事故で死んでしまった俺を迎えに来た死神は超絶美形だった

拓海のり

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二章 死神養成学校

六話

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 翌日の初めの授業は音楽だった。俺は楽器はどれも使えない。天使のオセがクスリと笑ってバカにする。奴は竪琴を手に美しい音色を奏でている。

 俺んちは貧乏だったんだよ、ばかやろう。おまえんとこみたいな大庄屋じゃあないんだ。
 くそっ!と思って楽器を見回す俺の目に、飛び込んできたのがタンバリンだった。
 幼稚園のときも、小学校のときも、発表会で俺に渡されたのはタンバリンだった。少しは馴染みのあるやつだ。手に取るとシャラとジングルが鳴った。

 オセが「フン! 女の楽器を手にとって」とバカにする。構うもんか。シャラシャラと鳴らしてトンと叩いた。何か気分がいい。
 俺が死神になろうとすることはいけないことなのか。アロウと一緒にいたいと思う事は我が儘なことなのか。とんでもないことなのか。願いを叶えたいと思ってはいけないのか。

 でも俺は、この思いを止める事が出来ないんだ──。
 そうだ、あの家が俺を待っている。アロウは俺をあの家に連れて行ってくれたじゃないか。他の事に惑わされている場合じゃない。俺はあの家を目指して頑張らなければ。

 太ったおばさんが俺のタンバリンに合わせて、ピアノを弾いてくれた。鬼のロクが横笛で楽しげな曲を添える。どういう訳か中国のお化けまでが中国の弦楽器で合わせてくれた。


 語学の時間になって、中国のお化けに向かい、あの楽器は何だと聞いた。お化けは俺の方に手を突き出したまま答えた。
「二胡」

 ああ、そうか……。こんな風に聞いたら答えてくれるのか。

 中国の男が聞いた。
「お前は男が好きなのか?」
「そうだ」
「私も好きな男がいた。しかし、相手は逃げて行った。末を誓い合ったのに。私を裏切った」
 男の伸ばした爪が震えた。

「私は殺され、あいつを怨んで化け物になった。たくさんの人を殺した。しかし、私に札を貼ってくれた男がいて、やっと死ぬ事が出来た。こんな私でも役に立てるのならと死神に志願した」
「そうか……。腕が疲れないか? 下ろしたら?」
 中国の男は驚いたように俺を見たが「そうだな」と、ゆっくりとぎこちなく腕を下ろした。

 とりあえず同室の奴らの事は少しずつ分かってきた。先は長いと九朗は言ったが、あの家を目指して俺は頑張らなければ。

「ええと、ついでと言うのもなんだけど、そのお札って、意味あるの?」
 下ろした手を、くたびれたとでもいう風にコキコキと動かしていた中国の男に俺は聞いた。中国の男はコキコキコキと俺の方を見た。俺はちょっと引いたんだが、男は微かに笑ったようだ。ゆっくりと手を額に持って行き、お札を剥がした。

 俺はその時、口笛を吹きたかったね。
 中国の男はお札を剥がすと某SFX映画の男優ばりの甘いマスクの二枚目だったんだ。
 男は顔を背けて見ないようにしていた世界が一度に目に入って来て、目を眇め眩しそうに周りを見回した。歩き方はまだゴチゴチとぎこちない。長年の癖はそう直らないだろうな。


 男とおばさんと一緒に食堂に行くと、先に来ていた鬼のロクが中国の男を見て、手を組んで頬にやり「あららん♪」と、嬉しそうに睫をカールさせた一つ目を輝かせた。
 ロクは早速、ニコニコと嬉しそうに中国男になにくれとなく世話を焼き始めた。俺の隣には太ったおばさんが座っている。

「俺は七斗というんだ。雪柳七斗。あなたは何ていう名前なんだ?」
 ロクのおすすめの雪ノ下の塩招スープを食べながら、俺は同じものを食べているおばさんに聞いた。

「私はエヴゲーニャ・ユーリエヴナ・ボドリャギナというの」
「ええと、エヴ……」
「ジェーニャと呼んでね、七斗」
 おばさんは目を弓なりにして言った。
「ジェーニャ」

 斜め前に座っている中国の男が「七斗?」と首を傾けた。
「そうだ。俺は七斗」
「あたしはロクよ」
「私はジェーニャ」
 中国の男は皆にいちいち頷いて見せて自己紹介をした。
「私はリァン・ユーシェン」

 物憂げな声。額にパラリと散った黒髪。黒い瞳でひたと俺を見据えて言った。
「私は化け物になって、長い間目の前が暗かった。もう一度、このような光を浴びる事が出来るとは思ってもいなかった」

 そう言って、目を眇めて遠くを見るように顔を上げた。その目を再び俺の方に戻し「君のお陰だ。ありがとう、七斗」と、俺の手を握った。

 ええと、俺のお陰っていうのはどうだろう。しかしこいつは芝居がかった奴だよな。お札一枚取っただけでこうも変わるものなのか?

 俺が握られた手をどうしようかと思っていると、ダンとテーブルに手を付いて「オイ!」と、怒声を浴びせかけた奴がいた。見上げると天使のオセが俺を睨み付けている。
「お前、いい度胸だよな。フギムニンばかりでなく、こんな奴にまで色目を使っているのか」
 後ろに緑の髪をピラピラさせた半魚人が付いていて、腕を組んで頷いている。どうやら半魚人はオセに付くことにしたようだ。少ない人数で仲間割れっていうのもどうかと思うが。

「ちょっと! フギムニン様は……」
 ロクが口出ししようとしたがオセは一言の下に切り捨てた。
「うるさい! オカマは黙ってな!!」
 そして、まだユーシェンという中国人に握られている俺の手をじっと見た。

「やい! お化け…!! ……!!」
 オセはまだユーシェンの顔をまともに見ていなかったらしい。黒い濡れたような瞳とまともにぶつかって言葉を失った。

 ユーシェンは俺の手を離し、立ち上がって天使に挨拶した。
「お仲間のユーシェンです。お見知りおきを、美しい天使」
 オセの手を取って優雅にキスをする。

 ユーシェンの話では、確か好きな男に裏切られて殺されたとか聞いたが本当なんだろうか? 俺もロクも、天使のオセまでもが固まっている。

「ホホホ……、ユーシェンって男殺しね」
 おばさんのジェーニャがコロコロと笑い出して、オセはハッと気が付いたように真っ赤になってユーシェンの手を振り払い、フンッと逃げ出した。緑の髪の半魚人が後を追いかける。

 ユーシェンはちょっと首を傾けてから、ロクの隣に腰を下ろした。
「フギムニンというのは?」と、早速ロクに聞いている。
「ヴァルファ様のお付というか、お目付け役というか」

 ああ、そうなのか。九朗は俺よりずっとアロウと付き合いが長いんだ。もちろん、二人とも俺がこの死神養成学校に来る前から死神をしていた訳だから、俺より長い付き合いであって当たり前な訳だが……。

「ヴァルファというのは?」
「あっらぁ──ん!! 冥界のプリンスよぉぉ──!!」
 ロクはきゃっと片手を口に持って行き、片手でユーシェンの背中をバンバンと引っ叩いた。

 だ、大丈夫か……?
 ユーシェンはテーブルに額を付けたまま暫らく起き上がれなかった。

「だからぁ、死神は冥界の管轄のひとつなのね。あたしたち下々のものが死神になりたい時は、この学校を出なきゃなれないけど、ヴァルファ様は上級職でいらっしゃるから、そのまま死神を束ねる統括長の職のひとつにお付になったのぉ~」

 何か、どこかの国の警察みたいだよな……。
 しかし、アロウはそんな偉い奴なのか。そんなに偉い奴が、俺みたいな下っ端とくっ付いてもいいもんだろうか? 
 何よりアロウに会って色々と聞いて、この訳の分からなくなった俺の頭をすっきりとさせて欲しいんだが。いや、はっきり聞くのは怖いけれども。
 とにかく……、アロウに会いたい──。

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