蔑ろにされる黒髪令嬢は婚約破棄を勝ち取りたい

拓海のり

文字の大きさ
4 / 6

四話

しおりを挟む
 私は婚約破棄の後、何処へも行かずに王都の屋敷にいる。
 婚約破棄にはなったが、国外追放にはならなかったのだ。

 商会の新鉱脈発見の噂は暫らくして広まり、その商会がハズウェル侯爵家のものであると広まる頃には、私には新たな婚約者が出来ていた。


 私は髪も結わずに庭園のガゼボで寝ころんで、花の香りに包まれている。
 私はやさぐれていた。だってそうだろう? 横滑りで私と同い年の第三王子が婚約者に決まったとは、どういうことだ。やっと婚約破棄をもぎ取ったのにこの仕打ちはあんまりだ。
 
 またアレを繰り返せというのだろうか? 思い出したくもない、もう嫌だ。

「お嬢さま、もうそろそろお時間ですよ」
 今日は顔合わせで、レイモンド殿下の弟君ジョゼフ殿下が侯爵邸にいらっしゃるのだ。
「放って置いて」
 こんな風に子供のように駄々を捏ねても仕方がないのだけれど。

『グルニャー』
「ん? 猫」
「猫でございますね」
 顔を上げると庭園の薔薇のアーチの下に大きな猫がいる。耳の飾り毛といい、白いフサフサの鬣と尻尾といい、焦げ茶の縞の色味もあの猫と同じだ。

「この子が私の婚約者なの?」
「さあ、これは植民地から連れ帰った猫でしょうか?」
「植民地?」
「それとも北方の森林猫とどっちでしょう。体が大きくて毛がフサフサで触り心地が良さそうですね」
「そうね」
 ずっと触ってみたかったのよね。フサフサの鬣とフサフサの尻尾に。
 人懐こい猫は悠然とガゼボの席に座る。
『グルグルニャー』

「あら、お菓子を召し上がる?」
 今日のお菓子はカヌレだ。
「お嬢様、猫にお酒はダメですよ」
「まあそうなの」
 猫は匂いを嗅いで横を向いた。私は慌ててカヌレを引っ込める。
 猫は席からぴょんと降りて薔薇のアーチの方に向かった。

「あら、どこに──」
「ローズ、こんなところにいたのか」
 私の声と聞いた事のあるような無いような声が重なった。

「え、誰?」
 アーチの向こうから従者を従えた王子様が入って来る。そう王子様だわ、レイモンド殿下と似たような豪華な刺繍のコートを着て、どことなく似た背格好。
 猫が足元に行ってすりすりと頭を寄せる。彼は身体半分くらいある大きな猫をひょいと抱き上げた。そのままガゼボに近付いて来る。

 ちょっと待って。挨拶をと立ち上がって自分の格好に気が付く。
 髪はぼさぼさ、化粧はしていない、エンパイアスタイルのシュミーズドレスにガウン姿のやさぐれた令嬢のみっともない恰好であった。

 どうしよう。しかしどうしようもない。彼はでっかい猫を抱いて、もう目の前まで来ているのだから。

「王国の麗しき第三王子ジョゼフ殿下にハズウェル侯爵が娘ローズマリーがご挨拶申し上げます。ご機嫌麗しゅう──」
「堅苦しい挨拶はよい」
 ジョゼフ殿下は私の挨拶を遮って猫を椅子に置くと、従者から花束を受け取り私に差し出した。
「これをローズマリー嬢に、私は神学校育ちであまり慣れていないんだ。失礼があったら遠慮なく言って欲しい」
 赤いバラの花だ。レイモンド殿下から何か貰った事はあったかしら。少なくとも花は貰っていない。彼が贈り物をする時は大抵従者が選んだような通り一遍の物で、高価とか一点物ではなかった。

「ありがとうございます、殿下」
 彼は頷いて菓子箱を差し出す。
「これはお土産だ」
「まあ」
 包みを開くとチョコレートとナッツの香りが広がる。
「マンディアン?」
 彼の唇が軽く笑んで、私の言葉には答えずに謝罪する。
「君との婚約が調って嬉しいよ。今日はこの気持ちだけ伝えに来た。くつろいでいた所を邪魔して悪かったね」
「いえ、申し訳ありません、このようなはしたない格好で」
「君のラフな姿が見れてよかったよ。気取らない君も素敵だ」
 ジョゼフ殿下はそのまま踵を返して帰りかけたが、ふと立ち止まって聞く。
「次の夜会は私のパートナーになってくれるね」
 あまりに自然だったので思わず「はい」と返事をしてしまった。

 ジョゼフ殿下は実にあっさりと帰って行った。
「ねえ、クレア。私ものすごい失礼だったんじゃないかしら」
「呆れましたわ、お嬢様」
「クレアだって猫の話をして──」
「それにつきましては申し訳ありませんでした」
 私たちは顔を見合わせて笑う。

「お部屋でチョコレートを頂きましょう」
「はい、こちらを片付けますね」
 バラの花とチョコレートを抱えて屋敷に戻る事にした。


 クレアが新しいお茶を出して、自分のお茶も入れる。
 せっかくだからチョコレートを頂くわ。丸いチョコレートの生地にナッツやらドライフルーツをトッピングして半分に折りたたんであるお菓子。口の中で歯ごたえのあるナッツともっちりとしたドライフルーツが甘いチョコレートと混ざり合うのが好き。
 私たちは寮の部屋と同じように一緒にお茶を頂いた。

「ねえクレア」
「はい」
「私、思うんだけどね。猫は喋らないわよね」
「そう思いますけれど」
 そうなのよね。じゃあ、あの声はジョゼフ殿下だったのだわ。何となく納得がいったような、いかないような。

 初めてお会いしたジョゼフ殿下はレイモンド殿下と似たような色ながら、髪はプラチナブロンドに近く、瞳は濃い青だった。お顔はいつも仏頂面のレイモンド殿下と違って優しげに見える。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】泉に落ちた婚約者が雑草役令嬢になりたいと言い出した件

雨宮羽那
恋愛
 王太子ルーカスの婚約者・エリシェラは、容姿端麗・才色兼備で非の打ち所のない、女神のような公爵令嬢。……のはずだった。デート中に、エリシェラが泉に落ちてしまうまでは。 「殿下ってあのルーカス様……っ!? 推し……人生の推しが目の前にいる!」と奇妙な叫びを上げて気絶したかと思えば、後日には「婚約を破棄してくださいませ」と告げてくる始末。  突然別人のようになったエリシェラに振り回されるルーカスだが、エリシェラの変化はルーカスの気持ちも変えはじめて――。    転生に気づいちゃった暴走令嬢に振り回される王太子のラブコメディ! ※全6話 ※一応完結にはしてますが、もしかしたらエリシェラ視点バージョンを書くかも。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌
恋愛
王太子主催の舞踏会。 そこで私は「無能」「役立たず」と断罪され、公開の場で婚約を破棄された。 魔力は低く、派手な力もない。 王家に不要だと言われ、私はそのまま国を追放されるはずだった。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 この国が長年繁栄してきた理由も、 魔獣の侵攻が抑えられていた真の理由も、 すべて私一人に支えられていたことを。 私が国を去ってから、世界は静かに歪み始める。 一方、追放された先で出会ったのは、 私の力を正しく理解し、必要としてくれる人々だった。 これは、婚約破棄された令嬢が“失われて初めて価値を知られる存在”だったと、愚かな王国が思い知るまでの物語。 ※ざまぁ要素あり/後半恋愛あり ※じっくり成り上がり系・長編

調香師見習いを追放されましたが、実は超希少スキルの使い手でした ~人の本性を暴く香水で、私を陥れた異母妹に復讐します~

er
恋愛
王宮調香師見習いのリリアーナは、異母妹セシリアの陰謀で王妃に粗悪な香水を献上したと濡れ衣を着せられ、侯爵家から追放される。全てを失い廃墟で倒れていた彼女を救ったのは、謎の男レオン。彼に誘われ裏市場で才能を認められた彼女は、誰にも話していなかった秘密の力【魂香創成】で復讐を決意する。それは人の本性を香りとして抽出する、伝説の調香術。王太子妃候補となったセシリアに「真実の薔薇」を献上し、選定会で醜い本性を暴く。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

処理中です...