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03 鏡の中に誰か居る
しおりを挟むわたくしは校舎を二階に上がって、生徒会室に向かった。そっとドアをすり抜けて中に入る。
あら、アレックス殿下がいらっしゃる。それに男爵令嬢のカレンだわ。部屋には二人だけで、カレンは殿下に縋り付いている。
「私は殿下のお側にいられればそれでいいの」
「カレン」
「何も望みません、離さないで」
何も望まないと言いながら、べったりと殿下に身を寄せ、その手を取って自慢の胸に押し当てる。殿下の頬が染まる。カレンの肩を抱き寄せ唇を合わせた。
ああ、噂は本当だったんだわ。
アレックス王太子殿下には恋人がいる。二人が仲良くしていたのを何度か見た。でも、こんなに親密だったなんて。
いつだったか応用魔法の実技授業が終わって、教室に向かっていたら、二人が仲良さそうに肩を並べて歩いていたのだわ。わたくしの少し前を歩いていた女生徒たちがそれを見て口々に騒いだのだ。
『ああ、私も側妃でも妾でもいいから殿下のお目に留まりたい』
『オリビア様って、そこのところ鈍感そう』
『あの方ぼんやりよねえ。頭の中まで凍っているんじゃないの』
『きつい方よりいいじゃないの』
『『『きゃはは……』』』
カレンは男爵令嬢、赤毛に緑の瞳の女性らしい身体の美人だわ。殿下の妾候補だと誰かが言っていた。そしてレクシーが側妃候補らしいけれど、レクシーはわたくしの弟のユージーンとも騎士団長の子息のジャッドとも仲が良い。わたくしが死んだからどうなるのだろう。
わたくし二人がキスしているのを見て死んだのかしら。部屋に帰って泣いたような気がするけれど。
あら、誰か来た。ドアのノックの音に二人が離れたわ。殿下が口紅をハンカチで拭っている。
生徒会役員で宰相の子息のウィリアムと騎士団長の子息のジャッド、それにわたくしの弟ユージーンとレクシーだわ。
レクシーが生徒会室に入って来る時、カレンを睨みつけていた。カレンは殿下の陰でにんまりと笑っていたけれど、少し上から見ているので表情がよく分かる。
「姉上はまだですか?」
「先程来ていたが」
ユージーンの問いに殿下が素っ気なく答える。
「すぐにどこかへ出て行きましたよ」
「我がままで気ままな方だから──」
そう言ってレクシーとカレンはお互いの顔を見るが、その眉が上がり睨み合ってプイッと顔を背ける。アレックス殿下は咳払いをして生徒会の仕事を始めた。
カレンは隣の小部屋に入ってお茶の用意を始めた。
給湯室には鏡があるのね。鏡を見て化粧を直しているわ。アレックス殿下がハンカチで拭っていた赤い色を、唇にべったりと塗っている。べったりと……。
何だか気分が悪くなって、カレンの口紅を持った手を払い除ける仕種をしたら、カレンがよろけて赤い口紅が鏡にべったりと付いてしまった。
カレンはびっくりして手に持った口紅と目の前の鏡を見る。そして、わたくしと目が合った。
「ぎゃああああああーーー!」
思いっきり叫ばれてしまった。窓ガラスに映った時、令嬢たちに見られたから、鏡に映った姿も見えるのね。わたくしはカレンの叫び声に耳を押さえて壁を抜け、給湯室から出た。
「どうした、カレン」
アレックス殿下が給湯室に行く。他の生徒会の者も駆け付ける。
「ゆ、幽霊が、オリビア様の幽霊が」
「何を言っているんだ。カレン」
「姉様がどうかしたって?」
ユージーンが不審そうに聞く。
「そ、そこにオリビア様が……」
カレンは震える手で鏡を指す。しかし、わたくしは給湯室に集まるみんなの後ろに居るので鏡には何も映っていない。
「俺は心配だ。ちょっと部屋に行ってくる」
「まあ、ユージーン様がいらっしゃることはないです。わたくしが行きますわ」
レクシーがユージーンの後を追いかける。
「レクシーが行く事は無いよ。俺が行く」
その後をジャッドが追いかける。
「みんなで行こう。その方がいい」
ウィリアムが言って、皆で行くことになった。
わたくしの死体を見てアレックス殿下は……、ううん、ユージーンはどう思うかしら。
いいえ、ユージーンはもう知っているわね。
『耐えられなかったらコレを呑めばいい。死ねるよ』
そう言って毒をくれたのは、ユージーンだった。王宮に行ったらいつも泣いて帰るから、ぐずぐずと嫌がるから、溜め息ばかり吐いているから。学校での心無い噂と、アレックス殿下の浮気に平気な顔ができるほど強くはなかったから。
わたくしはユージーンのくれた毒薬を、ほかの毒にもなる薬の瓶にあけて、もらった瓶は壊して捨てた。わたくしが死ぬことで誰にも迷惑をかけたくない。父にも母にも公爵家にもユージーンにも。
あまり卒業式近くだと結婚を嫌がったと思われるかもしれない。それは公爵家にもよくないだろう。
わたくしは慎重に時期を見極めた。
カレンとレクシーがアレックス殿下を取り合って生徒会室で争っていた時、わたくしは丁度行き合わせた。わたくしはすぐに生徒会室を出たけれど、これはチャンスじゃないかと思った。これは突発的な出来事で、わたくしは三人の諍いを見て発作的に毒を飲んだのだ。そう思ってくれればいい──。
もう覚悟は出来ていた。
わたくしは賢くないもの。
賢い生き方は出来ないもの。
毒を煽って床に倒れた。
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