もう一度

拓海のり

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 海に向かって張り出した岩の向こう側に影があるのを見つけて、僕は期待して行った。もしかしたら……。
 そして、そこに期待したものが本当にあると分かって、僕の心は嬉しさに弾んだ。
 岩陰には小さな小さな岩穴があったんだ。

 小腰を屈めて岩に手を付きながら、慎重にその岩穴を潜る。小さな入り江に出た。
 先ほどまでいた明るい砂浜と違って少し暗い。岩ばかりの小さな入り江だった。
 岩の上をスルスルと何かが走っていったような気がして、その方向を目で追うと影だった。上空を緩やかに飛ぶ鳥の影が、まるで岩の上を走って行く小動物のように見える。
 時々岩に押し寄せる波が、ザブーンとまるで映画のワンシーンのように弾けた。
 誰もいない、自分ひとりの空間。小さな秘密を手に入れたみたいで、その事がすごく嬉しかった。
 しかし、その日、そこを見つけたのは、僕が初めてじゃなかったんだ。
 岩の向こうから誰かが現れた。陽を背中に背負い、岩の陰からぬっと現れたその影は、僕よりも何倍も大きく見えて、はじめ僕にはそいつが誰かよく分からなかった。

  ◇◇

 目が覚めると、いつもの自分の六畳一間のアパートのベッドに眠っていた。
 この頃よく見る夢をまた見た。
 小さな頃、みんなで行った海。砂浜があって、小さな岩穴があって、魚を取って、貝を取って、はしゃぎ回ったあの日。
 これは田舎に帰りたいという僕の欲求が、夢という形を取って現れているんだろうか。

 僕は親元を離れ、都会の大学を出て就職したが、その会社は一年で潰れてしまった。再就職先はあまりなかったが、何とか別の会社に潜り込んだ。
 しかしその会社は、役所の下請け業務を一手に引き受けていて、仕事の後の付き合いの多い会社だった。酒も飲めず、口下手な僕にはあまり合っているとは言いがたい。
 しかし、この就職難の折、採用されただけでありがたい。文句は言っていられなかった。

  ◇◇

 僕より先にその岩穴を潜った奴は、小学校低学年の頃転校してきた奴で折田といった。無口な奴であまり話した事はなかった。

「誰かと思った。折田、ここ知ってたのか?」
 僕がそう話しかけると、折田は少し驚いたように僕を見た。
「いや宮原…。俺、何かあるかなって思って……」

 折田はぼそぼそと答えた。日に焼けた顔。半袖のシャツから伸びた細長い手足。返事が返ってくるとは思っていなかったし、その返事が、僕が期待してここに来たことと同じだったので嬉しくなった。

「そうだよな。ここになんかありそうだって僕も思ったんだ」
「へえ」
 折田は鼻の横を掻いてクシャッと笑った。


 僕たちはその日から時々話すようになった。そうすると僕の友達が折田の情報を持ってきた。
「宮原、折田と仲良くしてっけど、あいつ、親が離婚して親父と二人でこっちに帰って来たんだと」

 折田の行き届いていない服やら、ボサボサの頭やらはその所為かと思った。
 でもそのことで折田と話をしなくなるという事は無かったし、逆に仲良くなるという事も無かった。折田は無口で愛想の無い奴だったし、僕もそう喋る方じゃなかったからだ。

 中学生になると折田は背が伸びて、女どもが寄っていくようになった。無口で愛想も無い、ボソボソッと喋るやつなんだが。折田に女が寄っていくのを僕は不思議な気持ちで見た。
 タバコを吸ったり、女と寝たり、そんな事を経験して折田は僕より一足先に大人になった。

 僕たちは話をすることも無くなった。時折、学校で見る折田は大人びて見えた。もうあの岩場で一緒に秘密を共有した子供はどこにもいない。

  ◇◇

 再就職先の仕事には慣れたけれど、仕事の後の付き合いは辛かった。僕は酒があまり飲めなかった。それでも上手く付き合えばいいのだが、口が立つほうじゃないし適当なことも言えなかった。
 誘われたら行かなくてはならない。それが仕事なのだから。夜遅くまで付き合い、飲めない酒を飲んで、ワイワイと盛り上げなくてはならない。僕がいる事で不興を買ってはならないからだ。

 不規則な生活の中で、何より自分がそれを鬱々としてこなしている事で、僕は次第に身体を壊していった。
 その日、朝から体調がおかしかった僕は、仕事中にめまいを起こして倒れた。病院に運ばれて強度の貧血という事で検査をした。十二指腸潰瘍だった。
 驚いて田舎から出て来た母親に強く勧められ、静養のために帰郷した。せっかく就職した会社を辞めたくは無いけれど留まる事は無理だろう。また職を失う事に不安も焦りもあったけれど、何より体がいうことを聞かない。どうしようもなかった。

 荷物を整理して田舎に戻り、しばらくは病院通いが続いた。
 流石に毎日家でゴロゴロしているのにも飽きて街に出かける。街は昔と変わらない。都会程ではないがそれなりに賑わっていた。見知らぬ人たちの中を、流れに乗れなくて漂っているのが今の自分だろうか。自分が一人だと、孤独だと感じた。

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