7 / 7
4-2
しおりを挟む
でも、その前にやることがある。
僕は二人姉弟だ。姉は大学を出ると、この街に帰ってきて市役所に就職し結婚した。
結婚相手は同じ市役所の職員で、まだ子供は生まれていなくて、姉はそのまま勤めている。
久しぶりに姉に電話をして、街の喫茶店で待ち合わせをした。
「聞いたわよ、お母さんに。本当なの?」
僕の顔を見ると、姉はすでに母から事情を聞いていたらしく、興味津々というよりは呆れ気味に聞いてきた。
「別に……、それより聞きたいこと、あるんだけど」
姉は盛大にため息を吐いて「何?」と聞いた。
「料理、教えて欲しいんだ」
姉だとて、結婚する前はからっきし母親の手伝いをしていなかった。
それでもこうして結婚しているからには、何か作れるんだろう。その料理を聞きたかった。
いや、本当は母に聞きたかったけれど、とても今は会えない。
料理をしていれば、その内、少しは作れるようになるかもしれない。でも、折田が忙しいのは今なんだ。何か初心者でも出来る美味いものはないかと思って。
「簡単なのを教えてよ」
姉は呆れたように僕の顔を見る。それから教えてくれた。
「鍋物とかだったら簡単でいいわよ。それからカレーとか――」
教えてくれたけれど、姉は途中でふと横を向いて言い出した。
「余計なことを言わないでね」
「何が?」
「もし、うちの人に会っても」
意味が分からなくて、というより、分かりたくなくて、姉の顔をぼんやりと見る。
「私たちが勤めているのはお堅い役場だから、余計なことが漏れたら困るのよ」
頬がカッと染まった。
「分かった。ありがと」
姉に礼を言って、逃げるようにその店から出た。
僕と折田は何も悪いことをしているわけじゃない。
でも、世間から見れば後ろ指を指されるようなことなんだ。
分かっている。
分かっているけど、肉親に突きつけられると辛い。
とぼとぼと落ち葉を踏みしめて折田と僕が住む家に帰る。寒くて、体の中まで寒くて、心が凍えそうだった。
家に帰ると白いワゴンがあった。玄関を開けるとふわっといい匂いが僕を包んだ。
「おかえり」
相変わらずのボソッとした声が出迎えてくれる。涙が落ちそうになって広い胸に顔を埋める。
折田は何も言わずしばらく僕の背中をなだめていたが、おなかがぐうっと鳴った。
「ごめん。今日、何?」
泣き笑いの表情で見上げると「鍋」とぼそりと返事が返ってきた。
姉の教えてくれた簡単料理の一つだった。
二人で鍋を囲んで焼酎のお湯割で一杯やる。体も心も、ほかほかと温まってきた。
「鍋っていいな、温かくって」
「もっと、温かくしてやろうか」
食事が終わると、そのままベッドになだれ込んだ。
気持ちが高ぶっていたのか、お酒の所為か簡単に身体に火がつく。
「ああ……、折田……」
「すげえ、あんた。どこもかしこも全部ピンクに染まって色っぽい」
ベッドの上で揉みくちゃにされた。
僕の母が訪ねて来たのは翌日だった。
ちょうど、台所でハンバーグを作ろうと奮戦していたところで、べとべとにした手を拭いながら出ると、母は目を丸くして、それから溜息を吐いた。
「寒くなるから、服とか持って来たのよ」
僕は前日、姉に釘を刺されていたので用心したんだが、母はかまわずに作りかけのハンバーグを手伝ってくれた。
「ほんとにもう、そんな傷だらけの指をして……」
僕の指にごてごてと巻かれた絆創膏をチラリと見て言う。
「だいぶ慣れた。ほとんど折田が作ってくれるし。でも、僕だって作ってやりたいから――」
「そう……」
言い合いになるかと思ったけれど、母はため息を吐いただけだった。
そうこうしているうちに折田が帰ってくる。
出迎えた僕たちを見て、言葉もなく立ちすくむ折田に、母は言った。
「別々に住んでいるように見せた方がいいわ。隣にお前の表札を出して」
そんな小細工をと思ったが、母は続けて言う。
「いつも堂々としているのよ」
そうだ。悪いことをしている訳じゃない。嗜好が普通の人とちょっとばかし違う人間は、世の中に沢山居る。
おおっぴらにすることはないけれど、卑屈になることもない。
僕は世間に対して、あまりにも疎い人間のような気がする。帰ってゆく母を送って、複雑な気分になった。
「いいお母さんだな」
と折田が羨ましそうな顔をする。
「もう、お前の母親でもあるんじゃないのか」
男同士だけれど、折田と僕とは殆ど結婚したようなものだ。
すぐそばに居る男の顔を見上げてそう言うと、笑ったのか泣いたのか、顔をくしゃくしゃにして背けた。
終
僕は二人姉弟だ。姉は大学を出ると、この街に帰ってきて市役所に就職し結婚した。
結婚相手は同じ市役所の職員で、まだ子供は生まれていなくて、姉はそのまま勤めている。
久しぶりに姉に電話をして、街の喫茶店で待ち合わせをした。
「聞いたわよ、お母さんに。本当なの?」
僕の顔を見ると、姉はすでに母から事情を聞いていたらしく、興味津々というよりは呆れ気味に聞いてきた。
「別に……、それより聞きたいこと、あるんだけど」
姉は盛大にため息を吐いて「何?」と聞いた。
「料理、教えて欲しいんだ」
姉だとて、結婚する前はからっきし母親の手伝いをしていなかった。
それでもこうして結婚しているからには、何か作れるんだろう。その料理を聞きたかった。
いや、本当は母に聞きたかったけれど、とても今は会えない。
料理をしていれば、その内、少しは作れるようになるかもしれない。でも、折田が忙しいのは今なんだ。何か初心者でも出来る美味いものはないかと思って。
「簡単なのを教えてよ」
姉は呆れたように僕の顔を見る。それから教えてくれた。
「鍋物とかだったら簡単でいいわよ。それからカレーとか――」
教えてくれたけれど、姉は途中でふと横を向いて言い出した。
「余計なことを言わないでね」
「何が?」
「もし、うちの人に会っても」
意味が分からなくて、というより、分かりたくなくて、姉の顔をぼんやりと見る。
「私たちが勤めているのはお堅い役場だから、余計なことが漏れたら困るのよ」
頬がカッと染まった。
「分かった。ありがと」
姉に礼を言って、逃げるようにその店から出た。
僕と折田は何も悪いことをしているわけじゃない。
でも、世間から見れば後ろ指を指されるようなことなんだ。
分かっている。
分かっているけど、肉親に突きつけられると辛い。
とぼとぼと落ち葉を踏みしめて折田と僕が住む家に帰る。寒くて、体の中まで寒くて、心が凍えそうだった。
家に帰ると白いワゴンがあった。玄関を開けるとふわっといい匂いが僕を包んだ。
「おかえり」
相変わらずのボソッとした声が出迎えてくれる。涙が落ちそうになって広い胸に顔を埋める。
折田は何も言わずしばらく僕の背中をなだめていたが、おなかがぐうっと鳴った。
「ごめん。今日、何?」
泣き笑いの表情で見上げると「鍋」とぼそりと返事が返ってきた。
姉の教えてくれた簡単料理の一つだった。
二人で鍋を囲んで焼酎のお湯割で一杯やる。体も心も、ほかほかと温まってきた。
「鍋っていいな、温かくって」
「もっと、温かくしてやろうか」
食事が終わると、そのままベッドになだれ込んだ。
気持ちが高ぶっていたのか、お酒の所為か簡単に身体に火がつく。
「ああ……、折田……」
「すげえ、あんた。どこもかしこも全部ピンクに染まって色っぽい」
ベッドの上で揉みくちゃにされた。
僕の母が訪ねて来たのは翌日だった。
ちょうど、台所でハンバーグを作ろうと奮戦していたところで、べとべとにした手を拭いながら出ると、母は目を丸くして、それから溜息を吐いた。
「寒くなるから、服とか持って来たのよ」
僕は前日、姉に釘を刺されていたので用心したんだが、母はかまわずに作りかけのハンバーグを手伝ってくれた。
「ほんとにもう、そんな傷だらけの指をして……」
僕の指にごてごてと巻かれた絆創膏をチラリと見て言う。
「だいぶ慣れた。ほとんど折田が作ってくれるし。でも、僕だって作ってやりたいから――」
「そう……」
言い合いになるかと思ったけれど、母はため息を吐いただけだった。
そうこうしているうちに折田が帰ってくる。
出迎えた僕たちを見て、言葉もなく立ちすくむ折田に、母は言った。
「別々に住んでいるように見せた方がいいわ。隣にお前の表札を出して」
そんな小細工をと思ったが、母は続けて言う。
「いつも堂々としているのよ」
そうだ。悪いことをしている訳じゃない。嗜好が普通の人とちょっとばかし違う人間は、世の中に沢山居る。
おおっぴらにすることはないけれど、卑屈になることもない。
僕は世間に対して、あまりにも疎い人間のような気がする。帰ってゆく母を送って、複雑な気分になった。
「いいお母さんだな」
と折田が羨ましそうな顔をする。
「もう、お前の母親でもあるんじゃないのか」
男同士だけれど、折田と僕とは殆ど結婚したようなものだ。
すぐそばに居る男の顔を見上げてそう言うと、笑ったのか泣いたのか、顔をくしゃくしゃにして背けた。
終
10
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
BL団地妻on vacation
夕凪
BL
BL団地妻第二弾。
団地妻の芦屋夫夫が団地を飛び出し、南の島でチョメチョメしてるお話です。
頭を空っぽにして薄目で読むぐらいがちょうどいいお話だと思います。
なんでも許せる人向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる