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二章 自由都市へ

19 ミモの上映会

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 目の前がゆっくりと明るくなった。立体画面のようだけど視線は固定されている。最初に目に入ったのは広い庭園で、とりどりの花が咲いている。
 これは王妃主催のお茶会だ。第二王子クロード殿下と同じ年頃の貴族の子供たちが王宮の庭園に集められて──。

 斜め向こうに座っているのは私だ。つまらなそうな顔をしている。
 プラチナブロンドの髪、アメジストの瞳。でもちょっとツンとしていてお高い感じだ。人が見るとこんな感じになるのか。

 ふと視線をこちらに向けて、少し驚いたようにアメジストの瞳が瞬いた。

『何を見ているんだ?』
 後ろから声をかけられて振り返った。先程の黒髪の少年がいる。
『モッコウバラですわ』
『薔薇か?』

(あ、思い出した。彼はオクターヴ・グーリエフだ)

 場面が変わった。
 ドアを開けると立派な感じの軍人がいる。書斎のようだ。
『どうだった、オクターヴ』
『父上、プラチナブロンドのメリザンドという令嬢はどういう方でしょう』
『ああ、それはマイエンヌ侯爵の御息女だ。彼女は一人娘だから養子を迎えるだろう。お前も候補に入れて貰うか』
 オクターヴは敵対していないグーリエフ伯爵の次男だから、あの時、養子候補になったんだな。

 同じ書斎。
『メリザンド嬢は第二王子クロード殿下との婚約が決まった』
『そんなっ……!』
『お前はクロード殿下の側近として──』

 場面が変わると、しばらく暴力場面が続いて目を背けた。

 そして宮殿になった。夜会だろうか、デビュッタントなのか白いドレスを着たエメリーヌがカーテシーをしている。満更でもなさそうなクロード殿下。
『お綺麗な方ですね、殿下にお似合いです』
『侯爵領から出ていらっしゃらない令嬢など、国民の目にはどのように映るでしょう』
『侯爵様とメリザンド様はお仲が悪い。このままでは──』
 意見を求められたように見せかけて、巧妙に讒言している。

『メリザンドには死んでもらう』
 クロード殿下の冷たい言葉。

 そして断罪。豪華な広間にぽつんと一人で立っているメリザンド。
 遠巻きに様子を窺う貴族たち。
『婚約破棄する!』
 決めつける王子。メリザンドを押さえ付ける騎士。

 護送馬車に乗る場面だ。護衛達の嘲笑。
 馬に乗っている。暗い森の中を馬車を追っている。
 突然の閃光。轟音。
 馬がびっくりして暴走する。

 馬を宥めて戻って来ると、現場には横たわった兵士たち。腕が千切れて足がもげて、呻いている護衛達に魔獣が襲い掛かる。
 馬車はぐちゃぐちゃに歪んで凹んでいる。
『メリザンド……!』
 馬車の中には誰もいない、血の跡もない。

 王宮になった。向こうからエメリーヌが来る。近寄って離れた。
 誰もいない場所でそっと手渡された紙を広げる。
 夜会の日時と場所が書いてある。

 夜会は仮面舞踏会だった。仮面を被った人々の間を縫ってエメリーヌを見つけた。ふたりはすぐに部屋に入る。
 何かの薬をコップに入れた。それを口に入れてエメリーヌを抱き寄せる。
 キスをしたのだろうか、エメリーヌの唇が濡れている。
 慣れた手つきで服を剥がすオクターヴと、色っぽい仕草で誘うエメリーヌ。

『メリザンドの事で何か聞いているか』
 オクターヴの質問にエメリーヌは易々と答える。
『靴が片方見つかったそうですわ。父が受け取って処分したとか。馬車はへしゃげて現場も凄かったそうですわ』
 喘ぎの合間にポロポロと答えるエメリーヌ。
『メリザンドはもう生きていないと殿下がおっしゃってましたわ』
 獣のような喘ぎ声。ノリノリで頑張るふたり。どちらも初めてじゃない感じだ。

 事後の淫らな肢体をさらけ出して、エメリーヌが囁く。
『ねえ、オクターヴ。わたくし時々付き合ってあげてもいいのよ』
『殿下がいるだろ』
『アレは自分の事しか考えてないわ』

 騎士団に休暇届を出して馬に乗る。
『川に落ちたのなら流域のどこかの町に流れ着くが大した町はない。この国を出ているなら小国群だろう』
 両替商に靴を見せて探した。そして見つけたのだ。髪を茶色に染めて短く切り、同じ靴を持ってきた私を──。


  ◇◇

 部屋が明るくなっても、しばし誰も何も言わなかった。

 私は先程からアルトにしがみ付いていた。
 馬車の爆発現場は私にとってショックだった。アレは私が引き起こしたものだ。ぐちゃぐちゃの死体も襲い掛かっている魔獣も。

 ──ではどうすればいいというのか。
 薬を飲んで大人しく死んでいれば良かったのか。

 途中から情事の場面になって、アルトの頭を胸に抱いて隠した。
「見ちゃダメ」
 アルトは大人しく私にくっ付いていた。
 ふたりの濡れ場に私も目を逸らせた。恥ずかしいという思いが強い。
 それにしてもエメリーヌのセリフ、
『アレは自分の事しか考えてないわ』
 って、何なの? 色々突っ込み所があり過ぎる。


 でもまあ、少なくとも私には助けようとしてくれた人がひとりいたことになる。
「ありがとうオクターヴ。人間不信が少し解消されたわ。少なくともあなたは私を助けようとしてくれたのね」
 一応はお礼を言っておく。

「メリザンド」
 オクターヴが近付こうとするのを後ろに下がって言う。
「近付かないで、あの広間で私は騎士に押さえ付けられた。申し開きも許されず一方的に決めつけられて暴力で抑え込まれた。さっきあなたが私を捕まえて口を塞いだのと同じだわ」
 あの時の恐ろしさと口惜しさは忘れられない。

「酷いやり方だわ」
 聖女アデリナが首を横に振る。
「拗れる気持ちも分からないではないが、もっと、違うだろう?」
 スヴェンは溜息を吐く。

「いつまでそんなガキにくっ付いているんだ! メリザンド、こっちに来い!」
 開き直ったオクターヴが引き寄せようと手を伸ばす。
 それを一緒に躱して、あくまで私の味方をするアルト。
「メリーは悪くないよ。護送の兵士は悪い奴らだったし、あの薬を飲んでいたら、奴らはこの男に殺されていたよ。その前に王子に讒言していたじゃないか」
 みんなが色々言ってたのは知っていたけれど、無口な男がポツリとこぼせば結構効くものだ。

「話が違う」
 オクターヴが呻く。余計なことまでバレて憮然としている。
 私だってあの時『助けてくれないのね』なんて思ったのだ。
 私に毒をくれたのは何の為? 絶望に落とす為?
 お陰で自助努力して酷い事になってしまった。

「私を攫ってどうするつもりだったの?」
「お、俺はお前を連れて帰って、領地に匿って──」
 そんなことになったら、私はあなただけを頼って、言うことを聞いて、大人しく引き籠って生きることなるんじゃないか。
 それに領地って何処? 侯爵領はエメリーヌとクロード殿下のものだ。私は、文無しで身分を剥奪されて追い出された平民の女に過ぎない。

 そんな私を貴族の男がいつまでも大切にする筈がない。
 明るい未来が見えない。

「ねえ、メリー、これで良かったのかな?」
 微妙な雰囲気にノアが戸惑っている。
「良かったわ。ありがとうノア」
「メリーがいいのならいいや」
 ノアは綺麗な顔で二ッと口角を上げた。
「そういえば卵は?」
「おいらの魔獣が見張っている」
 あの白いヒョウ柄のリーンという魔獣だろうか。ちょっとモフモフしたい。

「コイツ役に立ちそう。おいらにくれない?」
 そう言ってノアが掴んだのはオクターヴの腕で、私は気軽に「いいわよ」と、返事してしまった。
「何でそんなに簡単に!」
 オクターヴが異議を唱えるけど、今は心が混乱していて猶予が欲しい。
「じゃあ連れて行くね」
 ノアは相変わらず突然いなくなるし。
 助かったと思っている自分が嫌になる。

 私って結構奥手だったんだ。前世と今世合わせて云十年生きているけど、もしかして思考も今世に引っ張られるのだろうか? 感情も──?

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