悪役令嬢の涙

拓海のり

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婚約者と聖女

「グレイス、俺は貴様との婚約を破棄する」

 貴族学園の卒業生とその父兄が集まる卒業パーティで、リンスター公爵令嬢グレイスは、このアゼルランド王国の王太子エドマンド殿下に婚約破棄を言い渡されてしまった。

「俺はこの聖女メアリ―を我が婚約者とする」
 エドマンド王太子の側にはピンクブロンドの髪に空色の瞳の艶やかな女性メアリ―が侍っている。

 それはまるで流行りの物語のようであった。癒しの魔法を持った少女メアリ―はシーモア子爵家に引き取られ貴族学園に編入した。そして、その天真爛漫で無邪気な人柄に、学園に通う王太子とその側近が夢中になったのだ。

  ◇◇

 エドマンドの婚約者になる前、十三歳の時にグレイスは魔力検査を受けさせられた。王宮に呼ばれ、国王と司教とこの国の貴族重鎮たちが居並ぶ前に、立派な台座の上に鎮座した魔力検査用の水晶玉が聖職者たちにしずしずと運ばれてくる。

「さあ、グレイス嬢。こちらに手をかざしてください」
「はい」

 司教に促されてグレイスは父のリンスター公爵と母親を見る。それからおずおずと水晶玉に手をかざした。それは年代物の王都の大聖堂に伝わる魔力判別の水晶玉だ。この国では出番はあまりなく大聖堂の宝物庫に眠っている。

 皆が見守る中、あっさり水晶は鈍い光を放った。それを見て国王は満足げに頷く。その日から、グレイスはエドマンドの婚約者となった。

 このアゼルランド王国には魔力を持つ者が少ない。それで国は希望する者だけに魔力検査をするようになった。魔力が無いのなら余計な出費のかかる検査を止めてしまえばよいと、そういう国柄である。

 アゼルランド王国の国王には王妃の他に側妃やら妾やらがいるが、王妃との間に出来た男子はエドマンドだけであった。エドマンドには魔力が無い。
 国王には少しの魔力がある。だが子供には殆んど受け継がれず生まれても早くに死んでしまった。

 国王陛下はそのことに危機感を抱いていたが、自身が娶ったのは魔力のない伯爵家の娘であった。若さに任せて金の髪と青い瞳の蠱惑的な肢体の娘にすっかり溺れてしまった結果である。
 それで、魔力のない息子のエドマンドには、魔法立国スレーベン連邦出身の母親を持ち魔力のある公爵家の娘グレイスを宛がった。


 グレイスは真面目な性格で、エドマンドと仲良くしようと努力したが報われることはなかった。王子はグレイスの銀の髪と紫の瞳に惹かれはしたが、それ以上に劣等感を刺激された。
 何処をとっても非の打ちどころのない美しさと、嫋やかで優しく、理知的な瞳で見返されれば自分が恥ずかしくなって、それを否定する為にグレイスの全てを否定した。

「お前の髪は老婆のようだ。紫の瞳など魔族と同じだ。大した知恵もない癖に賢しらに振舞うのは止めろ。お前のような女を娶らなければならない俺の事も考えろ」

 グレイスを否定して、その悲しげな顔を見ると胸がすく思いがする。エドマンドはグレイスと会うたびに否定の言葉を口にした。段々それが自分の本心であるかのように錯覚した。

「お前に魔力があるから、ただそれだけで俺の婚約者になったのだ」
 そう傲慢に言い放てばグレイスの紫の瞳が見開かれて揺れる。涙を堪えるように見えて、エドマンドには溜まらぬ愉悦となった。


 グレイスがエドマンドの婚約者になって五年、傲慢で俺様なエドマンドに必死になって尽くしてきた。「グレイス、やっておけ」の一言で、彼と側近のやらかしを尻拭いし、サボりがちな執務をサポートし「試験の得点が高いのは不正をしているのではないか。少し控えよ」と叱られて試験の回答を控えめにした。

 グレイスにとってエドマンドとの婚約は責務であった。責務を果たす為に分厚い仮面を装備した。

 しかし、エドマンドは父王に輪をかけて奔放で浮気な男であった。

  ◇◇

 アゼルランド王国には太古の樹木が魔素と共に地中に埋もれてできた魔炭の炭鉱があり、燃料は木材や魔炭で賄える。魔炭は燃えて灰になるが魔石は魔力を込めれば何度も使える。しかし、この国には魔力を持つ者が少ないので魔石は一度限りだ。高価な魔石より自国で採れる安価な魔炭を使えばよいとなる。国の上層部がそう考えれば下部も追随する。

 国は魔炭派と魔石派に分かれていた。グレイスの父リンスター公爵は魔法立国スレーベン連邦出身の母親を娶った魔石派であるが、魔炭派のジェンキンソン侯爵の方が最近は国で魔力が衰えたのを良いことに勢力を増している。

 そんな時、貴重な癒しの魔法を使える者が現れた。平民だったメアリーを保護したのはシーモア子爵で彼女を引き取って養女にした。シーモア子爵家はリンスター公爵家とは敵対する魔炭派のジェンキンソン侯爵の一門だ。侯爵はその領地に大きな魔炭の鉱山を抱えている。
 ジェンキンソン侯爵はメアリ―が聖女ではないかと国に報告したのだ。

 魔力と魔法が失われつつあるアゼルランド王国だが、聖女は別格であるとされる。聖女が出現すれば国が安定して戦乱や厄災から国を守るとされるのだ。この大陸の国々の古い言い伝えである。

 聖女は魔力や魔法に関係なく、その存在こそが尊い。それゆえ魔炭派のジェンキンス侯爵はメアリ―を聖女に擁立する。聖女は大抵王家に迎え入れられる。その時に侯爵家が聖女を養女にすれば、王家の外戚となって強大な権力を手に入れられるのだ。

 しばらく聖女は出現していなかったので、喜ぶ者と不審に思う者とがいる。
 教会は様子を見ている。ずっと聖女が現れなくて、魔力を持つ者も現れなくて、水晶の検査では聖女かどうか判別できない。それほどアゼルランド王国では魔法が廃れてしまったのだ。
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