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しおりを挟むカサコソと音を立てて、足元の落ち葉が風に舞った。
見上げると空が高い。透き通ってどこまでも続いてゆく。街路樹の葉っぱは、緑から急速に黄や赤に染められようとしていた。
折田の借りた家は、街の中心部から山側に少し入った所にあった。
電車の駅を降りて、しばらくは商店街と新興住宅街が続き、賑やかである。その新興住宅街の外れにぽつんと建った農家を安く買ったそうで、建物は古い。二階建ての母屋に納屋のような倉庫が付いていて、折田はそれを事務所のようにして使っている。
折田の仕事は昼も夜もなくて、忙しければ土曜日だろうが日曜日だろうが夜遅くまで仕事に出ている。
その日も納屋に白いワゴンは出払っていて、僕は少しため息を吐いた。
一緒に生活を始めてみると分かることは結構多い。それは折田の事ではなく、自分自身のことだったりもする。
僕は家庭的な事がからっきし出来なかった。
折田と一緒に暮らして「あんたこんな事も出来ないの?」と、何度呆れたように言われたか。
でも、僕は料理が出来ないし、掃除もいい加減だった。
一人で暮らしていたアパートは狭くて、片付けは簡単に済んだ。自炊の道具を持って行ったけれど、ほとんど外食か弁当で済ませていた。こちらに帰ってからは、もちろん母親がすべてをやっていたのだ。
しかし、折田は父親が小学校低学年の頃に離婚して、小さな頃から母親というものは居なかった。折田は祖父母の家に食事をしに行っていたと聞いた。
一緒に暮らしはじめた初日の朝、
「りんごを剥いて」と言われて、おっかなびっくり包丁を持った僕は、指を怪我してしまった。折田は驚いて、それ以来、僕に料理を頼まなくなった。
その日、折田が作ってくれた朝食は、ご飯と味噌汁に魚の干物と佃煮、そして果物という組み合わせだった。味噌汁は煮干で取っただしに豆腐とわかめの具というよくあるものだが結構美味しかった。
「すごい。これみんなお前が作ったのか?」
と聞く僕に、なんでもない事のように折田は答えた。
「ばあちゃんが教えてくれた」
折田の祖母は息子の嫁に対する敵愾心を、自分の孫で晴らしたようだ。
「お前の母親は、こんな事もできなかった」と嘲った。
「お前みたいなかわいい子を、置いて逃げた」と罵った。
「お前も悪い女に引っかかって、一人になって苦労したらいかんから」とせっせと家事を手伝わせた。
どんな女と付き合っても折田は信じられなかったと言う。
だけど男の僕だって、折田を置いて都会に逃げ出したんだ。折田はその時、どんな気持ちだったんだろう。
自己嫌悪に陥りそうで、首を横に振る。
いや、それよりも僕にとって大事なのは、目の前の晩ご飯だ。折田は僕が料理をするのを諦めて、ほとんど自分がするか、外食になるかだった。
でも、この時期、折田は仕事で忙しい。僕は何もやった事はないけれど、せめてこういう時は何か作ってやりたい。
だって、あいつは疲れて帰って来るんだから。
商店街にあるスーパーで目に付いたものを買って、ついでに料理の本を買って帰った。
台所で料理の本を広げて、首っ引きで調理を始める。
危なっかしい手つきで野菜の皮を剥くと、包丁はするりと僕の手を滑って、反対側の手に傷をこしらえた。すぐに絆創膏の出番となる。
初日に指を切って以来、折田は僕の包丁を持つ手つきが危ないと言って、あまり料理の手伝いをさせてくれなかったけれど、こんなことなら出来る事からやっておけばよかったと後悔した。
必死になって包丁と格闘して、小芋や人参や牛蒡を切った。蒟蒻と一緒にそれらを鍋に入れてぐつぐつと煮る。適当なところで豚肉を放り込んだ。合間にほうれん草を茹でて水にさらす。さばの切り身をレンジに入れる。
何とか豚汁と、ほうれん草のお浸しに、さばの塩焼きが出来た頃になって、やっと折田が帰って来た。僕の指の絆創膏は、もう三つ四つ増えていたけれど。
折田は目を丸くして、あんたが作ったのかと聞いた。
やれば出来るんだと僕は胸を張った。でも、それはまだ早かったんだ。
豚汁の中の野菜は不揃いで、煮えたものと全然煮えてないものとがごっちゃになっていたし、ほうれん草は茎まで火が通っていなくて硬かったし、さばは生焼けで食べられたものじゃなかった。
でも折田はせっせと口の中に放り込んでいる。
「食べて大丈夫か? お腹を壊すんじゃないか?」
自分が作ったものなのだが、心配して聞く僕を見もせずに、折田はこくこくと頷いた。
「大丈夫だ」
「ごめん」と僕が謝ると、反対に「何で?」と聞く。
「家に帰るとあんたが待っていて、暖かいご飯があって……」
後の言葉は口の中でもごもごと消えた。立ち上がって食器を片付けようとしたので、僕も立ち上がる。
「僕がやる」と言うと「その手じゃ痛い」と追い払われた。
仕方なしに風呂の掃除に取り掛かる。
家を出なければ分からなかった細々とした用事をしながら母親のことを思う。
心配しているだろう。
もう一度、謝りに行こうか。何度でも行こうか、許してくれるまで。
折田と一緒に――。
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