わたくしは死んだのかしら

拓海のり

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02 冷たい氷姫

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 仕方がないので中庭を抜けてフワフワと歩いていると、見知った顔がいる。この方は誰だったかしら。金髪に茶色の瞳の可愛い女性。ああ、レクシーという伯爵令嬢だったわ。

「そうそう、あの方冷たいのよね。あの冷たい瞳でじっと見つめられたら、怖くなってしまうの。何を考えているのか」
 少し涙ぐんで、先程の令嬢みたいに震えているわ。
「あんな冷たくて何を考えているのか分からないような方が、殿下の婚約者だなんて、アレックス殿下がお可哀想ですわ」
 一方的に話している、お相手の男性は真剣に頷いているわ。
「殿下ももう限界の様ですわ。そう仰っていたのですって」
 ああ、胸がつきんと痛むわ。
 殿下はこの学院には、今一人しかいらっしゃらない。この国の王太子アレックス殿下。わたくしの婚約者だわ。


 アレックス殿下と初めてお会いしたのは十年前わたくしが八歳の時、王宮で開かれたお茶会の席だった。同い年の殿下は金髪碧眼のとてもお綺麗な方で、同じく招待された令嬢方の間をゆっくりと回っていらっしゃるのをぼんやりと見ていた。
 一緒に行った弟は別の場所にいて、わたくしはあがってしまってあの時何を話したのか全然覚えていない。

 それからしばらくして、わたくしが婚約者に選ばれた。
 そのことに驚いたけれど、それ以上に恐ろしかった。わたくしはあまり賢くもなく、気の利いたことを言える訳でもなく、ごく普通の女だった。

 王宮での王妃教育が始まったけれど、わたくしは何度も舌打ちされたり、嫌味を言われたりした。
『どうしてお出来にならないのですか』
『こんなこともお出来にならないようでは』
 わたくしは家に帰って弟のユージーンに泣きじゃくって、王妃になりたくないと駄々をこねた。
『アレは王宮でお前が我が儘を言って、無理やり王太子の婚約者の座に納まったと誰かが噂を広めているからだ』
『そんな……』

 アレックス殿下もそんなことを仰った。初めからわたくしたちは歩み寄る気持ちが薄かったように思う。

『君のような我が儘な人とは、とても上手くいくとは思えない』

 何度目かのお茶会の席で殿下はそう宣言して、退屈そうにお茶を飲んで時間が来る前に退席された。それ以来、殿下との交流はほとんどない。

 王立学院の三年になって、何故か生徒会の役員を押し付けられた。殿下と二人の女性との仲の良い所を生徒会室で見せつけられる。殿下がわたくしに生徒会の仕事を押し付けて、カレンあるいはレクシー、他の女性と出てゆくのを見送る。そんな毎日だった。
 その頃からわたくしの表情は抜け落ち、笑うことも忘れた。


 ああ、そうだわ、レクシーと話しているのは、わたくしの弟ユージーンだわ。銀髪にブルーグレーの瞳がわたくしより無機質な感じ。

 小さな頃から我が儘を言ってあちこち連れ回して、とても迷惑をかけたから、彼はわたくしの事が嫌いなのだ。この頃では冷たく取り澄ました顔をして近付きもしない。
 ロクスバラ家の子供はわたくしだけで、彼は遠縁の子で本当の弟じゃないから冷たくなったのかしら。わたくしが王太子妃に相応しくなくて不甲斐ないから無視するのかしら。


 そこに赤毛の立派な体躯の男が来た。レクシーは、今度はその男性にぶら下がった。
「俺はウィリアムを探してから行きますから」
 わたくしの弟は二人と別れて、どこかへ行った。

 赤毛の男は騎士団団長の息子のジャッドだわ。彼はわたくしの事が嫌い。わたくしの事をいつも睨みつける。
『あれは馬鹿な女だ』と嗤う。
 わたくしは賢くはないけれど、成績は悪くないのだ。この方に言われたくはないのだけれど。魔法の実技も上手くはないけれど、魔力でカバーできるし。
 まあ、賢い立ち回りは出来ないし、上手く話せもしない。こんなわたくしが何故王太子の婚約者になったのかしら。

 ジャッドもレクシーも見ていたくなくて、わたくしは弟のユージーンをフワフワと追いかける。
 わたくし、王立貴族学院の寮の自分の部屋で死んだのね。何で死んだのかしら。本体じゃないからか、あまり考えられないわ。

 ユージーンの足は速くて、余計なことを考えていたわたくしはあっという間に遅れてしまった。こういう所も夢によく似ているわ。追いかけても追いかけても捉えられない。
 公園に行っても、街に行っても、どこに行っても、最初はわたくしが引っ張っていたのに、いつも取り残されてひとりぽっちになって泣いている。

 ううん。泣いているのはユージーン。まだ小さいのに親の庇護を失って。だから手を差し出したけれど、彼はわたくしを睨んで走って逃げた。でもまだわたくしの方が身体が大きくて追いついたわ。

『ひとりで泣いちゃだめよ』
『泣いてない』
『これはね、わたくしが初めて刺繍したハンカチなの、あげる』
 わたくしはお気に入りの刺繍をしたハンカチを差し出した。
『何だよ、これ』
『何に見える?』
『触手の生えた魔獣』
『失礼ね、それはつるバラよ。あんたにあげるわ』
『あんたじゃない、ユージーンだ』
『ユージーン、わたくしはオリビアよ』
 それからあっという間にユージーンは、ハンカチの要らない元気で生意気な男の子になった。


 ユージーンを追いかけていたら、いつの間にか校舎まで来ていた。まだ明るいから皆、学園にいるのだろうか。そこの階段を上がれば生徒会室だわ。
 そう言えばわたくし、生徒会室に行ったようだわ。生徒会室で何があったのかしら。
 わたくしはユージーンを追いかけるのを諦めて生徒会室に向かう。こういう所も夢のようにフワフワして頼りない。
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