジェスカは三毛柄の毛をぶわりと逆立てた。
ここは危険だ。商人の船でこんなに血が流れる理由が分からない。
(もしやこの船、遠い噂に聞く海賊船とやらでは……)
山賊や盗賊、追剥などは分かるけれど海賊がどんなものかは分からない。けれど、揃いも揃って乱暴で残虐非道らしいという話は小耳に挟んでいた。海賊というのは、商船や民間船を襲い、殺戮をつくし、女は手籠めにした上で娼館に売るらしい。
することは山賊もそう変わらないだろうが、海賊の場合は官船すら襲うというのだから獰猛さが知れるというものだ。山賊と違い、拠点の移動が可能だからこそできることなのだろう。
(まさか、な。たまたま動物が死んだだけかもしれぬし……)
フランジェスカは頭を振り、ひとまず山になっている荷の中で、人に戻っても隠れられるスペースを見つけ出し、そこに身を潜めた。見つからないことを祈ることにする。
そうしているうちに、夜闇の中、俄かに船上が騒がしくなり、夜の海へと船が動き出したが、大型船に乗ったことのないフランジェスカには動いているかどうかは分からず、ただじっと丸くなっていた。
*
揺りかごのような緩やかな振動と若干の気分の悪さとともに、修太は目を覚ました。
辺りは真っ暗で、何も見えない。
あれからどれくらい経ったのかと思いつつ、起き上がろうとして固い物に頭をぶつけてうめいた。
「う……なんだ……?」
だんだん闇に目が慣れてきて、目の前に格子があるのに気付く。手さぐりであちこち確かめてみると、箱のような物の中にいるのが分かった。
「お。起きたか、坊主」
男の声がして顔をそちらに向けると、ランプ片手に木製の階段を下りてくる男の姿が見えた。三十代くらいの柄の悪そうなくしゃくしゃの茶髪の男だ。どこかで見た顔だとじろじろと見て、昼間に食堂でぶつかった相手だと気付く。
「……どこだ、ここ。宿に乗りこんできたのもあんたか? 理由を知りたいんだけど」
理解不能だったので、とりあえず疑問をぶつけてみる。
「ここは海賊船の上で、宿に乗り込んだのも俺だな。他にもいるが。なんで坊主を連れてきたかというと、魔物避けの代用品を探しててな、見つけないと俺が船長に殺されるところだったからだ」
悪く思わないでくれな。
男はにやりと笑んだ。
「魔物避け……?」
首を傾げると、男は笑う。
「坊主みたいな〈黒〉のことだ。俺達船乗りは、船に一人は魔物避けを乗せている。でないと海に出没するモンスターに襲われるからな。普通は雇用契約を結ぶんだが、この船はさらってきた奴を据えてる」
「…………」
「前の魔物避けがなあ、他の船との交戦中に手に入れた武器で、隙を見て自殺しちまってな。困ってたんだわ。本当、助かったよ」
男はにやりと歯を見せて笑う。
「まあ、よろしく頼むな。魔物避けさんよぉ」
「…………」
修太は眉間に皺を刻む。
パスリル王国では嫌われ者として殺されかけて、レステファルテ国では物扱いってどういうことだ。
「外に出すわけにはいかねえが、殺すことはないから安心しろ。ちなみに、すでにアラナ海に出てるから、姉の助けを待っても無駄だからなー」
男はのっぺりした顔に笑みを張りつけて付け足し、貨物室を出て行った。
修太は相変わらず無言でそれを見届け、僅かに首を傾げる。
「姉って誰だ」
思わず呟いて、フランジェスカのことを思い出す。姉弟での旅だと勘違いしているのかもしれない。
「ニャア」
小さな鳴き声に顔を上げると、暗闇の中で藍色の光が二つ浮かんでいた。
「フラン……?」
だろうか。疑問を込めて問うと、ポイズンキャットが静かにこちらに駆けてくる。
修太は少しばかり呆れた。
「あんた、ついてきたのか……。戻れそうならグインジエまで戻っておけよ。海賊だぞ、女のあんたには危険だろ」
海賊がどういうものであるかくらいの知識はあるし、犯罪者が起こしやすい暴力的行動についてもニュースなどで知っているので、フランジェスカが人間に戻った時のことを考えるとやばそうだと思った。修太は子どもの姿だし男だから、貞操について心配する必要はない。
「フギー」
フランジェスカは藍の目をすがめて、低くうなった。
――お前は馬鹿か。そう言われた気がした。……なんかムカつくな、おい。
「また護衛がどうとか言うんじゃ……」
修太が渋面で言いかけた時、俄かに上の方が騒がしくなった。
甲高い音を立てて鉄を叩く音が鳴り響き、それとともに走る音や扉の開く音が続く。どたどたと歩き回る足音が天井から響き、騒音に混じってガシャガシャと金属がこすれるような音が聞こえてくる。そして、怒声や断末魔じみた悲鳴やうめき声さえも聞こえてきた。
異様な空気に、修太は身を固くする。
「今度はなんなんだ……?」
色々といっぺんに起きすぎて、今一大事さが感じられない。けれど、良からぬことが起きているということは分かるのでうんざりした。
階上の騒音は、しばらくして静まった。不気味な沈黙が落ちていて、人が歩く気配が消えたような気がした。
波の振動とギィギィと木の軋む音がするだけである。
修太は心臓がドクドクと音を立て始めているのを、耳の奥で聞く。
嫌な予感がする。なんというか、ホラー映画のこれから怖いシーンがあるという前振りのような不気味な緊張感だ。あれは本当に苦手だ。急に現れるホラー映像はもっと苦手である。
貨物室の扉が静かに開いた瞬間、修太は恐怖に耐えかねて、とりあえず近くにあったものを腕に抱え込んだ。ポイズンキャット姿のフランジェスカである。ブギィと潰れた声を出しているけれど、気にしてられない。
かつ、こつ。ブーツの踵を鳴らし、黒い人影が階段を下りてくる。
扉が開いたことで、星の浮かんだ藍色の空が見えた。その僅かな光のお陰で、その人が、右手に血の滴った巨大な斧槍――ハルバートを持っているのに気付く。
ゆっくりと貨物室を横切ってくる黒い人影に、修太は命を脅かされる危険を本能的に感じ、檻の中で後ろに下がる。しかし狭い檻の中ではその動作もほとんど意味をなさない。
人影がちらりと修太を見たような気がした瞬間、シュボッと音を立てて明かりがついた。
黒と灰色の服を着た三十代半ばほどの青年が、左手でジッポライターを掲げ、琥珀色の目を細めるようにこちらを見下ろす。けだるげな空気を纏った青年だ。
青年は首を僅かに傾げる。その拍子に、柔らかそうな黒髪が揺れた。やや長髪になりかけの短髪といった髪で、絶妙なバランスがあり、男の目から見ても端正な顔立ちを綺麗に引き立たせているが、それよりも修太が気になったのは、男の後ろで揺れている黒い尻尾だった。狼か犬の尻尾みたいにふさふさとしている。
尻尾。犬。人。……人なの、か?
「子どもと、ポイズンキャットか……」
かすれ気味の声がぼそりと呟く。
修太は血のついた斧の刃を凝視しつつ、フランジェスカを更に抱え込む。
「こいつは、モンスターだけどモンスターじゃない。悪くないんだ。殺さないでくれ」
無愛想とは違う、ごっそりと感情だけが抜け落ちたみたいな顔をしている青年は、ちらと修太を見る。生きている温度が感じられない。そんな目を見るのは初めてで、修太の背中に冷や汗が浮かぶ。フランジェスカのことを優先したのは、モンスターの方が殺される確率が高いととっさに判断してのことだ。
「お前自身のことは言わないのか」
「俺、あんたに殺されるの?」
「……お前が海賊の仲間なら。だが、仲間なら檻には入れないから違うだろう。だから殺さない」
「こいつも殺さないか?」
「害をなさない限り」
それなら殺さないということだろう。修太は安堵するが、青年が約束を守るとは限らないので気は抜かない。
「――そのままじっとしてろ」
ぼそりと青年が呟く。檻に背を押しつけたままで疑問をこめて青年を見上げた瞬間、青年はハルバートを振り上げた。
――ガゴンッッ!
音と衝撃が走った。
思わず目を閉じてしまったが、再び目を開けると檻の鍵が壊され、扉があいていた。
「あんた、何者? あの人攫いと似たような感じ?」
扉を見て、唖然としたままで問う。
「俺はグレイ。賊の討伐を中心に請け負っている冒険者だ。屑どもと一緒にするな」
ひやりとした低い声が呟くように言う。
「悪い……」
嫌な汗をかきながら、修太は謝る。こんな得体の知れない人間に会ったのは初めてで、どう対応していいか分からない。地雷原を歩いているような恐怖感がある。
ごそごそと檻から這いずり出ると、グレイが無言でじっと修太を見下ろしているのに気付いた。
「な、なんだ」
怖気づきつつ問う。
「子ども、名は」
「塚原修太だ。修太でいい」
「――そうか」
グレイは短く首肯し、踵を返す。そして、貨物室内の荷を検分し始めた。箱をハルバートで切ったり、籠を蹴り倒したり。無造作のようでいて動きに無駄がない。修太はどうしていいか分からず、檻の前で猫姿のフランジェスカを抱えたまま立ちつくして見ていた。
やがて、一つの箱から白い葉っぱが零れ落ち、そこで初めてグレイの表情が変わった。忌々しそうに舌打ちする。
「デナドーラ、か。屑どもめ」
と、そこで、ふいに声が紛れこんだ。
「ひゅう、相変わらず派手だねえ、グレイの旦那。首尾はどうだい?」
赤い髪をしたちゃらそうな青年が貨物室の入口に立っていた。白い軍服を着ているのに、耳にピアスを幾つもつけているので不思議な感じがする。不良が警察官をしてるような奇妙感だが、服を着ているだけのコスプレではなく馴染んでいるからますます奇妙な感じがする。
「海賊どもは全員掃討した。それから荷にはデナドーラが混じっていた。この通り」
「……こりゃまた悪い奴らだねー。船長くらい生かしておいてくれたら、こっちで絞首刑にしといたのに」
「先に言われていればそうした」
うわあ。修太は顔を引きつらせる。二人は軽い遣り取りをしているが、中身はかなり物騒だ。
修太はグレイと赤い髪の青年とをちらちらと見比べる。
「で、旦那。そこのモンスターを抱えた子どもはなんなんだい」
「海賊どもがさらってきたらしい〈黒〉だ。檻に入れられていたから助けた。モンスターは殺すなと子どもが言うから放置している。面倒をみられるのだろう」
「ふーん、そりゃまた可哀想に。君、もう大丈夫だよ。僕はレステファルテの兵士だから。官船も来てるから、保護してあげよう」
「かんせん……」
「国の軍の船だよ。この海賊船の船長以下は手配書が出ていてね、商船のフリして寄港してたんで、港を出たら叩くつもりで張ってたんだ。それで僕らがいるってわけ。あー、子どもにはちょっと難しいかな?」
にこりと人の良い笑みを浮かべる赤い髪の青年。
「だいたい分かった。俺は、つい少し前にここに連れてこられて、事情がよく分かってなかったから助かった」
「じゃあグインジエに送り届ければいいかな?」
「そうして貰えると助かる。友人と落ち合うつもりでいたから、戻らないとまずい。でも、このままここの奴らに連れてかれてたら戻れなかったと思う。ありがとうございました」
修太は神妙に頭を下げる。ここにきてようやく、事の重大さがじわじわと飲み込めてきた。
赤い髪の青年は肩をすくめ、修太を見て、へらりと笑う。
「しっかりしてる子どもだねえ。まあ楽でいいや。ついておいで。ああ、そのモンスターを取り上げたりはしないから、安心していいよ」
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