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2 鏡の中に誰か居る
しおりを挟むわたくしは校舎を二階に上がって、そっとドアから生徒会室の中に入る。
あら、王太子殿下がいらっしゃる。それに恋人のカレンだわ。キスしてる。べったりと身体を寄せ合って。
カレンは男爵令嬢、赤毛に緑の瞳の女性らしい身体の美人だわ。殿下の妾候補だと誰かが言っていた。そしてレクシーが側妃候補らしいけど、わたくしが死んだからどうなるのだろう。
わたくし二人がキスしているのを見て死んだのかしら。部屋に帰って泣いたような気がするけれど。
あら、誰か来た。二人が離れたわ。殿下が口紅を拭っている。
生徒会役員の宰相の息子ウィリアムと騎士団長の息子ジャッド、それにわたくしの弟ユージーンとレクシーだわ。
レクシーが生徒会室に入って来る時、カレンを睨みつけていたわ。カレンはにんまりと笑っていたけど。少し上から見ているので表情がよく分かるわ。
殿下が咳払いをして仕事を始める。
隣の小部屋を覗くと、カレンがお茶の用意をしていた。
給湯室には鏡があるのね。鏡を見て化粧を直しているわ。その様子をぼんやりと見ていたらカレンと目が合ってしまった。
「きゃあああーーー!」
思いっきり叫ばれてしまった。わたくしは耳を押さえて給湯室を出た。
窓ガラスに映っても見えるから、鏡に映っても見えるのね。
「どうした、カレン」
殿下が給湯室に来た。他の生徒会の者も駆け付ける。
「ゆ、幽霊が、オリビア様の幽霊が」
「何を言っているんだい。カレン」
「姉様がどうかしたって?」
ユージーンが不審そうに聞く。
「そ、そこにオリビア様が……」
カレンは震える指で鏡を指さす。しかし、鏡には何も映っていない。
「僕は心配だ。ちょっと姉様の部屋に行ってくる」
ユージーンが身を翻して生徒会室を出て行く。
「まあ、ユージーン様がいらっしゃることはないです。わたくしが行きますわ」
レクシーがユージーンの後を追いかける。
「レクシーが行く事は無いよ。俺が行く」
ジャッドが追いかける。
「みんなで行こう。その方がいい」
ウィリアムが言って、皆がわたくしの部屋に走った。
わたくしの死体を見て殿下は……、ううん、ユージーンはどう思うかしら。
いえ、ユージーンはもう知っているわね。
「耐えられなかったらコレを呑めばいい。死ねるよ」
そう言って毒をくれたのは、ユージーンだった。王宮に行ったらいつも泣いて帰るから、ぐずぐずと嫌がるから、溜め息ばかり吐いているから。
わたくしはユージーンのくれた毒薬を、ほかの毒にもなる薬の瓶に空けて、もらった瓶は壊して捨てた。わたくしが死ぬことで誰にも迷惑をかけたくない。父にも母にも公爵家にもユージーンにも。
あまり卒業式近くだと結婚を嫌がったと思われるかもしれない。それは公爵家にもよくないだろう。
わたくしは慎重に時期を見極めた。
カレンとレクシーがエヴァレット殿下を取り合って生徒会室で争っていた時、わたくしは丁度行き合わせた。わたくしはすぐに生徒会室を出たけれど、これはチャンスじゃないかと思った。これは突発的な出来事で、わたくしは三人の諍いを見て発作的に毒を飲んだのだ。そう思ってくれればいい──。
もう覚悟は出来ていた。
わたくしは賢くないもの。
賢い生き方は出来ないもの。
毒を煽って床に倒れた。
***
「バカだね。姉様」
気が付くと馬車に揺られていた。
シーツにくるまれてユージーンに抱かれている。
「わたくし、生きているの?」
「いいや、死ぬんだよ」
ああ、わたくしは彼に嫌われているもの。
馬車は見知らぬこじんまりした屋敷に入って行った。ユージーンはわたくしを抱いて屋敷の奥に入って行く。綺麗にしてあるようだけれど人気がない。
二階広い部屋のベッドに寝かされた。
「ふふ」
弟は嬉しそうに笑っている。
「しばらくここで養生して、誰からも忘れ去られて」
どうして弟は嬉しそうにしているのかしら。弟のブルーグレーの瞳に映るわたくしは、どんな顔をしているかしら。
多分とても嬉しそうにしている筈だわ。
***
カチャンと金属製の音がして、見るとユージーンがわたくしの手首に手錠を嵌めた所だった。少し長い鎖が付いていて、もう片方の輪っかをベッドに付いた金具に止めた。
「何をしているの、ユージーン」
「姉様がどこにも行かないように。さあ、そっちの手には腕輪をしてあげよう」
ユージーンは手錠の無い方の手に腕輪を嵌めて、呪文を唱えた。腕輪が輝いて光が体の中に入った。
「ユージーン、何をしているの?」
「姉様が何処にも行かないように。何処に行っても分かるように」
弟が分からない。
「もっと色々したいけれど、もう僕は待ちきれなくて」
ユージーンはベッドに乗りあがって来て、わたくしの顔に両手を添えた。
「ふふ」
唇にキスをされる。啄ばむように軽いキス。
一度キスした後、わたくしの顔を覗き込むようにして、またキス。何度も。
「ユージーン……」
「ふふ」
抱きしめてキスが深くなる。やがて口の中に舌が入って来て口腔を蹂躙する。
「ん……んんっ……」
ユージーンの手がわたくしの胸を弄る。
「な……、やぁ……」
服の上から手が何度も身体中を往復する。
やがて、もどかしいとばかりにナイフを取り出して、着ていたデイドレスをずたずたに引き裂いた。
ああ、このドレスのようにわたくしもユージーンに切り裂かれるのかしら。
「暴れたら危ないよ」
下着も何もかも引き裂かれて、私の身体を彩る切れ端になった。
「ふふ、綺麗だよ。姉様」
ベッドに膝をついたままわたくしを見下ろして笑う。ナイフをポンとベッドの下に投げた。
「ああ、ユージーン。わたくしだってあなたが好きなのに、こんな鎖なんかいらないわ、外して。そして、わたくしも貴方を抱きしめたい」
「ダメだ。姉様は僕のものだ。誰にももう渡さない。閉じ込めてどこにも行かせない。あんな奴には渡さない」
少し目を細めてじっとわたくしを見る。
「姉様が薬を飲まなかったらどうしようとそればかり、祈るような毎日だった。
僕の腕の中にいるのがまだ信じられない」
ユージーンは手早く服を脱いで私の上に乗り上がった。
胸を揉みしだかれ、乳首を摘まんで、指で捏ね回す。
もう片方は舌で舐られ吸われた。
「ああっん……なにをっ」
「感じている」
笑って、両手で乳房を揉んだ。
「あ、ああっ……」
「綺麗だ姉様。素敵な身体だ。胸も丁度いい大きさだし、触るとすべすべで気持ちがいい」
何だか百戦錬磨の男のような言いようで、気に入らなくて睨みつける。
だがユージーンは嬉しそうに笑うだけだ。
「ふふ、下はどうだろうね。まだ誰にも触らせてない?」
「ユージーン」
「返事は?」
「まだだわ、そんなこと」
聞かれたことに腹が立ってプイと横を向くと、顎を掴まえて自分の方に向ける。
「ダメだよ姉様、こっちを向いて。姉様は今から僕のものになるんだ。もうどこにも嫁けないんだ」
じっとわたくしの顔を見る彼の瞳の奥に少し狂気が過ったような気がした。
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