わたくしは死んだのかしら

拓海のり

文字の大きさ
1 / 5

01 これは死体?

しおりを挟む

 わたくしはぼんやりとそこに佇んでいた。
 ここはどこだろう。部屋の中にいるようだ。ゆっくりと視線を巡らせてカーテン、ベッドやクローゼットや机を見回し、その目が床に倒れている人間を見つける。

 濃い赤の絨毯の上に、プラチナブロンドの長い髪が緩く波打ちながら広がっている。人だ。まだ若い女性。その開かれた瞳は青く、何も映していない。苦し気に顰めた眉。少し開いた唇から飲み込んだ液体の残滓が零れている。女性の手元に濃い色の小瓶が転がっている。「毒……?」を飲んだのだろうか。

 もう一度足元の女性を見る。ピクリとも動かない。

 これは死体?

 急に恐ろしさが込み上げてきて、わたくしは悲鳴を上げてドアから出ようとした。
 しかし、わたくしの手はドアノブを掴むことが出来ず、勢いのままドアをすり抜けて部屋の外に転び出た。
 廊下には学院の生徒がいたけれど、わたくしに気付くことも無く、すり抜けて行ってしまう。
 わたくしは自分の身体を見て悲鳴を上げた。身体が透き通って、手も透き通って、悲鳴を上げても、誰もわたくしを振り返りもしないのだ。

 しばらくその場に佇んだが誰もわたくしに気付かない。
 わたくしはドアをすり抜けて部屋に戻った。女が横たわっている。女の顔を恐る恐るもう一度見る。
 長いプラチナブロンドの髪、青い瞳。これはわたくしだ。
 わたくしはロクスバラ公爵令嬢オリビア。

 わたくしは死んだのかしら。

 何があったのか思い出せない。じっと死体を見ているのも気味が悪くて、わたくしは部屋から出た。

 わたくしはオールバンズ王立貴族学院に学んでいる。学院生は殆どが貴族の子弟だが、お金持ちや優秀な平民も少しばかりいる。学院は全寮制であと半年で卒業だった。
 卒業したら、このオールバンズ王国の王太子で婚約者のアレックス殿下と結婚することになっていた。

 廊下を進んで階段を降りると、一階の談話室に着く。誰かが談笑しているようだ。誰にも見えないと分かっていても、ドアからそっと入る。ドアは開かなくて、わたくしはすり抜けるのだけれど。

 部屋には三人の貴族令嬢がいて噂話に興じていた。
「オリビア様はね」
 おや、わたくしの話のようだ。
「そう、何も感情が感じられなくて冷たい感じ」
「氷の公爵令嬢ですものね」
「おお、冷たくて触れもしない」
「だから殿下はあちらこちらでつまみ食いをなさるのね」
「まあ、不敬よ。でもわたくしも摘まれてみたい」
 ご令嬢方がキャラキャラと笑っている。わたくしはそんな風に思われていたのかしら。窓ガラスに映るわたくしの姿を見る。髪の色が薄くて冷たく見えるのかしら、瞳の色が冷たいのかしら。

 令嬢の一人が何気なく窓ガラスを見て、わたくしと目が合った。
「ひいっ」と声を上げて立ち上がる。椅子が倒れてガタンと大きな音がした。
「どうなさったの?」
「そこに誰か」
 窓ガラスに映るわたくしの姿は見えるのかしら。わたくしは窓ガラスに映らない壁際に移動した。
「え、誰もいないけれど」
「ああ、気のせいかしら……」
 令嬢は腕をさすって身体を震わせた。
「わたくしもう部屋に帰りますわ」
「そうですわね」
 令嬢方は自室に戻る事にして、そこは解散となった。


 誰もいなくなったわ。何処に行こうかしら。何をしようかしら。まるで夢の中にいるように心も身体も曖昧で頼りない。
 わたくしはふわふわと窓際の壁の方に行ったけれど、突き抜けて外に出てしまった。壁を見て自分の半分透明の身体を見る。おかしくて笑ってしまいそう。すっかり笑うことを忘れていたわ。


 わたくしは八歳から王太子殿下の婚約者として王宮で厳しく王妃教育を受けた。その頃は、何をするのも制限されて窮屈で、どこにも行くことができなくて、よくこんな風に壁をすり抜けて自由に外に出られたらいいなと思っていた。

 高い木の枝で小鳥が囀っている。あそこまで行けるかしら。地面を蹴るようにしてぴょんと飛んだら小鳥より高く飛び上がった。
「チチチチチ…………」
 小鳥が驚いて逃げてゆく。小鳥には見えるのかしら、分かるのかしら。午後の日差しを受けてどこまでも空へ、高く高く────。

 死んだらこんなに自由になるのね。何で早く死ななかったのかしら。あの山の向こうまで飛ぶわ────。
 だが、わたくしの身体は途中まで行くと、それ以上行けなくなって引っ張られるように貴族学院に戻ってしまった。

 先程の小鳥を見つけた場所に降り立つ。もう小鳥はいない。驚いてどこかに飛んで行ったのだろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

王子と令嬢の別れ話

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
「婚約破棄しようと思うのです」 そんなありきたりなテンプレ台詞から、王子と令嬢の会話は始まった。 なろう版:https://ncode.syosetu.com/n8666iz/

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

処理中です...