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四話
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私は婚約破棄の後、何処へも行かずに王都の屋敷にいる。
婚約破棄にはなったが、国外追放にはならなかったのだ。
商会の新鉱脈発見の噂は暫らくして広まり、その商会がハズウェル侯爵家のものであると広まる頃には、私には新たな婚約者が出来ていた。
私は髪も結わずに庭園のガゼボで寝ころんで、花の香りに包まれている。
私はやさぐれていた。だってそうだろう? 横滑りで私と同い年の第三王子が婚約者に決まったとは、どういうことだ。やっと婚約破棄をもぎ取ったのにこの仕打ちはあんまりだ。
またアレを繰り返せというのだろうか? 思い出したくもない、もう嫌だ。
「お嬢さま、もうそろそろお時間ですよ」
今日は顔合わせで、レイモンド殿下の弟君ジョゼフ殿下が侯爵邸にいらっしゃるのだ。
「放って置いて」
こんな風に子供のように駄々を捏ねても仕方がないのだけれど。
『グルニャー』
「ん? 猫」
「猫でございますね」
顔を上げると庭園の薔薇のアーチの下に大きな猫がいる。耳の飾り毛といい、白いフサフサの鬣と尻尾といい、焦げ茶の縞の色味もあの猫と同じだ。
「この子が私の婚約者なの?」
「さあ、これは植民地から連れ帰った猫でしょうか?」
「植民地?」
「それとも北方の森林猫とどっちでしょう。体が大きくて毛がフサフサで触り心地が良さそうですね」
「そうね」
ずっと触ってみたかったのよね。フサフサの鬣とフサフサの尻尾に。
人懐こい猫は悠然とガゼボの席に座る。
『グルグルニャー』
「あら、お菓子を召し上がる?」
今日のお菓子はカヌレだ。
「お嬢様、猫にお酒はダメですよ」
「まあそうなの」
猫は匂いを嗅いで横を向いた。私は慌ててカヌレを引っ込める。
猫は席からぴょんと降りて薔薇のアーチの方に向かった。
「あら、どこに──」
「ローズ、こんなところにいたのか」
私の声と聞いた事のあるような無いような声が重なった。
「え、誰?」
アーチの向こうから従者を従えた王子様が入って来る。そう王子様だわ、レイモンド殿下と似たような豪華な刺繍のコートを着て、どことなく似た背格好。
猫が足元に行ってすりすりと頭を寄せる。彼は身体半分くらいある大きな猫をひょいと抱き上げた。そのままガゼボに近付いて来る。
ちょっと待って。挨拶をと立ち上がって自分の格好に気が付く。
髪はぼさぼさ、化粧はしていない、エンパイアスタイルのシュミーズドレスにガウン姿のやさぐれた令嬢のみっともない恰好であった。
どうしよう。しかしどうしようもない。彼はでっかい猫を抱いて、もう目の前まで来ているのだから。
「王国の麗しき第三王子ジョゼフ殿下にハズウェル侯爵が娘ローズマリーがご挨拶申し上げます。ご機嫌麗しゅう──」
「堅苦しい挨拶はよい」
ジョゼフ殿下は私の挨拶を遮って猫を椅子に置くと、従者から花束を受け取り私に差し出した。
「これをローズマリー嬢に、私は神学校育ちであまり慣れていないんだ。失礼があったら遠慮なく言って欲しい」
赤いバラの花だ。レイモンド殿下から何か貰った事はあったかしら。少なくとも花は貰っていない。彼が贈り物をする時は大抵従者が選んだような通り一遍の物で、高価とか一点物ではなかった。
「ありがとうございます、殿下」
彼は頷いて菓子箱を差し出す。
「これはお土産だ」
「まあ」
包みを開くとチョコレートとナッツの香りが広がる。
「マンディアン?」
彼の唇が軽く笑んで、私の言葉には答えずに謝罪する。
「君との婚約が調って嬉しいよ。今日はこの気持ちだけ伝えに来た。くつろいでいた所を邪魔して悪かったね」
「いえ、申し訳ありません、このようなはしたない格好で」
「君のラフな姿が見れてよかったよ。気取らない君も素敵だ」
ジョゼフ殿下はそのまま踵を返して帰りかけたが、ふと立ち止まって聞く。
「次の夜会は私のパートナーになってくれるね」
あまりに自然だったので思わず「はい」と返事をしてしまった。
ジョゼフ殿下は実にあっさりと帰って行った。
「ねえ、クレア。私ものすごい失礼だったんじゃないかしら」
「呆れましたわ、お嬢様」
「クレアだって猫の話をして──」
「それにつきましては申し訳ありませんでした」
私たちは顔を見合わせて笑う。
「お部屋でチョコレートを頂きましょう」
「はい、こちらを片付けますね」
バラの花とチョコレートを抱えて屋敷に戻る事にした。
クレアが新しいお茶を出して、自分のお茶も入れる。
せっかくだからチョコレートを頂くわ。丸いチョコレートの生地にナッツやらドライフルーツをトッピングして半分に折りたたんであるお菓子。口の中で歯ごたえのあるナッツともっちりとしたドライフルーツが甘いチョコレートと混ざり合うのが好き。
私たちは寮の部屋と同じように一緒にお茶を頂いた。
「ねえクレア」
「はい」
「私、思うんだけどね。猫は喋らないわよね」
「そう思いますけれど」
そうなのよね。じゃあ、あの声はジョゼフ殿下だったのだわ。何となく納得がいったような、いかないような。
初めてお会いしたジョゼフ殿下はレイモンド殿下と似たような色ながら、髪はプラチナブロンドに近く、瞳は濃い青だった。お顔はいつも仏頂面のレイモンド殿下と違って優しげに見える。
婚約破棄にはなったが、国外追放にはならなかったのだ。
商会の新鉱脈発見の噂は暫らくして広まり、その商会がハズウェル侯爵家のものであると広まる頃には、私には新たな婚約者が出来ていた。
私は髪も結わずに庭園のガゼボで寝ころんで、花の香りに包まれている。
私はやさぐれていた。だってそうだろう? 横滑りで私と同い年の第三王子が婚約者に決まったとは、どういうことだ。やっと婚約破棄をもぎ取ったのにこの仕打ちはあんまりだ。
またアレを繰り返せというのだろうか? 思い出したくもない、もう嫌だ。
「お嬢さま、もうそろそろお時間ですよ」
今日は顔合わせで、レイモンド殿下の弟君ジョゼフ殿下が侯爵邸にいらっしゃるのだ。
「放って置いて」
こんな風に子供のように駄々を捏ねても仕方がないのだけれど。
『グルニャー』
「ん? 猫」
「猫でございますね」
顔を上げると庭園の薔薇のアーチの下に大きな猫がいる。耳の飾り毛といい、白いフサフサの鬣と尻尾といい、焦げ茶の縞の色味もあの猫と同じだ。
「この子が私の婚約者なの?」
「さあ、これは植民地から連れ帰った猫でしょうか?」
「植民地?」
「それとも北方の森林猫とどっちでしょう。体が大きくて毛がフサフサで触り心地が良さそうですね」
「そうね」
ずっと触ってみたかったのよね。フサフサの鬣とフサフサの尻尾に。
人懐こい猫は悠然とガゼボの席に座る。
『グルグルニャー』
「あら、お菓子を召し上がる?」
今日のお菓子はカヌレだ。
「お嬢様、猫にお酒はダメですよ」
「まあそうなの」
猫は匂いを嗅いで横を向いた。私は慌ててカヌレを引っ込める。
猫は席からぴょんと降りて薔薇のアーチの方に向かった。
「あら、どこに──」
「ローズ、こんなところにいたのか」
私の声と聞いた事のあるような無いような声が重なった。
「え、誰?」
アーチの向こうから従者を従えた王子様が入って来る。そう王子様だわ、レイモンド殿下と似たような豪華な刺繍のコートを着て、どことなく似た背格好。
猫が足元に行ってすりすりと頭を寄せる。彼は身体半分くらいある大きな猫をひょいと抱き上げた。そのままガゼボに近付いて来る。
ちょっと待って。挨拶をと立ち上がって自分の格好に気が付く。
髪はぼさぼさ、化粧はしていない、エンパイアスタイルのシュミーズドレスにガウン姿のやさぐれた令嬢のみっともない恰好であった。
どうしよう。しかしどうしようもない。彼はでっかい猫を抱いて、もう目の前まで来ているのだから。
「王国の麗しき第三王子ジョゼフ殿下にハズウェル侯爵が娘ローズマリーがご挨拶申し上げます。ご機嫌麗しゅう──」
「堅苦しい挨拶はよい」
ジョゼフ殿下は私の挨拶を遮って猫を椅子に置くと、従者から花束を受け取り私に差し出した。
「これをローズマリー嬢に、私は神学校育ちであまり慣れていないんだ。失礼があったら遠慮なく言って欲しい」
赤いバラの花だ。レイモンド殿下から何か貰った事はあったかしら。少なくとも花は貰っていない。彼が贈り物をする時は大抵従者が選んだような通り一遍の物で、高価とか一点物ではなかった。
「ありがとうございます、殿下」
彼は頷いて菓子箱を差し出す。
「これはお土産だ」
「まあ」
包みを開くとチョコレートとナッツの香りが広がる。
「マンディアン?」
彼の唇が軽く笑んで、私の言葉には答えずに謝罪する。
「君との婚約が調って嬉しいよ。今日はこの気持ちだけ伝えに来た。くつろいでいた所を邪魔して悪かったね」
「いえ、申し訳ありません、このようなはしたない格好で」
「君のラフな姿が見れてよかったよ。気取らない君も素敵だ」
ジョゼフ殿下はそのまま踵を返して帰りかけたが、ふと立ち止まって聞く。
「次の夜会は私のパートナーになってくれるね」
あまりに自然だったので思わず「はい」と返事をしてしまった。
ジョゼフ殿下は実にあっさりと帰って行った。
「ねえ、クレア。私ものすごい失礼だったんじゃないかしら」
「呆れましたわ、お嬢様」
「クレアだって猫の話をして──」
「それにつきましては申し訳ありませんでした」
私たちは顔を見合わせて笑う。
「お部屋でチョコレートを頂きましょう」
「はい、こちらを片付けますね」
バラの花とチョコレートを抱えて屋敷に戻る事にした。
クレアが新しいお茶を出して、自分のお茶も入れる。
せっかくだからチョコレートを頂くわ。丸いチョコレートの生地にナッツやらドライフルーツをトッピングして半分に折りたたんであるお菓子。口の中で歯ごたえのあるナッツともっちりとしたドライフルーツが甘いチョコレートと混ざり合うのが好き。
私たちは寮の部屋と同じように一緒にお茶を頂いた。
「ねえクレア」
「はい」
「私、思うんだけどね。猫は喋らないわよね」
「そう思いますけれど」
そうなのよね。じゃあ、あの声はジョゼフ殿下だったのだわ。何となく納得がいったような、いかないような。
初めてお会いしたジョゼフ殿下はレイモンド殿下と似たような色ながら、髪はプラチナブロンドに近く、瞳は濃い青だった。お顔はいつも仏頂面のレイモンド殿下と違って優しげに見える。
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