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15 船旅
しおりを挟むはあ……、腰が痛い。
背後からオレを抱く手。オレが起きたのに気付いて、また引き寄せる。
オレ達の腰の間で、くねくねと動いているのは何だろう。挟まれてにょろりと足元に逃げて行ったが。
「ああ、エルヴェ様」
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。
後の男が身体に手を回して、首筋と言わず、耳と言わず、肩と言わず、唇を這わしてくる。甘い……、コイツ、こんな奴だっけ。
ていうか、何でオレ、男とくっ付いてんの? 入れられる方が良かったっけ?
全部あの薬のせいだよな。ていうか、コイツ離れてくれない。
「おい、オレの身体を壊す気か」
後ろの男を睨み上げて言うと、しぶしぶ手を離した。
「分かりました。今日は控えておきます」
身を起こしたユベールの裸身を見て驚く。こんな、身体が獰猛で凶悪な奴って、知らない。きっちりと鍛えられた男の肉体を、思わずじっと見入ってしまう。
「どうかなさいましたか?」
オレの視線に気付いて顔を向ける。いやその顔でこの身体は反則だよな。蝋人形のような顔も今は少し上気してエロい、色気が駄々漏れだ。少しきついが整った顔、薄青の瞳がすっと細められて近付いてくる。
「そんなお顔をされると、もう少し──」
手が乱れたオレの髪をかき上げて、唇が額に頬に鼻にそして唇に降ってる。
「いやいやいや。殺す気か」
チュッと唇にキスをして離れた男は、名残惜しそうに部屋を出て、手早くシャワーを浴びてシャツとトラウザー姿で戻って来た。甲斐甲斐しくオレの世話を焼きだす。
オレも起きたい、シャワーを浴びたい、でも腰が痛いんだよ。
オレの腰痛の原因を作った男は、お湯とタオルを持って来て、せっせときれいに身体を拭って、真新しいシャツを着せかける。
「これは?」
「エルヴェ様に似合うと思って購入しました」
「ありがとう。でもそんな暇あったのか?」
「スライムが来たのでシャツだけです」
無念そうに唇を引き結ぶ。そのスライムハナコはオレの側でくねくねと体をくねらせている。
「ん? なあ、こいつ何だか大きくなっていないか?」
「ああ、このスライムは体液を養分にしているようですね」
「体液……?」
「血液とか精液とか汗とか涙とかですか。魔力が乗りやすいですから」
「ああそう……」
昨日の事が出来の悪いパラパラ漫画のようによみがえって遠い目をした。無理やりファンタジーなんだと自分を納得させる。
このまま大きくなったらどうなるんだろうと、チラッと心配したけど、ハナコはご機嫌でグネグネしている。何だか手のようなモノも足のようなモノも生えたようだが、何を目指しているのかな。
「オレ、媚薬のせいか、腹が立ってやり過ぎてしまったような気がするんだ」
「そうですね、皆恐れ慄いていました。すごいです」
「いや、すごいというよりも、やばい事やってしまったっていう気が──」
神子とは言わなかったような気がするが、正直覚えていない。ただスキルは好き放題使ったので、調べれば分かってしまうかも──。
「離宮でかなり暴れてしまったので、犯人として捜索されるかもしれません」
「オレ達がか? 奴隷商人たちは捕まらないのか?」
「ヴィラーニ王国は奴隷の売買を禁止しておりません。最近は他国の圧力と、奴隷の質の低下で年に1度になったようです」
こいつよく知っているよな。じっと顔を見ると「耳がいいもので」とシレっと答えた。部屋の外に居たり、離れて待機していても駄々漏れか。盗聴器並みだな。
何でこんな高性能な奴を手放したのだろう。
「お前、オレと一緒に来てよかったのか?」
今更ながら聞いてみる。
「そうですね、神殿騎士に取り立ててやるとか、司祭付きにしてやるとか言っていましたが──」
何と、好待遇をチラつかせていたのか!?
「私はエルヴェ様がいらっしゃらなければ、神殿を出て行くつもりでしたので」
ええと、どこから突っ込んだらいいのかな。
取り敢えず、後の祭りという事で全部流そうか。そうだ、そうしよう。
「あいつら、兵を出して追いかけて来るかな」
「この川船は早いですし、あの惨状だとどうでしょう」
オレはもげろって思っただけで、誰もたいして怪我なんかしてない筈だが。
「しばらくはビエンヌ公国辺りに行って潜伏しましょう」
「うん」
ビエンヌ公国は中立の国か。奴隷を禁止している国なら捕まらないだろうか。
船室から外に出ると川の片側は切り立った絶壁で、反対側は黒々とした森がまだ続いていた。川幅は広く流れは穏やかだが船は早い。時折、船がすれ違う。
「この船は魔道スクリューで進んでいます。他の船より速いでしょう?」
オレがすれ違った船を目で追っていると、隣にいるユベールが説明する。確かに乗っているこの船の方が早いような気がする。他の船は水車みたいなのを船体の横とか後ろに付けているし。
「あんちゃん、よく知ってるな。確かにこの船は早いからよ、時々横から無理言って乗ってくる奴がいるんだ。速いけど操縦は難しいんだぜ」
船長が腕を組んでニヤリと笑う。どこにも居るよな、傍若無人に割り込んでくる奴。
「スクリューって、プロペラみたいな?」
「そうそう、いずれもっといいのが出来るぜ」
「空を飛ぶようなのが?」
「空は飛べねえな、ドラゴンにでも乗せてもらいな」
「ドラゴンっているの?」
「俺は遭ったことはねえけどな」
ドラゴンがいるとかファンタジーそのものだ。
興味津々に聞くエルヴェを川船の船長は面白そうに見ている。
今はいつ頃だろう、この世界にも四季はあるのだろうか。うららかに空は晴れて、ほわほわと空気は暖かい。絶壁にへばり付くように生えている小型の樹木にピンクの花が咲いている。
「今日は何日だ?」
そういや、エルヴェの部屋にはカレンダーが無かった。教室に行けば神官がその日の仕事を割り振っていたし、オレは一杯一杯で気付きもしなかった。
「5月15日です」
「一年は何か月ある?」
「12か月ですが」
ああ、そこは元の世界と同じだ。オレがこっちに来てもうすぐ2か月になるのか。
「おーい、外に出ても大丈夫なのか?」
この船にはレスリーとローランも乗っている。船室に続くドアから恐る恐る顔を覗かせて聞いた。
船長を見ると「もうすぐ湿地帯に着くから大丈夫だ」と頷いた。
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