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01 これは死体?
しおりを挟むわたくしはぼんやりとそこに佇んでいた。
ここはどこだろう。部屋の中にいるようだ。ゆっくりと視線を巡らせてカーテン、ベッドやクローゼットや机を見回し、その目が床に倒れている人間を見つける。
濃い赤の絨毯の上に、プラチナブロンドの長い髪が緩く波打ちながら広がっている。人だ。まだ若い女性。その開かれた瞳は青く、何も映していない。苦し気に顰めた眉。少し開いた唇から飲み込んだ液体の残滓が零れている。女性の手元に濃い色の小瓶が転がっている。「毒……?」を飲んだのだろうか。
もう一度足元の女性を見る。ピクリとも動かない。
これは死体?
急に恐ろしさが込み上げてきて、わたくしは悲鳴を上げてドアから出ようとした。
しかし、わたくしの手はドアノブを掴むことが出来ず、勢いのままドアをすり抜けて部屋の外に転び出た。
廊下には学院の生徒がいたけれど、わたくしに気付くことも無く、すり抜けて行ってしまう。
わたくしは自分の身体を見て悲鳴を上げた。身体が透き通って、手も透き通って、悲鳴を上げても、誰もわたくしを振り返りもしないのだ。
しばらくその場に佇んだが誰もわたくしに気付かない。
わたくしはドアをすり抜けて部屋に戻った。女が横たわっている。女の顔を恐る恐るもう一度見る。
長いプラチナブロンドの髪、青い瞳。これはわたくしだ。
わたくしはロクスバラ公爵令嬢オリビア。
わたくしは死んだのかしら。
何があったのか思い出せない。じっと死体を見ているのも気味が悪くて、わたくしは部屋から出た。
わたくしはオールバンズ王立貴族学院に学んでいる。学院生は殆どが貴族の子弟だが、お金持ちや優秀な平民も少しばかりいる。学院は全寮制であと半年で卒業だった。
卒業したら、このオールバンズ王国の王太子で婚約者のアレックス殿下と結婚することになっていた。
廊下を進んで階段を降りると、一階の談話室に着く。誰かが談笑しているようだ。誰にも見えないと分かっていても、ドアからそっと入る。ドアは開かなくて、わたくしはすり抜けるのだけれど。
部屋には三人の貴族令嬢がいて噂話に興じていた。
「オリビア様はね」
おや、わたくしの話のようだ。
「そう、何も感情が感じられなくて冷たい感じ」
「氷の公爵令嬢ですものね」
「おお、冷たくて触れもしない」
「だから殿下はあちらこちらでつまみ食いをなさるのね」
「まあ、不敬よ。でもわたくしも摘まれてみたい」
ご令嬢方がキャラキャラと笑っている。わたくしはそんな風に思われていたのかしら。窓ガラスに映るわたくしの姿を見る。髪の色が薄くて冷たく見えるのかしら、瞳の色が冷たいのかしら。
令嬢の一人が何気なく窓ガラスを見て、わたくしと目が合った。
「ひいっ」と声を上げて立ち上がる。椅子が倒れてガタンと大きな音がした。
「どうなさったの?」
「そこに誰か」
窓ガラスに映るわたくしの姿は見えるのかしら。わたくしは窓ガラスに映らない壁際に移動した。
「え、誰もいないけれど」
「ああ、気のせいかしら……」
令嬢は腕をさすって身体を震わせた。
「わたくしもう部屋に帰りますわ」
「そうですわね」
令嬢方は自室に戻る事にして、そこは解散となった。
誰もいなくなったわ。何処に行こうかしら。何をしようかしら。まるで夢の中にいるように心も身体も曖昧で頼りない。
わたくしはふわふわと窓際の壁の方に行ったけれど、突き抜けて外に出てしまった。壁を見て自分の半分透明の身体を見る。おかしくて笑ってしまいそう。すっかり笑うことを忘れていたわ。
わたくしは八歳から王太子殿下の婚約者として王宮で厳しく王妃教育を受けた。その頃は、何をするのも制限されて窮屈で、どこにも行くことができなくて、よくこんな風に壁をすり抜けて自由に外に出られたらいいなと思っていた。
高い木の枝で小鳥が囀っている。あそこまで行けるかしら。地面を蹴るようにしてぴょんと飛んだら小鳥より高く飛び上がった。
「チチチチチ…………」
小鳥が驚いて逃げてゆく。小鳥には見えるのかしら、分かるのかしら。午後の日差しを受けてどこまでも空へ、高く高く────。
死んだらこんなに自由になるのね。何で早く死ななかったのかしら。あの山の向こうまで飛ぶわ────。
だが、わたくしの身体は途中まで行くと、それ以上行けなくなって引っ張られるように貴族学院に戻ってしまった。
先程の小鳥を見つけた場所に降り立つ。もう小鳥はいない。驚いてどこかに飛んで行ったのだろう。
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