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しおりを挟むゴドルフィン王国はとても豊かな王国だ。国土は広く内政も安定している。現国王は国民の教育に熱心で、王都には各教会で教える平民の読み書き計算の教育の他、高等教育として王立学園と騎士学校それに全寮制の王立魔法学院があり、さらにゴドルフィン王立大学があった。
ラシェルは母親と一緒に王宮に来ていた。十歳前後の上位貴族の子息令嬢が招待されて、宮廷でお茶会が催された。十歳になる王子の為のお茶会で、王子と同じ十歳になるラシェルも参加していた。
大人しいラシェルは母親にくっ付いていたが、やがて母が大人たちと一緒に別の場所に移動すると、そっと会場を抜け出して庭園の中に紛れ込んだ。
ドレスも濃いグリーンのおとなしめを選んだし、髪の色も茶色で身体も細くて目立たない。広い庭園の植え込みの中の綺麗な花々を見て過ごした。
ラシェル・カーマーゼンは侯爵家のひとり娘だ。両親はどちらも人目を惹く容貌をしていたが、ラシェルを見ると大抵の大人たちは戸惑って、どうやって褒めようかと言葉を選ぶ。
母と同じ茶色の髪、父と同じ水色の瞳のラシェルだが、細くて小さくてそばかすだらけで俯き加減に歩く姿は、堂々とした両親とは程遠い。
あからさまに鬼っ子と言う人もいて、小さなラシェルはとても傷付いていた。
最初のテーブルでのご挨拶でチラッと殿下を見ただけで、その日のお茶会は終わった。
ラシェルはひとり娘で婿養子をとって侯爵家を継ぐものと思っているので、王家との婚姻は無いと思っていた。
十三歳になってラシェルはまた王家のお茶会に呼ばれた。
今回は王宮に行っても他の子供は呼ばれておらず、王妃と母親と王太子となったアーネスト王子とラシェルだけだった。
初めて正面から見たアーネスト殿下は、金髪碧眼で絵から抜け出した王子様そのものだった。金の髪がサラサラと光輝いて、青い瞳は澄み切った秋の空の様、きりっとした眉と口元が威厳と聡明さを併せ持つ美しい少年であった。
あまりに美しすぎてラシェルは怖気てしまった。
ラシェルは小さい頃よりは幾分マシになった程度のごく普通の少女だった。取り立てて美しくもなく、賢くもなく、大人しくてまじめなだけが取り柄である。
釣り合わない。この王子の隣に立つのはラシェルでは全然釣り合わない。
その日、何を話したか覚えていない。
屋敷に帰ってから両親に呼ばれて「お前が王太子殿下の婚約者に決まった」と告げられた。
ラシェルはすぐに「婚約したくない」とお願いをした。
「どうしてなの? ラシェル」
「だって、殿下があまりにも美しくて、わたくしでは釣り合いませんわ」
ほとんど泣きそうな声でお願いしたが、両親は首を横に振るだけだった。
それでもしばらく様子を見ようという事になって、王子との婚約は発表されず内定という事にされた。
カーマーゼン侯爵はラシェルがアーネスト王子の婚約者に決まってしばらくすると、養子を迎えた。侯爵の甥っ子で、魔力が多く優秀なヒュー・リチャードという、ラシェルと同い年の少年だった。
彼はカーマーゼン家によくある茶色の髪と蒼い瞳で、ラシェルには馴染みがあったが、取り立てて仲良くするということも無かった。
ヒューもわきまえていて、ラシェルに対して適正な距離で接した。
すぐに王宮でラシェルの妃教育が始まった。そちらの方はラシェルはコツコツと頑張った。
しかし月に一度の王太子とのお茶会は苦痛であった。キラキラ輝く王子様を見るのが目の毒であった。側近くに来られると、人二人分避けた。怖けて顔など合わせられもしない。
「ねえ、ラシェル嬢。私は嫌われているのかな」
たまりかねてアーネスト王子が聞くと、ラシェルは首をふるふると横に振って「申し訳ありません」と、謝るばかりであった。
ある日、アーネスト王子は王妃と話す機会があり、疑問に思っていることを口にした。
「ラシェルは私に心を開いてくれません。まるで懐かないネコの様です」
王妃は笑って答えた。
「あの子はあなたがあまりにキラキラしいから、釣り合わないと思っているのです。カーマーゼン侯爵夫人に聞きました」
「どうしてでしょう、他の子は遠慮しないのに」
婚約者が決まるまでは、お茶会は年に一度は開かれていた。その度にわっと群がる様に押し寄せる令嬢に、アーネスト王子は少し引き気味であった。
なかなか婚約者が決まらなくて王妃に聞かれた。
「どなたか心に残った方はいないの?」
その時、最初に開かれたお茶会で見た美しいご婦人の事を思い出したのだ。
「まあ、あなたは」
それがラシェルの母親だった。その時は王妃に呆れられたのだが。
「今のラシェルは地味ですからね」
王子と同じ金髪碧眼の王妃はあっさりと返した。
「子供の時はバランスが取れなくても、大人になれば美人になる人もいる訳ですしね。あなたのラシェルもきっともっと綺麗になりますよ」
王妃にそう言われてアーネスト王子は頷いた。ラシェルの母親であるカーマーゼン侯爵夫人はとても魅力的なご婦人であった。
王家でそんな会話があった頃、カーマーゼン侯爵家でラシェルは夫人に説教されていた。
「こちらから婚約破棄などできない事は分かっているでしょう。いい加減逃げていないで王太子様とちゃんと向き合うべきです」
「はい、でも殿下の方から破棄したいと仰せられたら」
「そういう事は先回りして考える事ではありません」
「はい……」
そんな二人であったが婚約は継続されて、二人はともに王国魔法学院に進むことになった。
この世界には魔法があって、高位の貴族になるほど魔力が高かった。近隣諸国や、凶悪な魔物から国を守る為、学院では基本の教育の他に魔力の制御、基本の魔法、応用学などを教えていた。
たまに魔力の高い平民が現れることもあって、王国は平民にも学べるように奨学金を出して学院に入ることを奨励していた。学院を卒業すればさらに上の大学で学べたり、公的機関で働けたり、魔術師として活躍することも出来る。
学院には優れた教師陣がおり、他国から学びに来るものもいた。
ラシェルはアーネスト王子に勇気を振り絞ってお願いした。
「わたくし学校では殿下の婚約者として振舞いたくないのでございます。学院ではお互いに自由に振舞ってよいのではないでしょうか。お友達も作りたいと存じます」
ラシェルはまだ社交界にデビューしていない。普通は16歳からであるが、ラシェルは学院を卒業してからと思っている。
キラキラしい王子の隣に自分の様な者がいては、王家の損失ではないかとまで思ってしまう。
アーネスト王子はラシェルの初めてのお願いがそのような事なので、少しがっかりしたが受け入れた。
「君が自由なのは学院に行っている間だけだ」
最後に念を押した。
「はい」
ラシェルはホッとして頷いた。
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