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二章 自由都市へ

13 アデリナとスヴェン

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「スヴェン! きゃあ!」
 少女の悲鳴が上がった。
 私たちはそちらに向かって駆け付けた。
 彼女たちに水がかからない方向に落としたつもりだけれど、アルトも兵士たちの方に雷撃を落としていた筈だけど、当たったのだろうか。

 騎士っぽい男が腕を押さえて片膝ついている。懐中電灯を出して男の怪我を調べた。服が深くかぎ裂きになって、そこにべったりと血が張り付いていた。
 魔獣の爪にやられたようだ。
【救急箱】何か無い?
《救急セット》が入っていた。ありがとうね。

 懐中電灯をスタンドにして、その灯りの中で怪我を見る。
 救急セットを引っ張り出して怪我の個所をハサミで裂き、消毒薬で消毒する。かなり酷い肉の抉れた怪我だ。傷薬を消毒してあるガーゼに塗り、怪我の上から貼って包帯でぐるぐる巻いた。血が滲んでいるが大丈夫だろうか。

「歩けますか?」
 アルトが聞くと騎士は頷いた。
「ああ、済まない」
「荷物があったら持ってあげる」
 私はもはや荷物係でよい。
「こちらに──」と少女が告げるものを【救急箱】に仕舞う。
「まあすごい」
 ええと、荷物持っている訳じゃないけど、マジックバッグは一般的じゃないのかね。それだとヤバいよね。後でアルトに聞かないと。
「行こう」
 アルトに呼ばれて駆ける。少女と騎士が付いて来る。

 崖の下に着くとアルトが呪文で穴をあけた。人一人通れるほどのトンネルが奥へと黒々と続いている。
「入って!」
 皆が入ると直ぐに穴を塞いだ。

「はあ……」
 誰ともなく溜息が零れた。
 私が懐中電灯を点けるとアルトが先導して歩き出した。途中入って来た穴を所々塞ぎながら歩いて、かなり行くと二手の道を曲がる。やがて少し広い場所に着いた。アルトの隠れ家だ。


「怪我は?」
 騎士の怪我した腕を覗き込むと、気丈な返事が来た。
「大丈夫だ。血も止まった」
「ああ、スヴェン。ごめんなさい」
 少女は静かに泣きだした。
「私は大丈夫です」
 ふたりはそっと寄り添う。

 うらやましい。私が追放される時、誰も庇ってはくれなかった。
 実の父親も婚約者も。いや、ふたりは断罪する方だった。
 私は一人ぼっちだった。

 アルトがそっと側に来たのでくっ付いた。
 私だって寂しくて羨ましい時があるんだからね。
 いやそうじゃなくて、私そういう分かりやすい顔をしていたのかしら。アルトを見ると金髪の少女が聞いた。
「おふたりはご姉弟ですか?」
 顔を見合わせて頷いた。そういう事にしておこう。
「私はメリー、この子はアルト」
「わたくしはアデリナ、こちらはスヴェンです」

 さて名乗り合った。これからどうしよう。

「私たちは小国に行くの。橋が検問で塞がれていたから、こっちに来たのよ」
「小国に行ってどうなさるの?」
「王都に行くつもりだ」
 今度はアルトが答える。そうか、王都に行くのか。

 この子は側にいて違和感がない。話し方も穏やかで丁寧だ。
 食事の作法もちゃんとしている。
 鏡で何を見ていたのだろう。
 自分ではない誰かの面影が見えたのか。
 王都に知り合いでもいるのだろうか。

 ──と思ったけれど、アルトを見ると薄っすらと笑っている。
 その顔って、貴族のアルカイックスマイルじゃない? もしかして貴族なの?
 いやそうじゃなくて──。
「わたくしたちも王都に行こうかしら、ねえスヴェン」
「そうですね」
 アデリナとスヴェンは、私たちと一緒に王都に向かうと言い出した。
 お尋ね者が四人に増えた。目立つんじゃないか?

 アデリナはフワフワの金髪に水色の瞳の私よりひとつ上の十六歳の女の子だ。スヴェンは茶色っぽい赤毛に茶色の瞳のがっしりした体躯の十九歳の騎士だ。
 腕はかなりのものだけれど、アデリナを庇ってあの魔獣相手では苦しかろう、と思ったが、後で聞けば魔獣は二匹いたようで一匹は倒したとか普通に強いのだった。

 この辺りの魔物が出なかったのは、あのニ匹の魔獣の所為らしい。
 一人で森の中を彷徨いていた私はラッキーだったのだ。


「魔獣って、人のいう事を聞くの?」
 私の質問に三人がハッと固まった。変な事を質問したのだろうか。
「私たちの斜め後ろの森に魔獣使いがいたのです」
 赤毛のスヴェンが顔を顰める。
「え」
「すっかり忘れていましたわ」
 おっとり顔色も変えないで金髪のアデリナが微笑む。
「あいつ森の中に逃げて行ったよ。また魔獣を出されたら嫌だから放っておいた」
 落ち着いた様子でアルトがのど飴を口に放り込む。
「ああ、そうなの」
 魔獣使いってスキルだろうか、職業だろうか。
 私はそんな事が気になっていた。

 そんな私にアルトが不意打ちをかける。
「あーん」
「あーん?」
 ポイ。
 私の口に飴が入っている。半分。半分?
「アルト、のど飴は舐めるのよ、噛んじゃダメ」
「分かった」
 なんか違うような気がするけど、深く考えちゃダメだ。アデリナたちに分けたから最後の一個を半分こしたのだ。
 疲れが溜まって喉もイガイガするけど、流行り病じゃないよね。


 食料はあまり残っていない。四人で食べるとしたらお餅くらいしかない。
 お餅を焼くことにして【救急箱】を覗くと《七輪セット》があった。
(こんなモノこっちの世界には無いだろうな)
 背に腹は代えられないので、黙々と木炭を燃やして七輪に入れて網を置いてお餅を焼く。

「ねえアルト、ここ換気してある?」
「かんき?」
「ええと、空気の入れ替えみたいな」
「ああ、うん。風を回しているから」
 ぐるぐると指を回す。感じない程の微弱な風か。
「んー、なるほど」
 もしかして風魔法も使えるのかしら。土と雷と風とか、すごいな。

 優秀な人はいくらでも人材として欲しい、というのが祖父の口癖だった。広大な領地を統治するには必要不可欠な事だろう。
 そういえば普通の人は属性魔法を一つしか覚えないと学校で聞いたような。二つ以上使える人は上位貴族でも少ないとか、アルト、めちゃくちゃ優秀だな。
 どこの貴族の落とし胤だろう。


「これは?」
 紙皿に盛ったお餅を見てスヴェンが聞く。
「私の田舎特産のお餅っていうの。のどに詰まらせないよう、ゆっくり噛んで食べてね。消化が良くて、身体を温めて、お腹持ちもいいのよ」
 お醤油と海苔を付けて紙皿で頂く。全部、防災非常食セットに入っていたのだが、さすがに餅とか醤油とか海苔とか、こっちの世界にあるとは思えない。
 田舎特産とか言って誤魔化した。

 いや、怪我の手当ての消毒薬や包帯からしてアレだし、懐中電灯もアレだ。
 アレで済ます私もアレだが。
 アデリナとスヴェンも、もう何も聞かないで食べている。

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