やり直しヒロインは恋が出来ない

拓海のり

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「綺麗なお嬢さん、月が綺麗だよ、散歩に行こう」
見上げると大袈裟な手つきでハンカチを差し出される。泣いていないわよ、涙は転げ落ちそうだけど──。
「お邪魔したかな」
「いえ」
ナジュドは手を取って立ち上がらせる。テラスを抜けて外に出た。

なるほど綺麗なハーフムーンが輝いている。庭園には所々明かりが配してあって結構明るい。
「俺は卑怯なんだ、ヘディの弱っているところに付け込みたい」
囁く言葉は私のたどたどしい彼の国の言葉と違って流暢だ。これが彼の本当の姿なのだろう。

私の肩を抱き寄せる男は、コーデリアの商会の取引先だと聞いた。
異国の客人。日焼けした肌の色、鈍色の長い髪、群青の瞳、薄い唇は大抵にっこり笑っていて、とても綺麗なお顔だけれど──。浮気な人なのかしら。
しなやかに歩く姿はネコ科の動物を思わせる。きっと上等のビロードのようにとても手触りが良いだろう。触ったらその爪で引っ掻かれるかしら。

「そうね、お妃が3人、側室が5人、恋人は沢山?」
「誰だい、その羨ましい男は」
「あなたの事よ」

庭園を抜けて坂道を下って行くとボートハウスに着いた。魔道灯に照らされた桟橋に、まるで用意してあったかのようにボートが繋がれていて、ナジュドは軽々とボートに乗ると手を差し出す。彼の手に掴まってボートに乗った。

ナジュドは櫂を握って力強く漕ぎ出した。
暗い湖の湖面に広がる月と星が、櫂の作る波で形を変えて広がって行く。
湖の真ん中に出てボートは止まった。
別荘の明かりが少し遠くに見える。
「ヘディの顔が見えないといけないから」
そう言って彼は私を隣に座らせる。
月明かりがあるから側にいれば顔が見えるだろう。

すぐ隣に座った男は肩に手を回す。身体が近い。
「なかなか君の側に近付けなくて」
私の髪を指でくるくると弄びながら、身体を寄せて耳に囁く言葉。
「ヘディの親衛隊が俺を邪魔するんだ」
「そうなの?」
私に親衛隊なんていたかしら。ミシェルとコーデリアの事なのかしら?
「やっと二人きりになれたね」
しっかりと身体を引き寄せて抱き締められる。

逃げた方がいいかしら。でも反対に手がおずおずと彼の身体に触れる。ビロードではないけれどほわりと温かい。
「獲物は逃がさない質なんだ」
身軽に近付いて、人が見たら何と思うだろう。
「男と見れば色目を使う」とか「男を惑わせるふしだらな女」とかまた言われるのかしら。身体が震える。湖の上だから寒いのかしら、怖いのかしら。

「お妃が3人、側室が5人、恋人は沢山か──、まったく」
見上げると直ぐ近くに顔があった。闇に紛れそうな群青の瞳。
「君はその内のひとりがいい? それともその上に君臨するかい?」
君臨ってどういう事? それは私が決める事なの?
「あなた次第だわ」
見知らぬ異国、それはこの世界と同じ。私は何も知らなかった。いきなりゲームオーバーになって戻された。

「私はただの男爵家の庶子、母親はメイドだったの。私は何も持っていない」
群青の瞳を見ていると無性に言いたくなった。吸い込まれそうな瞳に何もかもさらけ出したくなる。多分これは彼の特技だろう。

「そして厄介な事に、何度も断罪されて、何度も繰り返しているの」
母は亡くなる時に私に魔法をかけたんだわ。それとも呪いかしら。
「何度やり返してもゲームオーバーなの。私はゲームの世界に居るの」
いつまで経っても辿り着けない未来。
抜け出したい、ここから。でもどうすればいいのか。

ちょっと苦しくて誰かに聞いて欲しくて話してしまった。こんな話なんか信じられないと思うんだけど、彼は言ってくれる。
「素敵な経験だ、君は何度も航海して、俺の所に辿り着いたんだ」
「そうかしら」
自信家なのか、顎に手を添えて唇が笑う。暗い瞳がじっと見ている。
「お妃が3人、側室が5人、恋人が沢山いる人に?」
笑ってる──、婚約者がひとりいても私は断罪されるのに──。

「どうしたんだい、辛そうな顔をしている」
そう、私は辛いの、囁く愛も、育む愛も見つけられない内にゲームオーバー。やり直しが怖くて、怯んで立ち竦んでいる。何処にも行けなくて──。

「もし、ゲームが終わっても、何度でも会える?」
またゲームオーバーになるのかしら。そしたらどうやってこの人と会おう。
「君とやっと会えたんだ、離す訳がないだろう」
「離さないで」
ゲームオーバーの文字がまた浮かぶのかしら。身体が少し震える。
「大丈夫、離さない」
訛りもなく言い切る男に縋り付いた。


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