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しおりを挟む「ボートの綱が切れていてね」
「馬の機嫌が悪いんだ」
「流れ矢が飛んで来て怪我をする所だった」
次に私の前に現れた異国の男はそんな事を捲くし立てた。初めて会った時の異国訛りは何処に行ったのだろう。だんだん危ない目に遭っているようだけど、そこまで聞けば心配になってしまう。
私の表情にニヤリと不敵に笑ったけれど。
「大丈夫、ただの嫌がらせだ」
ずいぶん酷い嫌がらせだと思うけど。
狩りの休憩のちょっとした時間にナジュドは私を捕まえて囁いたのだ。
「帰りは俺が送って行く」
馬の機嫌は直ったのかしら。ここまで私は馬車で来たのだけれど。
「流れ矢に当たりたくないわ」そう言うと拗ねた顔をする。
「誰の所為だと?」
「え」
今日は狩りの日だ。
別荘の近くに広い森となだらかな草地が広がっていて絶好の狩場になっているという。男たちは狩りが好き。たくさんの犬を追い立てて馬を駆る。狩りの間、参加しない者はテントに設えた席でお茶会をして談笑する。
「あの方、異国のイバーディー様と仰ったかしら」
「奴隷商ではありませんの?」
「おお怖い」
「目星は付けているんでしょ」
公爵令嬢アルヴィナの取り巻きが話し出す。私をチラリと見てころころと笑う。
「奴隷の売買は条約で禁じられましたの。あの方は東国の砂糖や綿花を扱っていらっしゃると伺っておりますわ。そうね、船団もお持ちですわね」
それに対してコーデリアがきっちりと返す。そしてミシェルが続ける。
「今回いらしたのも何か新しいお話でもあるのかしら」
テント内が静まった。皆顔を見合わせて、窺い合っている。
儲け話がそんなに転がっている訳もないし、乗りたい者は沢山いるだろう。
ナジュドは狩りが終わる前に迎えに来て、サッサと私を馬に乗せた。勝手気儘な人かしら。ミシェルとコーデリアを見ると肩を竦めた。
すぐに後ろに跨って馬を走らせる。
「獲物はどうでした?」
「大猟だったな、鹿にイノシシ、ウサギ、あと雉鳥くらいか」
「魔物はいませんの?」
「狩りの前に掃討して魔物除けの結界を張るからな、王子も来ていたし。そういや、エドウィン王太子殿下がヘディに執着していると──」
「ひゃぁ!」
びっくりして身体が揺らいだ。後ろからナジュドが抱き留める。
「すみません、私、あんまり馬に乗ったことがなくて」
馬の所為にした。
「大丈夫だ、こんな事はいつでも歓迎だ」
ナジュドは耳元で低い声で笑う。
誤魔化せたのかしら。違うような気もするけれど聞かないでくれる。
「あいつら、もう追いついて来た、くそう」
後ろを見るとミシェルとコーデリアのお兄様方や、騎士団の方やらが見える。
二人乗りだから仕方ないわね、急がせたら馬が可哀そうだわ。
***
別荘の大ホールのパーティは今日の獲物が美味しく調理されて所狭しと並べられている。狩りは大きな鹿を狩った公爵様が一番だったそうだ。イノシシも出て騎士団が狩ったという。魔獣は出なかったよう。
私は何故かコーデリアが持ってきた濃いブルーのオーガンジーのドレスを着ている。裾に向かって濃くなってゆくグラデーション生地で、かすみ草に似た花の刺繍が腰から胸と裾に向かって枝葉を広げ花を散らしている。花は刺繍の代わりに宝石が縫い付けられ、きらりきらりと照明を浴びて輝く。袖は短いシースルー、ひらひらと若さを強調するように。
「ドレスなんかいただけないわ、コーデリア」
非常に高価そうなドレスで私は尻込みした。
「実はねヘディ、あなたの絵姿をエサに呼んだの」
「へ」
絵姿って、あの時の──。
「綺麗な女の子は居ないだろってムカつくことを言ったらしいわ」
「ミシェル……」
「これは私じゃなくて、そいつの贈り物だから遠慮なく着てちょうだい」
コーデリアはにっこり笑う。
「ウチは一口乗りたいだけなの」
もしかしてナジュドのあの話だろうか。
「安心して、私も乗ってるから」
ミシェルもにっこり笑う。
「そうなの? あなたたちの為なら私頑張ってみるわ」
「「頑張らなくていいわ、ヘディ。そのままでいいから」」
何故か慌てて引き止められた。どうして?
「ヘディ、後でボートに乗ろう」
誘うナジュドの言葉はもう異国風じゃない。最初の時は揶揄われたのか。
「ドレスをありがとう」というと「よく似合っている」と両手を広げて褒める。
ナジュドは今、立て襟の綺麗に刺繍が施された濃い色の服を着て、ショールのようなものを身体にぐるぐる巻いている。とても似合っている。そう思って見ていたらナジュドが嬉しそうに笑った。
「そうね」
返事をする前に、ナジュドは人差し指を出し、カードを出して手品を始めた。机の上にパラリと綺麗にカードを並べ私が一枚選んで、彼がそのカードを当てる。
やがて「ここに居たのか」とナジュドの友人が来て連れて行った。
彼は引っ張りだこで一つ所にじっとしてはいない。
カードと一緒に取り残されてしまった。ひとりでソリティアをして遊ぶ。
「どうした、ひとりか?」
目を上げると金髪碧眼の王子様がいた。こんな時に出現するの。
「エドウィン殿下、占いをしていました」
立とうとするのを制して、飲み物を渡してくれて目の前の椅子に座る。洗練されたその動きは先程の男と好対照だ。いや、どちらも洗練されている。私の付け焼刃とは違う。
落ち着かなくてすぐに立ち上がって逃げたい気持ちと、ゆっくりとグラスを傾けながら目の前の王子様を見ていたい気持ちと──。
ああ、分かった。
この人は私を母と同じ目に遭わせる。とても愛している、でも同じくらい憎い。心が引き裂かれる。
母は男爵様を愛していたんだろう。そして男爵夫人も男爵を愛していたのか。
だから私に呪いをかけたのか。
「ナジュドは止めておいた方がいい。国に帰れば、お妃が3人、側室が5人、恋人は沢山いるそうだよ」
目をぱちくりとした私に「ジョークかもしれないがね」と顔を横に向ける。
その方向には例の異国人がいて女性に囲まれて談笑している。私の前世の知識でいえばジョークとも思えないけれど。
何と言えばいいのだろう。ナジュドはイレギュラーみたいな人だ。物語に出ないような人。何でここに居るんだろう。
そしてイレギュラーではない人がやって来る。
「本当にわたくしもうかうか出来ませんわね。あなたのような方がいらっしゃると殿方は皆そわそわして」
令嬢アルヴィナは口元をそっと扇で隠す。私の身分は低いので黙って聞くしかないのかしら。ちゃんと婚約者を捕まえていて欲しいわね。
そう思ったけれど、本当に捕まえてさっさと行ってしまうと、私は──。
だから、そうなる前に、ゲームオーバーにしなきゃ。
サヨナラ──。
私はとても怖がりになったのかしら。
あの人を捕まえて、このアイスブルーの瞳で篭絡して、そして、そして──。
私のこの顔は、このアイスブルーの瞳は何の為にあるのか。
私はどうしてここに居るのか、呪いのように何度もやり直すのはもう嫌なのだけれど。
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